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第百三話 捕虜

 捕虜に尋問を試みたのだが、一人目は何もしゃべらないうちに死んでしまった。

 〈狐〉の奴、少しばかりきつくやり過ぎたらしい。


「おい、何一つ聞き出せない内に殺す奴があるか」


 俺が叱ると、〈狐〉は気まずそうに頭をかいた。


「申し訳ありません、殿。

 なにぶん素人なもので、どうにも加減が難しくて……。

 でもまあ、あいつは元より半分死んでたようなもんですよ」


 これは〈狐〉の言う通りで、そいつは捕縛される際に〈熊〉から逃げようとして顔面をしこたま殴られていた。

 あまりしゃべれなかったのも半ばそのせいだ。

 情報よりは、あとの二人に見せつけるために選んだところは確かにある。


「ま、仕方がねえ。さっさと次に行こうか」


 〈狐〉の合図で二人目が引きずられてくる。

 一人目が、しゃべれないなりにいい悲鳴を上げてくれたおかげか、そいつは〈狐〉が凄んでもみせないうちからべらべらとしゃべり出した。


「わ、分かった! なんでも聞いてくれ!

 知ってることは何でも喋るから! だから――」


 そいつの命乞いを遮って〈狐〉が訊ねる。


「それじゃあ聞くが、お前ら一体何者だ?

 どこからきた?」


「た、ただの盗賊だ」


「ただの盗賊が、戦に首突っ込むだけならまだしも、領主の城に逃げ込んだりするかよ。

 おい、本当の事を言わねえとそこに転がってる奴よりひどい目を見るぜ」


 〈狐〉が凄んでみせると、そいつは足元の死体にチラリと目をやって、ひぃと小さな悲鳴を上げた。


「本当だ! 地元の領主にとっ掴まって縛り首になりそうなところをお頭に拾われたんだ!

 手下になるなら領主に掛け合って助けてやるって。

 他の奴らも大体そんな感じだ」


 なるほど、こういう仕事に慣れた奴らを手っ取り早く集めるには確かにいい手だろう。


「そのお頭ってのはどんな奴だ?」


「ロベールと名乗ってる。た、多分本当の名前じゃねえ」


「どこの何者か分かるか?」


「よく知らねえ。名前以外は何にも――あっ! イテテテッ!」


 〈狐〉が捕虜の足先にナイフを差し込んでえぐった。

 この尋問方法は逃亡の防止にもなり大変効率がいい。


「ほんとに知らね……アダダッ! あ、あぁう! 分かった、話す! 話すから……!

 はぁ、ぜぇぜぇ……あれだ、盗賊仕事には慣れた様子だ。

 多分年季の入った盗賊だ……え、他に?

 いや、えぇっと……まてまて、思い出すからそれは引っ込めてくれ……!

 多分、ありゃ騎士崩れだな、言葉の端々でわかる。

 誰に雇われてるかって?

 ロベールより上はしらテテテッ! 本当だ! 俺はなにも知らないんだ――!」


 しばらく尋問を続けてみたが、何を聞いてもこんな調子でろくな情報は得られなかった。

 見てくれからして下っ端なので大したことは知らないだろうとは思っていたが予想通りだ。

 いい加減こいつもぼろくなってきたし、そろそろ終わりかな。


「それで、今回みたいに隊からはぐれた場合の集合場所は決まってるのか?」


「お、俺は知らねえ……ま、待て、隠してるんじゃねえ!

 本当に、本当に知らねえんだ!」


 〈狐〉は再びナイフをちらつかせた。


「んなわけねえだろうが。

 だったら今回みたいに逃げ散った時はどうやって集まるんだ」


「しゅ、集合場所は組頭だけが知ってるんだ!

 俺は知らされてねえ! 知らないんだ!

