第10話:雨降りのコインランドリー
ピピッ、ピピッ、ピーーーッ……!
無機質で甲高いエラー音が、共用脱衣所にけたたましく鳴り響いた。
二秒の静寂の後、ガタガタと激しくアパートの床を揺らしていた洗濯槽の回転が、断末魔のような軋み音を立てて完全に停止する。
「……うそでしょ?」
火曜日の午後二時。
私は共用洗濯機の前にしゃがみ込み、点滅を繰り返す操作パネルを恐る恐る見つめた。
赤く光る『E04』のデジタル表示。
説明書を開くまでもない。「脱水異常・モーター過負荷」のエラーコードだ。
恐る恐る上蓋を開けてみると、中には脱水に失敗して水分をたっぷり吸い込んだ、ずっしりと重いセミダブルの敷布団用シーツと枕カバーが、冷たい泥沼のようにぐったりと横たわっていた。
「ちょっと待ってよ、昨日まであんなに元気に回ってたじゃない……!」
築四十五年の「メゾン・サクラ」において、電化製品の寿命は常に爆弾を抱えているようなものだ。
祖母の代から十年以上使われてきたこの旧式全自動洗濯機も、先週の水漏れ事故に続いてついに限界を迎えたらしい。蓋を閉め直してスタートボタンを連打してみるが、ウンともスンとも言わず、ただ虚しいエラー音が脱衣所に木霊するだけだった。
「よりによって、シーツを丸洗いした日に限って……!」
洗面所の小窓の外を見上げると、午前中まで広がっていた青空はどこへやら、空一面を鉛色の分厚い雨雲が覆い尽くしていた。
パラパラ、とトタン屋根を叩く小さな音がしたかと思うと、あっという間にザーザーと音を立てて本降りの秋雨が降り始めてしまう。
「最悪だわ……部屋干しなんて絶対に乾かないし、放っておいたら生乾きの雑菌まみれになっちゃう!」
元・営業事務の危機管理能力が警報を鳴らす。
幸いなことに、アパートから徒歩五分、駅へと向かう商店街の裏路地に二十四時間営業のレトロなコインランドリーがあったはずだ。
私は管理人室から一番大きな青いビニール製のランドリーバッグを引っ張り出し、水を吸って十キロ近くに膨れ上がったシーツとタオルを無理やり詰め込んだ。
スウェットの上に撥水加工のウインドブレーカーを羽織り、ビニール傘を差して、重たいバッグを肩に担ぎ上げる。
「よい、しょ……! 重い……肩がもげそう……!」
雨脚が強まる中、私は水たまりを避けながら商店街の路地へと走った。
冷たい雨粒が跳ねて足首を濡らす。肩に食い込むバッグの重みで息が上がり、ようやく見慣れた黄色いネオン看板の前に滑り込んだ。
『コインランドリー 白鳥 24時間営業』
ガラガラとアルミの引き戸を開けると、チリンチリンと控えめなベルの音が鳴った。
一歩足を踏み入れた瞬間、雨の冷気とは対照的な、むせ返るような温かい熱気と、石鹸と柔軟剤の清潔な香りが全身を包み込んだ。
薄暗い外の世界から切り離されたような、昭和の面影を残す黄色い蛍光灯の光。
壁一面にズラリと並んだ大型の洗濯乾燥機が、ゴトゴト、ゴトゴトと低い重低音を立てて唸りを上げている。
「ふう……助かったぁ……」
濡れた傘を傘立てに突っ込み、肩からずり落ちそうになっていた重たいバッグを両手で抱え直した、その時だった。
「…………」
店の最奥、一番大型の十六キロ業務用洗濯乾燥機の前に、見覚えがありすぎる人影が立っていた。
黒いオーバーサイズのプルオーバーパーカー。フードは被らず、短く刈り上げられた襟足が覗いている。穿き古して膝やポケットの周りに白い塗料や削り粉がこびりついたブラックデニム。
身長百八十五センチを超える、分厚い肩幅と筋骨隆々とした体躯。
二〇一号室の住人――野村創だった。
「……えっ、創くん?」
思わず声が漏れた。
創の肩がビクッと大きく跳ね上がった。
ゆっくりと振り返った創は、私と目が合った瞬間、鋭い三白眼を丸く見開き、固まった。
「……大家、さん?」
「奇遇だね! 創くんもコインランドリー使ってたんだ」
私が息を整えながら話しかけると、創はサッと視線を泳がせ、自分が開けていた洗濯機のドラムの前へと立ちふさがるように体をずらした。
