第二章1 『あの少年は今』
大変お待たせいたしました、第二章投稿開始です!
ストック不足+そろそろ受験シーズンのため、投稿ペースが落ちます。
とりあえず現状、期末テストもあるため週一のペースで投稿させていただこうかなーと。
どうぞ、これからもよろしくお願いします。
耳元をかすめていく風が、姿もないままごうごうと鳴り響いて後ろに流れていく。
視界は常にめまぐるしく動き回り、一抱えもある大木が一瞬で視界の後ろに流れて消えたかと思うと、足下を幅のある川が細い線となって通過する。
それを見届けた直後に視界を埋め尽くすように現れた木を迂回しつつも、さらにその枝を蹴って加速。
そんな動作をさっきから延々とし続けているのは、決して強靱な体躯を持つ魔物だとか、巨大な羽を打って空を飛ぶ竜などの類ではない。
「あぁー、もう、ったく、すばしっこいなぁ!」
様々な障害物を避けながらなのかどことなく途切れ途切れな悲鳴を上げながら地面を高速で駆けるのは、一人の少年だった。
適当に切りそろえられた黒髪は風に弄ばれ、同じく黒い色をした目は苛立たしげに細められている。
その視線の先にいるのは、少年の体よりもずっと小さい、一匹の兎だった。
さっきから高速で地面を進みつつ右へ左へ、時にはわざとスピードを落として減速したりを繰り返す兎に、少年もまた同じような動きで追随し続けている。
だがなかなか確定的な一手で逃げきれないことに焦りを見せたのか、ふと兎が直角ターンを計ってその場から離脱しようとした。
「――きたっ!」
そして少年は、その隙を見逃しはしない。
兎にとってもなれない挙動なのであろう直角ターンの直後、その少年が踏みだそうとしていた右足を全力で叩きつける。
おおよそ人体があげられるものではない大地の悲鳴を上げさせたそれは、一瞬だけでも確かに周辺の地面を揺るがせた。
木の根が揺らぎ、川が震え、鳥が飛び立つその震脚がとらえたのは、今まさにターンを終えて横っ飛びに疾走しようとしていた兎にしても例外ではない。
強く力を掛けるはずだった後ろ足が揺れる地面にしっかりと振動を伝達できず、兎は一瞬のスリップを見せる。
そしてその停滞の間に――
「――――っしゃぁあ!」
少年――ケイが、目にも留まらぬ速度で振り抜いた右手の中に、その兎をしっかりと捕らえていたのだった。
◆ ◆ ◆
馬郡圭は、生粋の日本人である。
今時珍しい染めていないのに完全に黒い髪に黒い目を持ち、中肉中背ということばがふさわしい、まさに量産型大学生というにふさわしいぱっとしない見た目だ。
そしてその見た目に相反せず、その身体能力も実に平凡なものだった。
短距離を走らせても、長距離を走らせても、水泳をやらせても、とにかく何に置いても『なんだかぱっとしないな』と言うほかない、というより事実体育科の教師から太鼓判を押されたまである。
――だがケイは今し方、おそらく時速百キロにせまるスピードで森の中を駆ける兎を追いかけ回し、あげく捕獲して見せた。
だが何度も言うようにケイの体は普通だ。
今し方地面を叩いて剛震を生み出した脚にせよ、そもそもまず常人の目には追えないであろう兎の動きに追随していたその体を考えても、ケイは決して異常な身体能力を持っているわけではない。
では何がケイの動きを補佐し、あんな超常的な動作を可能にしたのか。
「身体強化魔法、さまさまってな」
――ケイがたびたび口にするそれが、その答えだ。
今から数えること、約一週間前。
ケイがまだすべてを持っていて、だがその身が奴隷だったころ。
結果的にあれは自分を騙すための策略だったにせよ、ケイたちは自分たちが捕らえられている施設からの脱出を図ったことがあった。
その時にケイの身を幾度となく助けてくれたのは、ケイが一概に『力』と呼んでいたものだったのだ。
強く願えば発現し、身体能力を著しく引き上げる。まさにハリウッドスターも真っ青の活動を可能にするが、使った後は著しい疲労感と眠気に襲われる。
