第百二話 釣り
荷運びのついでに釣りを試みることにした。
預かった荷物を囮に、例の賊どもをおびき寄せるのである。
俺たちが追っている賊の戦力は足跡などからの推定で四十人程度。
兄弟全員で護衛していてはおそらく手を出してすら来ないだろう。
そこで荷車三台に食料を満載し、少人数の護衛をつけて先行させることにした。
残る荷車と兄弟は少しばかり間を覆いて後続する。
そうして、先行する囮隊に敵が食いついたところに駆け付けるという寸法である。
誰が囮をやるかという段になって少しばかり揉めた。
真っ先に手を上げたのは手柄に逸る弓名人のウィルだった。
「それじゃあ今回は俺が囮を――」
それに、柄杓名人のエルマーが待ったをかける。
「おい、ウィル。こいつは危険な仕事だ。
ここはぁ、お頭の信認が一番篤いあっしが引き受けるところだろうよ」
「なんだと、横からかっさらうつもりかよ」
「そんなこたあねえが――」
二人が言い合っているところに〈狐〉が参戦してきた。
「待て待て、二人とも。
こういう仕事は危険を嗅ぎ取る嗅覚が物を言うんだ。
そうくりゃ、この俺が一番適任だろう」
「待ってください。兄貴たちはもう十分手柄を上げてるでしょう。
ここはひとつ、俺たち郷士組に手柄を譲ってくださいよ」
郷士隊のまとめ役であるロドリまで飛び込んできていよいよ収拾がつかなくなってきた。
すったもんだの末に、囮役はロドリ率いる郷士隊二十名に任せることになった。
防具を着込んでいる彼らであれば、不意打ちを受けても生き残りやすいし、本隊が駆けつけるまで持ちこたえる可能性も高いという判断である。
*
こうして、ジェラルドの野営地に向けて行軍を開始した。
先を進む囮隊には、食料の一部を乗せた荷車とジョージ卿から預かった彼の軍勢の旗を持たせた。
旗は先頭に目立つよう掲げさせている。
ジョージ卿との約束もあるし、何より頭の回る奴であれば、俺たちの〈切株と斧〉では部隊を不自然に分割していることを悟られてしまう。
だがジョージ卿の軍勢であれば、ジェラルドのために先行して食料を送り出したとて、そこまでおかしくはとられないだろう。
実際、今回の輸送の実態は限りなくそれに近い。
郷士隊の武装はもちろんウェストモント風であるから、その点から違和感を抱かれることもない。
これなら釣りもうまくいくだろうと考えていたら、前方で角笛が鳴った。
先行する囮部隊に持たせた角笛の音だった。
カチュエを出てから半日、予想外の早さだ。
「野郎ども! いくぞ!」
「おう!」
まずは騎乗できる兄弟を五人ばかり送り出し、それから残りの食糧を積んだ荷車に最低限の護衛だけ残して全員で街道を駆ける。
少しして、先行させていた騎乗の兄弟が一人戻ってきた。
「殿! ロドリはまだ持ちこたえられるそうです!