しかし、その巨体でも隠しきれないほど、足元のカゴには異様な洗濯物が積まれていた。
それは服やシーツではなく――泥や石膏、削り粉で真っ白に汚れた、極厚の巨大なキャンバス用の帆布(キャンバス地)のロールや、何枚もの分厚い作業用エプロンだった。
「あ……それ、美大の課題で使った布?」
「……アパートの洗濯機に突っ込んだら、壊れるだろ。粉が詰まるし」
ぶっきらぼうに、けれど小さな声で答える創。
その言葉を聞いた瞬間、私の胸にチクリと痛みが走った。
壊れるから、と彼は気を遣って、わざわざこんな雨の日に、重たい作業用の厚手帆布をここまで運んできていたのだ。アパートの共用洗濯機を壊したのは創ではなく、単なる経年劣化と私のシーツの重みなのに。
「気を使ってくれてたんだね、ありがとう。……でもね、そのアパートの洗濯機、さっき私のシーツで完全に息の根が止まっちゃったの」
「……は?」
「脱水エラー起こして、エラーコード吐いてうんともすんとも言わなくなっちゃって。だから私も、ここに避難してきたのよ」
私が肩の巨大なバッグを指差して苦笑いすると、創は一瞬ぽかんと口を開け、やがて呆れたように深くため息を吐いた。
「……あんた、ほんとトラブル引き寄せるよな」
「うぐっ……大家として面目ないです……」
「……貸せ」
「え?」
創が無言で手を伸ばし、私の肩からずり落ちかけていたランドリーバッグの取っ手を、ひょいと持ち上げた。
私が両手で抱えてもよろめくほど重たかった十キロのシーツの塊が、創の太い腕の力だけで、まるで空の買い物袋でも扱うかのように軽々と持ち上げられる。
「あ、創くん! 自分で入れられるよ!」
「いいから。……空いてるの、隣の十二キロのやつだろ」
創は大股で隣の洗濯乾燥機へ向かうと、ガラス扉をガバッと開け、手慣れた手つきで私のシーツとタオルをドラムの中に放り込んでくれた。
そして、蓋をバチンと閉めると、操作パネルを指差す。
「千円。百円玉しか入らねえぞ」
「あ、両替機……!」
私が千円札を握りしめて両替機に向かおうとすると、創は自分のデニムのポケットからジャラリと小銭を取り出し、手際よく投入口へチャリン、チャリンと百円玉を十枚流し込んでしまった。
「ちょっ、創くん!? 私のお金で払うから待って!」
「後でいい。……早く回さねえと、誰かに取られる」
創は迷いなく『洗濯&乾燥コース』のスタートボタンをドンと押し込んだ。
ゴウンッ、と重たいモーター音が響き、ドラムがゆっくりと回転を始める。
私は財布から千円札を抜き取り、創の目の前へと突き出した。
「はい、千円! 絶対受け取って! 店子にお金を出させる大家なんて、末代までの恥だから!」
「……ちっ、大げさだな」
創は眉を寄せながらも、私の剣幕に圧されたのか、しぶしぶ千円札を指先でつまんでポケットに突っ込んだ。
その指先は、第一話や第五話で見た時と同じように、無数の小さな擦り傷や絆創膏が貼られ、荒れていた。毎日、重い鉄や石、木材と格闘している男の手だ。
二つの巨大なドラムが、並んで唸りを上げ始める。
創の帆布を洗うドラムと、私のシーツを洗うドラム。
中に入った洗濯物が、ガラガラと泡を立てて回転していく。
乾燥機のタイマー表示は『残り五十五分』。
外は土砂降りの雨。
狭い店内に、客は私たち二人しかいなかった。
「…………」
「…………」
急激に、気まずい沈黙が二人を包み込んだ。
洗濯機の回転音と、換気扇の唸り、そして窓ガラスを激しく叩く雨音だけが、やけに大きく響く。
壁際には、オレンジ色のプラスチックの長ベンチが一つだけ置かれていた。
座れる場所は、そこしかない。
私は遠慮がちにベンチの左端に腰を下ろし、膝の上に手を揃えて縮こまった。
創はドラムの前でしばらく所在なさげに立っていたが、やがて観念したように、ドカッとベンチの右端に腰を下ろした。
大人四人掛けのベンチの、端と端。
間にぽっかりと空いた二席分の空間が、二人の間の絶妙な距離感を物語っていた。
(う、うーん……何を話せばいいんだろう……?)
