第百話 追跡
ジェラルドから、食料の補給についての書状と「敵」についての情報を受取った。
情報と言っても大したものではない。
これまでに襲撃を受けた地点と日付が箇条書きになったメモである。
これは何もジェラルドが嫌がらせをしているわけではなく、彼らも敵の正体を全くつかめていないのだという。
捕虜にした敵方の騎士に聞いても何も知っておらず、どこの手の者達かすら分かっていないらしい。
ともかくそれらを持ち帰り、いつものように主だった面子を集めて額を寄せる。
今や隊内一の追跡名人となった〈狐〉とともに敵の足取りを検討した結果わかったのは、「敵は神出鬼没である」という一点だけだった。
「申し訳ありません、殿。
何しろ、この辺りについては全く土地勘がないもので。
ノドウィッドの周りだったんならもう少しいろいろ判ることもあったとは思いますが……」
俺たちが持っている地図なんて、町から町へ移動するための経路が分かる程度のものである。
せいぜいが、荷車が通れる程度の大きい道と、その途上にある目印や主だった村落が記されているだけだ。
小さな村や細かな地名、そしてそれらの位置関係なんぞを正確に把握できる代物ではない。
まして、地元民が使うような間道など知りようがなかった。
「まあ、そいつは仕方ねえよ。
とは言え、どうしたもんかな……」
郷士兵たちのまとめ役であるロドリが口を開いた。
「地元の人間でも雇って案内させてみてはどうでしょう?」
「もっともだな」
もう一度地図に目を落とす。
そこには出現場所として記載されている地名の半分も記載されていない。
案内が必要なのは確かだ。
「だけど、少しばかり範囲が広いな」
大体において、村の人間が把握しているのはそいつの地元だけである。
隣村やその隣までの道は知っているかもしれないが、その範囲外について細かな間道までとなると厳しい。
あるいは俺たちのような盗賊や、密輸商人のような後ろ暗い商売をしている人間が見つかればあるいは。
しかし、そんな奴らに余所者がホイホイと渡りをつけられるとも思えない。
「殿、結局のところ地道に追いかけるしかないんじゃないですかね」
と〈狐〉。
「ひと先ず最後に襲撃のあった場所に行ってみましょう。
それでまあ、足跡でもみつかりゃあ儲けもんです」
「他に当てもないし、結局はそこからか。
よし、奴らが一番最後に現れた場所に向かうぞ」
*
先程の村で案内人を雇い、一番新しい襲撃地点へ移動する。
その道は大きな森のすぐ脇を通っており、待ち伏せするなら俺達でもここを選ぶだろうという場所だ。
そのような場所では荷駄隊の方だって本来なら警戒をする。
そうならなかったのは、おそらく油断があったのだろうがそれも仕方のないことに思えた。
なにしろ先の村からさほど離れてはおらず、ジェラルド達の本拠地であるカチュエからも一日かからない程度の距離にあったからだ。
「ほとんど目と鼻の先じゃねか」
そのあまりの近さに俺は思わず愚痴ってしまった。
「全く自分の足元で好き放題させるなんざ、ジェラルドの奴は何やってんだか」
それを聞いたウィルが呆れ顔でいう。
「殿がそれを言いますか?」
「なんだよ」
「……いや、あのドラ息子をかばうつもりはありませんけどね。
殿だってローズポートのすぐそばで石橋を崩してのけたじゃないですか」
それとこれとは……と言い訳しようとしたが、うまい返しが思いつかない。
道の脇で何か少しでも痕跡が残っていないかと屈み込んでいた〈狐〉が会話に割って入ってきた。
「ウィルの言う通りでさあ。
こういうことをやってのけるのは、えてして大胆かつ狡猾な奴らです。
手ごわいですぜ」
「ふむん」
こちらももっともな意見である。
奴らがただのバカならジェラルドも苦労はすまい。
「ウィル、弓隊はしっかり周囲を警戒しておけ」
「へい」
ウィルとて元より油断するような男ではないが、口に出して気を引き締めさせることは無駄ではない。
「それから、エルマー。
柄杓を〈獣〉の護衛につけろ。
〈獣〉連中が捜索に専念できるようにするんだ」
「へい!」
「郷士隊は戦闘隊形をとって待機しろ。
あまり気を張る必要はないが、いつ攻撃を受けてもすぐに盾の壁を作れるようにしておけ」
「はい!」
そうして捜索が始まった。
こうした探し物は俺たちの得意技である。
が、俺は大の苦手だった。
〈犬〉にもあれこれと教わったものだったが、どうにも人並み以上のものは身につかなかった。
動物や不用意な人間がつけた痕跡ならばどうにか見つけられるが、うちの〈獣〉連中みたいなのが跡を消しながら歩いたようなのはどうにもならない。
