第一章20 『さぁ、逝こう』
――上司から命令された通り、動力区の前を警備していたハンザのその魔法の気配を察知してからの判断は、実に早いものだった。
魔力が大量に、それも急速に一カ所に集められていくという異様な現象を間のあたりにしたハンザは、理性よりも直感でその正体を察知していた。
肋骨が半分、臓器が二つ、あと一歩回復魔法が遅ければ間違いなく死んでいたであろうところまでハンザを追い込んだその『魔法』のことを、ハンザが忘れようはずもない。
だからハンザは、その復讐の相手に対して鞘から抜き様に横凪ぎに剣を振って相手を吹き飛ばすことはしなかった。
代わりにわざわざ大上段まで剣をゆっくりと構え、一瞬の後に渾身の力で振り降ろしたのである。相手を文字通り真っ二つにし、一瞬で絶命させるために。
殺ったという、確信はあった。
背後からの奇襲という好条件に加え、渾身の力で振り降ろした剣は、幾度となく自分が描いてきた軌道を描き、その頭蓋をかち割――る、はずだった。
「――――ッ!?」
ハンザは、自分の目の前で起きていることが自分で信じられなかった。
これまで戦場で幾多の敵を葬ってきた剣は、確かにハンザの手元から一直線に中空を駆け下って目の前の少年の脳天に直撃した。
だが。
「…………あっぶねぇ……」
そうつぶやく少年の脳天に当たったはずの剣は、そこで動きを止めていた。
ようやくこっちの存在に気づいたらしい少年の手はまだ、その両側に力なく垂れ下がったままだ。
つまり、この少年は自分の攻撃をあの謎の力だけで防いだ、と――!?
「――――ッ!」
判断は一瞬。
ハンザは驚愕で固まった筋肉を叱咤し、ケイの頭に乗っかったままの剣を引き抜き、次の一撃を打ち込もうとする。
だが。
「……まぁ、そんな剣を何回も振り回されたらたまんないからさ」
ケイがいつの間にか手に握り込んでいた剣は、まるで竜の顎門に噛みこまれたかのごとく微動だにしない。
その感覚に思わず冷や汗を流すハンザが剣から手を離して後ずさろうとした瞬間、
「――っらアっ!」
気合い一閃、コンマ一秒足らずの時間で振るわれたケイの拳が、ハンザの鳩尾を捕らえて吹き飛ばした。
一撃で壁を破壊するような打撃に、いくら魔術師といってもあくまで生身の人間であるハンザが耐えられるはずもない。
呼吸が強制的に遮断されたハンザの顔が苦痛にゆがむも、それもあくまで一瞬の話。
次の瞬間、百キロはくだらないであろうハンザの巨体は一瞬の間に宙を舞い、轟音と共に壁に激突してからすぐに意識を失った。
「――――ぁあ、」
そして、その巨体を難なく吹き飛ばしたケイはと言えば。
(――――怖かったぁぁああっ!)
勝手に強ばった表情の奥底で、そんなことを全力で叫んでいた。
(一瞬頭ぱっくりいくかと思ったぞ!? ……髪とか斬れてないよな!?)
……案外、余裕なのかもしれない。
「……ハンザ?」
だが、その余裕も今は味わっている暇はない。
今しがた鳴り響いた轟音と共に通路に叩き返されたハンザによって、確実な何者かによる襲撃をほかの人間に伝える結果になってしまったからだ。
おそるおそる通路の向こうを確認してみれば、あの『協力者』が目を細め、こっちに向かってくるのが見える。
ケイは未だに地面に座り込んだままのコウタに目線で通路の奥に移動するように指示し、自分はその通路から高速で『協力者』の後ろに回り込んだ。
「――――――ッ!?」
その眼前にいるのは、ハンザたちが率いてきたあの職員たち。その誰もが一様に、目の前にいきなり現れたケイの存在に隠しきれない驚きを感じているようだった。
そして無論、ケイはわざわざこの職員たちが行動を起こすまで悠長に待ってやれるほど余裕があるわけでもない。ましてや今のケイは、右手が使えない状態なのだ。
「――はっ」
目の前の一人の面をなれない動きで殴りとばし、骨を砕く感触を味わう暇もなく後続の二人に巻き込んで吹き飛ばす。
それで空いた空間に突っ込みがてら、見よう見まねのラリアットでさらに追加で一人の意識を力技で刈り取る。
さらに全力で足に力を込め、近くにいた一人の向こうずねを蹴り飛ばして膝を割り砕く。
――ここまでの時間、わずかに二秒。
普通の人間なら絶対に反応などできるはずもない時間だが、さすがは訓練されているのだろう。すでにケイを捉えつつある無数の視線にさらされたケイは、腕に走る激痛に顔をゆがめながらも一瞬だけ周囲に視線を巡らせ――
「――なっ!?」
職員が漏らしたのであろう驚愕の声の尾を引いて、その場から消え失せた。
直後、壁を割り砕くような轟音が響きわたる。
そっちに目を向けようとした職員は、視界を移しきることもかなわずに壁を足場に自分たちの後ろに回り込んだケイによって吹き飛ばされていた。
さらにケイはその場にいた職員の胴体を左手のみでしっかりホールドし、野球のバットでも振るがごときフルスイングで目の前に残っている人間を軒並み吹き飛ばしたのだった。
これだけの動作でまだ、ケイが消費した時間はものの五秒。ケイはそれだけの時間で、十人弱の人間を無力化したのである。
ケイは周りに部下連中の姿がないことを確認し、張り詰めていた息をほっと漏らそうとして――
「――――ッ」
その場からすさまじい勢いで飛びずさり、直後にケイがいた場所を雷光が通過していった。
「――今のを、完全に避けたか」
苦々しい口調の声の主は、あの『協力者』。
ほんのわずかな時間の間に起きた破壊を鋭く察知した彼は、ものすごい勢いで倒されていく部下から目を逸らして静かに詠唱を整え、不意をついて魔法を放ったはず――だった。
それはさっきも同じように放ち、ケイの足に痙攣をもたらした雷魔法。
威力に欠けるもののスピードと制圧に適した魔法を一気に組み立てて、しかも死角から打ち込んだにも関わらず、ケイはそれを避けて見せたのだ。
「――――」
初発をはずした協力者に対して、ケイは一瞬でその距離を詰めてみせる。いつ終わるかもわからない能力の時間制限に駆り立てられるような、小細工も駆け引きもない一撃。
だが、自分の目の前に唐突に出現したケイに対して、男は指一つ動かすことができなかった。
拳が振りかぶられる。振るわれるまでにかかる時間は一瞬。
(――っ、終わった……!)