横目でチラリと創の横顔を盗み見る。
創は長い足を前に投げ出し、肘を膝について、回る洗濯槽のガラスをじっと睨みつけていた。
横顔のラインは驚くほど端正だ。彫りの深い鼻筋、鋭く引き締まった顎のライン。二十一歳という若さ特有の無駄のないシャープさと、職人のような無骨な男臭さが同居している。
だが、その瞳の奥には、いつもの近寄りがたい鋭さとは違う、どこか暗く沈んだ影が落ちていた。
ふと見ると、創の大きな手のひらが、膝の上でぎゅっと固く握りしめられている。
小刻みに震えているようにも見えた。
(……創くん、なんだか元気がない……?)
そういえば、日曜日の夕食会の時も、柴崎さんのポトフをガツガツ食べてはいたけれど、いつもより言葉少なめで、どこか上の空だったような気がする。
お節介かもしれない。大家と店子の境界線を守るべきなのかもしれない。
けれど、元社畜で、他人の限界のサインに無駄に敏感な私の喉が、勝手に動いてしまっていた。
「……創くん。大学、忙しいの?」
静寂を破った私の声に、創の肩がピクリと反応した。
創はガラスを見つめたまま、首を動かさない。
数秒の沈黙の後、ドラムの回転音に混ざるようにして、低くかすれた声が返ってきた。
「……別に。普通だ」
「そっか。……秋のコンクールがあるって、柴崎さんから聞いたよ。大きな作品、作ってるんでしょ? 納屋のアトリエから、夜遅くまで金槌の音が聞こえてくるから」
「……うるさかったか。悪かったな」
「違うの! うるさいなんて全然思ってないよ!」
私は慌てて身を乗り出した。
「むしろ、すごいなって思ってたの。夜遅くまで、あんなに一生懸命一つのものに向き合えるなんて、私にはできないから。創くんの情熱、かっこいいなって思って……」
私の言葉を聞いた瞬間、創の口元が、自嘲気味に歪んだ。
「……情熱、ね」
吐き捨てられた言葉の苦さに、私は息を呑んだ。
創は顔を伏せ、膝の上で握りしめた拳を、さらに強く締め直した。
爪が手のひらに食い込むほどに。
「……親父から、電話があった」
ぽつり、と落ちてきた告白。
雨音の向こうから、創の震える本音が零れ落ちる。
「美大なんてくだらない遊びは今すぐ辞めて、地元に戻ってこいってさ。……長野で工務店やってる親父なんだけどさ。昔から、俺が絵描いたり粘土こねたりするのを、死ぬほど嫌ってた」
「お父さんが……」
「男なら汗水垂らして家建てて、堅実に金稼げって。お前がやってることはただの道楽だ、税金の無駄遣いだ、って散々言われて……家飛び出して、奨学金とバイトでここに来たんだよ」
創は奥歯をギリッと噛み締めた。
その横顔には、幼い頃から否定され続けてきた痛烈な傷跡が、生々しく刻まれていた。
「今回のコンクールで入選しなかったら、仕送りも完全に切るし、連れ戻しに来るって言われた。……『鉄クズこねくり回して何になるんだ』ってさ。笑えるだろ。俺が毎日、指先血だらけにして作ってるものは、親父から見りゃ、ただのゴミで、鉄クズなんだよ」
