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第一章22 『最期の一人〈下〉』


「……………ここ、か」


 ケイが壁の中に進入してそう呟くと、今まさにケイが通ってきた壁に開いていた穴が塞がり、外界との通路を遮断していくところだった。


 そしてその穴が完全に閉じたときにそれまで通路からこの薄暗い空間に差し込んでいた光源が無くなって、その空間がケイの前に全容を現したのだった。


 おそらく、高さにして天井は約三十メートル。


 床は半径二十メートルは下るまいという巨大な円型をしており、その中心部分に『光源』が設置してあった。


 この部屋単体で何かの施設にでも使えるのではないかというような規模の部屋の中に設置された、あまりにも部屋のサイズに見合わない、だがそれでいて強い光を発する光源。


 その光源は何かの熱でも発しているのか、部屋にいるだけで体が芯から炙られていくような錯覚すら覚える。


「――――――やっと、見つけた」


 ケイはそれを、あの【動力】だと確信した。


 だが、どうやら何か半透明の結晶に囲まれているようにも見える【動力】の姿は、ここからでは遠すぎてよく見ることができない。


(どうせなら、ブン殴る前にその面拝ませてもらおうじゃねぇか)


 ケイはそう胸中で吐き捨てて沈黙を保ったまま、少しずつその光源に向かって歩を進めていく。


 近づくにつれ次第に明るくなる景色に思わず目を細めながらも進んでいくケイの、その口から。


「――――!」


 ――不意に、どこか緊張が張りつめたような音がした。


 少しづつその光源に近づいていった結果、現代っ子でありあまりいいとは言えないケイの視力でもその体を見れる距離までになったところでケイが立ち止まったのは、なにも体に異常があってのことではない。


 確かに光源が熱を発してでもいるかのように、ケイが光源に近づけば近づくほどに体は熱くなっていくような感覚があるのだが、今のケイはそれしきのことでは止まらない。


 ケイの足を止めた理由は、別に存在した。


「――――――」


 ケイの口から、ほぅ、というある種純粋な感情を含んだ呼気が漏れる。


 それは、言うなれば美術館で高名な画家が描いた懇親の作品を鑑賞したときにある、あの魂を揺さぶられたような感覚。


 『興奮』というにはあまりに高尚で、『感動』というにはあまりに燃え盛るこの感覚に、ケイは名をつけることができないだろう。


 ――それほどその【動力】は、綺麗だったのだ。


 その容姿は、頭の中に響いていた甘く高い声から想像できたとおりの、ケイとあまり変わらないであろう十六、七の少女。


 言ってしまえば、強くも優しい光を放つ結晶の中に納められていたのはそれだけの存在だった。


 だが、その少女を構成するパーツのすべてにケイは引き寄せられていたのだった。


 見るものに威圧感を与えないゆるくウェーブした自然な桃色の長髪や、白いながらも病的とはほど遠い生命の感触を感じる肌。


 腕の前で組まれた工芸品のごとき繊細さと美しさを誇る指もそうだし、豊かに膨らんでいながらも自己主張の激しくない慎ましやかさを兼ね備えた胸部もまた、ケイの心を打って止まなかった。


 そこに異性に対する情欲、というものはほとんど介在していない。代わりに在ったのは、完成された美に対する畏怖と感動。


 美術方面には全くと言っていいほど知識が皆無なケイにも『美しい』と思わせるだけの魅力が、そこにはあった――――


(――――――っ、違う!)