そう確信して思わず目をつむりかけた男の後ろから、
「――リモーラ・デューズ・ニドレ」
死黒の針が、男の頭を貫いて飛来した。
直後に響く、衝突音というにはあまりに水気を含んだ音。
「――――ッ!?」
果たして苦悶の声を上げたのは――ケイだった。
無事だったはずの左腕は、さっき衝突した短剣ほどのサイズの毒魔法と同じ色に染まっている。
動かす度に激痛を伴うその腕は、もう右手同様に満足に動かすことができないだろう。
「……最上級の毒魔法を打ち込んで腕一本が使えなくなるだけって、お前、竜か何かかぁ?」
そうケイに声をかけた人間が、通路の奥の方からゆっくりと進み出てくる。
ケイの腕一本と引き替えに自分の味方であるはずの男を巻き添えにして、ケイの前に立つその大男。
「……ハンザ」
そうケイが名前を呼ぶと、通路の奥から現れた男が狂気に身を任せたように笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
「――――なんで、殺したっ!?」
自分の味方だった男、『協力者』を犠牲にしてまでケイから勝利をもぎ取ろうとするハンザに飛びかかりながら、ケイはそう叫んだ。
「――あいつじゃお前は倒せないからだっ!」
その足での一撃を巨大な剣の腹でいなしたハンザが、逆に体勢を崩したケイを剣でもって両断してこようとする。
避けられない一撃にケイは思わず目をつむるが、幸いその剣がケイの足をかち割るようなことにはならなかった。
そのことに気づいたケイは足にひっかかった剣を跳ね上げ、剣の腹を蹴って剣を弾き飛ばさんとする。
「それだけの理由で!?」
「弱肉強食がこの世の掟だからなっ――」
だがハンザも黙ってはいない。剣をケイに蹴り飛ばされたのを逆に利用して剣を目一杯引き絞り、ケイの首をはねとばそうとしてくる。
それを首を引っ込めてかわしたケイは逆にハンザの足下を狩り、こけさせようとする。
二人の思惑が交差する、行動の読み合い。
至近距離で戦い続けるケイはハンザをスピードで攪乱しようとするが、ハンザはそのケイを毒で弱らせて仕留めようとしていた。
そしてその毒は、今もケイの体を蝕み続けている。
「――――っ、ぁああっ!」
左腕から走る激痛をかみ殺して一歩前にでたケイの足下が、不意に落ちかけた。
毒が回っている、と気がついたときにはもう遅い。
「リモーラ・ウィッド――そらぁあッ!」
ハンザが振りかざした剣がカマイタチのような可視の風を伴って宙を裂き、ここぞとばかりにがら空きになったケイの胴体を直撃した。
「――っは、ぁ、痛っ……!」
壁にたたきつけられたケイが起きあがれば、その胴体にはかすかに赤い線が滲んでいる。
今の剣の衝撃で斬れたのだということをケイが知覚するまで、それほどの時間はかからなかった。
「――ッ!」
「ほーぅ。今のでも、ぜんぜん断ち切れる様子が無いとはなぁ」
これまで完全防御を保ってきたはずのこの『力』でも、あらがいきれないほどの衝撃。
何度もあれを食らえば胴体が半分になる、とケイの直感が告げていた。
「じゃあちょっとだけでも勝ちの目が見えてきたところで――」
とハンザが告げ。
「本気で行こうか。――モーラ・ウィッド」
その言葉に従って、ハンザの持つ剣にまたも風の刃がまとわりつく。
だが、その質量がさっきケイが食らったものとは桁違いであることが、その剣が奏でる轟音から見て取れた。
(あんなの振られたら、胴体真っ二つだろ――!)
