道の先
地図というものは、とても便利だ。
山がある。川がある。道がある。町がある。村がある。
それを、机の上にいながら全部見ることができる。
だから私は、しばらく勘違いしていた。
地図を見れば、そこにあるものが分かるのだと。
◇
「……ここ。また同じ道ね」
私は机の上の地図を指でなぞった。
グランヴェル領北西部。王都へ向かう主要街道から外れた細い道。
その周辺の村から届く報告を、ここ数日、何度も見ていた。
小麦。羊毛。薬草。
どれも生産量そのものは大きく落ちていない。
なのに、王都や領内の大きな町へ出す時の価格が少しずつ悪くなっている。
売れないわけではない。でも輸送費が高い。時間がかかる。途中で傷む。
結果、村に残るお金が減る。
「橋は直したはずよね」
報告書をめくる。
昨年、長雨で傷んだ橋。
修繕完了。
そう書いてある。
道路も通行可能。
「なのに、何で?」
数字だけなら問題は解決している。
橋はある。道も通れる。
なのに運ぶ人たちは、以前より遠回りを選んでいる。
「…………」
分からない。
こういう時は、どうするんだっけ。
帳面の文字が頭に浮かぶ。
『分からなければ聞く』
『人に頼る』
「…………」
自分で書いておいて効く。
少し悔しい。
◇
「というわけで、聞いてみようと思うの」
「どなたにでしょう」
「使ってる人」
セリーヌが少しだけ首を傾げた。
「道を、ですか?」
「そう」
「なるほど」
「変?」
「いいえ」
「その間は何?」
「奥様が、ようやく机から離れるのだなと」
「そんなに籠もってた?」
「最近は、書類の方が旦那様より長く奥様のお顔を見ているかと」
「それは言い過ぎよ」
「では、同程度ということで」
「それも嫌」
私は立ち上がる。
領内視察、と言えばいかにも公爵夫人らしい。
けれど実際にやりたいことは、もっと単純だ。
その道を歩いてみたい。
◇
「私も行きますわ」
昼食の席で話すと、エステルが当然のように言った。
「遊びじゃないわよ」
「分かっています」
「馬車で結構揺れるかもしれないし」
「乗馬よりは揺れません」
「たぶん退屈よ」
「お母様は退屈ではないのでしょう?」
「私は調べたいことがあるから」
「わたくしも見たいです」
「何を?」
エステルは少し考えた。
「お母様が、何を見に行くのかを」
「…………」
答えになっているような、なっていないような。
でも私は、前に厨房や洗濯場へこの子を連れていった。
自分の暮らしが誰かの仕事でできていることを、見てほしかったから。
なら、公爵家が治める土地も紙の上だけではないと知っておくのは悪くない。
「お父様がいいと言ったらね」
「分かりました」
エステルがすぐにレオニスを見る。
「お父様」
「構わない」
「まだ何も言ってませんわ」
「行きたいのだろう」
「はい」
「護衛の指示には従え」
「はい!」
「あなた」
「何だ」
「私には?」
「何がだ」
「護衛の指示に従え、とか」
「言わなくても従うだろう」
「信用されてる」
「エステルよりは」
「お父様」
娘が不服そうな顔をした。
レオニスは少しだけ笑った。
◇
二日後。
私たちは北西部へ向かった。
護衛。御者。領政を担当する役人が一人。私。エステル。そしてセリーヌ。
「あなたも来るの?」
「奥様のお世話がございますので」
「屋外よ?」
「存じております」
「道を見るだけよ?」
「存じております」
「退屈よ?」
「奥様が何かを始められる時は、あまり退屈いたしません」
「どういう意味?」
「そのままの意味でございます」
何か失礼な評価をされている気がする。
◇
最初のうちは快適だった。
街道は広く、馬車もほとんど揺れない。
窓の外には畑。牧草地。遠くに低い山。
「広いですわね」
エステルが言う。
「そうね」
「ここも、グランヴェル領ですの?」
「そうよ」
「ずっと?」
「しばらくは」
