お客様は突然に
その日。
私は朝から、とても機嫌が良かった。
「返して」
「はい」
セリーヌから帳面が返ってきた。
たった一日。
されど一日。
久しぶりに会った我が子のような気分である。
「おかえり」
「帳面に話しかけないでくださいませ」
「昨日は寂しかった?」
「奥様」
「はい」
「帳面は寂しがりません」
「夢がないわね」
「紙でございますので」
知ってる。
でも私は表紙を撫でた。
昨日は何も書かなかった。
書かなくても、一日はちゃんと残った。
それはそれとして。
書けるなら書く。
話は別だ。
「さて」
机に向かう。
昨日の分から――
「奥様」
「何?」
「お客様でございます」
「…………」
私は帳面を閉じた。
「誰?」
「お会いになれば分かります」
「何その言い方」
「そのままの意味でございます」
「名前は?」
「存じております」
「じゃあ教えて」
「お会いになれば分かります」
「何で!?」
セリーヌの顔はいつも通りだ。
いつも通りすぎる。
怪しい。
「レオニスは?」
「旦那様はすでにお客様のもとへ」
「ますます誰!?」
王家の使者?
領地の有力者?
オルフェン?
いや、あの人ならセリーヌが普通に名前を言う。
学院関係?
まさか何か起きた?
破滅フラグ?
こんな朝から?
いやフラグに営業時間なんてないけど!
「エステルは?」
「先ほど、お客様のお姿を見て走っていかれました」
「走って!?」
エステルが?
誰!?
私は立ち上がった。
「応接間?」
「大広間でございます」
「大広間!?」
人数が多い。
誰よ!
廊下を歩く。
走らない。
公爵夫人だから。
走らない。
早歩き。
かなり早歩き。
「奥様」
「何?」
「廊下ではお静かに」
「静かに歩いてるでしょう」
「足音が」
「心が走ってるの!」
「足もでございます」
◇
大広間の扉が開く。
「お母様!」
エステルの声。
明るい。
とても明るい。
破滅フラグではない。
たぶん。
いや、油断は――
「ミレーヌ」
聞き覚えのある声がした。
私の背筋が。
ぴん、と伸びた。
「…………」
嘘。
「久しぶりね」
ソファに座っていた女性が、優雅に微笑んだ。
柔らかな銀金色の髪。
年齢を重ねても崩れない姿勢。
私とよく似た紫の瞳。
マーリン・アルセリオン。
私の母。
その隣には、銀灰色の髪と短く整えた髭の男性が静かに座っている。
ロイド・アルセリオン侯爵。
私の父。
そして。
「遅いぞ、ミレーヌ」
立っていた男が言った。
柔らかく波打つ濃い茶色の髪。
穏やかな目元。
仕立てのよい濃紺の服を、まるで生まれた時から着ていたように自然に着こなしている。
カイル・アルセリオン。
アルセリオン侯爵家の嫡子。
社交界で見れば、非の打ち所のない次期侯爵。
ただし。
「……カイルお兄様まで」
「何だよ、その顔」
「いえ。別に」
「会えて嬉しいって顔じゃないな」
「嬉しいですわ」
「嘘つけ」
私の前では、昔からこうである。
「ミレーヌ」
母が私を見る。
「はい」
「その話し方、家でもしているの?」
「…………」
やめて。
いきなり剥がさないで。
「お母様?」
エステルが私を見上げる。
目が輝いている。
嫌な予感。
「お母様は、普段と話し方が違うのですか?」
「違わないわよ」
「違うよ」
「お兄様」
「何だ」
「黙っていてくださいませ」
「ほら、それ」
「何がです?」
「昔から都合が悪くなると、急に言葉遣いが丁寧になる」
「…………」
セリーヌ。
後ろで絶対笑ってる。
振り向かない。
今振り向いたら負ける。
「なるほど」
レオニスが言った。
何がなるほどなの。
「あなたまで何を納得してるの?」
「いや」
「何?」
「セリーヌが以前、同じことを言っていた」
「セリーヌ!」
「申し上げました」
「何で情報が繋がるの!?」
母が、ふふ、と笑った。
「変わっていないのね」
「お母様まで!」
◇
私の両親と兄が、突然やって来た。
本当に突然だった。
「手紙は?」
「出したわよ」
母が答える。
「届いてないけど」
「昨日の午後に出したもの」
「出発は?」
「昨日の朝よ」
「追い越してる!」
「そうね」
「何のための手紙!?」
「礼儀よ」
「礼儀って何!?」
父が静かに母を見る。
「マーリン」
「何です?」
「ミレーヌが困っている」
「あら。そうかしら」
「困ってます!」
父は私を見た。
「そうか」
「そこで終わるんですか!?」
父は昔からこうだ。
考えていないわけではない。
むしろ、たぶん色々考えている。
ただし。
出てくる言葉が少ない。
「元気そうだ」
「……はい」
それだけ。
私は少し待った。
父も私を見る。
終わり?