 だからそれはしまってくれ!」


 そう言いながら、そいつがもう一人の生き残りの方をチラリと見たのを俺は見逃さなかった。

 俺は男の髪をひっつかんで、その耳に口を寄せて小声で確認した。


「おい、もしかしてその組頭ってのはあいつの事か?」


 俺が差した先を見てそいつはひどく狼狽えた、


「な、なんで……!?」


 あんなあからさまな真似をされて気づかないわけがあるか。

 ともかく、本命はやはりアイツか。

 隊列の端にいて、攻撃を始める時に一番最初に〈狐〉に襲わせたやつである。

 まあ、一番危険な位置を任される奴が全くの下っ端なわけがないのだ。

 最後の質問。


「これまでお前らを匿ってきた城の名を全部吐け」


「わ、分かった、思い出すからちょっと待ってくれ――」


 そいつは必死の形相で一つ一つ城の名を上げ始めた。

 もちろん、その中にはこの間奴らが逃げ込んだカディラ城も含まれている。

 が、信憑性の方はどうだろうか。こいつが適当なことを言っていても俺には判別がつかない。

 嘘を言っている様子もなさそうだが、証拠としてはあまりにも弱い。

 こいつの証言でジェラルドを説得するのは厳しいだろう。


 そろそろ次に取り掛かろうかと考えていたところ、森の中から兄弟の一人が戻ってきた。


「殿、煙が晴れたんであの辺りを調べてきました」


「お、そうか」


 捕虜たちから離れて話を聞く。


「それで、どうだった?」


「煙の発生源も俺たちが使うような煙の上がらない炉でした。

 周囲には食料を始めとした荷物が大量に残されていました。

 殿の言った通り、あそこは野営地だったようです」


 そうだろうと思った。

 あの炉は、逃げるためだけに、使うかどうかも分からない状況で作っておくには手間がかかりすぎる。

 少なくとも小さな襲撃のたびに毎度作るようなものではないし、逆襲されることを予想してあんなものを作るぐらいならそもそも攻撃を見送ればいいのだ。

 とすれば、自分たちの煮炊きのために作ったものを逃走時に利用したと考える方が自然である。


 一緒に聞いていた〈狐〉が言う。


「そうくりゃ、奴らもあまり長くは逃げ回れないでしょうな」


「だな」


 奴らはおそらく手近な内通者のいる城に逃げ込むだろう。

 俺は組頭だとか言うもう一人の捕虜に目をやりながら小声で〈狐〉に訊ねた。


「おい、あいつは口を割りそうか?」


「……無理でしょうな。

 ありゃ多分、長い事こういう稼業をしている極道モンです。

 あっしらみたいな素人が拷問のまねごとをしてみたところで何も吐かんでしょう。

 嘘をつかれても判別できません。

 ですが大領主が飼ってるような本物の拷問官ならあるいは。

 連れ帰りますか?」


「それも手だが……」


 しかし、こちらが少し隙を見せればあっという間に逃げだされそうだ。

 こちらは逃げるのが本業で、ああいう奴を捕まえておくにはまた違った技術がいる。

 足を斬るのも手かもしれないが、そのまま確実に生かすのは医者ならぬ俺たちの手には余る。

 いや、切らずに折ればいいのか。

 だが、時間がかかるのはいただけない。

 居場所を吐かせたところで、情報が古ければ捕まえることはできない。

 もちろん、雇い主や裏切り者の名前などは知れる可能性があるので無駄ではなかろうが……。

 少しばかり考えて、いいことを思いついた。


「お前は気の利く奴らを十人ばかり選んで、遠巻きに張り付け。

 気づかれるなよ。

 そうして、少しばかり隙を見せてやれ」


 〈狐〉がニヤリと笑った。


「なるほど、お任せを」


「俺たちは荷物を届けてから戻ってくる。

 奴らのねぐらを突き止めたら知らせろ」


「へい」


*


 程なくして、予定通りに玄人らしい捕虜が脱走。

 〈狐〉らが追跡を開始する。


 俺たち本隊はジェラルドのところに「荷物を取りに来い」という趣旨の伝令を送り出した後、行軍を再開。

 半日ばかり歩いたところでジェラルドが直々に荷物を取りに来た。


「わざわざ呼びつけるとは何事だ?」


「何もお前が来なくてもよかったじゃねえか」


 そういえば、信頼できる人手が足りないとか言ってたっけ。


「まあそれはともかくだ。

 今度こそ奴らの尻尾を掴んだ。追い詰める」


「……こちらからも増援を送るか?」