しかし問題はなかった。
こういった仕事は〈狐〉に任せておけば何の問題もないのである。
ところがである。
今回もたちどころに敵の痕跡が見つかると思っていたのだが、どうも勝手が違うようだ。
しばらく待ってみても何の報告も上がってこない。
「どうだ? 何か見つかったか?」
森の中に入って、〈狐〉が立ち上がって腰を伸ばしているのを見つけて尋ねる。
我が隊随一の追跡名人は渋い顔で答えた。
「いいえ、殿。それがさっぱりでして」
「そうなると、そもそも探す場所が間違ってたか?」
ここには村で雇った案内人に連れてきてもらったのだが、では戦闘地点とは違う場所に案内されてしまったか。
「殿、さっぱりってのはそういう意味じゃないんで。
戦闘の痕跡そのものは確かに残っとります。
ですが、奴らがどちらへ消えたかって言うと、それが見つからないんで。
こりゃあやっぱり、あっしらのような盗賊仕事に慣れた連中の仕事ですな」
なるほど。
「じゃあ、追跡は難しいか?」
「簡単じゃありませんが、必ず見つけます。
捜索範囲を広げりゃ何とかなるでしょう。
確かにこの辺りは徹底して痕跡が消されてますが、道中すべての跡を消すなんて我々でも不可能です。
ある程度進めば、必ず尻尾を出しまさあ」
痕跡を消しながら歩き続ければ、当然移動に時間がかかるようになる。
そうしてのんびり逃げているところを捕捉されては本末転倒だ。
時間が稼げる程度に痕跡を消したら、あとは全力で遠ざかるのがお約束である。
「わかった。だが広がればそれだけこっちも手薄になる。
くれぐれも警戒は怠るなよ」
「へい!」
郷士隊のところに戻って待つことしばし、森の中から〈狐〉が戻ってきた。
その顔に浮かぶ不敵な笑みを見れば報告なんて聞くまでもない。
散会していた兄弟たちを集合させ、一旦休憩を取った後に追跡を開始する。
追跡担当の〈獣〉達を前に出し、森の中にゾロゾロと分け入っていく。
「ざっと四、五十人てとこでしょうな」
先を行く〈獣〉達に目を配りながら〈狐〉が言う。
「あまり防具を着込んでいる様子はありません。
先ほどの戦闘の痕跡から見て、弓兵がほとんどかと」
そんな分析を聞きながらの少しばかり進んだところで、前方から「ギャッ」と悲鳴が上がった。
待ち伏せか?
皆が一斉に身を低くし、郷士隊や柄杓組は盾を構え、弓組は矢をつがえて周囲に目を光らせる。
〈狐〉が声のした方に走って状況を確認する。
やられたのは〈大鼠〉らしい。
罠が仕掛けられていたとのことで、ヒイヒイ言いながら鼻を抑えて転げまわっている。
ひっかかるとたわめた枝にぶん殴られるという、地味な奴だ。
「ひとまず、大事はなさそうだな。
てめえらも気をつけろ。地味に厄介な奴らだぞ」
〈狐〉が〈大鼠〉の手当てをしながら皆に呼び掛けた。
〈大鼠〉を後ろに下げて追跡を再開。
時折、〈大鼠〉の鼻を曲げたのと同じ罠が見つかったが、二度も同じ手にはかからない。
が、警戒している分だけ速度は落ちている。実に悪辣な手だ。
それにしてもこの手の掛けよう、まるで俺たちみたいなのに追跡されることまで想定していたみたいじゃないか。
相当に慎重な奴らだ。
やがて森を抜け、どこかに通じる小道に行き当たった。
「……こっちですな」
しばらく道の様子を確認していた〈狐〉が一方を指す。
道沿いに追跡を続けると、道から外れた丘の上に小城が一つ見えてきた。
ずっと足元を睨みつけながら歩いていた〈狐〉が、顔をあげて城に視線を移しながら顔をしかめた。
「どうした?」
「殿、どうも奴らはあの城の方に向かったようで」
なるほど。するとあれは敵方の城なのだろうか?
あるいは味方のふりをして内通しているのかもしれないが、ともかくこんなところに避難場所を確保しているなら、敵の暴れっぷりも納得がいく。
それにしてもなんとまあ。
大陸領は敵味方入り乱れて大混乱の様相をきたしているとは聞いているが、いくら何でもカチュエに近すぎる。
ジェラルドの奴、こんな足元に敵対勢力を残しておいて大丈夫なのだろうか?
「……しょうがないな。
今回は引き上げるぞ」
「よろしいので?」
「俺たちだけじゃあの城は落とせねえ」
できるかもしれないが、損害は大きいだろう。
城の戦力だって不明だ。
あるいは城を囲んでいるところに敵の援軍が来て横腹を突かれないとも限らない。
「ひとまず、ジェラルドのところに行って報告するぞ。
城攻めは奴らの仕事だろう」
次回は8/21を予定しています




