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泥の勇者と白金の英雄 ~偽りの栄光を剥ぎ取る収集奇譚~  作者: 源三郎


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第37話 偽りの英雄の告白

 第37話。戴冠式の晴れ舞台で、ユリウスが真実を告白します。

 「俺は、英雄なんかじゃない」。いちばん大きな嘘の、心臓へ。

 三日後、大聖堂前の広場で、傀儡の英雄ユリウスの戴冠を祝う式典が開かれることになった。


 ヴェルナーの総仕上げだった。ユリウスを正式な次期王として、民に認めさせる。そのための盛大な祭り。その、まさに晴れ舞台で、ユリウスは真実を告白する。アレンと、そう決めた。


 前の晩、ユリウスは一睡もできなかったという。当然だ。数千の前で、自らを偽物と名乗る。命がかかっている。それでも、彼は逃げなかった。屋敷を出るとき、あんたが守ってくれるって信じるから、と青い顔で笑ってみせた。造られた英雄が、初めて自分の意思で選んだ、一歩だった。


 いちばん注目の集まる場所で、造り手の隣に立ったまま、偽りを暴く。危険極まりない。だが、これ以上の機会はない。ヴェルナーのいちばん自信のある一手を、その頂点でひっくり返す。


 だが、ヴェルナーとて四十年、宮廷を泳いできた古狸だ。何かしらの備えはしているはず。それも承知の上での賭けだった。何もしなければ、じり貧で負ける。ならば、いちばん大きな舞台で、いちばん大きな賭けに出る。それがアレンの選択だった。


 式典の日、広場はかつてない人で埋まった。大聖堂の白い尖塔に朝日が跳ね返り、敷き詰められた花びらが風に舞う。楽団の高らかな音色が、期待に沸く群衆の頭上を流れていく。誰もが、新しい王の誕生を待ちわびていた。その華やかさが、これから起きることの大きさを、いっそう際立たせていた。


 壇上に、白銀の鎧のユリウスが立つ。まだ二十歳そこそこの青年だ。線の細い、育ちのよさそうな面立ちに、人好きのする甘さがある。旗印に担ぐには、うってつけの顔立ちだった。その隣に宰相ヴェルナー。民は新たな英雄の誕生に酔いしれ、歓声をあげていた。ユリウスの顔は、蝋のように青ざめていた。膝が笑っている。アレンとエレノアは人混みに紛れ、いつでも壇上へ跳べるよう、じっと身構えていた。


「では、これより、英雄ユリウス様より、ありがたきお言葉を賜る」


 ヴェルナーが促す。


 ユリウスが一歩、前へ出た。数千の視線が集まる。彼は一度、アレンのいる方向を見た。アレンが小さくうなずく。大丈夫だ、と。


 ユリウスは目をつぶり、大きく息を吸った。この一言で、人生が変わる。あるいは終わる。それでも。


「……皆の衆。聞いてくれ」


 震える声が、広場に響いた。


「俺は……英雄なんかじゃ、ない」


 どよめきが走った。


「俺はただの、貧しい家の三男坊だ。武勇伝も、血筋も、全部嘘だ。ヴェルナー宰相が造った、作り話だ。俺は剣もまともに振れない。……俺は偽物だ! あんたたちが崇めてるのは、偽物なんだ!」


 広場が水を打ったように静まりかえり――次の瞬間、爆発的なざわめきに包まれた。混乱、怒り、戸惑い。信じていたものが、自ら嘘だと叫んだのだ。


「な、何を言っている……!」

「英雄様が乱心なされた……!」

「いや、待て。……本当のことなんじゃ」


 声が割れる。信じたい者と、疑いはじめた者。数千の民の心が、真っ二つに裂けた。ユリウスは、なおも声を絞り出す。


「頼む、信じてくれ……! 俺はあんたたちを、これ以上騙したくない……! 偽物を崇めて、いつか裏切られるのは、あんたたちなんだ……!」


 その必死の叫びには、造りものにはない、生の震えがあった。台本にはない、剥き出しの声。飾られた武勇伝よりも、たどたどしいその告白のほうが、よほど人の心を打った。だからこそ、民の胸に刺さった。


