第一章23 『交錯、工作、舞台裏』
ルージェス・ハイドランという人間の生きざまを一言で表すのなら、それはまさに『狡猾』の二文字に尽きる。
生まれてこの方はや三十年近くのその人生はまぁ割愛するが、全体を通して安定したものでなかったことは確かだろう。
骨の髄にいたるまで裏社会のいろはが染み着いたルージェスにとって、卑劣や卑怯といった罵声は賞賛であり、正々堂々というスタイルは忌避してやまないものだった。
そしてその生き方は、ルージェスの扱うこの魔法もまた、色濃く反映されている。
体など人並みにしか鍛えていないそのルージェスが一重に強いのは、いくら筋肉を鍛えても届かない攻撃力を誇り、いくら千刃をも通さぬ防御を身にまとっていても関係のないとまで言わせしめたその魔法を有しているからであった。
『ある地点からある地点へとものを転送する』という、言ってしまえばそれだけの魔法。
だがこの魔法がひとたび攻撃にその使途を転じれば、その威力はもはや歴戦の勇者も霞むものとなる。
『体内に向かって剣を転送する』という、普通の攻撃とは一線を画した方法での攻撃は、若き日のルージェスの名をその奇異さと共に知らしめる一因となったのだった。
――そして今もまた、ルージェスはその魔法でもって目の前をのたうちまわる一人の少年を圧倒していた。
「――ッぁあああっ、クソッ、空間に直接剣を飛ばすとか、反則だろっ!?」
剣で体を地面に縫いつけられ、地面を転がりたくとも転がれない状態にまで追い込まれた少年が叫ぶように発した言葉に、ルージェスは本心から驚きを感じた。
「――へぇ、今ので見抜いたのか。まぁ生憎私は、この通りひ弱な身でね。これくらいの小技は許してくれよ」
どんな相手の防御ですらも貫通する力を小技と言って嫌みったらしく笑みを浮かべてやると、予想通りケイはそれに反応するように歯ぎしりをした。
――今の少年の心持ちは、どうだろうか。
きっと少年は、それまで使えていた『力』をずいぶんと信頼していたことだろう。予想通りに少年がこの部屋に入り込んだことで、その確信はさらに深まった。
だが、そこへその力が通じない相手がでてくる。
どうだ? 怖いだろう? 絶望するだろう? 少年からすれば、さぞかし私が絶対的強者か何かに見えるはずだ。
心が折れそうだろう? ……いや、もしかしたらすでに折れているのかもしれないがね。
どちらにしても、私のすることは変わらない。
あの少年を予定通りに始末し、ここから立ち去るだけだ。
「だけどまぁ、遅いね。これから少年は、死にゆくのだから。私の宝に触れようとした盗人は、地面に磔にされるのがお似合いだ」
そう言いながら少年の足を睨みつけて強く念じると、剣が手元から消え、少年の足に出現した。
「っぁああがぁぁあああ――!」
どうにもこの少年は、まるで苦痛を知らなかった箱娘のように鳴いてくれる。
痛みを感じられなくなった奴隷ならば、そんな声をあげるでもなくただ獣のように名状しがたく呻くだけなのに。
「――ちくしょう……なんでだよ……なんで、こうなるんだよぉ……」
そう涙ながらに呟く少年には、いっそ演技めいた感情の発露すら感じ取れるほどだ。
――だが、いけない。あまり遊んでいては、避難が遅れてしまう。
「――じゃあな、少年。またいつか地獄で会おう」
自分の中の嗜虐性が高ぶりそうになるのを抑え、限りなく低く冷徹な声でそう告げ、手元に残った最後の剣を飛ばす。
「ちく、しょ、ぉ…………っ――――」
軽く念じるだけで剣は手元から消し飛び、一瞬の間を経て少年の胸部の中心――心臓に突き刺さった。
命の鼓動が消えていくのが、目に見えて分かる。
できればその有様を最期の一瞬まで鑑賞していたいと感情が吐露するが、鋼の理性でもってルージェスはその感覚を抑えつけ、きびすを返した。
急がねば。ここからの離脱があまり遅れては、私も当てられてしまう――
「――――待つのです」
声が、響いた。
「――――――――何だ」
振り返ってはならない。肩越しに眇めるようにしてその声の主を、予定通りに解放されたその少女を、見つめる。
地に倒れた少年を抱き寄せている腕に掛かる、桃色の髪。
身にまとうものが一切ないが故に分かる、その芸術品のごとき裸身。
