それぞれワガママ
「ベルの母親のところって……ドラゴンのところへ案内するってことですか?」
エルストの問いかけにアーロンは頷く。
「おれはきみの兄貴コネリーに、アトウッドへの道案内を頼まれてた。本当は行きたかないんだが……案内するほうが正しいと思うから、案内してやるよ」
「アトウッド? それが私を産んだ母親の名前?」
「なんや聞いたことない名前やな、ベル」
「そうだね、アギ」
「ふだんは世界の辺境にいるから、ふつうは聞いたことがなくても無理ねぇよ。だがエルストは耳にしたことがある名前なんじゃないかい?」
今度はアーロンがエルストに問いかけたのだった。
「あります」
そうは言いつつも、当のエルストはやや困惑している。「どこで?」とベルが尋ねると、エルストは「山小屋でサムから聞いたんだ」と答えた。
「サムが言ってたんだ。『王族は十七歳になるとアトウッドに会う旅に出る』って」
「あー、ミズリンの姉ちゃんが言うとった『しきたり』のことな!」
「そう。それだよアギ」
それはちょうど自分が十七歳になった誕生日のできごとでもあり、サムがサルバに殺される日のことでもあった、とエルストは思い出す。
「でもまさか、王族の会いにいくドラゴンがベルの母親だったなんて。なんという巡り合わせなんだろうね、ベル」
「はい。何か意味があるんでしょうか、エルスト様」
「それはアトウッド本人に訊きなよ」
アーロンが言った。
「僕は行かなきゃ。兄上は僕にとって大切なことをアーロンさんに託したんですから、それを無視したくはない」
でも、とエルストは迷いながらベルを見る。
「きみはどうする? 母親に会うことができる? 僕はきみが一緒に来てくれるんならそれはとっても心強く感じるけど、同時にきみにも傷ついてほしくないとも思うな」
母親に会いたくないときもあるでしょ、とエルストは続けた。ベルはしばらく黙った。そして彼女は何かを決めた顔つきになる。
「気遣ってくれてありがとうございます、エルスト様。でも、ダメですよ」
「ダメって、何が?」
「私が傷つくことをエルスト様が気にしちゃダメなんです」
「どうしてだよ。僕はきみを心配してるのにさ」
唇をとがらせるエルストに、ベルは「思い出してください」と言う。
「私たちがこうなのは全部親のせい。王国のせい。サード・エンダーズのせい。だけど私たちはそれを受け止めて、この道を進むって決めたんです。みんなの未来をおびやかすものを倒すっていう道を。私、ここまで来たことをムダにするのはイヤ。私は――」
「――イヤなことはしない」
「そのとおりです。エルスト様が心配するべきなのは私ひとりではなく『みんなの未来』です」
「サルバと敵対しても?」
エルストが尋ねると「それをエルスト様が言うんですか」とベルは一蹴した。
「私、エルスト様と一緒に行かないのはイヤなんです。エルスト様も、私がイヤなことはしないでくださいね」
「なんだよそれ。わかったよ、ありがとう」
アギも来てくれるよね、とエルストが問いかければアギは「あったりまえやろ」と言った。
「はあ、若いっていいねぇ。エネルギッシュっていうのかな。輝いて見えるよ」
アーロンはいつのまにかエルストから目をそらしている。
「なに言うとるんやアーロン。ワシからしたらおたくもじゅーぶん若いで」
「……久しぶりに若造扱いされたよ。どうも今日は変な気分が続くなぁ」
◇
その後エルストはひとりだけ地上に戻り、テントの下でゲムと話そうと試みていた。
「あのさ……ゲム」
「なんや腐れ王子。ロクに飛べんドラゴンを鼻で笑いにきたんか?」
「違うよ。僕はきみに謝ろうと思ってきたんだ」
「あーやーまーるーぅ? おやや、わいの空耳かいな? いま極悪非道王族エルオーベルングさんの口から不釣り合いな言葉が聞こえた気がするな~」
「不釣り合いで悪かったね。でも、これだけは伝えておきたくって」
膝を抱えて座るエルストは、隣に寝そべっているゲムを見ている。
