幸せとか愚かとか
言葉では表現できないような、停滞した沈黙の時間が過ぎ去ったあと、
「アーロンさん、詳しく聞いてもいいですか? サルバのこと」
そう尋ね、「僕たちがまだ知らないことがある口ぶりだから」と追及したのはエルストだった。アーロンがそれを承諾すると、エルストはベルに「気分を悪くするようなら外で待っていてもかまわないよ」と告げた。ベルはしばし悩んだあと「私も聞きます」と答えた。「聞かなきゃ気が済みません」とも言った。
「あいつは魔法研究所の研究員だったんだ」
アーロンはあぐらに頬杖をつきながら言った。「サルバはドラゴンなのに?」とエルストが言うと、アーロンは眉をあげ、どういうことだと訴える。
「なに言ってるんだい。サルバは『人間』だぞ?」
またしても沈黙が訪れた。それを打ち破ったのはアギである。
「……もいっかい言うけど、冗談ゆーてる場合ちゃうんやで、アーロン?」
「もちろんわかってるさ。きみたちこそ冗談を言ってるんじゃねえだろうな、サルバがドラゴンだなんて」
「冗談じゃないわい!」
アギは声を荒げる。
「サルバがドラゴンて言いだしたのはテレーマやで! なあ、ふたりとも!」
「うん。こないだ城で対峙したとき、テレーマはたしかに僕にそう言ったよ。絶対に聞き間違いなんかじゃないです、アーロンさん」
するとアーロンは「うーん」と唸り始める。
「どういうこったぁ? サルバは間違いなく人間だ。少なくとも、おれの知るかぎりでは」
「アーロンさんはサルバと仲がいいんですか?」
「とんでもねえや!」
エルストの質問に、アーロンは大声をあげて否定した。「あんなおっかないヤツと」とも添えた。
「ただの顔見知りってだけだよ。魔法研究所で、おれの経過観察を担当してたのがサルバだったんだ。そのときゃあいつの容姿は人間そのものだったぜ」
「そりゃ、私たちが知ってるサルバの姿も、見た目は人間みたいですけど……」
「だろう? ほら、おれはウソついてるわけじゃねぇよ!」
エルストが見るかぎり、たしかにアーロンはウソをついている様子はない。しかし言葉に偽りがないのはこちらも同じだ。エルストは悩む。
「エルスト様、どういうことなんでしょう?」
「そうだね……」
ベルがめずらしく涙声で言うので、エルストは冷静になるべく顎に指をあてた。
「もしも仮にアーロンさんの言うことが本当で、サルバが人間だったとして……」
「なんだよ、エルストまでおれを信じないってのか!」
「僕は話を整理したいだけです。教えてくれたことにはとっても感謝してます。でももう少し詳しく話を聞かせてください。サルバが本当に人間なのなら、ベルの母親がドラゴンだってことですよね。アーロンさんはそのドラゴンのことも知ってるんですか?」
「そりゃ同じ研究所にいたんだから知ってるさ」
アーロンがそう言うと、エルストとベルはそろって「じゃあ本当に」と呟いた。すぐに新たな疑問が湧いたが。
「サルバが人間なら……どうしてテレーマはウソをついたんだ? どうして死なないんだ? それも何かの魔法なのかな、ベル?」
エルストが問いかけたが、ベルの様子はやや上の空だ。
「あ、ごめん、ベル。きみは今、話の整理どころじゃないよね」
「……えっ? あ、いえ。ごめんなさい、エルスト様。気遣いなら要りませんから。話を続けなくちゃですね」
ベルはアギをかぶりなおし、「サルバが死なないことについてですけど」と話題を戻す。
「私、エルスト様と出会う前、サルバを殺しにかかったことがあります」
そうだよねアギ、とベルが言うと、アギは「ああ」と相づちを打つ。
「魔法で丸焼きにしたり締め殺そうとしたりしたな。今となっては懐かしいで。どれも無理やったけどもな」
「待て待て待て。サルバを殺しに? そりゃ初耳だぞ」
