↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥の勇者と白金の英雄 ~偽りの栄光を剥ぎ取る収集奇譚~  作者: 源三郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/90

第33話 造られた対抗馬

 第33話。アレンが渋る隙に、ヴェルナーは新たな傀儡の英雄・ユリウスを立てます。

 叩いても叩いても生えてくる、偽りの英雄。本当に倒すべきは何か。

 玉座の誘いに、アレンがいつまでも首を縦に振らない。その煮え切らない態度を、宰相ヴェルナーは正確に読み取った。そして間を置くでもなく、すぐさま次の一手を打ってきた。


 数日後、王都の広場に、新たな英雄が現れた。


 名をユリウス。若く、見目のよい騎士だ。真新しい白銀の鎧をまとい、白馬にまたがって、民の前で剣を高く掲げる。背後には王家の紋章が翻り、そのすべてに、ヴェルナーの描いた物語の匂いが染みついていた。


「私は正統なる血を引く者。倒れた王家に代わり、この国を導く者なり。案ずるな、民よ。この私が、諸君を守ろう!」


 朗々と、よく通る声だった。だがその口上はどこか、暗記した台詞のように上滑りしている。アレンには透けて見えた。誰かに言わされている声だ、と。


 触れが読み上げられる。ユリウスは王家の遠縁、若き日に辺境で魔物の群れを退けた隠れた英雄である、と。どれもヴェルナーが一夜ででっち上げた絵空事だった。


 だが、民は沸いた。真新しい鎧の輝き、整った顔立ち、王家の紋章。それだけで十分だった。倒れた王家の空白に怯えていた民は、差し出された新しい光に、飛びつくように群がる。


「ユリウス様、万歳!」

「新しい、王様だ!」


 ほんの数日前、アレンを王にと叫んでいた声が、もう別の名を讃えている。その身軽さに、アレンは寒気すら覚えた。


 だが、その歓声の渦の片隅に、沸いていない者が一人いた。


 みすぼらしい身なりの、小さな男の子だった。いつか広場で見た、あの子だ。父親とはぐれて泣きじゃくり、「ボルドさまみたいになりたい」と目を輝かせていた、あの子。その子がいま、白馬の英雄を見上げて、ぽかんと立ち尽くしている。歓声を上げない。ただ、隣の母親の袖を引いた。


「かあちゃん。あのひとも、ほんものの英雄さま? このまえの、金色の盾のひとも、ほんものだって、みんな言ってたよ。……ほんものって、そんなに、いっぱいいるの?」


 母親は慌てて、その口を手でふさいだ。周りをうかがい、聞かれなかったかと肩をすくめる。子どもの無邪気な問いは、大人が口にできない疑いを、まっすぐ言い当てていた。


 だが、その小さな声は、風に乗って、隣に立つ老いた靴職人の耳にも届いていた。老人は白馬の英雄を見上げ、それから、自分の節くれだった手を見下ろす。何かを言いかけて、けれど口をつぐみ、そっと人混みを離れていった。その背中に、迷いのようなものがにじんでいた。


 ひとつの問いは、まわりの誰にも聞こえぬふりをされながら、それでも確かに、二人、三人と、小さな波紋を広げていく。


 アレンは、人混みの中からその一部始終を見ていた。


 ――あの子には、見えている。


 胸の奥が、かすかに疼いた。大人たちは、疑うことを忘れてしまった。だが、あの子はまだ、問うことをやめていない。ほんものが、そんなにいっぱいいるものか、と。ヴェルナーがどれだけ光を造ろうと、その光を「おかしい」と言える子どもが一人でもいるかぎり、この国はまだ、終わっていない。


「……手回しが、早いな」


 アレンはつぶやいた。


「俺が渋ってると見て、もう代わりの絵を用意しやがった」


「ユリウスという騎士、調べました。実在はします。ですが武勇伝はすべて作り話。本人もたぶん、担がれているだけです。ヴェルナーの、新しい筆先」


 エレノアが声を潜める。密偵の調べでは、ユリウス本人は気の弱い平凡な青年で、剣の腕もたいしたことはないという。突然見出され、英雄に仕立てられ、本人すら戸惑っているらしい。白馬の上で笑う顔は立派でも、その手はかすかに震えていた。だがいったん光を浴びれば、人は変わる。ボルドがそうだったように、じきに偽りの栄光に酔い、溺れていくのだろう。