 ――だがケイは、心の中から湧き出てきたドス黒い感情でもってその純粋な憧憬を塗りつぶす。


(ここに俺は、アイツを誉めたたえにきたわけじゃない。あの横っ面を、全力でブン殴りにきたんだ――)


 そう胸中で囁くと同時にフラッシュバックする数々の嫌な思い出をすりつぶすようにケイは一度歯ぎしりをし、淀んだ目で前をにらんだ。


 そこにいるのは、薄赤色に染まった透明な結晶の中に閉じこめられたままの、一人の少女。


 ――()()()()()()()()|の話だ。


(――アイツをブン殴って、死んでやる)


 吐き捨て、ケイは一歩前に足を踏み出す。


 少女までの距離は、目算約十メートル。この『力』なら、一瞬で詰め寄ってやることは実に簡単な距離だった。


 ――だがケイは、その距離を自分の力だけでゆっくりと歩み寄っていくことを選択した。


 体が熱くて重たい。風穴が開いている右手は言わずもがな激痛を発しているし、毒魔法をかけられたらしい左手は、もう肩から先の感覚が失せている。


 一度使うだけで半端でない疲労感が蓄積する『力』を使い続けているせいで、もうケイは頭痛すら感じ始めていた。


 それでもケイは、歩く。もうすぐ|この地獄に終わりがくる《ジサツデキル》と、そう信じて。


 そうこうしている間にも、彼我の距離はもう五メートル足らずのところまで近づいている。


「――――待ってろ、」


 そう呟いたケイは立ち止まり、揺れる視界の中にその少女を収める。


 もう、歩くのはここまででいい。あとはあの『力』で結晶ごと少女を殴りとばして、自殺すればそれで終わりだ。


「――今、助けてやるからな」


 それは決して、目の前の少女に向けられた言葉などではない。


 満身創痍のまま立ち上がり、ここまで歩んできた一人の少年に対して、心の底からの安堵を伴って告げた言葉だった。



 ――だから、ケイは。



「      ぇ」



 ――トン、という音と共に足が()()


 地面に崩れ落ちた時、なにが起こったのか理解できなかった。



「ぁ……がっ…………」


 知らず知らずのうちに自分の足下を倒れたまま見下ろしてしまったケイが、そのことに気がつく。


「――――っつぁああああっ!」


 自分の足には、()()()()|刺さった一本の剣。


 その剣が膝に深々と食い込み、いいようもない不快感と激痛を常時発しているのだから。


 のたうち回りたくても、それをするだけで膝からギシギシと機械が軋むみたいな人体から聞こえるとは思いたくない音が聞こえるのだ。


 ケイはただ、醜くふるえながら声を上げて痛みに耐えるしかなかった。


「――――ここまで来るとは、正直思っていなかったよ」


 そして耳朶を打つ、聞きたくなかった声。


 ――あぁでも、声なんて聞かなくても誰か分かる。


 現在、この部屋には入り口というものは存在していない。


 ……だったら、そこに出入りできる人間なんて一人しかいないじゃないか。


「――だがキミにはここで、死んでもらうよ。少年」


 そう呟いた男――ルージェスが瞳に冷酷な殺意を宿し、ケイにそう宣言したのだった。


 それと同時に響く、まるで()()()()()()ような不可解な音。


 音自体は極小で簡単に聞き逃してしまいそうなものだったが、ケイの体に起きた変化は目に見えておぞましいものだった。


 それまで地面をのたうち回っていたケイが、ふと腕に生じた肉が引き連れるような感覚にその動きを止める。


 寝転がったまま眺めた、目の前に力無く放り出されたままの自分の腕は。


「――――ぇ、あ?」


 足にでてきたのとはまた別の剣で、地面に縫いつけられていた。


 刺さったのが左手だったのは、逆に不幸だったとも言える。


 すでに触覚をはじめとする各感覚が麻痺しているケイは、ある意味とても落ち着いた心持ちで自分の腕が標本か何かのように地面に固定されているのを、見てしまったのだから。


「――――――ッ!」


 それを見届けたケイの喉の奥底から、押し殺したような悲鳴が上がる。


 ここまで来て初めてケイは、この不可思議極まりない攻撃からその身を捩って逃げようと画策し始めた。


 どうやら『力』はまだケイの体から抜けていないらしく、ケイがまだ無事な右腕を痛みを無視して振り回すたび地面にかすかな罅が入る。


 だがそんな発見よりもケイからすれば、あの筋肉の塊のような人間であるハンザの一撃を防ぎきったこの『力』を難なく貫通してダメージを与えてくる、ルージェスのあの謎の攻撃の方を恐れる感情の方が大きかった。


