第百四話 城攻め
売り言葉に買い言葉で、なし崩し的に城攻めが始まってしまった。
まあ、あちらにしてみれば、あの賊どもを匿っていたと知られれば城主ともども反逆罪となるわけで、こうする他はなかったろう。
こちらにしてみても、もう少し待つつもりではあったにせよ、予定通りではある。
さて、まずは矢の射かけ合いとなったわけだが、これはもう俺たちが圧倒的に優勢だ。
こちらが持つウェストモントの大長弓の射程は、城壁の高低差を考慮してもなお敵より上だ。
その上、我らが弓隊はウィルを筆頭に名人揃いなのだから、城方の老人やら子供やらなんぞを相手に負けようがない。
そんな訳で、城方は早々に矢戦を諦めて胸壁の陰に引っ込んでしまった。
そうして反撃のために打って出るでもなく城の中でじっと息を潜めている。
恐らく、数日待てばこちらの食糧なり矢なりが尽きて撤退すると踏んでいるのだろう。
その判断は正しい。普通なら、まあ。
なんせ、俺たちは攻城戦の支度なんて端から持っていない。
投石機や破城槌はもちろん、あのたいして高くもない城壁に届く梯子すらないのである。
門は跳ね橋で濠の向こうにあり、斧で穴だけなら空けられるにせよ、そこからまとまって突入するのは難しい。
矢だって、全力で射続ければあっという間になくなってしまう。
仕方がないので、包囲の指揮をウィルに任せて木を伐りに行くことにした。
伐った木で堀を渡るための丸木橋を作る心積もりである。
そうして渡した橋があれば、門を破って中に突入することも可能になる。
それにしても木こり仕事は本当に久しぶりだ。
木こりというのは単純に見えて、実は中々に熟練を要する仕事である。
金の斧とは言え、ひと振りで木を切倒すことはできない。
いや、正確にはできなくもないのだが、そのやり方ではどっちに倒れるか分かったもんじゃない。
危険なのは言うまでもなく、倒れかけで他の木に引っかかってしまっても面倒だ。
結局は昔ながらの方法で倒すのが一番で、切り欠けを倒したい方向へ揃えながら地道に広げていく。
昔は、この仕事が嫌で仕方がなかった。
変り映えのしない退屈な仕事で、これが一生続くのかと思うとうんざりとした気分になったものだ。
だが、今にして思えばこうした作業もなかなか性に合っていたんじゃないかと思う。
少なくとも、人間を切ったり倒したりする仕事よりはよほどマシだった。
木の方が大きくて伐りがいがあるし、恨まれもしない。
しかし世間の奴らが言うには、俺は「騎士の中の騎士」であるらしく、要するに俺にとっては今の仕事が天職ということらしい。
好き嫌いと向き不向きはまた別なのだろう。
ままならない話である。
そんなことを考えていたらつい斧を振る腕に余計な力が入ってしまった。
不味いと思う間もなく、魔法のかかった金の斧が大人の腕で一抱えする程の太さの木の幹を、何の抵抗もなく通り抜けた。
「倒れるぞぉ~!」
すぐに周囲の仲間に注意喚起。
斜めにすっぱりと斬られた木がその断面に沿ってズルリと滑り、ああ、こっちに倒れて来た!
とっさに身をかわした後、あたりを見回して誰も巻き込まれていないことを確認し、ほっと胸をなでおろす。
「殿ぉ! 危ないじゃないですか!」
同じく木の下敷きになりかけた兄弟が抗議の声を上げた。
「わるいわるい!
ちょっと気が抜けちまってた!」
「頼んますよ、ホントにもう!」
幸い、他の木に引っかかることもなく倒れたので、枝を払って丸太にしようとしていたところに、包囲に残していたウィルから伝令が来た。
「殿! 使いに出していた兄弟が戻りました。
ウェストモントのジョージ様より、援軍の件応諾したとの返事を預かっとるそうです。
また、既に軍勢もこちらから見えるところまで接近しております」
「よし分かった。すぐに戻る。
おい、丸太の方は任せたぞ」
「へい!」
これを待っていたんである。
正直なところ、城攻めなんて俺たちだけでは手に余る。
なにせ単純に数が足りない。
城壁の上にいた見張りの兵の数からしておそらく城兵は少なくとも五十、多くとも百は越えない程度だろう。
だがそれとは別に、俺たちが追っている賊も潜んでいるはずだから、総数はもう少し多くなる。
対するこちらは総勢百五十人ばかりもいるが、賊どもに逃げられないよう城壁外にも配置せねばならず、突入に使える兵はさほど多くない。
そもそも大半が弓兵で、白兵戦用の郷士兵は二十人もいない。
が、ジョージ殿の軍勢がいれば兵数の問題は解決する。
この程度の城なら簡単に陥とせるはずだ。
到着したジョージ殿を出迎える。
「御助力いただき、誠にありがとうございます」
「なに、後方を脅かされたままでは落ち着いて戦もできんからな。
その賊を追い詰めたというのであれば、手助けするのは当然のことだ。
しかし――」
ジョージ殿はそう言いながら俺の背後にある小城に目をやった。
「――私の記憶が正しければ、あれはお味方、それもホースヤード伯に近しい者の城のはずだ。
裏切るとは考えづらいが……本当に間違いないのか?」
「はい、我が配下が、あの城に例の賊どもが逃げ込むのを確かに見ております。
その上、奴らは賊の引き渡しを拒み籠城しているのです」
「なるほど。しかしジェラルドはこのことを承知しておるのか?」
「いいえ、知らせておりません」
「なぜだ」
俺は以前に奴らを追い詰めた際、ジェラルドに攻撃を却下されたことを手短に説明した。
「そう言うわけで、知らせればかえって邪魔が入るかと考えジョージ殿に援軍を請うた次第です」
「なんという無茶をするのだ……」
ジョージ殿は呆れた様子でそう言った。
が、すぐに気を取り直したのか、ニヤリと笑った。
「……だが、面白い。
一つ、あの小僧めの面目を潰してやろうではないか。
して、どう攻めるのだ?