「さっき、きみに『誰かから名前をもらうことの喜びがわからないんたろう』なんて言ってしまって本当にごめん。きみはアーロンさんからもらった名前を大切にしてるのに、僕はそれを知らなくって好き勝手に言っちゃったんだ」
するとゲムがこちらを見た。
「知らなかったら許されるとでも思っとるんか?」
このゲムの言葉に、エルストは言葉に詰まってしまう。
「『本当のことを知らなかったら何しても許される。本当のことを知っても、あとで謝れば許される。だって悪気なかったんやもん、しゃーないやん。せやから貴様は俺様を許せ』、そう言うとるんか、おまえは?」
ゲムは「それがエルオーベルングの常識ですか問うてるんや、わいは」と続けながらエルストを睨みつけた。
「そうじゃないよ」
エルストが答える。
「知らなかったから許してもらえるとか、知っていたけどしかたなかったとか、そういう理屈を通そうとは思ってないよ。ただ、僕がきみを見る目が変わったことを伝えておきたかっただけなんだ。とはいえ、それも自分勝手な理由だけど……とにかく僕はもう不用意にきみを傷つけるような言葉は選ばないようにする。だけど、きみは僕を許さなくていいよ。これまでどおり、冷たく接してくれて構わないからね」
「おう。お言葉に甘えさせてもらうわ」
「素直だね。そういうところ素敵だと思うよ」
それから、とエルストは続ける。
「きみはもう自殺検証なんてしなくていい。僕がアーロンさんの死ぬ方法を見つけるから」
これに対し、ゲムは「あぁ?」と煽るように言った。
「僕たちはドラゴンが死ぬ方法を探してるんだ。きっと見つけてみせる。それがあれば、きっとアーロンさんだって……」
「王族に生きかたを指図されたくないわ」
「きみはアーロンさんと楽しく生きたくはないの?」
「……楽しくゥ?」
ゲムの目が丸くなった。エルストは言う。
「これは僕の推測だけど。アーロンさんは、きみが動けなくなるのがイヤなんだろ? じゃなきゃ、自分の時間……つまり『寿命』を使ってまできみを止めやしないよ。それに、きみもわかってるよね。誰かに名前を与えること、もらうことの嬉しさや喜びだとかを」
ゲムは黙っている。
「僕は誰かに名前をつけたことはないけどさ……自分が名づけた相手を大切に思わない人間はいないと思うよ。ましてやアーロンさんときみは数百年の間柄だ。僕にとってそれは永遠も同じさ。そんな時間を一緒に過ごしてきた相手が、とつぜん動けない体になるなんてイヤに決まってる」
「おまえがイヤイヤイヤイヤ言うてるのはアーロン側の気持ちだけやろがい! わいにだってイヤなことはあるわ!」
「なら、きみが一番イヤだと思うことを教えてよ。知りたいや。動けなくなってアーロンさんとおしゃべりできなくなるよりも、自殺検証が成功しないことのほうがイヤなの?」
「それは……」
もごもごと口ごもるゲムにエルストは言葉を続ける。
「もう一回だけ自分勝手なことを言うね。僕がきみだったら、おしゃべりできなくなるほうがよっぽどイヤだな。前はあんなにうるさく感じてたアギの声も、今では聞くと安心できるんだもの。そういう気持ちはアーロンさんも同じなんじゃないかな」
「――エルストの言うとおりだ、ゲム」
寝そべるゲムの上に黒い影が現れた。アーロンだ。地下から来たのだろう。
「ゲム。もう自殺検証はやめよう」
「なんや、どいつもこいつも寄ってたかって! 何度言われたかてやめへんわい! しつこいで」
怒鳴るゲムの隣にアーロンが腰をおろした。
「しつこくっても何度も言うよ」
エルストはアーロンの言葉に耳を傾ける。
「ゲム。おまえが痛々しそうにしてるのは……いや、翼がぜんぶ折れて、動けなくなったまま永遠を過ごしていくおまえを想像したら、おれは我慢ならねえんだ。動けないまま永遠に生きるのが苦痛だってこと、永遠には生きられないおれにだって想像できる。寂しがり屋のおまえなら尚さら耐えられないだろ」
「誰が寂しがり屋や!」