母が微笑んだ。
「お父様はね、急に来て驚かせてしまったけれど、顔色も悪くないし元気そうで安心した。ただ、無理をしていないかは気になるから、ちゃんと休みなさい、と仰っているのよ」
「……お母様」
「はい」
「……圧倒的に文字数が足りていませんわ」
◇
「ミレーヌ」
「何?」
「少し痩せたか?」
「変わってない」
「顔色は?」
「普通」
「ちゃんと食べてるか?」
「食べてる」
「睡眠は?」
「取ってる」
「本当に?」
「本当!」
カイルお兄様は昔からこうだ。
私が成人しても。
結婚しても。
公爵夫人になっても。
そこだけは変わらない。
「レオニス」
「何だ」
「ミレーヌを働かせすぎてないだろうな」
「お兄様!」
「本人が勝手に働く」
「止めろよ」
「昨日止めた」
「昨日だけか?」
「帳面を没収した」
「よくやった」
「何でそこで意気投合するの!?」
カイルお兄様がレオニスを見る。
レオニスも兄を見る。
二人とも、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。
昔から気は合うのだ。
私のことさえ話題にしなければ。
いや。
私のことを話題にすると、別の意味で気が合う。
「お母様」
エステルが私の袖を引いた。
「何?」
「カイル伯父様は、お母様のことがお好きなのですね」
「…………」
「もちろんだよ」
兄が即答した。
「お兄様!」
「妹だからな」
「わざわざ言わなくていい!」
「何で?」
「何でも!」
エステルが、にこにこしている。
すごく楽しそう。
やめて。
新しいおもちゃを見つけた顔しないで。
◇
昼食までの間。
私は久しぶりに、公爵夫人でも母親でもなく。
娘で。
妹だった。
これが非常に落ち着かない。
「ミレーヌ」
「はい」
「こちらへいらっしゃい」
「ここで十分でしょう?」
「遠いわ」
「同じソファです!」
母が手招きする。
私は動かない。
すると。
「お祖母様」
エステルが母の隣へ座った。
「わたくしがこちらへ参ります」
「あら」
「エステル!」
「だって、お祖母様がお寂しそうでしたので」
「いい子ねえ」
「ありがとうございます」
母がエステルの髪を撫でる。
エステルは少し照れながらも、嬉しそうだ。
「ミレーヌ」
兄。
「何?」
「お前も行け」
「何でよ」
「母上が呼んでるだろ」
「私は子供じゃないの」
「知ってるよ。妹だろ」
「関係ないでしょう!」
「お母様」
エステルが手招きした。
「こちらです」
「…………」
娘まで。
私は立ち上がった。
母の隣。
エステルの反対側へ座る。
「よろしい」
母が満足そうに頷いた。
何がよろしいの。
私はもう子供じゃない。
母親で。
公爵夫人で。
なのに。
母の手が、私の髪に触れた。
「少し伸びたわね」
「そう?」
「ええ」
指先が昔と同じように髪を梳く。
「手入れは?」
「してるわよ」
「セリーヌさん」
「はい」
「この子、無理をしていない?」
「お母様! 何でセリーヌに聞くの!?」
「少々」
「セリーヌ!」
「睡眠は?」
「時折、遅くまで」
「セリーヌ!」
「食事は?」
「忘れることが」
「セリーヌ!!」
「ミレーヌ」
母の声は変わらない。
笑顔も変わらない。
「ちゃんと食べなさいね」
「……はい」
「ミレーヌ」
「はい。ちゃんと食べます」
二度目。
反射だった。
何歳になっても。
母は母だ。
エステルが、じっと私を見ている。
「何?」
「いえ」
「言いたいことあるでしょう」
「ありませんわ」