アーロンは動揺したように三人を見る。だがすぐに頬をさすりながら、「いや、だが」と話が腑に落ちたように言う。
「エルストは王族か……つまりきみたちはサルバに復讐しようと?」
三人は頷いた。「だからドラゴンが死ぬ方法を探してるのか」と言い、アーロンは納得したようだった。しかし、
「やめとけ」
その後アーロンがこのようなことを言ったので、エルストは首をかしげた。アーロンは続ける。
「やめとけやめとけ、復讐なんて。そんなことのために生きるなんて、はっきり言って寿命の無駄だぜ」
「そんなこと?」
エルストは一瞬にして眉尻をつり上げる。
「やめとけと言われてハイやめます、なんて軽く取り消せるような選択を僕はしたつもりはありません。サルバを殺せたら、国民を苦しめていたあのテレーマも殺すことができる。僕はこの復讐が王国の未来のためになると信じてます」
興奮気味に言ったエルストとは対照的にアーロンの視線は冷ややかだ。
「きみの立場は知らないけどよ。正義感は身を滅ぼすぜ。きみの兄貴がそうだったろう?」
「兄がそうだったから僕もそうしたいんです」
エルストがそう言うと、アーロンは「こりゃ手に負えねぇな」と言いながら溜め息をついた。
「でもアーロンさん。ゲムは『自分に幸せな名前をくれたアーロンが苦しい思いをしてるから、わいがアーロンに死にかたを与えて幸せにしてやりたいんや』って言ってましたよ」
ベルが続ける。
「相手に死にかたを与えるなんてバカみたいな話に聞こえますけど、私、ゲムの気持ちはとても清らかなものだと思いました。だって、アーロンさんの幸せをまっすぐに願って、叶えようとしてるから。きっとこれが正義感ですよね? 少なくとも、国民を苦しめて弄んでいたテレーマとは真逆にある心と考えかたです」
これにアーロンは目を伏せ、
「だから身を滅ぼす愚かな心だってんだよ」
と言った。
「愚か?」
エルストが聞き返す。アーロンはいまいましげにエルストを一瞥したあと、片足を揺らしながらこう言う。
「なんで自分の思うままに生きねぇんだ? 自分の寿命だろ。好きなことして好きなもん食って、好きなところに住んで楽しく嬉しく生きる権利は人間にだってドラゴンにだってある。ベルのようなミックスされたヤツにもな。おれは、誰かの幸せに支配されような生きかたは正しくないと思う。だって、そんな愚直な生きかたには我慢がつきまとうだろ?」
エルストは、ここは本来ならば自分が一番に反論すべきとは理解しつつも、実際はなんと言い返せばいいかわからずにベルを見る。しかしそれよりも先に、ベルが拍子抜けした顔で言う。
「じゃあアーロンさんも自分が正しくないと思う生きかたをしてる愚直な人ですね」
「え?」
エルストとアーロンが声をあげたのは同時だった。
「だって私が『けむたい』って言ったら火を消したでしょ。そこに落ちてる、煙が出てたおいしそうなヤツ」
エルストはベルが指す先を目でたどった。葉巻だ。
「ほんとだ」
そしてアギとともに小さな笑い声をもらしたのだった。もう興奮などおさまっている。それに対し、アーロンは「まいったな」とぼやきながら首筋を掻いている。
「アーロンさん。僕は、復讐したいからするんです」
「したいから?」
「はい。アーロンさんが今おっしゃったような、誰もが楽しく嬉しく生きていけるようになるには、まず取り除かなければならないものがありますから。そうして僕は、小さな子どもを土に埋める日がこない未来を作りたいんです」
「……ああそうかい」
アーロンは新しい葉巻に火をつけようとしたが、しばらく考えたのち、葉巻を投げ捨てた。
「だったら、わかったよ。きみの兄貴コネリーに頼まれたように、エルスト、きみをベルの母親のところへ案内するよ。おれが知ってるサルバのことも、道中話す」




