第百一話 食料護衛
「カディラは我々の支配下にある。
何かの間違いではないか?」
というのが俺の報告に対するジェラルドの回答だった。
カディラとは先日、敵の痕跡を追いかけて見つけた城の名だ。
ジェラルドの軍勢を見つけるのに苦労はなかった。
先の奴らと違い行動の痕跡を隠そうともしていないし、行軍速度もひどくのろのろとしていたからだ。
「じゃあ、敵に内通してやがったんだ。
うちの隊で一番の追跡名人が言うんだから間違いはねえぞ」
俺の言葉にジェラルドが眉間にしわを寄せてうなった。
「それは考えにくいな。
城主のウォルター卿は我が家の縁者だ。
その上、父に逆らえるような御仁ではない。
現に今も兵を率いて我が陣に加わっているのだ」
なるほど、こいつなりに根拠があってのことらしい。
まあ頭っから否定してこないだけでも随分な進歩か。
「だがよ、今どき血縁なんてあてになるのか?」
なにせウェンランドではつい先日、従兄弟と兄弟がそれぞれ戦をしたばかりなんである。
「荷駄隊を襲ったやつらが城に出入りしていたのは確かなんだ。
城主がここにいるならむしろ好都合だ。
悪いことは言わねえ。さっさとやっちまおうぜ」
「無茶を言うな。
大した証拠もなしに味方を誅すれば、陣中の結束が乱れる。
これ以上味方を失うわけにはいかん」
まあ、それも理屈だ。
何でもかんでもぶった切れば済むわけじゃないしな。
「そうかい。だが一応警告はしておくぞ。
寝首をかかれないよう気をつけな」
「……うむ」
ジェラルドがひどく素直にうなずいた。
意外とは思わない。
その顔には疲労が強くにじみ出ており、俺と口論する気力もないというのが実際のところだろう。
「それからな、多分内通者はそいつだけじゃないぞ」
「どういうことだ?」
「やつらの拠点がその城だけと考えるには、襲撃が起きている範囲が広すぎだ。
多分、そいつらを匿っている城は他にも複数ある。
奴らが神出鬼没でいられるのも、そういう味方のふりをした敵が大勢いるせいだろう」
ジェラルドが悲痛な表情で呻く。疲労の色もますます濃くなっていた。
だんだんと可哀そうになってきてしまった。
「ひとまず、俺たちは狩りを続ける。
だがせっかく追いかけても、またどこかの城に逃げ込まれちまえば俺たちは手を出せねえ。
あまり期待はしてくれるなよ」
そう言ってジェラルドに背を向けようとしたところで、「待った」の声がかかった。
「一つ頼みたい仕事がある」
「なんだ?」
「間もなくカチュエに本国からの荷が揚がる予定だ。
その荷が確実にこの軍勢まで届くよう、護衛して欲しい」
「中身は?」
「食料だ」
重大任務だな。
「なんだって俺たちに?
自分でいうのもなんだが、俺たちは襲うには向いてても守るには向かないぜ?」
襲ってくる奴らと真正面から殴り合うならもっと重装備の奴らの方が向いているだろう。
まあ、そうは言ってもそこらの連中よりはましな働きができるとは思うが。
「わかっている。だが我々の給養はかなり厳しい状況にある。
これが例の賊どもに奪われればもはや軍勢の維持すら難しい。
絶対に渡すわけにはいかん」
「だったらなおのことだろ。
これだけの大軍を率いてるんだから、もっと信用できる奴がいくらでもいるだろうが」
ジェラルドは悔し気にグッと奥歯をかみしめた。
「……内通の可能性がある以上、ノルディアの者らは誰一人として信用できん。
だが、ウェンランドから連れてきた兵を手放すこともできない。
もはや、きさ……貴殿に頼るほかはないのだ。頼む、引き受けてくれ」
余程追い詰められているらしい。
だがまあ、こいつがしくじれば姫様に迷惑がかあるんである。
「しかたねえな。だが、結果に関しちゃ約束はできないぞ」
「わかっている。それでもなお信用のおける男だということも承知している……どうした?」
ジェラルドが俺の顔を見ながら怪訝そうに眉を寄せた。
俺は嘘がつけない。呪いを抜きにしてもすぐ表情に出てしまうからだ。
「お前にそんなこと言われて、気味が悪くなっただけだよ」
「用件は済んだ、さっさと出ていけ!」
*
カチュエに向かって行軍を開始。行ったり来たりと歩いてばかりだ。
戦争とは歩くことだと言っていたのは確か〈犬〉の奴だったか。
ウェストモント出の大弓兵の一人が「またかよ~」などと〈大鼠〉を相手に不満を漏らしている。
「一体いつんなったら戦えるんですか~」
「馬鹿言え、危ねえ目に合わずに済むんなら、それに越したこたあねえだろうが」
〈大鼠〉がそんな風に諭していたが、諭された当人はどこ吹く風である。
俺はそいつに声をかけた。
「おい、そこのお前」
「は、はい!」
途端にそいつはピンと背筋を伸ばした。
「態度には気を付けた方がいいぞ。
そこの〈大鼠〉はな、ぼんやりして見えても〈獣〉の一員だ。
兄弟団ができてからずっと五体満足で生き残ってきた猛者だぞ。
生き残りたきゃそいつの話はよく聞いておけ」
これは本当の話である。
確かに他の〈獣〉達に比べると頼りないところはある。
やや臆病で特別武技に秀でているわけでもない。
その分、警戒心は強く、抜け目がない。
たまに間抜けもやらかすが、ここぞという時に致命的な失敗をしたこともなかった。
凡人の延長線上にながら経験を積んだ、まさに新人が手本とするべき類の男だ。
新人は少しばかり意外そうな顔をした後、〈大鼠〉を仰ぎ見た。