はっきりいって訳の分からないことだらけだったその力の真実をケイが知ったのは、つい最近のことだったのだ。
「身体強化魔法――魔力ってのを体中に巡らせて、身体能力を引き上げる魔法、だっけ?」
「正確には魔法、と呼べるかは怪しいのです。魔力を体外に放出しないのに、それが魔法と定義されるかが微妙なところなのです」
こんがりと焼けた大振りの肉を口に含んだケイがそう言うと、隣から反応があがる。
ケイのそれよりは幾分小さく切られたそれを、リスか何かのようにもそもそと頬張る美少女。
桃色の髪を持ち、どこか眠たそうに目を若干細めた少女こそ、ケイがずっといた施設に魔力を供給し続けていた動力源であり、一度は失われたケイの命を再びよみがえらせてくれた命の恩人。
「あぁもう、行儀悪いなぁ――ルイン」
――ルイン。英語で、破滅を意味するその言葉が、ケイが少女につけた呼び名だった。
ショックのあまり短絡的になっていた思考にまかせ、ひどい名前をつけてしまったとは思っている。だが困ったことに、どうやら少女はこの名前を気に入ってしまったらしいのだ。
「ルインは自然体を心がけているのです」
「……御託はいいから黙っとけ」
しかもその上、会話で使う一人称が『私』とかでなくこれなのだから、ケイとしては話をするたびにどことなく気まずいものを感じてしまうのも無理ない話だろう。
だがケイがルインに名前を付け直させてほしいと頼んでも、『何回も名前を付け直すと重みが減る』だの、あげくには『自分の認識を変えるのが面倒』となんだかニートみたいな発現まで持ち出して断られてしまうのだ。
だからケイは、逆に割り切った。
この少女の、破滅という名を呼ぶ度に、絶対にあのような過ちを二度と繰り返さないようにと思い直すことを決意しよう、と。
――どうせ変えられない名前なら、自分の過ちを忘れないための足かせに、鎖にしてやると。
その甲斐あってか、ケイは今でもあのことを決して忘れたりはしていないのだった。
「なにをするので……っふぁ」
だがその覚悟も、この少女のどこか抜けたような態度を見ているとどこかへ消えてしまいそうになるのだが。
「だぁってろっての」
むくれた様子のルインにケイはきれいな布巾を持った手を伸ばし、口周りに散らかった肉の油を拭き取ってやる。
暴力的なまでの美貌を持つ美少女相手に世話を焼くなど、日本にいた頃のケイからは全く考えられなかった話だ。だがこの少女には、不思議と気後れするということが無かった。
どっちかというとケイが抱いているのは、手の掛かる妹か何かの面倒を見ているような感覚だろうか。
「――ほい、とれたぞ」
そんなことを考えている間に、気づけばルインの顔はすっかり綺麗になり、年相応の美貌をまた取り戻していた。
「……ルインは気にしてなかったのです」
「お前が気にしなくても俺が気になんの。っつかそこは気にしろよ」
憮然とした様子のルインを適当にあしらい、ケイは再び手元の食事を再会した。
「――ん、まぁまぁ旨いな」
調味料は無いが、ほどよい火加減で焼けた肉はしっかりとした素材本来の味を感じさせてくれるし、ついでにと作ったスープもしっかりと野草と肉がいい感じの味を作り出しているのがわかる。
まるで鉄砲玉か何かのように移動するこの兎であっても、ケイが日本にいた頃だったらお目にかかれないのはもちろんのこと、捕まえることなど出来はしなかっただろう。
それを他ならぬケイが捕まえたのだから、自分のことながら身体強化魔法の威力には舌を巻くしかない。
「ったく、俺たち異世界人は魔法が使えないんじゃなかったのか……?」
この世界に来てから言われ続けた言葉を反芻し、ケイが頭をがしがしと頭を掻く。
そしてそれに素早く答えを返したのも、またルインだった。
「その疑問、これで二十回目なのです。それに、異世界人が魔法が使えないのは本当なのです。事実、ますたー以外にルインから放出した魔力を吸い上げた人はいなかったのですよ」