「――黙れ、小僧!」


 ヴェルナーが、初めて声を荒げた。仮面の下の、素顔で。


「衛兵! 衛兵はおらぬか! この者は乱心した! 構わぬ、引っ捕らえよ!」


 衛兵たちが抜刀し、ユリウスに殺到する。口を封じ、亡き者にする気だ。都合の悪い駒は消す。ヴェルナーの、いつもの後始末だった。


 だが、その衛兵たちの前に、金色の風が割って入った。


「そこまでだ」


 アレンだった。人混みを風のように駆け抜け、壇上へ。金剛盾で、殺到する衛兵をまとめてはじき返す。ユリウスに伸ばされた刃が、ことごとく弾かれた。その隣に白金の光。エレノアがユリウスを包むように、聖光の障壁を張った。


 告白した青年を、二人が盾になって守る。数千の民の目の前で。それはどんな演説よりも雄弁な光景だった。真実を語った者を、誰が守り、誰が殺そうとしているか。抜き身の刃を向ける衛兵と、その刃から青年をかばう二人。その構図が、言葉よりもはっきりと、何が正しいのかを物語っていた。民は、その一部始終を見ていた。


「勇者アレンと、英雄エレノア……!」

「お尋ね者の、二人だ……!」


 民が大きくどよめく。指名手配の、大逆の徒。だが、いま、その二人が、真実を告白した青年を、その身を挺して守るために立っている。悪党と呼ばれた二人が。


「聞け、みんな」


 アレンは壇上を見上げ、声を張った。


「このユリウスは、偽物だと自分で認めた。逃げも隠れもせず。……それがどれだけ勇気のいることか、分かるか。偽物だと認めることは、偽物を続けるより、ずっと難しいんだ」


 彼は群衆を見渡した。


「そして、この嘘を造ったのは、そこにいる宰相ヴェルナーだ。ボルドも、クラリスも、ギルバートも。あんたたちが崇めてきた英雄は、全部この男が造った絵空事だ。あんたたちは四十年、偽りの光にすがらされてきた」


 ヴェルナーの顔が歪む。四十年、闇に隠してきたその仕事が、数千の民の前で、白日の下に引きずり出された。舞台裏で糸を引くのが彼の流儀だった。決して表には出ない。その男がいま、名指しで告発されている。しかも、彼自身が造った駒の口から。


「信じたくないだろう。だが思い出せ。ボルドの、あの醜態を。クラリスの、あの裏側を。地竜の前で逃げ出した、あの守りの英雄を。……あんたたちはもう、自分の目で偽物を見てきたはずだ。何度も、何度も。それでも、まだ次の光にすがるのか」


 言葉が、民の胸に重く落ちていく。誰もが心当たりがあった。裏切られた記憶が。それでも、また、すがってしまった己の弱さが。民がざわめく。信じてきたものが崩れる、その軋みの音。だが、その軋みこそが、すがるだけの民が、自分の頭で考えはじめる、最初のきっかけだった。


「世迷い言を……!」


 ヴェルナーがなお叫ぶ。だが、その声はもう届いていなかった。民は壇上の三人を――アレンと、エレノアと、告白したユリウスを見つめていた。真実を語る者の顔と、それを封じようとする者の顔を、見比べて。


 どちらが本物か。誰の言葉を信じるべきか。民は生まれて初めて、誰かに答えを与えられるのを待つのではなく、自分の目で、自分の頭で、測りはじめていた。


「宰相様の言うことと、あの人たちの言うこと。……どっちが本当なんだ」

「あたしはもう、勝手に崇めるのはやめるよ。自分で決める」


 その、たった一言が。ヴェルナーの四十年を崩す、最初のひび割れだった。民が自分で決めると言いはじめた。それはこの老宰相がいちばん恐れていた言葉だった。


 偽りの英雄の告白。それはヴェルナーの四十年の絵を、内側から引き裂いた。この国の光のあり方が、いま大きく揺らぎはじめる。偽りを剥ぎ取る旅は、ついにそのいちばん大きな嘘の心臓へと切り込んでいた。だが、追い詰められた造り手が、最後に何をするのか。その気配だけが、不吉に、広場の空気をざわめかせていた。

 読んでくださってありがとうございます。

 偽物だと認めることは、偽物を続けるより、ずっと難しい。真実を語った青年を、二人が身を挺して守る。民は、誰が本物かを、自分の目で見はじめます。「自分で決める」――ヴェルナーがいちばん恐れた言葉です。次回、追い詰められた造り手が、最後の手に出ます。

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泥にまみれた元勇者アレンと 白金の英雄エレノアの旅の物語です
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