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第一章26 『気づかせてあげる』



 すでに夜がその時間の半分をとうにすぎた空には、満点の星が輝いていた。


 だがそこには当然ながら日本で見られるような星座は一つもありはしなかったし、ケイも別段それを気にとめるつもりもなかった。


「この世界にとっての星って、どういう認識になってんだろな……」


 そしてケイはそれを、地面に倒れ込んだまま静かに見上げている。


 すぐ側からは焚き火のはぜるパチパチという音が間断なく聞こえてはいたが、それ以外にケイの言葉に反応らしき反応を返すものはありはしない。


「――人の魂が空へと召されたとき、あのいずれかの星に身を捧げて光を発し、地上に残した人を見守る。この世界では、そういう認識なのです」


 いや、一人だけいた。


 今ケイたちが寝転がっている地面の遙か真下、その位置に元々存在していた施設の核になっていた少女、ルイン。


 『破滅』と名付けられたにふさわしい光景とは裏腹にどこまでも澄み渡って綺麗な夜空を見上げたルインは、そう辞書か何かのような口調でケイの問いに返したのだった。


「人の魂が、ねぇ……まぁ、なんつーかそしたら俺は、この夜空をまた一段と明るくしちまったってわけだな、笑えねぇよほんと」


 『笑えない』という割にはそう苦笑しながら一人ごちたケイは、その夜空から視線をはずし、自分の手に刻まれた記号を見やる。


「なんせ、()()()だもんな。この世界の人口がどれくらいかなんて知らないけど、少ない数じゃないだろ」


  ――ケイの視線の先にあるのは、手のひらに彫り込まれた自分の読めない何かの記号。


 ケイにとってそれは、いわば自分が奴隷であるということの身分証明ぐらいの意味合いしか持ち合わせていないように感じられていた。


 つい、数時間前までは。


『――ますたーの手にあるその、()()。ルインには、読めるのです』


 大規模な火葬(ジコマンゾク)を経て再び地上に戻ったケイは、あれほど待ち望んだ地上にあって声もなく立ち尽くしていた。


 ――もう、心が死んだような感じがあったのだ。


 あの火葬の時、その最中にルインが口にした、聞きたくなかった事実。


 だが、決してケイが逃げていいものではない、その事実。


3()7()5()6()4()番、ね……」


 それは、あの場にいたのが最低でもケイ以外に『37563人』いたという事実。


 ケイからすればそれは、手に彫られた記号――自分の知らない数字を使って、ルインがついた嘘かもしれない。


 だがその可能性という名の希望的観測は、ケイ自身が早々に切り捨てた。


 そもそもルインが嘘をつく理由が見あたらないし、加えていえばケイ自身、どこかでその数字に確信めいたものを感じてしまっていたからだ。


「――――っは、37564(ミナゴロシ)ってか」


 ケイは昼間にも思ったことを再び、自嘲するような口調ではき捨てる。


 手に書かれた記号が偶然というにはあまりにも悪意を感じる形で示したのは、最低でも三万人強を殺したケイの、『皆殺し』という暗示。


「なにが、数千人だっつーの……桁がぜんぜん、違うじゃねぇか」


 そう一人ごちたケイは目の前まで持ってきた手を力なく降ろし、もう一度暗天にちりばめられた星に目を移す。


 『何の変哲もない』なんていう中身のない飾り文句がつきそうなほど平凡だった自分が、万単位で人を殺した。


 まさかそれを、要石だったルインがいなくなったせいだからといってルインをせめたてられるほど、ケイは取り乱していなかった。