「まるで機械みてぇに正確な記憶だな」
「キカイ? まぁ何にせよ、正確なのは当然なのです。なにせルインは、【グリフ】なのですから」
「またでたよ、謎言語」
ルインの口から飛び出した理解し得ない言葉に、ケイが思わずと言った感じで顔をゆがめる。
「確かますたーには二回ほど説明をしたと思うのです。【グリフ】というのは今から遡ること数百年、未だ世が混乱に包まれていた時期に――」
「あーあー、長い説明はいいよ。どうせ今の俺が聞いても、さっぱりわかんないだろうし」
そう言ってルインの話を手を振って中断するケイにルインが不服そうな表情を見せるが、ケイはどこ吹く風といった様子だ。
桃色の長い髪を持ち、実に多彩で強力な魔法を扱いこなし、一度は死んだケイの命すらすくい上げて見せた。
そんな少女が普通の人間でないということぐらい、異世界人であるケイであってもそれとなく察しがついている。
そのルインからされた長々しくわけのわからない説明を統合してみるに、つまるところルインという少女は。
「つまりはまぁ、超高性能な人造人間、ってとこなんだろ?」
「……? よくわからないのです」
「こっちの話だから大丈夫。まぁ、時間ならまだまだあるさ。道すがら、ゆっくりと聞いていきゃいいって」
せっかく長い予定の旅なのだし、相方のこともゆっくりと聞いていけばいいじゃないか、と思っているのが、紛れもないケイの本心だ。
「……前もそんな感じのことを言って、ルインの説明を中断された記憶があるのですが」
「俺にはその記憶は無い。よって一対一でそれを証明する手だてはない、ハイこの話終了な」
「いやでも、やっぱり説明はしたと……」
それに不満そうな様子のルインを放置してしばらく手元の肉を頬張っていたケイだが、ふと何かを思い出したような表情になると表情を和らげ、わずかな声量でこう呟いた。
「……この肉、あそこにお供えしとかなきゃな」
◆ ◆ ◆
ケイたちが食事をしていた場所から、そう遠くない山間の平地。
一見はただ地面が陥没しているようにしか見えないその場所に立つケイの前には、十字にクロスさせて組み合わせられた巨大な白骨が突き刺さっている。
それはきっとこの世界では理解されないであろう風習――十字架、つまりは墓標だ。
何の変哲もないような場所に見えるが、この土の下には体こそのこっていないにせよ、数万人という数の人間が眠っている。
はじめは無かったこれは、森を闊歩していた巨大な熊を倒したとき、その骨の処分に困ったケイが使い道として思いついたものだった。
「……ほら、今日しとめたばっかの、ウサギの肉だ。めちゃくちゃ動くの早くて、捕まえんのに苦労したんだぜ」
ケイはその白骨の元に、自分がさっき食べていたウサギの肉を一片置き、そうどこか寂しそうに独白するケイ。
その後ろにはルインが立っていて、吹きさらしの風にもてあそばれる髪もそのままにケイのことをじっと見つめている。
「でもさ、こうやって捕まえられたんだ。俺もちゃんと、成長、できてるんだよな」
すべてを失ったと思った。罪の重さに耐えきれずに、自分で自分を押しつぶすところだった。でも今はこうして、ちゃんと生きていられている。
「だから、大丈夫。俺、この世界で、きっと強く生きていけるからさ」
瞳に柔らかい光を灯したケイの独白は、澄み渡った空に吸い込まれていく。
「――見守っててくれよな、サクラ、コウタ」
どこか静謐な声音のケイの手に握られているのは、ナイフの形をしたアクセサリ。
今はすでにこの世にいない二人の親友が自分に贈ってくれた、大事な大事なプレゼントだ。
その胸飾りから伝わる、物質的なものでない暖かさに目を閉じてしばらく身をゆだねていたケイは、しばらくしてから目を開ける。
そして瞳に確かな決意と希望を秘め、ケイは宣言した。
「――じゃ、行ってきます」
と。