「…………」
エステルが窓の外を見る。
「大きいですわね」
その声はいつもより少し小さかった。
公爵領という言葉を、この子は何度も聞いている。地図も見ている。勉強もしている。
でも馬車で何時間走ってもまだ自分の家の領地、という感覚は、紙の上の面積とはきっと違う。
「疲れた?」
「まだです」
「まだ、ね」
「疲れたら言います」
「よろしい」
それも、ちゃんと言えるようになった。
◇
主要街道を外れる。
少し馬車が揺れ始めた。
「お」
「…………」
エステルが座席の端を掴む。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
がたん。
「…………」
「今のは?」
「まだ大丈夫です」
がたん。がたがた。
「…………」
「エステル」
「少し揺れますわね」
「正直でよろしい」
道幅が狭くなる。舗装も街道ほど整っていない。
でも通れないほどではない。
「この先です」
同行した役人が言う。
「例の橋は、もう間もなく」
しばらくして川が見えた。
橋。
木を主体にした中規模の橋。
確かに修繕されている。新しい木材が何本も使われている。
「……普通に見える」
「はい。検査も完了しております。荷馬車の通行にも問題はないとの報告です」
「実際に通ってる?」
「住民は利用しております」
「荷馬車は?」
「以前より減っております」
「どうして?」
「それが……商人たちが、別の道を好むようになったようで」
「理由は?」
「安全性への不安かと」
「修繕したのに?」
「一度傷んだ橋ですので」
「…………」
一度、危ないと思われた。
だから直しても信用が戻っていない。
分からなくはない。
護衛が先に確認し、私たちも歩いて渡る。
川の音。木の軋む音。風。
「お母様」
「何?」
「揺れます」
「橋だからね」
「大丈夫なのです?」
「検査は通ってるわ」
ぎし。
「…………」
今、ちょっと怖かった。
「奥様」
「何?」
「お顔が」
「何でもない」
「そうですか」
「何でもないったら」
エステルが私の手を握る。
「怖いですの?」
「……少し」
「わたくしもです」
「そう」
二人で手を繋いで渡った。
◇
橋を渡った先に小さな休憩所があった。
井戸。馬を繋ぐ場所。簡素な屋根。
そこに二台の荷馬車が停まっていた。
「ちょうどいい」
「奥様?」
「聞いてくる」
「え?」
役人が止めるより早く、私は歩き出した。
もちろん護衛もついてくる。
荷馬車のそばにいたのは三人。
「少し、お話を伺っても?」
三人がこちらを見る。
私を見る。護衛を見る。そして服を見る。
空気が固まった。
あ。
これ。
聞き方、間違えた。
「失礼いたしました」
一番年長らしい男が慌てて頭を下げる。
「何なりと」
「そんなに畏まらなくて大丈夫よ」
無理よね。
公爵夫人。護衛つき。突然。道端。
怖い。私でも怖い。
「この橋を、よく使いますか?」
「……時折」
「前は?」
「以前は、もっと」
「今は別の道を?」
「はい」
「何故?」
男がちらりと同行の役人を見る。
口が止まる。
私はその視線を見た。
「怒らないわ」
「いえ、そのような」
「誰かを罰するために聞いているのではないの」
「…………」
「この橋は直した。書類には通行可能とある。でも荷馬車は戻ってこない。私は、その理由が分からない」
男が私を見る。
「だから、教えてほしいの」
「…………」
少し間があった。
やがて男が口を開く。
「橋じゃありません」
「え?」
「橋は、もう大丈夫です」
「じゃあ、何?」
「その先です」
指をさす。
私たちがこれから向かう予定だった道。
「先?」
「はい」
「道が悪い?」
「道そのものは……曲がり角です」
「曲がり角?」
◇
行ってみた。
橋からそれほど遠くない。坂を上がった先。森の手前。
確かに道が大きく曲がっている。