 ――もし本当に魂というものが人にあって、それがこの世界では、あの空に召されてこっちを見守っているなら。


 そんなの、ケイにはとうてい耐えきれない。


 だがそれでも、見られていて恥の無いようにこの一生を過ごすなら。


「――――まぁ、【墓守】ってとこだよな……」


 この地が、この土の下で眠った、三万人の人が。


 たとえその体はすでに無いとしても、決してこれから先、この地が人や魔獣に荒らされることのないように。


 この世界の魔獣は食べられるらしいから、もし魔獣が来たならさっきみたいに狩って飯にしてしまえばいいし、人ならば追い返せばいい。


 ――それがケイの感情を閉ざした心が決めた、馬郡圭という人間の一生の過ごし方だった。


「ますたーは、そうするのですか」


 独白みたいにつぶやいたケイに、ルインが火に薪をくべながらそう答えを返す。


「あぁ。それが、()()だろ」


 対して返すケイの声には、確たる決意があった。


 だが決してそれは一番やりたいことではない。そもそも感情を閉ざした今のケイに、『やりたいこと』などという感情に起因する目標などは存在しない。


 感情を排して合理的な判断を下したケイは、きっとこの先何十年だってこの地を守り続けるだろう。そんな確信を、ルインは抱いていた。


 ――そもそも、自分の行動原理に『最善』などという言葉を組み込む時点で何かが致命的に狂っているということを、今のケイは気づいていない。


 だがそれを口にすることは、仮にもあの施設の中で、薄れた意識の中で、ケイを助けるために手を伸ばし、結果的にあの数万人の人を見捨ててしまったルインにはとてもできなかった。


 だからせめて、親友であり『ますたー』であるケイの行く末を、ケイとともに見守る。自分がその最期を見届けられなかった『懐かしい人(マスター)』と同じ雰囲気を持つこの少年の行く先を阻むものの無いように、この地の墓守をしていく。


 ――それもまた、ルインが定めた確たる決意だった。


「……ますたー」


 そう声をかける。だが、反応がない。


 怪しく揺らめく火から目をそらしてケイの方をみやると、疲れていたのだろう、焚き火を挟んでルインの反対側で地面に寝転がったまますでに寝息をたて始めているケイの姿が目に入った。


 あのまま寝ていては、風邪を引いてしまう。そう感じたルインは素早く魔力を練り上げて木魔法を行使し、木製の薄布のようなものを作ってケイにかぶせた。寝心地はあまりよくないかもしれないが、それでも風邪を引いたりするよりはよっぽどいいはず。


 自分の行動に一つうなずいたルインは焚き火の元へ引き返そうときびすを返し、


「――――?」


 ――突如ケイから発生した光とともに、その()()を見届けることになるのだった。



   ◆  ◆  ◆



「――――ここ、は?」


 目をぱちくりさせたケイは、目の前にあるものが理解できずに思わず声を漏らした。


 そこは、白い空間。


 白い大地、白い空、白い、白い、白い。


 すべてが『白』で構成されたこの空間の中にあって、ケイだけが肌の色や髪といった色彩を持ち合わせていたのだった。


 そして『そういう空間』に、ケイは見覚えがある。


 ケイの記憶の最後は、あの惨状を引き起こしたことで疲れがたまったていた自分が、焚き火の側でうとうとしながらルインと話していたところ。


 そこから眠りについたか何かでこの空間へ来た、つまり――


「――おい、ここでまさか『異世界召喚』とかじゃねぇよな?」


 白い空間、といわれてケイの貧弱な想像力から理解が追いつくものなど、自分の親友からさんざん聞かされてきた『異世界系』の話、それもその一番最初の状況しかなかったのだ。