敵は街道右手の森の中から攻撃してきているから回り込んで欲しいとのことです!」
「よしきた!」
森に入ったところで兄弟たちを横に広く展開させた。
先ほど戻ってきた兄弟を案内にして、森の中をなるべく気配を断ちながら慎重に進む。
程なくして、樹々と茂みの隙間からロドリ隊に矢を射まくっている敵の背中が見えてきた。
森の縁に沿って展開した端の兵と見える。敵の指揮官は反対側にいるのかここからは見当たらない。
ロドリたちは荷車の陰に隠れ、槍は投げ尽くしたのか時折柄杓で石や敵の矢を投げ返している様子。
俺は小声で〈狐〉を呼び寄せた。
「忍び寄って、あの端の奴を捕らえろ。
それを合図に仕掛ける」
〈狐〉は黙ってうなずくと、手直にいた〈獣〉二人に手まねでついてくるよう指示した。
そうして身を低くして、木の葉を踏む音すら立てずにするすると近づいていく。
敵はロドリ隊を射るのに夢中でまるで気づかない、と思いきやあと一歩のところではっとした様子で振り返った。
「敵しゅ――!」
皆まで言わせず〈狐〉が二人掛でそいつに掴みかかり、残る一人が向こう隣の敵を突き殺す。
「全員掛かれ!」
俺の掛け声に合わせて兄弟たちが一斉に攻撃にかかった。
柄杓持ちたちが一斉に槍を放ち、そのまま突撃を開始。
弓持ちたちが木々の隙間を縫うようにして援護射撃を行う。
敵の反応は予想外に速かった。
すぐに「退却!」の声がかかり、一目散に逃げにかかる。
算を乱して、とも違うためらいのない良い逃げっぷりだ。
だが、ようやく掴んだ尻尾だ。こちらとて簡単に手を放しはしない。
「追え! 逃がすな!」
号令をかけ、リスクを承知で追撃にかかる。
「うおおおお!」
兄弟たちが喊声を上げながら突っ込む。
逃げる敵を威嚇して恐怖を煽るとともに、見通しのきかない森の中で孤立しないための工夫だ。
少しばかり追いかけたところで、森の中にキナ臭い空気が漂い始めた。
悪い予感とかそういう意味ではなく、物理的な話だ。
藪を一つ二つ潜り抜けたところで濃密な煙が漂い始め、あと数歩の距離まで迫っていた敵の背が次々とその中に消えていく。
火計か?
もしそうなら、いっそこのまま敵の背をつつく距離で駆け抜けた方が安全である。
が、どこか嗅ぎ覚えのある匂いに気づく。
とっさに叫ぶ。
「追撃中止! 退却だ! 退却!」
隣で敵の襟首をひっつかんでいた〈熊〉がエッといった顔でこちらを見たが、しかしすぐにその命令を復唱する。
「退却! 退却ぅ~!」
もちろん掴んだ襟首は離さず、叫び終わると同時に引き倒してその顔面に拳骨を叩き込んで大人しくさせる。
他の兄弟も聞こえた者から次々と命令を復唱し、号令が森に連鎖していく。
命令が一通り行きわたったことを確認してから、背後を警戒しつつゆっくりと引き返す。
こちらが退却命令を出したのは当然敵の耳にも入っているはずだから、逃げるのをやめて逆襲してこないとも限らないからだ。
もっとも、あの逃げっぷりを見る限りそんなバカな判断を下すような奴らじゃないだろうが。
森を出て、ロドリ隊の荷車のところに集合させる。
二十人隊ごとに点呼をとってはぐれた奴がいないか確認。
本隊に被害はなし。
奇襲に成功したのと、敵が抵抗せずに逃げにかかったのが理由だろう。
一方で囮を引き受けたロドリ隊には五人ばかり死人が出た。
装備の重い郷士兵であればこそ、この程度で済んだというべきか。
戦果と言えば、捕虜が三人、それから数体の死体。
こちらの被害に対して割に合うかというと微妙な所だ。
ウィルが不満そうな顔で聞いて来た。
「殿、なんだって追いかけるのをやめたんです?」
「あの煙な、変なにおいがしなかったか?」
「うん? ああ、そういえば……」
「ありゃな、以前俺が使った森婆の薬草の臭いだ。
あの中に突っ込むと、頭がクラクラしてまともに戦えなくなっちまう」
ウィルは、以前に薬草を使って倒した騎馬傭兵たちの様子を思い出したのか顔をしかめた。
「そりゃあ……ぞっとしませんね」
「だろう」
被害はトントン。
後はまあ。
俺は縛り上げられた捕虜たちの前に立った。
彼らは不安げな様子でこちらを見上げる。
こいつらからどれぐらいの情報が引き出せるかが勝負だな。
次回は9/4を予定しています




