第75話 栄光という武器
奪われた英雄たちの武具が、二人に牙をむく。斬るほどに、二人の勇姿すら栄光となって敵を肥やす。剣では倒せない敵。
白の蒐集者が、腕をひとふりした。
とたん、蔵じゅうに積まれた栄光が、宙に舞い上がった。無数の剣、槍、盾が、それぞれひとりでに宙でぎらつき、二人へと牙をむいた。
どれも、かつて本物の英雄がふるった武具だった。名もなき者が命を賭けて魔を討った、その力。それを蒐集者は奪い、ためこみ、いまやおのれの武器としてあやつっている。
「思い知るがいい」
蒐集者の声が、蔵に反響した。
「これがおまえたちのあがめた英雄の、ほんとうの力だ。……その栄光で、おまえたちを斬ろう」
それはむごい皮肉だった。人を守るためにふるわれた力が、人を忘れさせる者の手で、人を斬る刃に変えられている。栄光をあがめる心が、めぐりめぐってあがめた当人へと牙をむく。にせの英雄にすがる、その危うさを、蒐集者は刃のかたちで突きつけていた。
剣の群れが降ってきた。
アレンは右手をかかげた。万象武具庫。奪われた者の遺志を宿す武具を呼び出す。応じて、彼の手に無銘の剣があらわれた。
二つの力がぶつかった。奪われた栄光と、返そうとする意志が、火花を散らす。かん、かん、と、金属の悲鳴が蔵じゅうに響いた。同じ根から生まれた力どうしのぶつかりあいは、鏡が鏡を打つように、どこか歪んだ音を立てた。
アレンは、舞い狂う武具を斬り払い、受け流した。だが、数が多すぎた。ひとつ払えば三つ迫る。栄光の嵐だった。
しかも、ただの武具ではなかった。ひとつひとつに、本物の英雄の技が宿っていた。竜を討った一撃、城壁を砕いた一突き。剣を受けるたびに、アレンはその重みを骨で感じた。まぎれもなく、命を賭けた者たちの力だった。
――こんなふうに使われて、いいはずがない。
アレンの胸に怒りが湧いた。この武具の持ち主たちは、人を守るためにふるったのだ。それを、人を斬る道具に貶められて。栄光たちも泣いているように思えた。刃を交えるたびに、武具の奥から悲鳴のような響きが伝わってくる。持ち主のもとへ帰りたいという声が、鋼のうなりに混じって聞こえる気がした。
「アレン様っ」
エレノアが、白金の光で盾を張った。降りそそぐ栄光の刃を、その光が受けとめる。だが、彼女の顔はすぐに青ざめた。
――重い。
この蔵のなかは、人の想いを糧とする彼女には分が悪かった。ここに満ちるのは、持ち主を失った栄光、冷たく乾いた誉ればかりだった。彼女の光をあたためるあたたかさが、どこにもなかった。
「エレノア、下がれ。ここはお前にはつらすぎる」
「いいえ。……あなたひとりには、させません」
彼女は歯を食いしばって、光を放ちつづけた。
その横顔を、アレンはちらりと見た。汗が額ににじみ、息は浅く乱れていた。灰の帝国でも、彼女はこうして無理をして倒れかけた。あのときのこわさがよみがえる。
――守りながら、核まで行けるか。
いや、行くしかなかった。エレノアをこの栄光の墓場に長く置いてはおけない。急がねば、彼女の光が先に尽きてしまう。だが焦れば足がもつれる。この嵐のなかを一気に駆け抜けることなど、できはしなかった。一歩ずつ、削られながら進むしかない。
だが、蒐集者はそれを見透かしていた。
「その女は、もう長くはもつまい。……ここは栄光の墓場。想いなど、ひとかけらもない。人を想う力など、ここでは餓えて死ぬだけだ」
蒐集者の腕が、ひときわまばゆい一振りの剣を呼び出した。
それは見覚えのある剣だった。
――断罪の神剣。
いつか魔王から奪還したはずの、あの神剣。それがなぜ、ここに。