「…………」
私は地図を見る。
道。曲がっている。
ちゃんと描いてある。
「これが?」
「はい」
さっきの男が案内してくれた。
「以前から曲がっております。ただ、橋の修繕の時に、こちらへ資材を置く場所を作られたでしょう」
道の脇。少し地面が削られている。
「はい」
役人が答える。
「工事後、整地したはずです」
「整地はされています。ですが、前より道幅が少し狭くなった」
「少し?」
「荷馬車一台なら通れます」
「じゃあ」
「向こうから来たら、すれ違えません」
「…………」
あ。
「以前は?」
「ぎりぎりですが、ここで二台がすれ違えました。今は、一台がここまで来ると、どちらかが坂の下まで戻らないといけない」
「荷馬車で?」
「はい」
私は坂を見る。
長い。
しかも曲がっているから、向こうから来る馬車が直前まで見えない。
「それは嫌ね」
「嫌です」
即答された。
「荷が重い時は、もっと。一度ここで詰まると、半刻近く動けないこともあります。急ぐ荷なら、最初から南へ回った方が早い」
私は地図を見る。
橋。道。曲がり角。
全部、書いてある。
でも。
荷馬車二台がすれ違えるかどうかは書いていない。
「…………」
こんなの。
分かるわけない。
机の上では。
◇
「申し訳ございません」
役人が青い顔で言った。
「何であなたが謝るの?」
「工事の完了確認が不十分でした」
「橋は直したんでしょう?」
「はい」
「道も通れる」
「はい」
「報告に嘘は?」
「ございません」
「じゃあ」
私は少し考える。
「確認する項目が足りなかったのね」
「…………」
「橋を直すことが目的になって、その道を使う人が以前と同じように通れるかまでは見なかった」
「……はい」
「私も同じよ。書類を見て、橋が直った、通行可能、じゃあ何で使わないのって思ってたもの」
役人だけの失敗ではない。
たぶん誰か一人の失敗でもない。
橋を直す人。検査する人。報告する人。
それぞれ自分の仕事はちゃんとやった。
なのに結果として荷馬車は戻らなかった。
「直せる?」
「道幅を、ですか」
「そう」
役人が周囲を見る。
「大規模な工事は不要かと。脇の斜面を一部削り、待避できる幅を戻せば」
「費用は?」
「確認いたします」
「お願い。それから」
「はい」
「今度は、工事が終わったら荷馬車で通ってもらいましょう」
男が目を瞬く。
「私どもが?」
「実際に使う人に見てもらわないと、また同じことになるでしょう?」
「それは……そうかもしれません」
「お願いできる?」
「もちろんです」
「ありがとう」
その時、袖を軽く引かれた。
「お母様」
「何?」
エステルが地図を見ている。
「これには、道の広さは書いてありませんの?」
「場所によってはあるけど、これはそこまで細かくないわね」
「では、もっと大きな地図を作ればいいのでは?」
「…………」
「全部書けば、分かります」
ああ。
八歳。
かわいい。
「エステル。じゃあ、道幅を書いたとするでしょう?」
「はい」
「地面が泥になる場所は?」
「書きます」
「木が伸びて荷馬車に当たる場所は?」
「書きます」
「雨の日だけ水が溜まる場所」
「……書きます」
「坂の角度」
「書きます」
「橋の揺れ具合」
「…………書きます」
「季節で川が増える場所」
「…………」
「冬に凍る場所」
「…………」
「休憩できる場所」
「…………」
「馬に水を飲ませられる場所」
「…………」
エステルが地図を見る。
「入りませんわ」
「でしょう?」
「大きくします」
「そう来たか」
「とても大きく」
「部屋より大きくなるわよ」
「では、何枚かに分けます」
諦めない。
「でもね。たぶん、それでも全部は書けないわ」
「何故です?」
「変わるから」
「…………」
「道も。川も。町も。人も」
去年、通れた。今年、通れない。
昨日、問題なかった。今日、木が倒れた。