「絶対ある」
「お母様も、お祖母様には弱いのですね」
「…………」
言った。
やっぱり言った。
「弱くないわよ」
「そうですか?」
「そうよ」
「では」
エステルが母を見る。
「お祖母様。お母様は昨日、お仕事をしようとしてお父様に帳面を取り上げられました」
「エステル!?」
「まあ」
「そうか」
兄も割って入る。
「レオニス、詳しく」
「お兄様は黙って!」
「何で俺だけ?」
「話が広がるから!」
「もう広がってるだろ」
「誰のせいよ!」
「言葉遣い」
「…………何でしょう、カイルお兄様」
「それそれ」
「うるさい!」
◇
昼食。
人数が増えただけなのに、いつもの食卓と全然違う。
「エステル」
「はい、お祖父様」
「勉強はどうだ」
「楽しいです」
「何が得意だ?」
「歴史と語学です。算術も好きですわ」
「そうか」
父は穏やかに頷く。
昔から口数は多くない。
でも。
話を聞く時は、ちゃんと相手を見る。
「馬には乗るのか?」
「はい。まだ一人では遠くへ行けませんけれど」
「十分だ」
「お祖父様は、お馬がお好きなのですか?」
「ああ」
「では今度、一緒に乗ってくださいませ」
「もちろんだ」
父の顔が少し柔らかくなる。
エステル。
強い。
祖父まで落とした。
「レオニス」
カイルお兄様が向かい側から呼んだ。
「何だ」
「エステルの婚約だけど」
「……何だ」
「やっぱり早いよな」
「早い」
即答。
「でしょうね!」
私は思わず声を上げた。
「何だ」
「何でそこだけ迷いなく一致するの!?」
「事実だからだ」
「そうだ。まだ八歳だぞ」
「分かってるわよ!」
エステルがレオニスを見る。
「お父様」
「何だ」
「わたくし、アレクのことは嫌ではありません」
「そうか」
「はい」
「だが八歳だ」
「そこへ戻りますの!?」
エステルがとうとう卓上に少し身を乗り出した。
「お父様は、いつになったら早くなくなるのです?」
「…………」
レオニスが止まる。
兄も考えている。
私はちょっと知りたい。
「十歳?」
「早い」
「十二?」
「早い」
「十五?」
「…………」
「今迷った」
「迷っていない」
カイルお兄様が鼻で笑った。
「お前も大概だな、レオニス」
「義兄上に言われたくない」
「俺は伯父だからいいんだよ」
「何だ、その理屈は」
エステルが今度は兄を見る。
「カイル伯父様は?」
「二十」
「長い!」
「お兄様! 二十まで婚約を待ってたら普通に結婚の話が出ます!」
「なら結婚も二十五でいい」
「勝手に決めないで!」
エステルが、ぽかんとしている。
そして。
「カイル伯父様」
「何だ?」
「伯父様は、ご結婚されていないのですか?」
「…………」
兄が止まった。
今度は完全に。
「エステル」
「はい」
「良い質問ね」
「ミレーヌ」
「何、お兄様?」
「余計なこと言うなよ」
「何も言ってないけど?」
「顔が言ってる」
「何を?」
「楽しんでるって」
「すごく」
母が笑う。
父は静かに水を飲んでいる。
セリーヌは給仕しながら完璧な無表情。
でも私は知っている。
絶対聞いてる。
「カイル伯父様?」
「……まだだ」
「何歳ですの?」
「エステル」
「何です、お母様?」
「そこは聞かなくていいわ」
「何故です?」
「大人にはね。触れない方がいい数字があるの」
「ミレーヌ」
「はい」
「後で覚えてろよ」
「怖い怖い」
◇
食後。
兄に捕まった。
「ミレーヌ。ちょっと来い」
「何?」
「話がある」
「ここじゃ駄目なの?」
「いいから」
小さな談話室へ入る。