「いや、いい」


「そうか」


 ジェラルド隊と別れ、今来た道を引き返す。

 日が暮れ始めていたがここが正念場だ。

 まもなく、〈狐〉からの伝令が来た。


「奴さんが城に入るのを確認しました」


「よくやった!」


 徹夜で行軍し、どうにか夜明け前に〈狐〉らと合流。

 彼らは城にほど近い森の中に潜んで監視を続けていた。


「今のところ、城からは誰も出てきてはおりません」


 さほど大きな城ではないが、壁はそこそこ高く幅広の水堀に囲まれている。

 その上本来の城兵に加えて例の賊が逃げ込んでいるとなると、俺たちだけで落とすのは厳しく見える。


「城方にはまだ見つかっていないな?」


「へい。まあ、おそらくは」


「よし、夜明けと同時に城を囲むぞ。

 それからカチュエにいるジョージ殿に伝令をだせ。

 急ぎ援軍が欲しいと伝えろ。

 残りは、短くて悪いが夜明けまで休憩だ。

 すまないがお前たちは引き続き見張りを頼む」


「へい」


 夜明けまでをウトウトと過ごす。


「殿、そろそろ夜明けです。

 起きて下せえ」


「……ん」


 空が白み始めた頃になって〈狐〉に揺り起こされた。

 もぞもぞと鎧を着込み戦支度をする。

 ここまでは走り回るために軽装でいたが、今日は城の連中に向けてちょっとばかり本気を見せてやらねばならない。


 昇る朝日を背に、横隊を組んで城に接近する。

 城方もこちらを認めたと見え、壁の内側がにわかに忙しくなる。


 本隊はまとまって城門の前に布陣、四方にはひとまず見張りのみを配置し、城壁を越えて逃げようとするやつらがいた駆け付けられるようにだけしておく。

 そんな俺たちを、城兵らしき連中が胸壁の間から恐る恐るといった顔つきで覗いている。

 そのほとんどが年を食っているかその逆に若すぎるかといったところ。

 革の防具すらいきわたっていない様子をみるに、まともな兵隊はおそらく出払っているのだろう。


 そうした配置が終わって準備万端整ったところで、俺は前に出て城内に呼び掛けた。


「我が名はフォレストウォッチ城城主〈木こり〉のジャック!

 ウェンランド王スティーブン陛下に仕える騎士である!

 ホースヤード伯子息、ノルディア代公ジェラルドの与力としてこの地に遣わされた!

 この城の城主に用がある。お出で願えぬか!」


 城壁の内から、騎士風の男が顔を出して応じた。


「我が名は騎士アシュリー!

 城主ブランドンよりこの城の守りを任された者だ。

 我が主は現在ジェラルド代公の求めに応じて従軍中であるため、御用については私が伺おう。

 だがその前にお尋ねするが、我らは味方同士のはず!

 何故、かように戦支度をして城を取り囲むのか!」


 バレていないつもりか?

 まあ、バレてると分かっていたとしてもこう言うしかあるまいが。


「我々は現在、この辺りを荒らす敵の一隊を追跡中である。

 その兵の一人がこの城に逃げ込んだという確かな情報を得ている。

 その者を引き渡して貰いたい。

 また、もし他に匿っている者たちがいるのであれば、その者らも同様に引き渡すことを要求する」


「そのような者はいない!

 よって、貴殿の要求にはお応えいたしかねる」


「ならば、城内の捜索をさせてもらいたい」


 そう言ったとたん、騎士の表情が一変した。


「ふざけるな! 城は我らの聖域ぞ!

 城内不入の権を如何に心得る!」


「そんなの知るか!」


「所詮は下賤の出か!

 ウェストモントのあばずれの愛人風情が騎士の真似事なんぞしおって!

 さっさと島に帰って腰を振る仕事に戻るがいい!」

 

「なんだと!

 どうしても拒否するってんならこっちから押し入るぞ!」


「剣を恐れて戦いもせず城門を開いたとれなれば騎士の名折れ!

 よかろう! どこからでもかかってこい!」


 お互い売り言葉に買い言葉である。

 口に出してしまった以上、もう引けない。


「いくぞ! おらぁ!」


 銀斧をぶん投げる。盾で防がれた。

 騎士がこちらを指して叫ぶ。


「応戦しろ!」


 城壁の上から老人やら子供やらが頭を出して、おっかなびっくり矢を放ってきた。

 あぁ、やっちまったな!



次回は9/11を予定しています

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