第一章9 『巧妙な光明の功名』
「その競りが、あと三日――? 本当なんですか、それは……!?」
マサヒロの発言に声こそは抑えつつもその驚愕を隠せないケイに、マサヒロは静かに言葉を紡ぐ。
「本当です。理由はおそらく、身内を売りさばかれることが判明した私たちによる集団の反乱を防ぐためでしょう」
「確かに、わざと競りの時間の伝達を違うものにしておけば楽ですけれども――なんで、マサヒロさんはその情報を?」
ケイはすっと目を細め、今し方自分たちが知ればかなり有利に働けるアドバンテージがある情報をもたらしたマサヒロを見つめた。
確かにこの競りの話は重要な情報だ、それは間違いない。
――だが問題はその情報の出所だということを、この男は理解しているのだろうか。
「俺たちだって、マサヒロさんと出会うまでの間はなにもしていなかったわけじゃない。ずっと情報収集だってやってきた。だけど、その俺たちの情報の中にはその競りの話すら出てこなかった。そんな情報、どこから仕入れてきたんですか?」
こんな詰問口調になってこそいるが、ケイとてわざわざマサヒロを疑うような真似をしたいわけではないのだ。
ただ、今の自分たちはこんな状態だ。とらわれている自分たちを犠牲にしてでも自分が助かりたいという輩がでないとも限らない。
ケイのその質問は、今目の前にいるマサヒロが、その輩であってほしくないという思いがあればこそのものだった。
「――情報って言うのは、基本的に入手するのにリスクがいればいるほど、手に入る情報の価値が比例していくものなんです」
張りつめた空気の中、マサヒロはそう話し出す。
「私はそのリスクを、犯したまでに過ぎないですよ」
「……というと?」
「この組織も、一枚岩ではなかった。ルージェスの意志の元に統一されているように見える組織の中にも、人の形をしたものを奴隷として扱い売り飛ばすこのやりかたに批判を感じている者もいたんです」
そう言って笑って見せたマサヒロに、ケイは知らずのうちに絶句していた。
ケイも一度は考えた可能性だ。もしかしたらこの組織も、ちゃんとルージェスの元にまとめられている訳ではないのではないかと。
でも、完全に組織が上から下まで完全に統一されている可能性を考えた場合を考えると、迂闊に組織の人間にコンタクトをとるなんていう荒技はあきらめざるを得なかったのだ。
それをこの男は、やってのけたと言った。
「いや、ずっとこの施設の人間を観察して情に厚そうな人間を選び出し、その人に話しかけた瞬間の恐怖といったらなかったですよ。なんせ、一歩間違えたら首が物理的に飛びかねなかったんですから」
「マサヒロさん、アンタ命が惜しくないのか――!?」
「こういう風な綱渡りをたまにはしていないと、状況を動かすことはできませんからね」
そうあっさりと言い切ったマサヒロに、ケイは思わず絶句した。
「信じますか?」
「……証拠が欲しい。マサヒロさんを疑いたいわけじゃないけど、俺たちは万一にも失敗はできないんです」
「わかりました。では、そのメンバーをお見せしましょう」
そう言ったマサヒロは静かにうなずき、そして右手を小さく挙手した。
「……うわ」
そう漏らしたのは、ケイたちのうちの誰だったか。
あらかじめ取り決められていたのだろう、マサヒロのその小さい挙動だけで、部屋のあちこちにある柱や天井から例のあの軍服が一瞬にして部分的に現れてみせたのだ。
「紹介しましょう。彼らはこの軍隊の中にあってルージェスに反抗の意志を持つ、今回の作戦の鍵を握る人たちです。人数にして全体数の約四分の一といったところですかね」
「四分の一!? よくそんなに……」
集団の中での反抗勢力が四分の一、といえばやや少ないような印象を受けるだろう。
だが実際、絶対に上に密告することもないような信用のある人間のみという前提条件を加えるとその数は実に大きなものに見て取れるものだ。
「オッサン……すげぇな」
「いや、自分でも正直信じられないですよ。まさか日本にいたときはしがないサラリーマンだった私が、こうして情報網を築き上げているのですから」
そう苦笑いしてみせるマサヒロは不意に表情を真剣なものにし、コウタに向かってこう告げた。
「やりましょう、脱出。この状況になった以上、もう待ってはいられません。私なら、必要な情報をすべて提供することができます」