「どうしますか。あのユリウスも、ボルドのように暴きますか」


 エレノアの問いに、アレンは首を振った。


「いや。あの若造を暴いても意味がない。ヴェルナーがまた次を立てるだけだ。モグラ叩きだよ。一匹叩いても、切りがない」


「では、どう」


「叩くべきは、モグラじゃない」


 アレンは群衆を見渡した。偽りの英雄に熱狂する、その無数の顔を。


「穴を掘り続けてる、ヴェルナー本人だ。……いや、それでも足りん。あいつを倒しても、民のすがりたいって心が残るかぎり、第二のヴェルナーがまた現れる。本当に断たなきゃいけないのは、この心そのものだ」


 英雄がいなくなると、民は落ち着かない。すがるものがないと不安でたまらず、次の光を探してさまよう。ヴェルナーは四十年、その心を耕し続けてきた。すがるほど都合のいい民は、いないからだ。剣で斬れる傷なら塞げる。だが、人の心に染みついた癖は、そう簡単には拭えない。


「四年かけても足りないかもしれん。だが、それをやらなきゃ、俺のやってきたことは全部、無駄になる」


 やることは、決まっていた。ヴェルナーが広場で光を撒くなら、こちらは路地の一軒一軒を回る。あの子のような問いを、消させない。ほんものが、そんなにいっぱいいるものか。その疑いを、消えないように、そっと守り育てていく。派手さはない。だが、上から与えられた光と違って、自分の中から芽吹いた問いは、誰にも取り上げられない。


 その道のあまりの遠さに、めまいすら覚えた。だがさっきの、あの子の問いが、まだ耳に残っている。ほんものが、そんなにいっぱいいるものか。あの小さな疑いを、国じゅうに灯していくのだ。


「一人で背負おうとしないでください」


 エレノアがその手を取った。


「その道が遠いなら、二人で歩けば半分になります。……倒してきた者たちも、今度は味方です。レオンも、クラリスも。目を覚ましはじめた民も。一人ずつ増やしていけばいい」


 その言葉に、アレンはふと肩の力が抜けた。切り捨てず、拾い上げてきた手が、いま背中を押してくれている。遠い道でも、隣に誰かがいれば歩ける。この女はいつも、そんな当たり前を思い出させてくれる。


 その夜。エレノアが、意を決したように口を開いた。


「アレン様。ヴェルナーと戦うなら、あの人は必ず、私の過去を切り札に使ってきます。だからその前に。私の本当の始まりを、聞いてください」


 アレンは彼女を見た。ずっと待つと決めていた。彼女が自分から話す、その日を。


「……いいのか。無理して話すことはない」


「はい。もう、あなたに何ひとつ隠したくないのです。それに」


 エレノアは寂しげに微笑んだ。


「私の始まりを知れば、この国の病と戦う答えの欠片が、見つかるかもしれません。私自身が、その病の産物なのですから。造られた英雄の、いちばん最初の一人。それが、私なのですから」


 暖炉の火が、二人の影を壁に長く落とす。薪の爆ぜる音だけが、ぽつりぽつりと響いた。エレノアは膝の上で手を握りしめ、深く息を吸う。四年、いやそれよりずっと長く胸の底に沈めてきた、いちばん古い記憶の蓋を、いま自分の手で開けるために。


「私の話は、とても昔の。まだ私が、名前すら持っていなかった頃の話です」


 偽りを剥ぎ取る旅は、いよいよ、いちばん近くにいる者の、隠された根源へと近づいていく。白金の英雄が、どうやって造られたのか。その真実へ。次回、彼女のいちばん古い記憶が明かされる。

 最後まで、ありがとうございます。

 偽物を一人倒しても、民の「すがりたい」心が残るかぎり、次が生まれる。倒すべきは、その心そのもの。剣では、斬れません。気の遠くなる戦いです。

 そして、エレノアが自ら、過去を語りはじめます。次回、彼女の始まりの物語を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にほんブログ村 小説ブログ ハイファンタジーへ
にほんブログ村

『泥の勇者と白金の英雄』を応援する
偽りの栄光を剥ぎ取り 名もなき者の遺志を拾う
泥にまみれた元勇者アレンと 白金の英雄エレノアの旅の物語です
面白かった 続きが読みたいと思っていただけたら
ブックマーク・評価・感想で応援していただけると励みになります

作品ページへ感想を書く・読むレビューを書く・読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。