――鉄クズ。
その単語が、かつて私が前の会社で工藤元部長から投げつけられた「代わりのいくらでもいる給料泥棒」「何の役にも立たない出来損ない」という罵倒と、重なって響いた。
誰にも認められない悔しさ。
自分が信じて打ち込んできた命の破片を、もっとも認めてほしい相手から土足で踏み躙られる絶望。
二十一歳の不器用な男の子が、どれほどの孤独を抱えて、あの狭いアパートの部屋で一人、膝を抱えていたのか。
胸の奥底から、熱い感情がマグマのようにせり上がってきた。
私は気付けば、ベンチの端から立ち上がっていた。
「創くん」
スタスタと歩み寄り、創の目の前に立った。
見上げる位置に座る創が、驚いたように顔を上げる。
「鉄クズなんかじゃないよ」
私の声は、自分でも驚くほど凛として、力強く響いた。
「え……?」
「鉄クズなんかじゃない。絶対に違う」
私は創の前に膝をつき、彼の視線の高さに目を合わせた。
驚きで固まる創の三白眼を、まっすぐに、逃げずに見つめる。
「創くんの作品、私、知ってるよ。中庭の道具小屋の扉、立て付けが悪くて開かなかったのを、創くんが蝶番を作り直して直してくれたでしょ? 外壁のフックも、市販の金具じゃなくて、創くんが鉄を叩いて作ってくれた桜の形のフックに変えてくれたじゃない」
「あ、れは……ただの端材で適当に……」
「適当なんかじゃない! 角が全部丁寧にやすりがけされてて、指で触っても絶対に怪我しないように、丸く滑らかにしてあったよ。私、あのフックにホースをかけるたびに、いつも温かい気持ちになるの。創くんの優しさが、手のひらに伝わってくるから」
創の呼吸が止まる。
見開かれた黒い瞳が、激しく揺れ動いていた。
「お父さんが何て言ったって関係ないよ。道具一つ、金具一つにだって、創くんの魂と真心がこもってる。そんな素敵なものを作れる人が、鉄クズなんて作るわけがないじゃない」
私は創の傷だらけの手のひらを指差し、満面の笑みで告げた。
「私は、創くんの作るものが好きだよ。創くんのそのゴツゴツした傷だらけの手が、すごくかっこいいと思う。だから……自分の夢を、鉄クズなんて言わないで」
――好きだよ。
――かっこいいと思う。
年上の大家として、純粋な応援と励ましのつもりで口にした言葉だった。
下心なんて一ミリもなかった。
ただ、この不器用で優しい男の子の心を、救ってあげたかった。それだけだったのだ。
しかし――。
ビクゥゥゥッッッ!!!
創の全身が、まるで落雷に打たれたかのように激しく痙攣した。
見開かれた瞳。
カッと血の気が引いたかと思うと、次の瞬間――耳を疑うほどの勢いで、創の顔面全体に真っ赤な血が沸騰するように駆け巡った。
「そ、創くん……?」
「…………っ、ぁ…………!」
創の喉から、声にならない呻きが漏れた。
口をパクパクと金魚のように開閉させ、信じられないものを見るような目で私を見つめた後――。
ガバッッッ!!