我が軍勢が攻めかかれば、あの程度の小城ひとひねりであろうが」
「さすがに何もかもお任せしては申し訳ありません。
我々が先頭に立ってあの門を打ち破ります。
皆様方には、城内の制圧をお願いします」
「ほう」
ジョージ殿が目を細めて俺の兄弟たちを眺めた。
わずかばかりの郷士兵を除けばいずれも軽装である。
普通にみれば、城攻め、それも白昼堂々の強襲に向いた部隊ではない。
「それでは、噂に名高い貴殿の武勇を見せていただくとしよう」
「お任せください」
ジョージ殿の軍勢が配置につくのを待つ間に、森から切り出された丸太が到着。
そのうちの一本にムカデの足のように縄を結び付け、先端を少しばかりとがらせて即席の破城槌にする。
残る丸太は単に枝を払って丸木橋として使う。
そうこうしている内に、両軍の準備が整った。
俺は皆の前に立って気合いを入れた。
「いくぞー! おらぁぁぁあ!」
「おおー!」
「弓隊、放て! 頭を上げさせるな!」
兄弟団の弓隊が城門に向けて攻撃を開始した。
それに続いてジョージ殿の弓隊五百も一斉に矢を放つ。
まとまった数の弓兵が全力で矢を射るその光景は壮観で、山なりに射ち上げられた矢が鏃を光らせてキラキラと降り注ぐ様は柄杓で水を撒くがごとくである。
間断なく射ち込まれる矢を前に、敵兵は胸壁から頭を出すことすらできていない。
かろうじて先ほどの騎士が目の高さまで頭を上げてこちらを監視しているのみだ。
これならいけそうだ。
俺は次の指示を出した。
「丸太組、進め!」
〈熊〉をはじめとした力自慢たちが、丸太を担いで前進。
流石にこれはまずいと思ったか、壁上の騎士が何やら指示を出す。
それに応じて数名の兵士が弓を手に立ち上がったが、矢を番えて引くか否かのところで頭やら胸やらに矢が突き立って倒れた。
ウィルを筆頭にした数人の弓上手が、矢を浴びせる組とは別に待機していたからである。
先ほどの騎士が声を枯らして命じ続けたが、アレを見せられては誰も続こうとはしない。
そうこうする内に、丸太組が堀の手前に到達。
丸太四本を横に並べて縛り上げてから、エイヤエイヤと掛け声を上げて垂直に立て始めた。
その様子は、数年に一度の柱建ての祭り――冬至の祭りで使われる聖なる柱を立て直す儀式――にそっくりで、戦の最中だというのに妙に平和な気分にさせられる。
立てた柱をソーレの掛け声で門の側に倒し、見事に橋が架かる。
俺は金の斧を掲げると、郷士隊に担がせた即席破城槌の前に立って叫んだ。
「破城槌、進め!」
俺は先頭に立って丸太の橋を駆け渡った。
弓隊の激しい援護射撃が続いており、頭上からは城壁に当たって跳ね返った味方の矢がバラバラと降り注いでくるくる程。
もちろん勢いは随分と落ちてはいるが、鏃は十分に鋭く素肌で受ければ怪我をしそうだ。
掲げた盾に矢が絶え間なく当たる音を聞きながら門を塞ぐ跳ね橋の下にとりつくと、金の斧でできるだけ大きくバッテンを書いた。
「やれ!」
「はい! それいくぞー!」
郷士隊がロドリの掛け声に合わせて、破城槌を振り始める。
そこそこ勢いがついたところで、ロドリが一際大きな掛け声をあげた。
「そーれ!」
合わせて郷士隊が数歩前進し、勢いよく破城槌をぶち当てた。
バカン! という派手な音と共に、門に大きな穴が空く。
一撃でこの有様である。
あと数発で兵士の突入が可能になるだろう。
俺は一旦止めるようロドリに手真似で指示を出すと、より穴が大きくなるよう追加の切り込みを作った。
そうして「ここだ!」と再度の攻撃を命じたところで、ガラガラという激しい金属音が連続して響く。
何かと思って上を見上げれば、跳ね橋がこちらに向かって倒れてくるではないか!