扉が閉じる。
「本当に、大丈夫なのか」
「…………」
声が変わった。
さっきまでの、鬱陶しい兄ではなく。
少し真面目な声。
「何が?」
「お前だ」
「私は大丈夫よ」
「最近、領地のことを随分調べてるそうだな」
「……まあ」
「商人とも会ってる」
「会ってる」
「道も見に行った」
「行ったわね」
「何をそんなに急いでる?」
「…………」
困る。
こういう時。
兄は妙に鋭い。
「急いでないわよ」
「嘘だな」
「何で?」
「お前、昔から焦ると先に準備するだろ」
「普通じゃない?」
「必要になるか分からない物までな」
「…………」
「旅行の前に荷物を三つ増やした」
「昔の話!」
「雨が降るかもしれないって傘を四本持っていった」
「人数分!」
「晴天だった」
「天気は仕方ないでしょう!」
「遠足で菓子を余分に持っていった」
「誰か忘れるかもしれないじゃない!」
「三人忘れて、お前が全部渡した」
「ほら役に立った!」
「そういうところだよ」
兄がため息をつく。
「役に立つから、やめろとは言わない」
「じゃあ何?」
「一人で全部持つな」
「…………」
兄は私をまっすぐ見た。
「昔から言ってるだろ」
覚えてない。
いや。
たぶん。
言われた。
何度も。
前世の記憶を思い出すより、ずっと前。
この世界で。
まだ私が、誰かの母親でも、公爵夫人でもなかった頃。
「お兄様」
「何だ」
「……変わらないわね」
「お前がな」
「私?」
「そうだよ」
「こんなに立派な公爵夫人になったのに?」
「自分で言うな」
「失礼!」
兄が笑った。
「安心した」
「何が?」
「ちゃんと、ミレーヌだった」
「…………」
何よ。
それ。
ずるい。
「心配して来たの?」
「母上が会いたいって言ったから」
「お兄様は?」
「ついで」
「はいはい」
「ついでに、お前の顔を見に来た」
「…………」
「ついでに、エステルにも会いたかった」
「…………」
「ついでに、レオニスが妹を泣かせてないか確認に」
「それが本命でしょう!」
「違うって」
「絶対そう!」
「声が大きい」
「誰のせいよ!」
扉の外から。
「お母様?」
エステル。
「何でもないわ」
「カイル伯父様と喧嘩ですか?」
「喧嘩じゃないわ」
「いつものことだよ」
「お兄様!」
扉が開く。
エステル。
その後ろにレオニス。
セリーヌ。
「何で全員いるの?」
「お嬢様がお二人の声を聞かれまして」
「セリーヌは?」
「お嬢様の付き添いでございます」
「レオニスは?」
「エステルの付き添いだ」
「絶対嘘」
「何故だ」
「顔がちょっと楽しそう」
「気のせいだ」
「お父様」
エステルがレオニスを見上げる。
「少し笑っておられます」
「…………」
「ほら!」
「気のせいだ」
「二回言った!」
◇
午後。
母と父は庭を見たいと言った。
兄も行く。
エステルも。
レオニスも。
私も。
結局、全員で歩く。
昨日、蝶を追った庭。
「ここです」
エステルが芝生を指差す。
「昨日、お父様と頭をぶつけました」
「何故?」
母が聞く。
「蝶を捕まえようとして」
「エステル」
レオニスの声が低い。
「お父様もです」
「…………」
母がレオニスを見る。
父も見る。
兄も見る。
私も見る。
セリーヌも、たぶん見ている。
「レオニス」
兄が肩に手を置いた。
「何だ」
「分かるぞ」
「何がだ」
「娘のためなら蝶くらい追うよな」
「違う」
「お前もか」
「違うと言っている」
「お父様」
エステルが少し不満そうに言った。
