第二章3 『ルウェイン領にようこそ』
――右足で踏み込めば地面が割れ、衝撃に巻き込まれた魔物が数体バランスを崩しながら宙に一瞬浮き上がる。
その隙を逃すまいとばかりに踏み込んだ右足で体を射出したケイの腕が振るわれ、三体ほどの魔物が一瞬で血霧をまき散らして破裂した。
だが魔物もそれを黙ってみているわけではない。右腕を振り抜いたまま一瞬の硬直を課されたケイに、左右から二匹の魔物が突っ込んでくる。
三体もの仲間を囮に使う心意気も見上げたものだし、ケイをねらったタイミングもばっちり。
「――でもまだ、足りない」
その二匹の体は、ケイに届く前に不可視の打撃を食らったかのように跳ね飛ばされ、瞬く間に岩壁に衝突してあっさりとその命を散らした。
そしてそのニ体がケイをしとめきれなかったことで、ケイは硬直から放たれ、獰猛な笑みを浮かべて再び前方にいる魔物の群に向かって足を踏み出す。
「――フォロー、サンキュっ!」
去り際にそう告げたケイがちらっと視線を向けた先には、後ろにある馬車をかばうようにして立ち、手のひらをケイの方に向けたルイン。
さっき魔物を吹き飛ばしケイを助けたのは、他ならないルインが放った風属性の砲弾だったのだ。
「ルインのことも、忘れてもらったら困るのです」
眉根をよせてそう告げたルインは、今の一撃で自分の周りに集まりだした魔物に向かって腕を振りかざし、生み出した炎で魔物を悲鳴を残して消滅させていく。
――ケイが身体強化で戦端を切り開き、ルインがそのミスを補佐してさらに状況を動かす。
今まで一週間という短い期間ながら、どこか危なっかしくもあり不安そうな様子を見せることもありつつもある二人は、こうして魔物を退けつつこの一週間を過ごしてきたのだ。
この一週間という短い期間でケイが身体強化魔法をそこそこ扱いこなせているのも、その能力が『身体性能を跳ね上げる』の一点に集約されていたこと、そしてケイがなぜか身体強化以外の魔法を使えなかったからだろう。
詳しい理由はルインから聞いても理解が難しかったが、とにかくケイにはふつうの魔法、いわゆる火魔法、水魔法などが使えないのだ。
結局ケイは涙を呑んで、この一週間を身体強化魔法を使った体の動かし方を学ぶことにすべて費やしたというわけだ。
「まぁ強化一点だけしか能力もないし、使いにくいっちゃ使いにくいんだぞ? ルインだったら、もっといろんな魔法が使えるじゃんか。うらやましい限りだ」
というのは、遠距離から近距離まで自由自在に魔法を操り魔物を殱滅する人間砲台であるルインにケイが向けた言葉。
ケイとしては遠距離から砲台よろしく強力な遠距離魔法をぶっ放してみたかったのだ。贅沢をいうつもりはないが、ケイだってふつうの魔法をふつうに使いたくなかったといえば嘘になる。
そしてその言葉を聞いたルインがそれからというもの見せびらかすように遠距離から魔法をばんばん叩き込んできてケイを地味にイラつかせたのも、今ではいい思い出だ。
それだけ濃密に感じられたこの一週間の成果が、ここにある。
「――――――せりゃぁああっ!」
かけ声とともに飛び込んできた魔物をアッパーで宙に吹き飛ばし、落ちてきたところで脚をつかんで魔物の集団に向かってフルスイング。
容赦のない大質量での高速の投擲をよけきれずに何匹かの魔物が圧死するのを見届けたケイは、次の獲物を求めて獰猛な光を宿したまま視線を巡らせた。
悪鬼も裸足で逃げ出す暴力の雨をまき散らすケイに、それを見ていた魔物の一団がじりじりと後退していくのを見つけたケイは、両足に力を込めると地面を爆散させながら次の獲物に突進していくのだった。
――戦場を縦横無尽に駆け回る一見独特なこの魔法こそが、身体強化魔法。
魔力による身体能力の強化を行った上での超至近距離戦闘、それがケイがこの異世界で獲得した実に独特な戦闘スタイルだった。
◆ ◆ ◆
「――にしても、二人とも本当に強いんだね……」
どこかあきれたような、それでいて畏敬を含んだ声が晴れ渡った空に木霊する。
「いやー、それほどでもないッスよ〜」