その姿は、背後にある少女が捕らわれていた結晶の煌めきと相まって、ひどく幻想的な美しさを放っていた。
「――さすが、そう設計されただけあって美しいな」
――だが断じる。その美は、完成された作りものだと。
言外に、惑わされるな、と自分に戒めるように発した小さいつぶやきは、少女の耳には入らなかったらしい。
「――当機が折角確保した被調査体に、なぜ危害を加えたのですか」
その少女の口調が荒いものだと気がついて、ルージェスは皮肉げに口の端を歪めて見せた。
「事務的な口調で自分を誤魔化して、『やっとできそうだった友達を殺すな』と感情を出すこともできないとは――滑稽な機械だな?」
その言葉が、引き金になった。
「――――わかったのです」
かすかな声を、その場に残し。
――――世界が、震えた。
◆ ◆ ◆
ゆるやかなキオクの、そのカナタ。
ジブンの中身が吸い上げられるカンカクに、目をサマしたのです。
その相手は、一人のショウネン。
マジメで、客観的。どこかサめてるけど、ココロ優しい少年。
その姿にナツカシイ人を思い出して、招きヨせたのに。
――でも、その少年は、死んでしまった。
テと足とムネから剣を生やして、ゆっくりツメたくなって、
――――昔のトウキみたいに。
イヤだ。いやだ。
テを伸ばす。意識が浮上すル。
魔法の言葉は忘れた。だけど、そんなものはいらないのです。
目の前の少年に向かって、ありったけの想いを込める。
『――逝かないで』
力が抜ける。久しぶりの魔法を使う感覚に、意識を失いそうになる。
『逝かないで――!』
――気づけば私は、その結晶から出てその少年を抱き寄せていた。
剣の抜けたその胸のうちに、確かな鼓動を再び感じながら。
「――当機が折角確保した被調査体に、なぜ危害を加えたのですか」
昔の感情は、まだ家出したまま。だから、本心からでない言葉には焦らず、ゆっくり取り戻せばいい。
「事務的な口調で自分を誤魔化して、『やっとできそうだった友達を殺すな』と感情を出すこともできないとは――滑稽な機械だな?」
さぁ、まずは手始めに。
「――――わかったのです」
この男に、ささやかな復讐をするのです。
◆ ◆ ◆
「………………ぁ、う?」
自分の声が聞こえて、うっすらと目を開く。
視界に写るのは、青くどこまでも突き抜ける、晴天。
異世界にいたころ――生きていた頃にはみれなかった光景に、ケイはおぼろげに実感した。
「――死んだ、のか?」
と。
だが、それにしてはケイの視界に写る光景には違和感があった。
確かに青空がケイの視界に写り込んでいるが、それはあくまで視界の一部。
まるでどこか円柱状の穴から空を見上げているような気分になるようなその穴の周りは、幾重にも重なった地層が見え隠れしている。
その所々には傷が付けられ、一部はまるで焦げたような跡があり、さらに他の場所ではむき出しの地層が部分的に凍てついていた。
その景色に、はてあの世とはこんなに地下然とした殺伐とした光景だったかと首を傾げるケイ。
「………………ん?」
そしてその拍子に、自分の頭の下になにやら柔らかい感触があるのに気がついた。
その柔らかい感触や白い色は、自宅で親が好んで使っていた低反発枕にもにている。
だがこの手触りは、どこか枕と言うよりはもっと有機的な何かを連想させるもので――
「…………くすぐったいのです」
「――――ぇっ?」
突如頭上から降り注いだ柔らかい声に、ケイは思わず間抜けな声を返した。
その声の方を見上げたケイは、そこに自分が今し方まで殴ろうとまで画策していた相手の顔があることに気がつき、ついで自分がどうやらこの少女に膝枕をされているらしいということに気がついてあわてて赤面した。
「――うわわわああぁぁああっ!? ぇ、これ、どういう……!?」
「あんまり暴れないで欲しいのです。髪の毛がこすれてくすぐったいのです……」
「うわ、ちょ、ぇ……!?」
そう落ち着いた様子で呟く少女に対して、ケイは対照的に果てしなく落ち着きのない様子で見る見るうちに赤面していく。
そもそもケイが女子から膝枕なぞしてもらったことがないからだということもその理由ではあったが、それ以上の理由がそこにはあった。
「ぇ、つーか、あの、お前、その……っ」