敵はもはや跳ね橋が壁の役を果たせないとみて、ならばせめてと支えの鎖を解き放ったのだ!
「退避! 急げ!」
郷士兵たちは大慌てで肩に担いだ縄から手を放し、丸太橋を駆け戻る時間はなく左右に散って濠の中に飛び降りた。
同時に角笛が吹き鳴らされ、ジョージ殿の兵が突入を開始する。
驚くべきことに、先頭を進むジョージ殿は配下の騎士十人ばかりと共に騎乗していた。
跳ね橋は俺たちの丸太橋や破城槌に引っかかって開き切っておらず、地面との間に大人の背丈ほどの隙間が空いていたが、彼らが駆る馬は苦も無くその段差を飛び越えて跳ね橋に飛び乗った。
そのまま蹄の音も高く響かせながら、門の向こうで槍を構えていた城兵の中に突っ込み、瞬く間に蹴散らしてしまった。
そのすぐ後には数百人の重装歩兵が続き、城内に突入していく。
こうしちゃいられない。
兵を出して貰って、何もかも任せきりではあまりにも申し訳ない。
俺は大急ぎで堀から這い上がると、彼らの後に続いた。
ジョージ殿は突入部隊の先頭に装備も訓練も行き届いた精鋭を充てていたようだ。
そんな奴らに、正規兵を送り出した後の搾りかすのような城兵では抵抗のしようもなく、すでに城壁の内は虐殺の態である。
もはや剣戟の音すらろくになく、聞こえるのは悲鳴や命乞い、そして死に損なった奴のうめき声ばかりである。
城兵の生き残りは奥の主塔に逃げ込んで最後の抵抗を試みているらしかった。
主塔の扉には大勢の兵が群がって、斧やら戦槌やらを叩きつけているのが見えた。
が、鉄の箍が嵌った扉は中々に頑丈で、彼らも破壊には手間取っている様子である。
まだ働きどころが残っていたことにホッと一息つきつつ、金の斧を頭上に振り回しながら「俺に任せろ!」と呼ばわった。
キンピカに光る斧が目立ったおかげか、すぐに人の群れが分かれて通り道ができる。
恐らく、扉の内側には頑丈な閂が掛かっているはず。
場合によっては三本ぐらいかかっていることもある。
それらをすべて断ち切るように、扉のてっぺんから一番下まで縦に刃を入れ、体当たり。
扉はあっさりと二つに割れて中に転がり込む。
大きな広間だ。
次に俺の目に映ったのは、追い詰められた獣のような目のゴロツキども。
そいつらは、こちらが体勢を立て直す間もなく一斉に切りかかってきた。
容赦も躊躇いもない、殺意に満ちた動き。
外にいた、普段は畑でも耕していたのであろう城兵たちとは明らかに違う人種だ。
とっさに盾と防具で頭をかばいどうにか初撃を防いだものの、横倒しに倒れ込んでしまう。
このままタコ殴りに合うのかと思いきや、後続の兵士たちが奔流のごとくになだれ込んできてゴロツキどもを壁際へと押し流した。
俺は助かるどころかさんざんに踏まれて危うく死にかけた。
どうにか這いながら立ち上がる隙間を見つける。
まったくひどい目に合った。
さしもの殺気に満ちたゴロツキたちも完全武装の精兵には立ち向かいようもなく、広間は瞬く間に制圧されていく。
ほっと一息ついて気付いた。
これはマズイ。
突入してきた兵士たちはもう完全に頭に血がのぼっていて、ゴロツキどもを抵抗の有無にかかわりなく皆殺しにかかっている。
とてもじゃないが生け捕りにしろなんて言っても通じないだろう。
血がのぼっていなくても、俺はジョージ殿の兵には命令できない。
生きた証拠がなければ、俺たちはただ無意味に味方の城を攻めたことにされかねかねない。
先の捕虜が言っていたことには、賊どもの真の飼い主を知っているのは頭目だけであるらしい。
敵の頭目だけはなんとしてでも絶対に生きて捕まえねば。
幸い、味方はまだ広間のゴロツキに夢中だ。
ゴロツキの最後の生き残りに群がる味方をかき分けて、俺は上階への階段を目指した。
次回は9/18を予定しています




