第47話 名もなき光の刃
第47話。束ねた無数の意志が、一振りの光の刃に。だが魔王は、エレノアを狙います。
この国じゅうの意志を受け取ったアレンの手の中で、あふれる光がゆっくりと、一振りの剣の形を成していく。
五つの神域武装。無数の名もなき武具の遺志。初代勇者の意志。仲間たちの覚悟。そして、この国じゅうから届いた、幾万もの諦めない意志。そのすべてが束ねられ、一振りの光の刃になった。
もはや、疾風の小手でも、金剛盾でも、断罪の神剣でもない。それらをすべて束ね、その上に、数えきれない名もなき者たちの意志を乗せた刃。生者と死者の、過去と現在の、すがるのをやめた者たちの意志の総和。その、まばゆい結晶だった。
初代勇者が集めきれずに、封じるしかなかった、あの光。それがいま、アレンの手の中に確かにあった。数百年越しに、ついに集いきった、魔王を滅する唯一の刃。柄を握る手のひらに、幾万もの民の温もりが、じかに伝わってくるようだった。ひとつとして同じ色のない、けれど確かにひとつに寄り添った、光の束が。
「……行くぞ。みんな」
アレンは、そのまばゆい光の刃を構えた。すぐ後ろで、エレノアが歯を食いしばり、聖光の橋を支え続けている。二人で束ねる。この、あずかったみんなの想いを。ひとつ残らず。
魔王が、天地を揺るがして咆哮した。
諦めない光がこれほど大量に集まったことに、数百年、絶望だけを食らってきたその存在が、初めて本能的な恐怖を覚えたのだ。絶望を糧とする魔王にとって、諦めない意志の光ほど忌まわしく、恐ろしい天敵は、この世になかった。それは、己を根本から否定する光だった。
黒い巨躯がうねり、無数の触手を放った。一本一本が家をも貫く、絶望の槍。それが光の刃を構えるアレンめがけて、四方から殺到する。
「――退け、化け物」
アレンが、光の刃を横薙ぎに一閃した。束ねられた幾万もの意志の光が、迫る絶望の槍をまとめて薙ぎ払う。触れた端から黒い触手がじゅっと浄化され、無害な光の粒へと変わって、宙に溶けていく。
魔王が、初めてたじろぎ、巨躯を後退させた。数百年、初代勇者ですら封じることしかできず、誰にもまともな傷ひとつ負わなかったあの災厄が。生まれて初めて、後ずさったのだ。
「効いてる……! アレン様、効いています……! あの魔王に……!」
エレノアが、涙声で叫んだ。
名もなき者の意志の刃は、確かに魔王を削っていた。これまで、いくら斬っても絶望からまた湧いてきた分体とは、まるで違う。この刃は魔王の体を傷つけるのではない。魔王を成り立たせている絶望そのものを、諦めない意志で内側から塗り替えていく。存在の根っこから断っていくのだ。だから、湧いてこない。減った分は、減ったまま。
初代が遺した言葉は、寸分の狂いもなかった。魔王を滅する光は、崇める心からは生まれぬ。己の足で立つ者の意志からのみ、生まれる、と。
「もう一撃だ……いや、届くまで、何撃でも……!」
アレンは駆けた。切れかけた腱を意志でねじ伏せ、魔王の山のような巨躯へ。光の刃を幾度も、幾度も振るう。一撃ごとに、この国じゅうの民の想いが魔王を削り取っていく。あの子どもの意志が。腰の曲がった老人の意志が。踊り子の意志が。名もなき無数の、それでも生きようとする意志が。一振りごとに、災厄を小さくしていく。
絶望の塊が、悲鳴をあげて崩れていく。斬るたびに手応えがある。湧いてこない。減った分だけ、確かに減っていく。その事実が、アレンの折れかけた体に、新たな力を注いだ。
だが、災厄はまだ倒れない。追い詰められた魔王が、ここにきて、最後の悪辣な足掻きに出た。
その爛れた無数の眼が、渾身の刃を振るうアレンではなく――その後方で、国じゅうの意志を届ける光の橋を、たった一人で支え続けるエレノアを、じろりと捉えた。