 あんまりといえばあんまりな想像だが、それでもケイはこんなにテンプレめいてはいなかったがその『想像』を一度体験している身だ。


 ――あながち嘘とも言い切れないところが、どうにも恐ろしかった。


「嘘、だろ……?」


 自分の思い浮かべたいやな想像に口の端をひきつらせるケイが思わず一人ごち、ため息をついてあたりを見まわす。


 それにしても、呆れるぐらいに白い空間だ。足下の地面もそうだし、遠くに続いているその白い地面には、石ころや草はおろかシミ一つついていないのだ。


 こうも距離感の狂う光景を見せられ続けていると、ケイもだんだんと気が滅入ってくる。


「神様ー、おーい、いるならでてきてくれー……」


 半ば投げやりに、そう言葉を虚空に放つケイ。


「私は、神様じゃないけど……」

「――――――ッ!?」


 その声に、それまで平常運転からはほど遠いレベルでしか活動していなかったケイの思考に、電撃が流れたような感覚があった。


 なぜならそれは、もうこの世では聞けないはずの声。


 涙ながらに自分を残して()()()、親友の声。


「――――サク、ラ?」

「久しぶり、でもないよね、ケイ」


 ――振り返ればそこには、白い世界の中で色彩をもって佇む、ひどく懐かしい感じのする親友の姿があった。


 死の直前に身につけていた奴隷に共通の貫頭衣ではなく、日本にいた頃によく身につけていたような私服を身にまとう少女の体には、それらしき切り傷や出血の跡は見られない。


「…………夢、じゃ、ないんだよな」

「まぁ、夢っていうには明晰すぎるけど。……うん、なんか、あんなこと言った後だと、ケイと話をするのは恥ずかしいね」


 頬を赤らめながら『あんなこと』と言われたケイの思考によみがえったのは、目の前の少女――サクラが死に際に残した、ケイが涙ながらに聞いた、あの言葉。


 あの時サクラは、大事な血を口から腹からと流しながらも、サクラは文字通り死力を尽くしてケイの頬にキスをして、そして、ケイに向かって――――


「――――ぁあ、あれか」


 ケイはそう言い、苦笑して見せた。確かに『あんなこと(愛してる)』なんてことを口にした後だ、それは恥ずかしくもなるか、と。


「――――ケイ……」


 だがサクラは、そのケイのどこか()()()な反応があまり気に入らなかったらしい。


 その出来事を、すでに過去のものとして『苦笑い』程度で収めてしまうケイの心に起きた出来事を、サクラはそれだけで見抜いていた。


「ケイ……ケイってそんなにさ、感情の乏しい()()だったっけ」

「んなこと言ったって、俺はコウタじゃないんだからさ……いや、サクラにこの話題はまずかったか……」


 微妙にとげのあるサクラの口調に、だがケイは気づくそぶりもなく苦笑いを()()歪ませることないまま言葉を返す。


「――そっか。ケイ、やっぱり自分で気づいてないんだね」


 それを見届けたサクラは、どこか確信めいた口調でぼかしたような言葉をこぼす。


 それにケイが眉根をよせる暇もなく、サクラはいつも通りの勝ち気な笑みを浮かべ、首を傾げてみせたケイに向かってこう宣言したのだった。


「じゃ、私から、気づかせてあげる。――私からの、最初で最後のプレゼントだよ!」


 その言葉と共に、


 ケイの視界が白くなる。



   ◆  ◆  ◆



「…………? サク、ラ?」


 白く染まった視界の中で一瞬目を閉じたケイが再び目を開けると、そこにサクラの姿は無かった。


 そのことに疑問を抱くケイだったが、その脳裏に焼き付いたままの『プレゼント』という言葉がよみがえる。


 ならサクラを信じて待ってみるか、と一人ごちてケイがその場に佇んでいると、十秒もしないうちにケイの目の前の景色が歪み始めた。


「…………っ?」


 白いキャンパスの上に絵の具をぶちまけていくように色彩が生まれる様を目をこすって眺めるケイの目の前で、見る見るうちにその色は人の形になって言葉を発した。


「――なんか嬢ちゃんにせかされて来てみりゃ、確かにひでぇ顔してやがんなぁ、兄ちゃん」

「アンタは…………あのとき、コウタに水をかけた……」

「そういう覚え方をされてたのな」


 そう呆れたような口調でつぶやく男は、忘れもしない。


 夕食の場でケイのみならず、コウタにも水をかけ、その理想を頭からけなしてくれたあの大学生の――っ……


(………………? なんだ、()()


 ()()。場所は、胸の中心。身に覚えのない、だがあまりいいものでは無い感覚に目を細めるケイに向かって、男はため息を一つついて話を切りだした。


「おいおい、しっかりしてくれよ兄ちゃん。異世界召喚者(俺たち)の代表だろ? もちっとしゃんとしてくれないと、困るってもんだ」

「代表……?」

「ああ。まさか兄ちゃんが最後まで残るとは思わなんだが、まぁそれが兄ちゃんだったわけだし、そりゃ自然に俺たち四万人ぐらいの代表、ってことになるんだろが。まぁ、勝手に決まったわけだが」


 代表。その言葉を、ケイはかみしめる。


 代表、という言葉で思いつくものなど、テレビで見たようなオリンピックなどで華麗に体を舞わせる日本代表のようなイメージしかない。


 ――代表? 三万人強を殺した自分が、その代表?