「昨日は『約束は守らねばならん』と仰ったではありませんか」
「…………」
母が笑った。
父も口元を緩める。
兄は完全に笑っている。
「レオニス」
「何だ、ミレーヌ」
「頑張れ」
「お前は黙っていろ」
楽しい。
人が増えると、こんなに楽しいのか。
いや。
私が攻撃される側だと、全然楽しくないけど。
◇
夕方。
両親と兄は、今日はこの屋敷に泊まることになった。
突然来たのに。
泊まる。
自由。
「客室の準備は?」
「すでに整っております」
「早い」
「お客様のお姿を拝見した時点で」
「さすが」
「長年のお付き合いでございますので」
また未来予知。
「セリーヌ」
「はい」
「うちの家族、どう?」
「奥様のご家族でございますね」
「それ答えになってる?」
「十分かと」
「…………」
「何となく分かります」
「何が?」
「奥様が、奥様でいらっしゃる理由が」
「どういう意味?」
「そのままの意味でございます」
セリーヌが、ほんの少し笑う。
私は帳面を開いた。
朝、書こうとしていたことはもうどうでもよくなっていた。
代わりに。
今日のことを少しだけ書く。
父。
母。
兄。
それだけ。
ペンを置いた。
今日くらいは、それでいい。
◇
夜。
「お母様」
「何?」
寝る前。
エステルが私の部屋へ来た。
「今日は楽しかったです」
「そう?」
「はい」
「何が一番?」
「お母様です」
「私?」
「はい」
「何で?」
「いつもと違いました」
「…………」
「お祖母様に叱られていました」
「忘れて」
「カイル伯父様と喧嘩していました」
「忘れて」
「お祖父様には『元気そうだ』と言われていました」
「それは別に忘れなくていいわ」
「全部ではないのですね」
エステルがくすくす笑う。
「でも」
「何?」
「嬉しかったです」
「どうして?」
娘は少し考えてから言った。
「お母様にも、お母様がいるのですね」
「…………」
当たり前。
そう言おうとして。
やめた。
エステルにとって、私は最初からお母様だった。
私が誰かに叱られたり。
心配されたり。
髪を撫でられたりするところなんて。
ほとんど見たことがない。
「いるわよ」
「はい」
「お父様もいるし。面倒なお兄様もいる」
「聞こえてるぞ」
「え?」
扉。
開いてる。
兄。
「何でいるの!?」
「通りかかっただけ」
「客室あっちでしょう!」
「散歩だよ」
「屋敷の中を!?」
「悪いか」
「お兄様!」
「お母様」
エステルがまた笑っている。
「やっぱり、仲がよろしいのですね」
「どこを見て!?」
「全部です」
「全部!?」
兄が私の頭に、ぽん、と手を置いた。
「そうだぞ、エステル」
「お兄様」
「何だ」
「手をどけて」
「嫌だね」
「子供扱いしないで!」
「妹だからな」
「関係ない!」
「ありますわ」
エステル。
「何であなたまで!?」
「だって」
娘が楽しそうに私を見る。
「お母様は、カイル伯父様の妹なのでしょう?」
「…………」
そうだけど。
そうだけど!
「ほら」
兄が得意そうに言った。
「エステルは賢い」
「私の娘だからね!」
「俺の姪でもある」
「張り合わないで!」
「お母様」
「何?」
「声が大きいです」
「誰のせい!?」
廊下の向こう。
セリーヌの声がした。
「皆様。夜でございます」
「ほら! お兄様もです!」
「俺は何もしてない」
「してる!」
「お母様」
「何!?」
「ふふ」
「笑わない!」
結局。
その夜。
屋敷が静かになったのは。
いつもより。
少しだけ。
遅かった。