「いつもすさまじく寂しがってるだろうに。この数百年ずっと、おれがいるところ行くところについてきやがってよ。明日にも動けなくなったらどうするつもりだ? おれを呼びたくても呼べない体で何百年、何千年も生き続けるなんて地獄だぜ」
「地獄……」
ゲムがぽつりと呟いた。
「こんなこと言うのは生まれて初めてだけど、いい機会だから言っとくよ。ゲム、おれはおまえには、動ける体で永遠に生きていてほしいんだ。自殺検証をやめるなら今のうちなんだよ。それでもおれが幸せになるために続けるって言うんなら、『死にかた』じゃなくてほかの幸せをくれ」
「ほかの? なんやアーロン、ほかに欲しいものがあるんか?」
「あるさ」
アーロンがうなずく。
「一日でも多く、おまえが動いてる姿を見せてくれ。そしてベラベラしゃべっとけ。そういうのがいいんだよ、おれは」
アーロンが持ちあげたゲムの体に小さな水滴が落ちるのを見たエルストは、そっとその場を離れ、アーロンとともに地上へ来ていたベルとアギのもとへ行った。
「聞いたで、王子」
エルストはまずアギの満足げな笑みを見る。
「ワシの声、安心するんやってぇ~? でぅへへへ。そうかそうか、ワシの声きくと王子は安心するんやな〜!」
「そうだけど、悪い?」
「悪かないで。おほほほほ! なあベル、見たか? 王子の今の照れ隠し!」
ベルは「見た見た」と控えめに笑った。
「エルスト様、お顔が真っ赤っかですよ。照れ隠そうとしても隠せてないですからね」
「まさか聞かれてるとは思わなかんだよ、ベル」
「さっきアーロンさんに言ったんです。『いくらお互いの寿命が長くても、ちゃんと気持ちを伝えないと永遠にわかりあえませんよ』って」
「きみが?」
「はい。私はゲムとアーロンさんそれぞれと話したからなんとなくわかりましたけど、当人同士はお互いの気持ちを理解できてないんじゃないかって思ったんです。イヤとか好きとかの意思表示はきちんとしなさいって、私もパパとママに言われてましたから、それと同じことをアーロンさんに伝えました」
そこでアギが口を挟む。
「ああして見ると、あのふたり、素直じゃないんやな。ずっと一緒にいると性格が似てしまうんかな?」
「でも、僕はうらやましいな」
「何がです?」
ベルの質問にエルストはこう答える。
「似るって、一緒に過ごした時間の証拠ってことみたいだから」
「一緒に過ごした時間……ねえ、エルスト様」
ベルは笑顔を消し、真剣なまなざしをエルストに向ける。
「私、決めました」
「決めたって、何を?」
「私の『親』を。今日アーロンさんの話を聞いてから、じつは戸惑ってたんです。パパとママが本当の両親じゃないってことは知ってましたけど、本当の両親が誰なのかは今日まで知らなかったから……これからはサルバとアトウッドを親と呼ばないといけないのかなって考えたら、すごくモヤモヤしたんです」
するとアギが困った顔を見せる。エルストもまた眉間にシワを寄せた。「でも」とベルが続ける。
「今エルスト様が言った『一緒に過ごした時間の証拠』、これを聞いて胸がスっと軽くなりました」
「聞いてもいいかな。誰を親と呼ぶの?」
「それはもちろん、私を育ててくれた人間のパパとママです」
ベルの顔に笑みが戻った。
「私にとって『親』と呼ぶのは、その人たちと一緒に過ごした時間の証拠。今、そう思えました。そしたらスッキリしました!」
「きみはとても強い愛情をもらってたんだね。ベルだけじゃなくって、アギも」
「な……なんでワシもやねん、王子?」
アギは困惑している。
「アギは〈クレボ〉の魔法について、ベルには言わないって約束を守ろうとしてたじゃないか。それはアギがベルのパパとママを大切に思ってたから……そしてパパとママも、アギを信頼してたってことだろ?」
エルストが言うと、アギは目を潤ませた。
「ワシにとって、初めて話し相手になってくれた人間やったからな」
鼻水をずびずび啜りながら、アギはアーロンとゲムを見る。アギとアーロンが泣きやむまで、もうしばらく時間がかかりそうだ。