「代表なんだから、しっかりしろって。――いや、兄ちゃんには()()()()()()()()()()って言ってやったほうがいいのか?」

「どういう、ことだ……?」


 頭をがしがしと掻いてそう口にした男にケイが眉根を潜めるも、男はその様子を見てため息を一つ返したのみだった。


「その様子だと、まだ分からねぇか。まぁ、無理もないよな。()()じゃなかったら、日本人(どうぞく)の俺たちを綺麗に消し飛ばすなんて真似、できるわけがねぇ」


 さらに謎が深まる言葉をケイが問い正そうと傾げるが、それを男は虚空に目をやって眉をひそめるという不思議な動作でさえぎった。


「――――ぁ? なに、時間だぁ? しょうがねぇな、分かったよ、代わるから……」


 そして男はケイに向き直り、立ち尽くしたままのケイに向かって「まぁ、なんだ」と前置きしてから、こう言葉を続けた。


「――女々しくなんかしないで、胸を張れ。でも肩の力を抜いて、そんでもって楽しそうにやれ。それなら、俺たちも安心して見守れるってもんだからな」


 ケイの思考がその言葉を咀嚼し、内容を理解したと思った瞬間。


「――じゃぁな」


 またもケイの視界に閃光が走り、その色を眩ませたのだった。



   ◆  ◆  ◆



 そして、さっきのサクラと同じように男は一瞬でその場から姿を消した。


 その感じからして、おそらくサクラの時みたいに誰かが現れるか、それともサクラが現れるかするのだろう。


 そう考え、今度は大したアクションもなく待っていたケイの目の前で、またも男の時と同じように空間に色が付き始めた。


 最初は、黒。そして、肌色。拡散してぶちまけられる色は、焦点の合わないピントがあっていくように、段々と境界線が明確になっていく。


「――っ、と。はぁ、なんつーかアンタ、ずいぶんしけた顔してんねぇ?」


 そしてそう口にしながら現れたのは、大学生風の男。黒い髪、長身痩躯の体つき、面白くなさそうに細められた目。どれを見ても、ケイにはあまり見覚えのないような男に思われた。


「アンタ、誰だ……?」

「おいおい。俺を忘れてもらったら困るなあ、三万人を殺した大犯罪者さん」


 ケイが尋ねると案の定とでもいうべきか、男は悲しそうなそぶりで首を横に振り、ケイにとげのある言葉を投げつけた。


「俺を知ってるんだな」

「――――()()()()か?」


 だがケイから帰ってきた()()()()()反応に、男の眉根が潜められる。


 男はしばらく『そういうことか……』とか、『いやでもこりゃ言ったら……』などと口にしていたが、やがて結論がついたのだろう、頭を書いてからこう話を切り出した。


「まぁ、まずは自己紹介だな。俺はあれだ、異世界とやら(こっち)に来てからあの野郎にいの一番に殺された、大学生だっての。忘れた?」


 その言葉で、ケイにもこの青年の正体に合点が行く。確かこの青年は、『見せしめ』として一番はじめに腹を貫かれて殺された、あの青年だ。


(…………また、だ)


 その時、ケイの心の中に謎の感覚が生まれた。さっきは謎の痛痒だったが、今度のそれは何か心の中からなま暖かく腐り落ちるような感触。


(なんだ、これ……)


 だがその思考は、男が怪訝そうな目を向けてきたことで中断せざるを得なかった。


「――――いや、今思い出した」

「そ。ならいいわ」


 そう納得したらしい様子の男は、「まぁでも、手短に済ませるぞ」と口にして話を始めた。


「アンタさ。まっさきに死んだ俺が言っても説得力ないかもしんないけど、結構大事なもん失ってるよ。気づいてる?」

「大事な、もの……?」

「でもなぁ、それなくしたまんまじゃ、アンタ、()()()()のとかわらないよ? むしろ、そんなんで生きていくんだったら、俺たちと代わってくれって話だ」

「どういう、ことだ……?」


 すでに疑問符でいっぱいのケイの思考から必死に疑問の言葉を投げかけるも、男はそれに答えを返そうとはしない。


 その上、男はそのまま鷹揚に手を振ってまた消えてしまった。


 だがケイには、最後に男が残そうとした言葉を、その口の動きでなんとなく察してはいた。


 ――つまり、


『――それは、みんなが気づかせてくれるから』


 と。



   ◆  ◆  ◆



「私、あの研究所でずっと、実験をされつづけてたんです。だから――終わらせてくれて、本当にありがとう」


 そう言ったのは、水色のワンピースを身につけた、おそらく中学生ぐらいの少女。



   ◆  ◆  ◆



「私、実は本当にルージェスに恨みもあったんです。農家なのに無理矢理故郷から引っ張り出されて、こんなことさせられて。ははっ、信じていただけないかもしれないですがね――」