「なんなのですか? 用事があるなら――」
その少女が膝枕の体制のまま自分に接近してきたことで、ケイはいよいよもって顔を赤らめ、ついに羞恥心が限界にきたのかこう叫んだ。
「――――なんでもいいから服を着ろッ!」
――そう言い切ったケイの前で少女が首を傾げるのをみて、ケイは思わず心の底から脱力したのだった。
◆ ◆ ◆
自分の視界の高いところから覗く、雲一つない晴天。
それを眺めながら、ケイは地面に寝っ転がってしみじみと声を漏らした。
「――――なんつーか、まぁ、」
結論。
「生き残っちまった、てわけだよなぁ……」
ということ、らしい。
確かにあのまま死ぬのはずいぶんと中途半端極まりないところだったし、ケイとしてもまぁ生き残るのに不都合はない。
ただ、自分のすぐ側にどっから拾ってきたんだと言いたくなるようなぼろ切れをまとってちょこんと座り込んでいる少女。
自分が生き残ってまで殴りたかったはずのその少女が、なぜか自分を助けたというその事実。
それが現在、ケイを悩ませていたものの正体だった。
空で青く澄み渡る空とは対照的に、ケイの周りに広がる圧倒的な暴力の跡が同時にケイの視界に存在しているかのように、またケイの心もまったく別方向を向いた義理と感情の狭間で板挟みになっているのだった。
『助けられた』という事実から恩を徒で返すような真似はしたくないし、かといって『殴りたい』という本音が消えたというわけでもない。
「……そういえばこれ、アンタがやったのか?」
ケイが半ば現実逃避的にそう声をかけると、それまで無表情で体育座りをしていた少女がその言葉に反応する。
「そうなのです」
「俺が寝てる間に、誰かと交戦したとか?」
「違うのです。当機が起きた時にはちょっと魔力が不安定だったので、軽く暴走しちゃっただけなのです」
「軽く、でこれか……?」
その言葉に戦慄を覚えながらも、ケイは自分の周囲の景色を見渡す。
おそらくこの施設は、その全貌を地下の奥深くにしまいこんでいたのだろう。そのことを、ケイの頭上にあいた穴の壁面に数え切れないほど堆積して見える地層が物語っている。
人がすっぽり収まりそうな斬撃の跡や地面が不自然に隆起して先鋭芸術みたいになっているところを見るにつけても、『軽く』という言葉で片づけたいとは思えない光景だった。
「ちなみに、訂正なのです。ますたーは、寝ていたのではなく死んでいたのです」
「死んでいた……っ!? マジかよ、それ……」
そのまま放置して殺してくれてよかったのに、という後ろめたい思考が頭をよぎる。
が、それについて抗議をする前にもう一つ、ケイの思考にひっかかるものがあった。
「……待て、今、お前俺のことマスターって言わなかった? それってどういう意味だ……?」
「当機はあなたをますたー、契約者として認識しているということなのです」
結果的にさっきと同じことしか口にしていない、なのです娘にケイが頭を抱える。
マスターという言葉で通じたところを見るに、普通に『マスター』という概念はこの世界にも存在しているらしい。
「待て待て、聞かなきゃならないことがさらに増えた。まず一個目。何で俺をその契約者とやらに選んだ?」
そこで早速回答を口にしようとする少女を手で制し、ケイはさらに言葉を重ねる。
「あともう一つ、契約者だのマスターだのってなんだよ? 義務とかあるんならまっぴらごめんだぞ、なんせ俺はこれから死――――」
ケイはそこで『これから死のうとしてる身なんだから』と言いかけて、口をつぐんで自問する。
――果たして、今の自分にそこまでの自殺願望はあるのか? と。
曰く一度死んだかと思えば生き返り、全裸の女の子に膝枕をされるというわけのわからない状況に陥って感情がフラットになったのか、今のケイにはそこまでの自殺願望もないように自分でも感じていた。
よく考えてみれば、ケイはサクラから『生きて欲しい』と死に際に頼まれている。
それをわざわざ無碍にしてまで死にたいと願う理由が、ケイ自身に見つからなかったのだ。
(考えろ……あの時俺は、なんで……?)
そう胸中でつぶやき、現実世界から離れて思考に没入していくケイ。
「…………ゥルル」
――だがケイは、それが命取りだと気づけない。