掛け値なしでの賞賛とわかるその言葉に、ケイは気持ちよく体を揺さぶる馬車の振動に身を任せながら照れたような答えを返した。
「慢心は禁物なのです、ますたー」
「ふごっ!?」
そして不意打ちで隣から突き刺さる、ルインのボディーブロー。
内蔵をいい具合にえぐるその技にケイは思わず馬車の上でノックダウンし、天国から地獄に急落下したケイを尻目にルインが勝ち誇ったような微笑を浮かべたのだった。
あの後ケイたちは、特にこれといったハプニングもなく魔物を退けることに成功していた。
返り血を浴びまくった体で『もう大丈夫だぞー』とか暢気なことを言いながら馬車に接近したせいで怯えた馬に蹴りとばされ、身体強化で防御面も強化されていなければあわや首が飛ぶところだった一幕も交えつつ、ケイとルインはさっき助けた男の馬車に乗せてもらい、整備された街道をゆっくりと移動している最中である。
「……自分で言うのもなんだけどさ、よくこんな怪しい風体の男女二人を大事な馬車にのせようとしたよね。シャンってどんだけ善人なの?」
「人里まで送るついでの護衛って意味だったら、二人はこの上ないほど適任だろうしさ。逆にこっちから頼みたいくらいだって」
そう言っていかにも優男な造りの顔に人好きのしそうな笑みを浮かべる男は、名前をシャン・バッカディオという。
職業は、料理人。ケイとさして変わらない年齢にしてちょっとした店を持っていたが、たまたま珍しい食材が離れた町に入ったという噂を聞いて自分のいた店を飛び出し、帰路についていたらしい。
話を聞く限りでは収穫はなかった上、帰り道で魔物に襲われたというのだから救えない話だが、そのシャンをすんでのところで助けたケイたちが向かっているのは、シャンが店を構えているというその街だ。
あの街道からはさしたる距離もないらしく、このまま移動していけば日没までには入り口をくぐれるだろうとの話だった。
「まぁ、その道中で魔物に襲われたら怖いってうのもわかるし、人死になんてもう見たくはないからさ、護衛をやるってのには何の不都合もないんだけど……」
と、シャンが御者台の上で道すがら話してくれたことここにいたるまでの経緯をざっと思い返しつつ、ケイはどこか奥歯にものの挟まったような口調でそう口ごもっていた。
「え? 何かマズいこととかあった?」
「いや、俺たちにはないよ。どっちかっていうと、俺たちみたいに怪しい人を乗せたりして、もし俺たちが盗賊の一員とかだったらどうするのさ」
シャンたちが逆におそわれる可能性って考えなかったの? と言外に問うケイに、シャンは薄茶色の髪の間から覗く目を丸くし、ついでケイが思わずびっくりするようなことを口にした。
「……え? 襲う予定でもあるの?」
「襲わないからね!? そんな驚いたみたいな目で見ないでもらえます!? あっ、ほら、馬がなんかこっち見てる!『ご主人様に手ェ出したらただじゃ置かん』って雰囲気がひしひしと!」
とまあ、シャンという青年はどことなく抜けているところがある、ありていにいってしまえば軽い天然が入っているのだ。せいぜい数時間近くしかない会話の中での話だが、そういう雰囲気はひしひしと伝わってくる。
「いや、襲わないならいいんだよ」
「俺の精神状態があまりよろしくないんだけどなぁ……」
苦々しい表情のケイに勝ち誇るような馬の嘶きが響き、ケイのそのつぶやきは誰の耳にも入ることなくかき消されてしまったのだった。
◆ ◆ ◆
そのケイたちがシャンが口にしていた街の付近まで到着したのは、すでに日も落ちて久しいような時間帯である。
最初にシャンと出くわした頃ほどではなかったにしても、数体ずつ現れる道中の魔物もそれなりに難なく退けていた頃、馬車の両側には森であったり崖であったりという自然の力をひしひしと感じさせるものが存在していた。
「よし、ここまでくればもう安心だよ」
そうシャンが言ったときには、馬車の視界からはそれまで鬱蒼と生い茂っていた木々が消え去り、辺り一面にそれなりの広さの草原が広がっていたのだった。
そしてその草原の真ん中あたりに、シャンの言う街は位置していた。