「――ああ。オッサンのお陰で助かった」
「礼を言うのはまだ早いですよ。これからが、正念場です」
そう静かに、だが強い口調で言い切ったマサヒロにコウタは強い光を目に宿して一つ頷き、サクラの方に向き直った。
「サクラ……おまえを絶対に助け出して、ここを出るぞ」
「うん……うん! ありがと……!」
そう歓喜の声を上げながらもうっすら涙すら浮かべているサクラに、その場の誰もが思い思いの笑みを浮かべたのだった。
◆ ◆ ◆
「――さて、脱出の話なんですが」
誰もが寝静まった夜更け。
男の奴隷たちがまとめて放り込まれる部屋で布団を寄せて寝ていたコウタとケイ、そしてマサヒロは顔をつきあわせ、作戦の打ち合わせを行っていた。
「この地図を見てください――といっても、暗くて見にくいですがね」
「大丈夫、オッサン。見えてるよ」
「ならよかったです」
そう言ったマサヒロが袂から取り出したのは、おそらく羊皮紙と呼ばれるごわごわした紙。
その紙に描かれているのは、おそらくこの施設の間取りと思われる図だった。
「この施設は、全体的に見て円形状をしています。その中でおおまかに扇状に施設が六等分されていて、それぞれが全く同じような機能を持った単体の施設として機能しているわけです」
そう言ってマサヒロは、角度が六十度になっている扇状の絵――これが自分たちが今いる区画らしい――を指し示す。
「自分たちがいまいるのはここ、【居住区】です。広さにして施設の約六割から七割を占める膨大な区域であり、転送されてきた日本人が一ブロックあたり六千から七千人ほど収容されていると言われています」
「全体の六分の一で六千人強――ってことは、全体で言ったら約四万人……? かなりの数ですね」
四万人もの人間が収容されているとはとうてい思わなかったケイがそう声を上げると、マサヒロがそれに頷いて苦々しい口調で話を続けた。
「それだけの人間を何ヶ月も収容しておくのですから、当然食費などの維持も大変になります。そこで、女子供の奴隷を定期的に売り払って施設の維持を図っているというわけですね」
「くっそ、呼ぶだけ呼んで勝手なやつらだな……」
「――で、この居住区の真ん中にあるのが【転送区】。私たちがしょっちゅう集められては各地に転送魔法でとばされている、あの場所ですね」
マサヒロが指し示した先には、居住区の真ん中をくり貫くようにして描かれた円形の部屋があった。
ここならばさんざん訪れているので、ケイも漠然とその場所を把握できる。
「……ん? マサヒロさん、この施設ってめちゃくちゃ広くないですか……?」
そして、ふと思い当たった疑問を口にした。
「そうですね。一応この地図の縮尺は正確に作られているらしいので、それなりの広さがあった転送区もこの地図上では小さく描かれている以上、施設全体の広さはそれなりのものだと思った方がいいでしょう」
「だいたい、どれくらいの規模と思えば……」
「今回の移動に限った話ですが、私たちが移動する距離は優に五百メートルを超えていると思っていただいて結構です」
「ごひゃくっ……」
マサヒロの口からさも当然のように話された内容に思わずコウタが変な声を漏らし、ケイもまた表面にこそ出さないながらも驚きを禁じ得なかった。
屋外の移動が半キロ、というならまだ理解できる。だが今回は、それが屋内での話なのだ。
「どんだけ広いんだ、この施設は……」
「異世界と言っても、もしかしたら建築技術も進んでいるのかもしれないですね……」
そうコメントしたマサヒロは地図を持ち直し、次の場所の説明を始めた。
「まぁ、ここはおそらく訪れないでしょうから手短に説明します。居住区に隣接しているのは【管理区】、まぁここがいわゆる兵士詰所です。ここに一区画あたり、百人いるかどうかの職員が配置されているそうです」
「つまり、今回俺たちが動くのに味方してくれるのは二十五人くらい、ってことだよな?」
「まぁ、だいたいそうなるかと。……で、この中央の方にあるのが【研究区】ですね。はっきり言って口に出すのもおぞましいのですが、ここでは異世界人への魔法研究がなされているそうです」
その言葉に、ケイとコウタがはっと息を呑んだ。
「……魔法に対する耐性を見たり、合成実験の材料にしたりしているようだという話を、仲間から聞きました」
