第81話 まばゆさの正体
なぜ、おのれの命を削ってまで。うろたえる蒐集者に、アレンが語る、まばゆさの正体。
核のまばゆさが、半ばまで翳ったとき、白の蒐集者の動きがぴたりと止まった。
栄光の嵐がふいに凪ぐ。ふたたびの静寂。だが、今度のそれは攻めのための間ではなかった。うろたえの静けさだった。これまでの静寂は、獲物をなぶるための間だった。だが、今の静けさはちがう。半分まで翳った核を、信じられぬように見つめる。動揺の沈黙だった。
「……なぜ、だ」
蒐集者の声が、かすれていた。
「なぜ、おまえたちはここまでする。おのれの命を削り、血を流し、……それも他人の栄光を返すために。会ったこともない、とうに死んだ者たちのために」
アレンは核に手をあてたまま、答えた。
「お前には、わからないだろうな」
「わからん。心の底から、わからん」
声には、ほんものの困惑がにじんでいた。
まばゆい顔がゆがんだ。
「わたしは人に栄光を与えてきた。強く、うつくしい英雄を。人々があがめ、すがれる存在を。……人はそれを望んだのだ。泥くさい真実より、まばゆい物語を。わたしはただ、人の望みをかなえてきただけだ」
その理屈は、にせの英雄たちがいつも口にしてきた言い分と同じだった。人が望んだから、栄光を名乗った。人がすがったから、神輿に乗った。責めは、すがった側にある、と。だが、アレンは知っていた。すがられた者にも、選ぶ余地はあるのだと。まばゆさに溺れるか。まばゆさを捨てて、名もなき者に手を差し伸べるか。
その声には、ふしぎと悪意がなかった。ほんとうにそう信じている。それがかえって、おそろしかった。悪人なら、まだ斬ればすむ。だが、この蒐集者は悪をなそうとしているのではない。よかれと思って、人にまばゆい夢を与えてきた。その善意めいた確信こそが、いちばん手ごわかった。灰の帝国のガイウスと、どこか似ていた。痛みや願いから始まったものが、いつのまにか人を損なう仕組みになっていく。そういうたぐいの敵だった。だからこそ、剣で斬っても本当には倒れない。斬れば斬るほど、その理屈を証明してしまう気さえした。
「人は弱い」
蒐集者は続けた。
「みずから英雄になる勇気など、ない。だから、誰かにすがりたい。まばゆい誰かに夢を託して、安心したい。……わたしはそのすきまに生まれた。人がわたしを求めたのだ。わたしは人の心の、うつし絵にすぎん」
その言葉は、半分、真実だった。人はまばゆい嘘を信じたがる。腕を失った老狩人より、颯爽と現れた若者をあがめたがる。傷だらけの真実より、傷ひとつない物語のほうが、人の心には心地よい。その心があるかぎり、この蒐集者は何度でもよみがえる。現に、二人がこの蔵で命がけで戦っている、その勇姿すら、いずれ伝説として語られれば、また栄光となってここへ舞い戻る。人が誰かをあがめる、その営みが続くかぎり、蒐集者の餌は尽きない。これは、倒して終わるたぐいの戦いではなかった。アレンは、それをはっきりと悟っていた。
「たしかに、人は弱い」
アレンはうなずいた。
「まばゆいものにすがりたくなる。楽な嘘を信じたくなる。……それは変わらないだろう。だから俺は、お前を滅ぼせるとは思っちゃいない」
「なら、なぜ」
「それでも、だ」
アレンはまっすぐ、蒐集者を見た。
「弱いから、すがる。それは仕方がない。だが、すがったそのぶん、忘れられていく者がいる。命を賭けて誰かを守った名もなき者が、日陰で泣いている。……それを、見て見ぬふりはできない」
アレンはもうひとつ名を呼んだ。核から栄光がほどける。
「お前の言うとおり、人は英雄にすがる。だが、それと同じくらい、人は忘れられた者を思い出そうともする。あの語り部の婆さんのように。……お前が人の弱さのうつし絵なら、俺は人の、忘れまいとする心のうつし絵だ」