「何でっ、こんなぁ……!?」


 すでに腕一本を拘束されて満足に動けないケイは、その恐怖から起きあがることもままならない。


 そしてそのままの状態のケイに、ルージェスが一歩一歩着実に距離を詰めてくる。


 それまでは暗がりにいたせいかルージェスのその姿がよく見えなかったが、いざ至近距離まで近づいてみればルージェスがその手に大量の剣を持っていることに気がついた。


 その剣は、そのすべてが同じデザインであることからしてどうみても大量生産を目的として作られたようにしか見えない。


 その剣はハンザの持っているあの無骨ながらも鬼気迫る一振りの剣より優れているとはとうてい思えないのに、現にその剣はケイの鉄壁と言ってもよかった守りをあっさり貫通したのだ。


「――――ッ!?」


 そしてまた、今も一本。


 今度はルージェスを見ていて動きが止まっていたところに、左足のすねを綺麗に貫通して剣が出現し、地面にも突き刺さった。


 そのせいでケイは腕と足を一本ずつ拘束されて激痛にもがくことも叶わなくなるが、だがケイはルージェスの姿を見ていたお陰でその攻撃のからくりに気がつくことができた。


「――ッぁあああっ、クソッ、()()()()()()()()()()とか、反則だろっ!?」

「――へぇ、今ので見抜いたのか。まぁ生憎私は、この通りひ弱な身でね。これくらいの()()は許してくれよ」


 ケイの防御を幾度となく貫いた力を『小技』と言い張って口の端を歪めるルージェスに、ケイは思わず歯ぎしりをした。


 ――からくりといっても、ケイが見抜いたその内容は簡単な話だ。


 ルージェスが手にもった剣をケイの足や手に向かって『転送』し、直接ケイの肉体を押し退けて剣を出現させる。


 そうすればケイの体には剣が刺さったのと同じ状態が出現し、ついでに地面にも刺さるように場所を調整すればそれは一種の拘束具として機能する。


 これだけのことをされるだけで、ケイの『力』は防御壁として何の役割も果たさなくなるのだ。


「だけどまぁ、遅いね。これから少年は、死にゆくのだから。私の宝に触れようとした盗人は、地面に(はりつけ)にされるのがお似合いだ」

「っぁああがぁぁあああ――!」


 そのルージェスの言葉と共に、それまで自由だったケイの右腕にも剣が出現し、いよいよケイは身動きがとれなくなる。


「――ちくしょう……なんでだよ……なんで、こうなるんだよぉ……」


 もう、頬を伝う涙は止まることを知らない。


 ケイは今この時だけ、これから死にゆくことを悔やんでいた。


 奴隷身分からの脱出を一緒に誓ったはずの親友二人を見殺しにし、あげく自分まで死のうとした。


 そこを邪魔されたことに怒りを覚えてその邪魔をした相手を殴りに来てみれば、あと一歩のところでその目論見を阻止されて地に這い蹲らされる。


 この中途半端極まりない死にざまに、ケイ自身が納得できるはずもなかった。


 ――だが、ルージェスはそんなケイの心など推し量ってくれるはずもない。


「――じゃあな、少年。またいつか地獄で会おう」


 その声の直後に、ケイの耳に空間が裂ける音が、聞こえた。


 両手足を拘束したのなら、次に剣が飛来する部位なんて探さなくても

分かった。


「ちく、しょ、ぉ…………っ――――」


 自分の声がかすれている。


 ああ、見なくても分かる。


(――こんな……こんなのって……!)


 ――心臓に


  剣が、


     突き立てられてる。


   血が吹き出した。


           命が流れていく。


 地面に吸い込まれたそれは、


   もう元に戻らない。


 ……意識が


      遠く


        なって、


     俺は


 このとき


     確かに


        ――死んだ。






   ◆  ◆  ◆




「――――――――――――」




   ◆  ◆  ◆







 だからケイは、気づけなかった。


「――――――、――――。」


 そしてそれを見守る()()が、一人いたことに。

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