第一章25 『バカ野郎の後始末』
突如発生した落盤の影響で広範囲にわたって窪んだ、とある山腹の一画。
まるで、分別を知らない幼子が遊ぶだけ遊んで散らかしたとでも形容できそうなほどに無差別に破壊された地形のその真ん中には、二人の人影が見えた。
「――――――」
一人は、今はもう地中深くに沈んでしまった施設を文字通り支えさせられていた少女、ルイン。
その究極的なまでに芸術めいた容姿を薄いボロ布一枚に包む彼女の、これまた端正な表情には現在、晴天にかかった雲のように痛ましい表情が浮かんでいた。
そして少女の視線の先にいるもう一人は、その少女の名付け親にして異邦人の少年、ケイ。
頭上から雨霰と降り注ぐ大小さまざまな瓦礫や土砂を避け、奴隷だったころはあれほど渇望していたはずの地上に出てきたのに、その表情は実に優れない。
「――――――――」
地面にへたりこんだままのケイと、それを傍らで見守るルイン。
さっきまで鳴り響いていた轟音はすでに嘘のように静まり、そこにいる二人もなにも言葉を発しないせいで、その場には痛いほどの静寂が立ちこめていた。
「――――――なぁ、ルイン」
そして、その沈黙を破るように、いっさいの感情というものが内包されていない言葉がケイの口からこぼれる。
といっても、ケイ自身は元々感情の薄い少年ではない。
「これ、俺のせいなんだよな?」
ほぼ事実上、自分の手で大量の人間を生き埋めにしたという事実に、感情が一周回って麻痺していたのだった。
パニックが一周して収まり、冷やされた思考がこの状況を引き起こした原因を考え始める。
そしてその思考が明晰に、だが残酷にもこの状況を引き起こしたのは、自分がルインを『取り外した』からという正解を導き出すまでにかかった時間は、そう長くはなかった。
そして、その言葉に抑揚がないのが感情の欠如によるものではないのであることをルインも理解しているのだろう。
桃髪の少女はどこか奥歯にものの挟まったような言い方で、言葉を選んでケイの独白のような言葉に答えを返していく。
「……ルインが吸収した魔力は確かに、あの施設が崩落するのを防ぐ要石としての役割にも回されていたのです――でも、あの状況だったらそうしなければ――」
「――――いいんだ」
『そうしていなければ、ますたーは死んでいたのです』と口にしかけたルインは、ケイの凪いだ言葉にどこか沈痛な面持ちで顔を増えて黙り込む。
それを確認したケイは目の前の状況を眺め、どこか乾いた口調でさらに言葉を紡いでいった。
「――つまり、俺が、やらかしたんだな?」
その言葉に初めてブレが現れ、それに呼応するようにケイの肩もかすかにさざめき始めた。
「ここにいる何千人とも知れない人をっ、地面の中に生き埋めにしやがった救いようのないバカは――っ、俺、なんだなっ!?」
膝を折って地にはいつくばり、語気を荒げてそう叫ぶケイに、ルインは何の答えを返すこともしなかった。
すなわち、肯定ではない。だが、否定もできない、と。
「…………っは、ぁあ、もう、ほんっと、さぁ――――――」
この状況を前にしてでてくる叫びの言葉など、ケイには思いつきもしなかった。
こんな地獄を作り上げた凶悪犯が今更なにかを言ったところで、それがいったい何の赦しになるというのか。
叶うものなら、今すぐにでも地面を掘り起こして限りある人間を助け出し、その一人一人に全身全霊でもって謝罪をしたい。
許されないということは初めから分かっていても、そうすることで確かに自分のこの罪悪感が薄れるのだから。
――なら、ここで立ち止まってはいけない。
ケイのするべきことは、ここで泣きわめいて赦しを乞い、無駄な時間を過ごすことではない。
そんな暇があったら、生きている人間を一人でも救助し、その一人一人に心からの謝罪をした上で、その後の処罰を如何様にでも受けるべきだ。
「――――ルイン」
ケイはそう声を絞り出し、自分のすぐ側に控えている少女に声をかける。
「生き埋めになってる人、助けに行くぞ。もう、一刻の猶予もない」
「――――ますたー」
その声にルインが、どこか物言いのし辛そうな表情でケイを呼ぶ。
だがケイは、その言葉が聞こえない。聞こえない、ふりを、していた。
「――土魔法とか、この世界にもあるんだろ? それで地面を掘り起こして中から人を助け出して、片っ端から回復魔法をかけて回れば……」
「ますたー」
再度話を遮ってまでして声をかけた少女に、ケイは今度こそ口を閉じ、代わりに歯ぎしりをした。
ケイにはもう、ルインの口にしようとしていることが分かってしまっていたから。
「なん、だよ」
それでも、震える感情を言葉に出さないように極力留意しながらケイは、静かに、疑問などみじんもない声音でルインに問う。せめて自分のこの想像が、当たらないでくれと。
ルインはケイの瞳にようやく何かを諦めたような色が浮かんだのを見届け、静かに話し出した。
「今、ルインの全身から魔力を地下深くの広範囲に放出して、反響の度合いをみていたのです。――結果は、反応なしなのです」
「――――――」
感情の影響を全く受けないケイの思考は、だがこのとき、そのことの理解を放棄した。
自分の悪い予感が当たったというその事実から、全力で目を背けた。
「……魔力を当てられて反応が返ってこないのは、命を持たないものだけなのです――」
「――――――――」
――命を持たないものに反響しないという魔力を放射して、何の反もない。
それはつまり、
「…………今この場所で生きているのは、ますたーとルインだけ、なのです」
視界が、ブレた。
「――――――――ッ、ぁ、」
ケイも、薄々考えついてはいた。
いくらこんな大量の土が降りつもったところで、所詮は土だ。きっと瓦礫や何やらの隙間が運良くできて、その隙間で誰かが生きていてくれるのではないかという妄想に、浸っていたかった。
だがルインはそのケイの妄想に、現実のメスを容赦なく差し込む。
「――――――ぁぁぁああああああああっっ!」
――これで俺は、晴れて救いの機会を永久に逃した殺人犯となったわけだ。
笑えるよな? たった二人の親友を助けられず、あまつさえ今度は何千人も勝手に土の中に埋葬しやがって。
死にたいためにブン殴ろうと思ってこいつを引っ張りだしてみたら、今度は死にたくないはずの人を大量にあの世送りだ。
クソっ。
こんな、俺なら――――死んで、しまえ。
「それに、ますたー……」
ルイン? どうした?