万象武具庫。忘れられた者の遺志を宿す力。それは蒐集者と同じ根から生まれた。だが、まるで逆の心から。
「人には両方ある。すがる弱さと、覚えていようとする強さと。……お前がいるかぎり、俺のようなやつも生まれつづける。何度でも」
蒐集者はしばらく沈黙し、やがて、ぽつり、と言った。
「……つまり、おまえを滅ぼしても無駄だ、と」
「そういうことだ。俺を殺しても、次のはじまりの男が生まれる。……お前と俺は、人がいるかぎり、永遠にせめぎあう。どちらかが勝って終わり、じゃない」
「ならば、この戦いに意味はない」
「いや」
アレンは首を振った。
「今、この瞬間に、忘れられていたこいつらが思い出される。それだけで意味はある。……未来のことは、未来のやつに任せる。俺は今、救える者を救うだけだ」
それは、この長い旅でアレンがたどり着いた境地だった。かつては、すべてを救えぬおのれを責めた。にせの英雄を暴くたびに、暴ききれぬ闇の深さに歯噛みした。だが、今は違う。すべてを救うことはできない。にせの栄光をこの世から根絶やしにすることもできない。それでも、目の前のひとつの無念を晴らす。ひとりの名を取り戻す。その積み重ねだけが、世界をほんの少しましにする。完璧な勝利など求めていなかった。ただ、今日救える者を救う。それが、泥の勇者のゆるがぬ流儀だった。
蒐集者のまばゆさがゆらいだ。困惑と、……それからかすかな何か。もしかしたらそれは、長い時のなかではじめて感じる、おのれのむなしさだったのかもしれない。栄光をいくらためこんでも満たされない蔵。あがめられても、誰にも愛されない存在。その空虚さに、この瞬間、蒐集者はかすかに触れたようだった。
人にまばゆさを与えつづけ、すべてにあがめられ、それでもこの蒐集者は、ただひとりの人からも名を呼ばれたことがなかった。愛されたことも、心配されたこともない。栄光の蔵は満ちている。だが、蒐集者そのものは空っぽだった。となりで畑の話をしてくれる者など、この化け物にはひとりもいなかった。集めても集めても、それは他人の輝きだった。借り物の光をどれだけ積み上げても、自分の胸を照らしてはくれない。アレンには、その底なしの飢えが、かすかに哀れにさえ見えた。
だが、それもつかのま。まばゆさがふたたびふくれあがった。うろたえをふりはらうように。
「……問答は、終わりだ」
蒐集者の声から、ゆらぎが消えた。
「おまえの言うことなど認めない。この蔵は渡さぬ。……ここで、おまえたちを忘却の底に沈める」
静けさが破れる。栄光の嵐が、これまでで最も激しく渦を巻きはじめた。図星を突かれた者が、逆上して声を張り上げるように。その激しさが、かえってアレンの読みを裏づけていた。
だが、アレンにはわかっていた。あのうろたえ。あの一瞬のゆらぎ。あれこそが、この蒐集者のほんとうの急所だった。剣でも忘却でもない。おのれの空虚さを突きつけられること。それが、この化け物をいちばん揺さぶる。核を開ききれば、蒐集者は餌を失い、その空虚さと向きあうしかなくなる。……勝ち筋は、そこにあった。
問答の時は終わった。ふたたび、動の刻が二人に迫っていた。血を流し、光を涸らし、それでも二人はひるまなかった。倒すためではなく、返すために。この戦いの意味を、アレンはもう見失っていなかった。二人の目は、もう核のその先を見すえていた。
対話中心の「静」の回です。蒐集者の言い分は半分正しい。人はまばゆい嘘を求める。それでも忘れまいとする者もいる――。あがめられても誰にも名を呼ばれない、蒐集者の空虚さこそ急所だと示しました。