地図は間違っていない。
でも、地図が正しいことと、今その場所がどうなっているかは別だ。
「だから、見に来るのね」
エステルが少し考える。
「毎回?」
「全部は無理」
「では?」
「人に聞く」
「誰に?」
「そこにいる人」
エステルがさっきの荷馬車の男を見る。
「使っている人?」
「そう」
「お母様より詳しいですの?」
「この道のことなら、間違いなく」
「公爵夫人なのに?」
「公爵夫人だからって、道を毎日荷馬車で走ってるわけじゃないもの」
「…………」
「知らないことは、知っている人に聞く」
エステルが小さく頷いた。
「前にも聞きました」
「そうね」
「でも」
「うん?」
「前より分かりました」
「…………」
ああ。
同じ言葉でも。
聞くだけと。
見るのでは。
違う。
◇
帰り道。
エステルは窓の外をずっと見ていた。
「何見てるの?」
「道です」
「面白い?」
「前よりは」
「前は?」
「道でした」
「今は?」
「…………」
エステルが考える。
「誰かが使うものです」
「そう」
「ここが壊れたら、困る人がいる」
「うん」
「直しても、使いにくかったら」
「うん」
「直したことにならない?」
私は少し迷う。
「橋は直ってたわ。だから、直したことにはなる」
「でも、困っていました」
「そうね」
「難しいですわね」
「難しいのよ」
私は窓の外を見る。
畑。家。遠くを歩く人。
地図では小さな記号になるもの。
「だから」
エステルが言う。
「見に来たのですね」
「そうね」
少し間を置いて。
「来てよかった?」
「はい」
「退屈じゃなかった?」
「揺れました」
「それは聞いてない」
「橋も怖かったです」
「それも」
「でも、来てよかったです」
「そう」
「次はどこへ行きますの?」
「もう次?」
「はい」
「しばらく机」
「またですの?」
「机も大事なの」
◇
数日後。
道幅を戻す工事の見積もりが届いた。
思ったより安い。
「これなら」
私は書類を見る。
すぐに着手できる。
レオニスにも見せる。
「どう思う?」
「妥当だ」
「じゃあ進めても?」
「ああ。ただし、一つ増やせ」
「何を?」
「工事後の確認だ」
「荷馬車で通ってもらうわよ」
「それだけではない」
レオニスが報告書を指で叩く。
「今回、何故見落としたかを残せ」
「…………」
「直して終われば、次に別の場所で同じことが起きる」
「なるほど」
「橋の強度。道の通行可否。それだけでなく、工事前後で実際の利用に支障がないか確認する」
「項目を増やす?」
「必要なら」
「でも、全部を項目にはできないわ」
「できない」
「じゃあ?」
「現地の者に聞くことを、項目にする」
「…………」
私はレオニスを見る。
「ずるくない?」
「何がだ」
「分からないことを、分かる人に丸投げ」
「聞くことと、丸投げは違う」
「聞いたことある」
「誰に」
「あなたに」
「そうか」
レオニスが何でもないように次の書類へ手を伸ばす。
私は少し笑った。
◇
工事は十日ほどで終わった。
荷馬車二台。
反対方向から曲がり角へ入る。
止まらない。戻らない。
片方が広げた場所へ少し寄る。
もう一台が通り抜ける。
それだけ。
本当に、それだけだった。
「通れますな」
あの男が言った。
「前と同じ?」
「前より少し楽です」
「良かった」
「これなら、こちらを使います」
「本当?」
「南へ回るより近いですから」
私は息を吐いた。
たった道の端。
馬車一台分にも満たない。
それだけで、荷物の流れが変わる。
値段が変わる。
村に残るお金が変わる。
数字が変わる。
でも。
数字が変わる前に。
ここで馬車が通れるようになった。
「奥様」
「何?」
「嬉しそうですね」
セリーヌが言う。
「嬉しいわよ」
「道がお好きでしたか」
「違う」
「橋でしょうか」
「そういう話じゃない」
「では、荷馬車」