「おまえが魔王を討った栄光すら、わたしは少しずつ啜っていたのだよ。おまえが旅のあいだ、名もなき者にかまけているあいだにな」
アレンの胸を、冷たいものが撫でた。
断罪の神剣。かつて仲間とともに魔王から奪い返した、あの誇り。それすら知らぬまに、この蔵へ流れこんでいた。人々が勇者アレンの伝説を語れば語るほど、その栄光は二人の手を離れて、蒐集者の腹を満たしていたのだ。
英雄になるほど、栄光を奪われる。あがめられるほど、空っぽになる。……蒐集者は、にせの英雄だけでなく、本物の英雄すらおのれの餌にしていた。人にあがめられるという、ただそれだけのことが、この化け物にとっては尽きせぬ糧になる。ならば、勇者と呼ばれること自体が、知らぬまに敵を太らせていたのだ。
蒐集者は嗤った。その笑いは、蔵じゅうの栄光をさらにぎらつかせた。
アレンは歯を噛んだ。
この蒐集者は、人が英雄をあがめ、誰かを忘れる、そのたびに力を増す。アレンとエレノアの武勇伝すら、人々に語られるほどに、少しずつこの蔵に吸い取られていた。
斬っても斬っても、栄光は尽きない。むしろ、二人が戦うほどに、その勇姿が新たな伝説となり、蒐集者を肥え太らせる。
――こいつは、剣では倒せない。
アレンは改めて、それを思い知った。力でねじ伏せようとするほど、相手は強くなる。灰の帝国の塔と同じだ。斬るべきものが、鉄でも肉でもない。人の心のあり方そのものが、敵だった。
「エレノアっ。策を変える」
アレンは叫んだ。
「こいつを斬るんじゃない。この蔵をこじ開けて、栄光をぜんぶ返すんだ。持ち主が思い出されれば、栄光はここから消える。……こいつの餌がなくなる」
「でも、どうやって。この嵐のなかで」
「わからん。だが、やるしかない」
無茶だと、頭ではわかっていた。栄光の嵐はやむ気配もない。核までは遠い。エレノアの光も長くはもたない。
それでも、アレンの目に迷いはなかった。無茶を承知で前へ進む。それは泥にまみれたあの日から、彼がずっとしてきたことだった。
アレンは、舞い狂う栄光の刃をかいくぐりながら、蔵の奥の玉座の、さらに向こうを見た。そこにひときわ大きな、栄光の渦があった。蔵の核。奪われたすべての誉れが吸いこまれていく、深い光の井戸。
あそこを断つ。
だが、その前にはまばゆい蒐集者が、無数の栄光をまとって立ちふさがっていた。
アレンが前に立ち、栄光の刃を斬り払う。エレノアがそのうしろで、光の盾を張る。二人ひとつになって、少しずつ前へ。
一歩進むごとに、栄光の嵐は激しさを増した。蒐集者は惜しみなく、ためこんだ誉れをばらまいた。無尽蔵だった。世界じゅうの忘れられた栄光がここに眠っている。それをすべて敵にまわしているのだった。
「まだわからんのか」
蒐集者の声が降ってきた。
「おまえたちが進むほど、おまえたちの勇姿がまた栄光になる。……それもいずれ、わたしのものだ。あがくほど、わたしは肥える。むなしいことだ」
アレンは答えなかった。ただ前を見すえた。
むなしくても進む。この栄光の墓場のいちばん奥に、忘れられた者たちを取り戻す鍵がある。ならば何度笑われても、そこへたどり着くだけだった。むなしいと嗤うその声こそ、名もなき者を忘れさせてきた声だ。ならば、むなしさに屈しないことが、そのまま反撃になる。
長い戦いの、ほんの始まりにすぎなかった。二人は栄光の嵐のなかを、核へと一歩ずつ進みはじめた。刃の雨が絶え間なく降りそそぐ。それでも、つないだ気持ちだけは断ち切られなかった。
戦闘開始。人を守った武具が、人を斬る道具に貶められている皮肉を描きました。断罪の神剣まで敵の手に――魔王討伐の栄光すら啜られていた、と。力でねじ伏せるほど強くなる敵、という難題を置いています。