「あれが【六大領】が一角、ルウェイン領最大の街であるザンツバルグ。僕たちの住む街さ」
そうどこか誇らしげに告げるシャンに、ケイとルインも馬車から身を乗り出してその視線の先にある街を見る。
「うわぁ……すっげえ!」
「綺麗、なのです」
そして目の前に現れた光景に、二人揃って感嘆の声を上げたのだった。
すでに若干日が落ちかけている草原の中にひときわ強く輝くのは、街の中から漏れる明かりだろうか。
遠くから見ても二、三メートルはあるだろう防壁が四角くそびえ立ち、その中から明かりが薄ぼんやりと周りを照らす光景は、ひどく幻想的に見える。
それまでずっとエンカウントの割合が人ではなく魔物に偏っていたケイからすれば、生活間を感じさせるその光景は、夜闇の海の中に灯った灯台のように安堵と感動を同時に感じさせるものがあった。
「あはは、驚いてくれてうれしいね。まあ僕が作ったわけでもないから、そこで胸を張ったらソフィア様に失礼だけども」
「そのソフィア様ってのは、誰なんだ?」
「え? 冗談だよね、ケイ。さすがに【六大領】のことなら、君ぐらいの年齢の人なら知ってると思ってたんだけど」
「えーとまぁ、なんつーか、あれだ。俺、ちょっとした田舎の出なもんでさ。常識に疎いというか、なんというか」
「なんだか借り物みたいな言葉だねぇ」
軽くあわてながらも異世界もののテンプレートをなぞったような返答を返すケイにシャンは苦笑しながらそう返したため、まさか真実が見抜かれるとは思っていなかったケイが逆にあわてる事態に。
「ま、最初に会った時の格好からなんか変だとは思ってたし、今更田舎の出身って言われても驚かないけどさ」
だが慌てるケイには幸い気づく様子も無く、そう前置きをしてからシャンはこう話を始めた。
「いい、ケイ? 六大領ってのは、今人間が地上で管理できている範囲を六つに分けて統治している、それぞれの領地のこと。ちなみに僕らがいるここは、【創造】の伝承魔法を継承しているルウェイン家が統治する、ルウェイン領ね」
「で、ソフィア様ってのはそのルウェイン家の現当主ってとこか?」
「お、察しがいいね」
頭の中でさっと結びついたことを口に出したケイに驚くそぶりを見せたシャンが、かすかに目を丸くする。
「先代当主様はかなり人徳のあった御方だったから、お隠れになったときはどうしようかとも思ったけど。ソフィア様もなかなか、すばらしい御方だと思うよ。僕と同年代って言うのが、信じられないくらいね」
「へぇ、町民からそこまでしたわれるってんなら、なかなか凄い人なんだな」
ケイから見ても、シャンの年齢はケイより少し上か、もしくはケイと変わらないようにも見える。
その年で店を持つというのがどれだけのことかはわからないが、少なくとも並大抵のことではないだろうというのは理解できる。そのシャンをして凄いと言わせるその領主は、いったいどれだけの人なのか。
「よっぽど敏腕の領主様なんだろな……」
ケイより少し上だったとしても大学を卒業するかどうか、というところ。その年齢にして領地を一つ、それも話を聞く限りではかなりの大規模なものを治める領主がいったいどういう人間なのか、興味がある。
「あー、ごめん、二人とも、ちょっと隠れてもらってもいい?」
だがその思索にケイがふけるよりはやく、シャンのどこか気まずそうな、それでいて緊張感を少しなりともはらんだ声がケイの耳に入ってきた。
「え? どういうこと?」
「ちょっと時間がないから、説明は後で。絶対悪いようにはしないって約束するよ。とりあえず、そこに積んである荷物の中にでも隠れてて」
「あ、あぁ……」
仕方なく言われるがまま、シャンが指し示した荷物の陰に隠れるケイとルイン。どうやら旅のための毛布やらなにやらが四方に積み込んでいるらしいそのスペースには、二人の人間が一応入り込めるだけの空間があった。
だがしかし、一応は一応。ケイとルインは人間二人が入るにはやや手狭なスペースで頭からカモフラージュに荷物をかぶり、押し合いへしあいをするはめになる。