創は両手で自分のパーカーのフードを乱暴に引っ張り上げると、顔の半分以上が隠れるほど深く、すっぽりと被ってしまった。
そして、両手で顔を覆い隠すようにして、ベンチの上で小さく丸まり、膝の間に頭を埋め込んでしまったのだ。
「えっ!? ちょ、創くん、どうしたの!? 気分配悪くなったの!?」
私が慌てて背中に手を伸ばそうとした、その時だった。
「……触るなっ!」
フードの奥から、くぐもった、けれど今にも泣き出しそうなほど切羽詰まった叫びが響いた。
第五話の水漏れの時の「触るな」とは、まったく違うトーン。
拒絶ではなく、限界を迎えて崩壊しそうな理性を必死に繋ぎ止めるような、悲痛な声。
「……あんた、ほんと……無防備だな……っ!」
「え……?」
「そういうこと……簡単に、言うなよ……っ! 好きとか……かっこいいとか……っ!」
創の指の隙間から、消え入りそうな声が漏れ出す。
フードの影に隠れて、顔は見えない。
けれど――。
短く刈り上げられた襟足から、パーカーの隙間から覗く太い首筋、そしてフードから溢れ出ている耳の先までが。
茹で上がったカニのように、嘘みたいに真っ赤に染まり上がっていた。
その赤さは、熱を持った皮膚から湯気が立ち上りそうなほど鮮烈だった。
「……俺が、どれだけ我慢してるか……あんた、これっぽっちも分かってねえだろ……っ」
低く、震える呼気。
膝を抱える創の逞しい腕が、激しくわなないている。
大柄な男の体が、自分より一回りも小さい私の言葉一つで、完全に縮こまって、手も足も出なくなっている。
「創……くん……」
その姿を見た瞬間、私の胸の奥が、ドクン、と大きく跳ね上がった。
(え……?)
喉がカラカラに渇いていく。
年下の、弟のような、守るべき若い店子。
そう思っていたはずの男の子から放たれる、あまりにも純粋で、生々しい「好意」の熱量。
耳まで真っ赤にして顔を隠す創の姿が、どうしようもなく愛おしく、そして――狂おしいほどに男性的で、魅力的であることに、気づいてしまった。
トクン、トクン、トクン。
激しく鳴り響く私の心音。
雨の音も、乾燥機の唸りも、すべてが遠のいていく。
黄色い蛍光灯の光の下、縮こまる創と、その前に膝をつく私。
二人の間に流れる空気だけが、異様な密度で甘く煮詰まっていく。
ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ!
突然、乾燥完了を告げるブザーが、静寂を切り裂いた。
「ひゃっ……!」
我に返った私が飛び起きる。
創もまた、びくっと肩を跳ね上がらせたが、フードを深く被ったまま、絶対に顔を上げようとしなかった。
「あ、あの……! 乾燥、終わったみたいだから……!」
私は逃げるように自分のドラムの前へ駆け寄り、ホカホカに温まったシーツを引っ張り出してランドリーバッグへ詰め込んだ。
熱いシーツの蒸気が、火照った頬を撫でる。
創もまた、無言のまま立ち上がり、フードを被ったまま自分のドラムから帆布を乱暴に引っ張り出していた。
お互い、二度と目を合わせられない。
外に出ると、いつの間にか雨は小降りになり、西の空から薄い夕陽が差し込み始めていた。
濡れたアスファルトが、オレンジ色に光を反射している。
「……創くん。傘、入る?」
私が一本しかないビニール傘を差し出すと、創はフードを深く被ったまま、首を横に大きく振った。
そして、大きな帆布の包みを小脇に抱え、長い足でスタスタと大股で歩き出してしまう。
「おい、濡れちゃうよ!」
追いかけようとした私の耳に、数歩先を歩く創の、背中越しの声が届いた。
「……俺の作品、全部見せてやる」
「え……?」
「コンクールのやつ……完成したら、一番最初にあんたに見せてやるから。……絶対、鉄クズじゃねえって言わせてやる」
振り返りもしない。
けれど、雨上がりの風に揺れるパーカーのフードの隙間から覗く創の耳は、夕陽の赤さよりも遥かに赤く、熱く燃え上がっていた。
「……うん! 楽しみにしてるね!」
私が傘の下から満面の笑みで叫ぶと、創はさらに歩調を速め、逃げるようにアパートへの角を曲がっていった。
一人残された雨上がりの路地。
抱きしめたランドリーバッグから伝わってくる、シーツの温もり。
そして、私の胸の奥でいつまでも収まらない、甘くて苦しい動悸。
ただの店子だなんて、もう自分を騙すことはできない。
不器用な少年の心の鍵を開けてしまったのは、間違いなく私自身だったのだから。