そう考えて青ざめるケイだが、その意識を切り替えてすぐにハンザに突進しようとする。
それも、さっき『協力者』に向かっていった時には使わなかった壁を使って回り込む手法だ。
踏み込み、視界がブレて、壁を経由し、ハンザの後ろを――
(――――――取ったッ!)
そう確信したケイは、残り一メートルもないハンザまでの距離を詰めるべく足に力を込めようとして――
「――――ぁ」
気が、ついた。
目の前には、確かに後ろをとったと確信していた、ハンザの後ろ姿。
その獰猛で凶悪な眼光をする目が、こっちを確かに向いていた。
(――読ま、れた?)
スローになった視界の中で見てみれば、ハンザの剣はすでに逆手に持ち変えられ、突進してくるケイが勝手に刺さるように《・》その切っ先をこっちに向けている。
そのことに気がついても、ケイには足に伝達した運動の命令を遮断することはできない。
すでに飛び出しかけている足が地面を蹴ろうとして――
視界に大きく刃が迫り、
かすかな衝撃の後、湿った温かい音が響きわたった。
◆ ◆ ◆
「――――っ、あ」
ケイが、顔をあげる。
その顔には、どうしようもない苦悶の色が浮かんでいた。
全身に血を浴びたケイは、震える声でたった一言、こう絞り出す。
「――――――なん、で」
その視線の先にいたのは、コウタ。
さっきかすかに感じた衝撃は、コウタがケイを突き飛ばしたから。
ケイが全身に血を浴びているのは、ケイの身代わりになってコウタが体を串刺しにされたから。
「――――――コウ、タ……!」
ケイに名前を呼ばれたコウタは腹と言わず口からも血を流し、それでもケイに振り返って気丈に笑って見せた。
◆ ◆ ◆
誰かに刺されるのは、まるでその部分に焼けたような感覚を覚えるものらしい。
ぁあなるほど、これは確かに熱い。
だけど不思議なのは、確かに貫かれたはずの腹が熱くても、その周りからはどんどん熱が消えていくような感覚があるってとこか?
あぁ、ハンザの奴、びっくりしてやがらぁ。
この顔を見れただけでもまぁ、俺は救われたかもな。
でもケイも、同じ顔をしてるのは笑えるわな。
ケイ、なんでかなんて聞いてくれるなよ?
俺だってわからねぇよ。ただ、いやな予感がしたから飛び出しちまったってだけなんだから。
「――――ッ」
痛みをこらえてハンザの方を振り返ってみれば、その顔には逡巡はほぼない。
俺をわざわざどかしているだけの時間はない、そう踏んだのだろう。
血に濡れて鈍い光を放つ剣を一瞥したハンザは、引き抜く手間も惜しいとばかりに俺ごと後ろのケイを切ろうとする。
させっかよ、なんてことを口にするヒマは無かった。
代わりに出てきたのは、血の塊。
見なくてもわかる。俺の体に刺さってた剣が、腹筋を斬り裂いて腰から抜けたんだ。
でも、その一瞬の時間がケイの生死を分けてくれた。
思わず足下がふらついて倒れ込んだ視界の中で、ケイが距離を取るように一歩分離れているのが目に留まった。
――あぁ、よかった。
ハンザも、ケイをしとめ損なったことに気がついたんだろうよ。
俺の体を飛び越えるようにして、ケイに剣を振りかざそうとしている。
――だけどなぁ。遅ぇんだよ。
ケイはその一瞬の間でハンザにもう一度接近して、剣を振りあげて無防備になった腹を思い切り蹴飛ばしやがった。
……あっは、ありゃ内蔵がつぶれたんじゃねぇか? 気味がいいぜ。
あぁ、ケイ、ハンザをぶっ飛ばしたからってさ、俺のことを気にかけてる暇なんてないぞ? ハンザがあれで意識が飛んでなかったら、どうするつもりだよ。
おーおー、また泣いてら。サクラのために泣くのはいいんだけどさ、こんな俺のためなんかに泣いてくれんなよ。
……ん? ケイがなんか言ってくれてるけど……聞こえないな。もうだめだ、聴覚も死んだらしい。
ってことはまぁ、最期の言葉も言えないんだろうなぁ。
まぁ、こんなクズ野郎は胴体真っ二つにされて死ぬぐらいがお似合いなんだろうけどさ。
あぁもう、視界が、暗くなってきた。そろそろ、時間か……?
――ま、何にしても短い人生だったわな。
もうちょいやっときたかったこととかあるけど、ここでおしまいってんならしゃぁねぇか。
……ケイ、お前はさ、俺なんかよりずっとすごいヤツだから。
だから、こんなクズのことは気にとめないで、強く生きろよ。
俺のせいで未来が消えたサクラが生きれなかった分、生きてくれ。
嫁さんも作って、楽しいことをたくさんやって、異世界ライフってのを味わってくれよ。
俺の分はまぁ……余裕があったら、でいいかな。
……あはは、情けねぇわ。
――こんなしまらない友人で、ほんとにごめん。
――――じゃぁな、ケイ。達者でやれよ。