「って、ちょっ、ルイン、近い……っ!」
「もっと奥に詰めてくれないとルインが入れないのです」
情緒の欠片も見せない声音のままぐいぐいとケイを荷物の奥に押しやるルインと違って、芸術品もかすむ美貌を持つルインがこれまでにないほどの近距離に接近してしまっているケイはもう、かわいそうなほどにたじたじだった。
普段の手の焼ける妹をどうこうという感覚はどこへやら、年頃の男女が暗くて狭いスペースで二人きりにという状況に気がついたケイの思考が沸騰し、顔が真っ赤になっていく。
「待て待てルイン、近い、顔が近いっ――!」
「ますたー、顔が赤いのです。熱でもあるのですか?」
「ちょっとお前は自分の見た目が人に与える影響ってものを考えようか!?」
「別にルインは気にしないのです」
「俺が気にするのっ! ……ってあれ、この会話、なんかデジャヴが……」
「そろそろだよ」
どこかでやりとりしたような会話に、思わず恥ずかしさそっちのけで記憶のダブりが先行したケイだが、少しなりとも緊張感を感じさせるシャンの声がケイの耳に入り、その思考はあっけなく中断されてしまった。
「できれば黙って、身じろぎしないで」
その声量を抑えた言葉に沈黙で答えを返したケイは、未だ熱の冷め切らぬ表情のまま、対照的に情緒のかけらも感じさせない美貌の権化が身近にいるのに高鳴る胸の鼓動を必死に抑えていた。
完全に黙り込んだのシャンが再び声を上げたのは、それから数分もたたない頃のことだった。
ケイたちの乗っていた馬車が減速し、しばらくしないうちに完全に停車する。どうやら明かりが焚かれているらしく、荷物に陰ができていた。
「――よぉ、シャンじゃねえか。こんな時間にお帰りとは、まった無茶やらかしたな?」
そして、沈黙したままのケイの耳に野太く、粗野な声が飛び込んできた。
「まぁね。【竜の涙】の情報が入ってきたもんだからさ」
シャンもまたその声にきさくな口調で返答を返すと、その答えを聞いた男からため息が一つ漏れる。
「ああ、これだから夢を追う男ってのはいけねぇな。嫁さんが聞いたらきっとどやされるぞ?」
「ディアンのこと? あいつは家族みたいなものだけどさ、恋人とかそういう関係じゃないよ」
「はいはい、親父さんに似て女泣かせなことだよ」
「何のことだかわからないね」
そうシャンが口にすると、どうやら相手方は呆れてしまったらしい。ため息を一つつくような音がしたのを皮切りに、シャンは再び馬車を走らせ始めた。
そこからだいたい、五分も走った頃だったろうか。
「……もう、顔を出してもいいよ。でも、周りからは見えないように、立ったりはしないで」
そう口を開いたシャンの声に、ケイとルインは揃って頭からかぶっていた荷物の下からはいだしてきた。完璧なまでに無表情のルインと違い、ケイの表情がかなり赤くなっている。
「――あ、もう街の中には入ったんだ」
外から見えないように気をつけながらあたりを見渡してみれば、全体的に『低い』という印象が際だつ家が建ち並ぶ、いかにもな中性ヨーロッパ然とした石造りの町並みがケイの視界を流れていくのが見えた。
「やっと、人里に入れたなぁ……」
そう感慨深くつぶやいてみたりするケイだが、ふとその横顔に疑問の色が差し込み、その矛先は御者台でおのぼりさんを見るような目でケイたちを見るシャンにほどなくして向けられた。
「……なんでったってまた、こんなことをさせたのさ?」
ケイが自分の気恥ずかしいのをごまかしたいのか、どこか口調がむすっとしている。それを聞いたシャンはかすかに苦笑しつつ、
「いや、最近この街も物騒でさ。見た目からして怪しいヤツなんかは入り口で検査をされたりするみたいなんだよ。ケイたちが引っかかったら、まずいかなって」
「見た目から……って、俺は今なら普通の格好してんだろ」
そう言い、荷台の上で両手を広げてみせるケイ。その体にはシャンと出会った頃とは異なり、ベージュの肌着に同色のズボン、そして薄緑の上着が身につけられている。
その隣に座るルインもまた白を基調にしたゆったりとした上下つながった服の上から赤色の上着を着ていて、どこか物珍しそうな様子で服を見ていた。