憎々しげに口を歪めてそう言い放ったマサヒロ自身のその気迫と話の内容に、ケイもコウタも思わずおし黙った。
マサヒロもその雰囲気を発したのが自分だということに気がついたのか、その声を潜めたままに口調を明るいものに変え、場の空気を払拭しようとした。
「――最後ですね。これが、今回の脱出で一番重要な鍵を握る区画になります。名前は【動力区】といいます」
「【動力区】……もしかして、そこの動力をぶっ壊せばいいのか?」
「ぶっ壊す……まぁそうなんですが、どちらかというと連れていくという感じが近いでしょうか」
「連れていく? 【動力】をですか?」
動力に対して使うべきか微妙な言葉遣いをしたマサヒロに思わず首を傾げたケイに、マサヒロが補足説明をしてくれた。
「いいですか? 不思議な話ですが、この施設の動力というのは電気ではなく、いわゆる魔力なんです」
「まぁ、電気じゃないってのはなんとなく考えてはいたけどさ……」
「で、その魔力はだいたい天井の明かりだとか、近くにいる害獣よけだとか、なにかしらの機構を動かす為に使われるそうです。その動力源が、この位置にあるんですよ」
そう言ってマサヒロが指し示したのは、居住区などの扇状になっているスペースの先の方、円の中心にあるちょっとしたスペースだった。
「――この位置でその動力源は、ずっとこの施設を動かし続けています。私たちの目的はこの動力源を回収して、味方につけること」
「ちょ、ちょっと待ってくれよオッサン。さっきから連れてくるだの味方につけるだのって、なんかその動力源に足か何かでも生えてるみたいな発言ばっかしてる気がするんだけど……」
ケイも薄々感じていた疑問をコウタが口にしたため、軽く頷くことでそれに同意の意を示す。
だがそのもっともな質問に対して、マサヒロは一瞬きょとんとした後で微笑を浮かべてこう返してきた。
「それが、人なんですよ。この【動力源】は」
「……え?」
「私も最初は、魔力をこの施設に供給している動力と言われてまず最初にごつい機械をイメージしていました。まぁ、仕方ないと言えば仕方ない話ですけど」
「はぁ……」
いきなりファンタジーチックになった話に一瞬理解が追いつかなかったのか、ケイがどうにも間の抜けた返事を返す。
「でも、この動力になっている存在が人であることが、我々にはとてつもない戦力になります。魔法を使える人間が少数派であることも、この動力源を味方につければ全く苦にはなりませんからね」
「そうです、ね……」
この世界での魔力がどれほど人の生活に影響を及ぼしているかなど、ケイの到底知るところではない。だがそれでも、たった一人の人が何万人もの生活を一部分であれ支えていると言われれば驚くのも必定だろう。
マサヒロはまだどこか理解の追いつかない様子のケイを置き去りにして、会話を継続していく。
「というわけで私たちの目的は一つ。ここにいる動力源たる少女を回収し、この施設に収容されている四万人を助け出すことですね」
と、マサヒロが作戦の概要を説明し。
「……なぁ、一個思ったんだけど。それ、俺たちがいかなくちゃならないの?」
そのタイミングで、隣から水を差す声があがった。
「確かにそれが重要なのはわかるんだけどさ、その動力源とかを取りに行くんだったら、別に俺たちよりもこの施設の仲間の方が向いてるんじゃね?」
その声の主はコウタだ。よく見直してみれば自分たちばかりがやけにリスクを負うというこの作戦に、いささか不満を覚えるところがあるらしい。
下手な回答は辞さないとばかりの気迫を放つコウタに対して、マサヒロは実に飄々とした態度で答えを返した。
「確かに、その動力を取るという目的なら別段、私たちがのこのこ向かう必要はないでしょう。でも、実はこの動力源には、一つ明確に危険な部分があるらしいんですよ」
「危険? ……それは、どんな?」
次のマサヒロの言葉を聞いた瞬間、ケイは思わず思ったものだった。
「私も聞いたときは驚きましたけどね。その動力源が常時発散する魔力が、この世界の人間に果てしない悪影響を及ぼすんだそうです。具体的に言うと、――近づいた瞬間、爆発四散する、と。そうならないのは、私たち異世界人だけなんだ、と」
――あぁ、なんと都合の悪い異世界だ、と。