奴はと言えば、得意げに、先日罠にかかって曲がってしまった鼻の下をこすっている。
調子に乗ってるなあとは思ったが、特に注意はしなかった。
確かにこういうところは〈大鼠〉の欠点ではあったが、それ以上にこの愛嬌は長所でもある。
戦場で荒みがちな兄弟たちの空気を和ませてくれるからだ。
そんなこんなでカチュエに到着し、輸送する荷物を受取るため港へ向かう。
港は大勢の兵士や荷揚げをする人夫やらでごった返していた。
いったいどれが俺たちが運ぶ荷物なのか分からないので、荷揚げを指揮していた役人らしき男を捕まえて聞いてみた。
「申し訳ありません、ジャック様。
お話は伺っておりますが、まだそちらの荷物が揚がっておりません」
では港中に積みあがっている荷物は一体何かと思い聞いてみると、ウェストモントからの増援部隊の物だという。
「風向きがよかったようで、予定よりも早く到着なさいまして。
大勢の兵が乗っておりますんで、そちらの上陸を優先しとるんです」
なるほど言われてみれば、ウェストモントの大長弓を持った兵士がうろうろしている。
港の役人が言うには上陸中のウェストモント兵、その数二千。
船団は五十隻にもおよび、荷物や馬も含めれば完全に揚陸するのに少なくとも今日一杯はかかるという。
なんともまあ、間の悪いことだ。
援軍は嬉しいが、腹を空かせているであろう兵士たちにとっては何とも気の毒である。
なにせ、その兵士の中にはトムも加わっているはずなのだ。
そう思えば一刻も早く飯を届けてやりたい気持ちが湧いてくる。
どうにかならないかと交渉を持ち掛けようと口を開きかけたたところに、背後から声をかけてくる者がいた。
「おお! そこにおられるは〈木こり〉のジャック殿ではないか!」
声のした方を振り向いてみると、そこには厳つい顔つきの領主風の中年男がいた。
体格はがっしりとしており、まっすぐに伸びた背筋からも良く鍛えられていることが窺える。
確かこいつは、ウェストモントの有力領主で陛下の重臣の一人だったはずだ。
名前は、ええっと……ジョージだったかな?
俺は彼に向かってしっかりと向き直ると、騎士風の礼をとった。
「これはジョージ殿。お久しゅうございます。
ご遠征、まことにお疲れ様です」
「うむ、そう堅苦しくする必要はない。
貴殿こそホースヤードの小倅なんぞのために働くのは業腹であろうに」
先の大陸戦役の折、ジェラルドがミュール城に籠っていた俺たちをわざと置き去りにした一件は広く知れ渡っている。
特にウェストモントでは姫様が多くの人に慕われていることもあり、ジェラルドへの反感はなおのこと強い。
一歩間違えば姫様が敵の手に落ちていたのだから当然だろう。
「はい。しかしこれも殿下のためと思えば」
「まさにそれよ!
我らとて、あれが姫様の婚約者でなければこのまま攻めかかってやりたいところだ。
まったく、やむなき事であるのは分かるが、陛下も惨いことをなさる」
彼はそう言ってかぶりを振った。
それから、気を入れかえるようにため息を一つついてから続けた。
「時にジャック殿、先程から何やら深刻な顔で話し合っておられたようだが、何か問題でも起きたのか?」
「ああ、それがですね――」
俺は現在の状況をかいつまんで伝えた。
「なるほど。少しばかり間が悪かったか。
小僧が窮地に陥っているのは小気味よいが、配下の兵どもに罪はない……」
そう言って彼は少しばかり思案する。
「……よし、分かった。
それでは、そちらの船の食糧と、こちらの揚陸済みの食糧を交換しようではないか」
「ありがたきことにございます」
「なに、感謝には及ばん。
これも政治だ」
一体どういうことかと俺が首を捻ると、ジョージ卿はニヤリと笑って言った。
「その代わりに一つ頼みがある。
食料の輸送にあたって、我々の旗を掲げていただきたい」
なるほど。ジェラルドの奴にしっかりと恩を着せたいってわけだ。
わざわざ見せびらかすってことは、それによって合流後の主導権争いを優位にしようという意図もあるのだろう。
俺は持ってくるのが遅いとジェラルドに嫌味を言われずに済む。
ジェラルドは早く食料を手に入れられる。
ジョージ卿もジェラルドに大きな顔ができるようになる。
三者それぞれに得がある、実に素敵な提案である。
「喜んで旗を掲げさせていただきます」
旗は隊列の先頭に、一番目立つように掲げるとしよう。
俺にとってもジョージ卿がでかい顔をしてくれた方が動きやすくなりそうだ。
「うむ」
ジョージ卿は満足げに頷いて言った。
「それでは、荷揚役人殿。
我々の荷の内、荷揚待ちをしているジェラルド殿の荷と釣り合う量を引き渡すよう手配を頼む。
いや、待て。
不利な交換を押し付けたなどとケチな言いがかりをつけられてはたまらぬからな。
こちらから渡す分が目に見えて多く……そうだな、二割増しになるようにしてやれ」
流石はウェストモントの大領主である。
食料には余裕があるらしく随分と太っ腹である。
「はっ! それではジャック殿、荷の場所まで案内いたします」
「はい、よろしくお願いします。
それではジョージ殿、改めて御礼申し上げます」
「うむ、貴殿の武運を祈っておるぞ。
まもなく我らも進発する。再び盾を連ねるのを楽しみにしている」
「私共も、貴殿のご武運をお祈りしております」
ジョージ殿に一礼し、荷揚役人の背を追ってその場を後にした。
次回は8/28を予定しています