シャンとの同行を願い出る際、奴隷用の貫頭衣という自分の格好を指摘されたケイと、結局魔物の毛皮しか身にまとっていなかったルインの分の服を、ちょっと恩着せがましいながらもシャンに貸してもらった結果である。
いかにも異国情緒あふれる服にケイのテンションが密かに上がっていたのはさておくとしても、ケイたちの格好はシャンと比べても遜色無いものになっているはずだ。
「いや、服の話じゃなくてさ。黒い髪とか、目とかってのが珍しいんだよ。そっちのルインさんとかだったら、髪の色もそうだけど、客観的に見てもきれいでしょ? 難癖付けて連行されるってことも、ないとは言えなかったしさ」
「あー、そういう……」
シャンの話を聞く内に疑問が氷解し、特に後半の内容に思いっ切り顔をしかめてみせるケイ。
「まあ、一見さんとかだったら検分とかもあったりするし、普段からあの門を出入りしてる僕だからできたんで、普通はやらないけどね」
「そうなのか? 俺はてっきり、賄賂とかの持ち込みをしてるから見逃されてるのかと思ったわ」
「失礼だなあ。僕がそんなことできる人間に見える?」
苦笑しながらのシャンの言葉に、ケイとルインは揃って首を横に振る。
この天然の入ったような青年が、そんな真似を偶然でもなければできるはずもないのだ。
「まぁ、そうだよね。でも中にはそういうことをしてる人もいるみたいでさ。たまに見つかったりしたら、出入り禁止になったり、もしくは荷物検査が出入りの度に入ったりっていうこともあるみたいだよ」
「うへぇ、こういう大規模な土地やらの管理者が腐ってるってのは、どこの世界もテンプレか……」
「一応言っておくと、やってるのはソフィア様じゃないからね。統治議会みたいな組織の中の、一部の人らしいから」
「あ、そうなのね」
と、あわや急下落するかに思われたまだ見ぬ領主への株が再びケイの中で持ち直したりする一幕を挟み、そこからさらにシャンは馬車を十分近くも走らせただろうか。
「よし、ついた」
そうシャンがどこか安堵したような声でつぶやくと、ケイたちの乗る馬車がかすかな振動を残して停車した。
「ついた、って?」
「まあ、いいから降りてみなよ」
おっかなびっくり馬車から降りたケイは、うっかり目が合った馬にキッと睨まれてかすかに悲鳴を上げたりしつつシャンに慌ててついていく。
そのシャンが馬車を止めた目の前にあったのは、表通りからは少しだけはずれた位置にぽつんと立つ、木製のドアを備えた建物だった。
「ここは? シャンの家かなんかなの?」
ぱっと最初にでてきた感想を口にしたケイに、シャンが苦笑しつつ答えを返す。
「【竜の涙】。僕が料理を振るわせてもらっている、しがない居酒屋だよ。街まで送ったんじゃ、あんまりこっちが居心地悪いからさ。ちょっとくらいご馳走させて欲しいんだ」
「【竜の涙】って、さっきの会話にもでてきたな。そりゃ助かる。昼からなにも食べてなくて、結構腹が減ってたんだ」
「ならよかった。さ、こっちだよ」
ここ一週間近くケイが食べてきたものと言えば、せいぜいが魔物の肉だった。いや、魔物尽くしと言われても過言ではないかもしれない。おそってくる魔物を片っ端から打ち倒し、その肉を焼いて食べる。
ワイルドきわまり無い食事にはそれなりに面白味もあったが、ちょうどその生活にも飽きがきていたところだ。粗野に焼いただけの肉と野草ではなく、人の手で工夫がされた料理が食べられるなら、ありがたい。
「料理とか……超久しぶりだな……!」
どこか感慨すら感じさせる声でそうつぶやきながら、シャンに続いてその店の入り口から中に入ろうとするケイ。
「――ようこそ、【竜の涙】へ」
そう告げたシャンに一つ頷いたケイは、目の前にある扉の取っ手を握って押し開け、
「……って、え?」
「――もう、どれだけ心配したと思ってるのよ、このバカ――っ!」
怒声とともに目の前にいきなり現れた白い煙幕を頭から食らい、悲鳴をあげることもままならないままその場に倒れ込む羽目になったのだった。