 次に現れたのは、どこか全体的に丸いシルエットを持つ、ケイのよく見慣れた軍服姿の男だった。



   ◆  ◆  ◆



「――我々と、同じ道には墜ちないでくれ。今ならまだ、間に合う」


 言葉数少なくそうケイに語りかけたのは、ケイが拷問されていた時に出会ったあのキメラだと語っていた男。



   ◆  ◆  ◆



「――――――――」


 誰かが何かを入れ替わり立ち替わり口にし、そして光の中に消えていく。


 それは苦笑いであり、感謝の言葉であり、励ましであった。



   ◆  ◆  ◆



「――――――、――――」


 そんなことを、何回、何十回、何百回、何千回、何万回、繰り返しただろう。



   ◆  ◆  ◆



「――ケイ、どうだった? 私からの、プレゼント」


 気づけばケイの目の前には、サクラが立っていた。


「どうだった……って、言われてもな……」


 ケイはそうつぶやき、首を傾げる。


 今の大量のメッセージがサクラからのプレゼントだということは分かったが、だがケイにはその意味が分からなかった。


 でも、サクラはその答えを予想していたかのように優しく微笑み、そしてケイに言葉をかける。


「気づいてる、ケイ? みんなさ、いきなり死んじゃったのにはびっくりしてるけど、別にケイのことを()()()()()()()()()んだよ?」


 その言葉に、ケイは思わずはっとなった。


 ――ココロが、ウズく。カユくて、アツくて。


「――そんなはず、ないだろ」


 ケイは気づけば、どこかふるえた口調で力ない反論を返していた。


 その表情には、客観的に見ていわゆる『狼狽』という感情が浮かんでいる。


「あるよ」


 だがサクラは、そのケイの否定を、力強く否定する。


「だってさ。奴隷だよ? みんなは遊園地に遊びに来てただけのはずなのに、いきなりこんな訳分からない世界につれてこられて、奴隷にされてさ。来るはずのない助けを求めて生き続けて、それが本当に幸せな人生だったって思う?」

「そ、れは…………っ、でも、生きてれば、『助け』がいつか――」

「みんなからすれば、その『助け』がケイだったわけ」


 あっけらかんと言い放ったサクラに、ケイは思わず絶句した。


 心のどこかで否定していた、というか否定しなくてはいけなかった考えが、今になってケイの心の中で鎌首をもたげてくる。


 つまり、『奴隷になって生き続けているくらいなら、死んで楽になった方が幸せなんじゃないか』という、半ば暴論にも近い形の思考。


 だが、ケイがそれを受け入れることはすなわち、自分のエゴのために三万人強を殺しきったケイのこの(カルマ)を、なかったことにするのと同義だ。


 だからケイは、その心を受け入れなかった。真っ先に切り捨て、今の今まで忘れていた。


「だから、ケイ。こんなとこで、墓守なんてらしくないことなんか、やらなくていいんだよ」


 だが今になってその心は、よりによって親友から、微笑みとともに提示された。


 その言葉に一瞬、ケイの表情が揺らぐ。


 胸中を占めるのは、暖かくも不安定な、湿った何か。


 その正体を知り得ぬまま――だがケイは、静かに、首を振った。


「――ダメ、だ。俺は、その言い訳を、受け入れたらダメだ。俺はここで、罪滅ぼしのために、死ぬまで墓守をやる。絶対に人を寄せ付けない、安寧を維持するんだ」


 そう告げるケイの瞳からは、言葉の後半になるにつれて光が消え、従ってその言葉の硬度も増していく。


「――――はぁ。まさかとは思ったけどさ、ここまでとはね」


 だがサクラは、そのケイの決意に対して一つ、小さくため息を漏らしてからこう言葉を告げる。


「ケイさ。だから、もっと自由になってよ。そんなに、苦しまないで」

「なにを……」


 これまで何万人ともしれない人と話す中で、ケイの記憶にこびりついた、やけに迂遠な言い回し。それも、その対象は一部分にしか限られていないみたいだった。


「ううん、もっと単純にいわなきゃ伝わんないよね。だって、あれだ毛鈍かったケイだし……」


 やはりどこか明言を避けるような言い回しが来たことに思わず疑問の声を上げるケイに、サクラはゆっくりと首を振り、決意を固めた、だがどこか懇願するような声でこう告げた。


「――ケイ、()()()()()()()()()()()()


 ――何かがワれる、オトがした。

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