「――――、――――……」
――――――――あぁ。
そうか。
……そう、だったのか。
◆ ◆ ◆
「ますたー……」
「――いいんだ」
どこか困惑したような少女の声と、完全に心を閉ざして冷えきってしまった少年の、心ない声。
その二つの声は今、概算で地下二十メートル強近く掘られた、穴の底のところから響いていた。
「――わかったのです」
少女――ルインがそう呟くや、眼前にかざしたその手に小さな光球を出現させる。
その光球――最上級の火属性魔法の、それも超高密度の塊だ――はしばらくルインの手の中で胎動しながら輝きを増していたが、ルインがおもむろにその光球を自分の頭上にかざすと、その光球は一気に円形に拡散し、円環状になりながらケイたちの周りにある崩壊した壁の中に吸い込まれていく。
それと同時にケイとルインを取り巻くようにして中心部に穴の開いた水のドームが出現し、轟音を立ててケイたちを足下まで含めて外界から遮断し始めた。
そしてケイは、その光の輪が吸い込まれた先を感情の籠もらない瞳で見据え、たった一言だけ言葉を発する。
「――――――やってくれ」
ルインはだまったまま目を瞑り何かを念じているようだったが、ケイの言葉におもむろにその目を見開くと、翳したままの手のひらを閉じる。
刹那、それまで魔法によって現象化を押さえられていた超高温の炎の円環が、まんべんなく浸透した壁の中で発熱を開始した。
最初は、変化を見て取ることはできない。
だがそれも、ケイたちの周りを覆っている水のドームがそれまで以上に轟音を立てて沸騰し、白く泡立ち始めるまでのことだ。
――――ケイがルインに頼み込んで実行してもらったのは、地下に埋められてしまった人たちの埋葬である。
もしケイがここからその死体をいちいち掘り起こしていたら、その間に死体が腐ってしまうし、かといってルインの土魔法ではあまりにもおおざっぱすぎて死体をまるでものか何かのように運び出すことになってしまう。しかしこのまま死体を放置するなど、ケイにはとうてい無理だ。
そこでふと思いついたのが、この一帯の地層ごと死体を加熱するという超大規模な火葬だったのだ。
今も泡だって片っ端から消滅を続けている水の膜にさえぎられて判別はつかないが、この視界の外では超高熱の炎が土を焼き、その隙間に通る灼熱の風が遺体を熱し始めていることだろう。
ケイから見えるのはかすかに水の膜が沸騰しているということだけだが、表面のあちこちが次々に白く波立っている様子は、まるでこの視界の外で今も加熱されつづけている人の怨念の現れにも見えた。
「――――――ッ……」
ケイは声にならない声を上げ、うつむいたまま歯噛みする。
――なんであの時自分は、ルインを一発殴ろうなどと思ってしまったのだろう。
そうしなければ、ここにいた数限りない人間はきっと、奴隷という身分であったとしても生きていくことができたはずなのに。
そういう後悔の濁流が、目の前で蠢く水流よりも激しく動いてはケイの心をもてあそぶ。
◆ ◆ ◆
……どれくらい、時間が経っただろう。
ケイには、どれくらいの時間で人間の肉をきちんと焼ききれるか、んていうバイオレンスな知識はない。ならばいっそ骨も残さないようにと思い、手加減なしで加熱することを選んだ。
その加熱をやめてから、ルインの水魔法で周囲を冷却すること約十分。
水の膜を消し去り、まだ生暖かい地面に降り立ったケイの目に映っていたのは、あちこちに溶け爛れた跡が残り、異様な匂いが立ち上る壁。
先ほどとはあまりに違うその光景はまた、死体が跡形もなく消しとばされたと実感するのにも十分すぎるもので。
「――――――ごめん、みんな」
ケイはその光景を静かに見下ろし、そう静かに呟いたのだった。