そうか。読めた。あの女が、この光の要か。
魔王は狡猾に悟った。この国じゅうの意志をアレンへと途切れなく届けているのは、ほかならぬエレノアの聖光の橋。そのたった一本の橋を断ってしまえば、せっかく集まった幾万の意志も行き場を失い、霧のように霧散する。刃も、消える。
魔王の触手が、いっせいにエレノアへ殺到した。
「エレノア……!」
アレンが、血を吐くように叫ぶ。だが、遠い。間に合わない。エレノアは両手を光の橋に捧げきっている。この橋を一瞬でも緩めれば、意志の刃が消える。だから彼女には、身を守る手が一本も残されていなかった。
「――かまいません! 私にかまわず……!」
エレノアは、迫る死を前に、それでも叫んだ。無数の触手が目前に迫るなか、それでも光を注ぐ手を、一瞬たりとも止めなかった。
「この橋を、切らせはしません……! みんなの意志を、あなたに届けるまでは……! 私は、退きません……!」
彼女の覚悟は、微塵も揺るがなかった。触手の切っ先が頬をかすめ、白い法衣に赤い線が走っても、その手はぴくりとも動かなかった。かつてごみだめの隅で、死の淵で、それでも生きることを諦めなかった、あの少女の意志のままに。彼女もまた、名もなき者の一人だった。だからこそ、この光のいちばん芯になれたのだ。
その必死の叫びを聞いた瞬間、アレンの中で、何かが白く爆ぜた。
この女を、失わせない。絶対に。それだけは、天地がひっくり返っても、譲れなかった。十数年前、ごみだめの俺の言葉をたった一つの支えに生き延び、四年、俺を探し、見つけ出し、この命のすべてを俺に捧げてくれた女を。あんな絶望の塊なんぞに、指一本、髪一筋、触れさせてたまるものか。
「――エレノアから、離れろッ! その汚い手を、どけろッ!」
アレンの咆哮とともに、束ねた光の刃が、一瞬で極限まで膨れ上がった。
この国じゅうの幾万もの意志に、アレン自身の、この女を守りたいというたった一つの、けれど誰よりも切実な想いが加わって、刃はいっそう、太陽のように白く輝いた。想いは、数だけではない。その一つひとつの切実さが、力になる。
エレノアに迫っていた無数の魔王の触手を、その膨れ上がった光が、根こそぎ焼き払った。彼女の白金の髪を、ほんの一筋かすめた、寸前で。危ういところで、間に合った。
エレノアが、目を見開いた。守られた。あの絶望の権化から。ほかならぬ、いつも自分が守ってきた、彼の手で。
いつも、守るのは自分の役目だと思っていた。彼のために盾になり、命を注ぐのが。だがいまは、彼が自分のために、あんなにも必死になっている。その事実が、涙が出るほどうれしかった。もう、片想いではない。二人は、対等に守り合っていた。
「……悪いな、魔王。おまえのいちばん嫌いなものを、見せてやる」
アレンは、光の刃を大上段に構えた。全身から汗が噴き出す。これほどの意志を束ねるのは、器であるアレン自身の命さえ削った。だが、退かない。
「諦めなかった、名もなき連中の……その意志だ」
もう、後戻りはできない。ここで束ねきれなければ、この国じゅうが放ってくれた意志も、初代が数百年託し続けた祈りも、すべてが無に帰す。絶望の魔王と、諦めない意志の光。その決着が、いよいよ最後の一点に絞られていく。二人の、そしてこの国じゅうの名もなき者たちの想いを束ねた、その光が、数百年の災厄にとどめを刺そうとしていた。
ありがとうございます。
名もなき意志の刃は、絶望そのものを上書きしていく。斬れば湧く分体とは違う、根っこを断つ光。追い詰められた魔王は、光の橋を支えるエレノアを狙う。それでも手を止めない彼女を、今度はアレンが守る。いつも守られてきた彼が。二人は、対等に守り合っていました。次回、二人でとどめへ。