「何で対象を限定するの」
セリーヌがほんの少し笑う。
◇
それから、ひと月。ふた月。
報告書の数字が少しずつ変わった。
北西部からの輸送費。所要日数。取引量。
劇的ではない。
ほんの少し。
でも確かに戻り始めている。
「…………」
私はその数字を見ながら、不思議な気持ちになった。
以前なら数字は数字だった。
高い。低い。増えた。減った。
今は違う。
輸送費の数字を見ると、あの曲がり角が浮かぶ。
荷馬車。坂。
男の『嫌です』という即答。
橋で私の手を握ったエステルの手。
「数字の向こうには、人がいる」
前に自分で言った。
でも、あの時より少しだけ意味が分かった気がする。
知るというのは数字を覚えることではない。
たぶん。
数字と、その向こう側を行ったり来たりできることなのだ。
◇
夜。
帳面を開く。
『ゲームの外を見る』
その下に書く。
『地図の外を見る』
…………。
「何か違う」
「何がでしょう」
「わっ!」
いる。
セリーヌ。
「いつから?」
「『地図の外を見る』から」
「ほぼ全部じゃない」
「一行でございましたので」
「見ないで」
「見ておりません」
「読んだでしょう」
「聞こえただけでございます」
「もっと悪い」
私は帳面を隠す。
考える。
地図の外、ではない。
地図の中に、あの道はあった。
橋も。曲がり角も。全部あった。
ただ私は、そこに荷馬車が走っていることを見ていなかった。
「…………」
書き直す。
『道には、使う人がいる』
うん。
格好良くはない。
でも、こっちだ。
「よろしいのでは」
「見ないでって言ったでしょう」
「見ておりません」
「じゃあ何で分かるの」
「奥様のお顔が、先ほどよりまともですので」
「私の顔で文章を採点しないで」
セリーヌは何も言わず、お茶を置いた。
私はもう一度、帳面を見る。
ゲームの中で、この道が出てきたか。
覚えていない。
たぶん、出ていない。
この村も。荷馬車の男も。橋も。あの曲がり角も。
知らなかった。
でも、ここにある。
人が通る。
物が運ばれる。
暮らしが続く。
その先に王都があって、王宮があって、いつかエステルたちが通う学院もある。
ゲームでは、画面が切り替われば場所は変わった。
王宮。街。学院。庭園。
その間にある道なんて考えたこともなかった。
でも、今は分かる。
場所と場所の間にも世界は続いている。
物語に映らないところで、誰かが歩いている。働いている。困っている。笑っている。
そして、その一つ一つが。
いつか、どこかで。
エステルの人生と繋がるかもしれない。
「…………」
私は少しだけ怖くなった。
全部なんて見られない。
全部なんて知れない。
世界は、私が思っていたよりずっと大きい。
ゲームの記憶だけで娘の未来を守ろうとしていた頃の私は、なんて無茶なことを考えていたのだろう。
でも。
同時に少しだけ安心もした。
全部を私が知る必要はない。
道を使う人は道を知っている。
橋を直す人は橋を知っている。
商人は物の流れを知っている。
レオニスは私より多くのことを知っている。
私の知らない数字を読める人もいる。
私は必要な時に、その人たちの声を聞けばいい。
そして、聞いたことを繋げればいい。
それなら。
一人で世界全部を抱えなくても、少しは前へ進める。
帳面の端に小さく書き足す。
『知らないことを、知っている人を知る』
「…………」
今度は悪くない。
「セリーヌ」
「はい」
「今のは?」
「何のことでしょう」
「聞いてたでしょう?」
「奥様が見ないようにと仰いましたので」
「聞くのは?」
「先ほど、聞こえるのも悪いと」
「…………」
そうだった。
「じゃあ、いい」
「はい」
「でも」
「はい」
「お茶、おいしい」
「ありがとうございます」
窓の外。
夜の向こうに道がある。
ここからは見えない。
それでも確かに。
どこかへ続いている。




