第30話 全武装共鳴
第30話。全武装共鳴。忘れられた者たちの遺志の総和が、魔王の力に、拮抗します。
アレンとエレノアの手が、固く重なった。
その一点から、光があふれ出す。
これまで奪い返してきた、四つの神域武装。疾風の小手。不壊の金剛盾。深淵の月雫。禁忌の魔導書。それに、数えきれない名もなき武具たち。すべてが魔導書の理で束ねられ、エレノアの聖光を芯にして、より合わさっていく。
断ち切られても、次が繋がる。ひとつが砕けても、また、ひとつ。無限に近い、力のより糸。
「――全武装共鳴」
アレンの声が、玉座の間に響いた。
彼の背後に、束ねた武具の幻影が浮かび上がる。名もなき兵士たちの剣。守り抜いた者の盾。枯らされた者たちの無念。忘れられた者たちの遺志が、いま一斉に、光となって集っていた。
「これが、俺の力だ。ひとりの天才の力でも、ひとりの英雄の力でもない。……忘れられた、大勢の遺志の総和だ」
この四年、アレンが拾い集めてきたもの。がらくた屋の、名もない兵士の剣。せり市で朽ちるだけだった、飾りの刃。納骨堂の、番号だけの亡骸たち。誰も価値を認めなかった、無数の命の欠片。
それを、ひとつも捨てなかった。弔い、名を覚え、意志を継いで、力に変えてきた。その地道な積み重ねが、いま魔王の力にすら拮抗する奔流となっている。
塵も積もれば、山を動かす。それが万象武具庫という力の、本当の意味だった。
「小賢しい……!」
ギルバートが、断罪の神剣を振るう。因果を断つ、黒い斬撃。だが、その刃は光のより糸の一本を断つ。断ったそばから、次の一本が繋がる。断っても、断っても、糸は尽きない。名もなき者は、無数にいるのだから。
「なぜだ……! なぜ、断てない……!」
「おまえには、分からんだろうな」
アレンは、光の奔流を押し進めながら言った。
「おまえはいつも、一番ひとつだけを見てきた。二番以下は価値がないと、切り捨ててきた。……だが、その切り捨ててきた無数の『二番以下』が、いま俺の力になってる。おまえが見向きもしなかった連中が、おまえを倒すんだ」
ギルバートが、なおも神剣をめちゃくちゃに振るう。だが振るうほどに、断ち切った遺志が光となって、彼を押し包んでいく。まるで、切り捨ててきた者たちが一斉に、恨みではなく、赦しの手を差し伸べるように。
エレノアが、ありったけの聖光をアレンの背へ注ぎこんだ。二人の力が、完全にひとつに溶け合う。月雫の魔力リンクが、二人を一本の光として繋いでいた。もう、どこまでがアレンで、どこからがエレノアか、分からない。
断罪の神剣が、ついに光に呑まれた。因果を断つ刃も、無限の遺志の前には、断つべき糸を断ちきれなかった。
白金と七色の光が、玉座の間を埋め尽くす。
ギルバートの体から、魔王の瘴気が引き剥がされていく。融合が解けていく。断罪の神剣がその手を離れ、宙を舞い――アレンの手のなかへ収まった。
視界に、文字が浮かぶ。
――――【概念強奪、完了】――――
名称、断罪の神剣。
来歴、欺瞞を断ち、因果を断つ、勇者の剣。本来の主のもとへ。
状態、奪還完了。五つの神域武装、すべて掌中に。
収蔵効果、真の力の解放。偽りを断つ者としての、覚醒。
―――――――――――――
五つ。すべての神域武装が、アレンの手に戻った。四年前、奪われたものが、いまひとつ残らず。
瘴気の抜けたギルバートが、玉座の下に崩れ落ちた。
人の姿に戻っている。だが、その体は魔王の力に蝕まれ、もう長くはないと、一目で分かった。
「……儂の、負けか」
掠れた声で、ギルバートがつぶやく。金色に爛れていた瞳は、ただの、疲れた男の目に戻っていた。
「なあ、アレン。……ひとつだけ。おまえは、一番になれたのか。儂を倒して。……英雄に、王になるのか」
「ならない」
アレンは即答した。
「言っただろう。一番かどうかなんて、誰も気にしちゃいない。……俺が欲しかったのは、玉座じゃない。奪われたものを取り返すこと。それだけだ。もう、全部取り返した」
ギルバートは、しばらくその言葉を噛みしめた。そして、力なく笑った。
「……そうか。儂は、いらぬ玉座のために、いらぬ渇きのために。……何もかも失ったのだな」
最期の言葉を残して、偽りの王太子は静かに目を閉じた。渇きから、ようやく解き放たれた顔で。
アレンは、その亡骸をしばらく見おろしていた。憎み続けた男。四年間、この手で殺してやりたいと願い続けた相手。だが、いざその最期を看取ると、胸に残ったのは、勝利の高揚ではなかった。ただ、深く静かな虚しさだけだった。
こいつも、ボルドや、クラリスや、レオンと同じだった。この国の、光ばかりを求める病に、いちばん深く蝕まれた犠牲者。玉座の上の、いちばん孤独な男。
「……安らかにな。おまえの渇きも、これで終わりだ」
弔いの言葉を、敵にすら手向ける。それがいつのまにか、アレンの流儀になっていた。
そのとき、崩れた玉座の奥、ひびの入った壁の一部が、ふっと白く明滅した。
雪の粒が、暗い玉座の間へ一粒だけ舞ったように見えた。だが、手を延ばすより早く、それは跡形もなく消えた。
「どうかしました?」
「……いや。何でもない」
あまりに小さな違和感だった。アレンは、その一瞬を心の隅に押しこんだ。
玉座の間に、静けさが戻る。
五つの神域武装を取り戻し、諸悪の根源を倒した。四年越しの反撃は、成し遂げられた。
「……終わった、のですね」
エレノアが、力尽きたようにアレンにもたれかかる。アレンは、その体をしっかりと抱きとめた。
「ああ。終わった。……いや」
アレンは、崩れた玉座を見上げた。
王太子は倒れた。だが、王はまだいる。魔王の力に頼ったギルバートの暴挙で、王家の権威は地に堕ちた。空位となりかけた、この国の頂。混乱する、民と貴族。
偽りの英雄をすべて剥がした、そのあとに、この国は誰がどう導くのか。玉座を望む声は、必ずアレンとエレノアに向かってくる。二人が、いちばん望まぬ形で。
「本当の戦いは、たぶん、ここからだ」
「……民はきっと、あなたを王にと望みます」
エレノアが、静かに言った。
「地竜を討ち、聖女の裏を暴き、暴君を倒した。民にとって、あなたはもう、まぎれもない英雄です。玉座が空けば、その声は必ず、あなたへ向かう」
「だから、いやなんだ」
アレンは苦笑した。
「英雄を玉座に担ぎ上げる。……それ自体が、この国の病だ。俺がその病を繰り返しちゃ、意味がない。ボルドやクラリスを倒した意味が、なくなる」
崇められることを拒む。だが、拒めば、力の空白がまた、新たな虚飾を生む。剥ぎ取った、その後に何を残すのか。剣で斬れる問いではなかった。
奪い返す旅は終わった。だが、剥ぎ取ったその後の、まっさらな国をどうするのか。新しい、そしていちばん難しい問いが、二人の前に静かに横たわっていた。
だが、それは明日からの話だ。
いまは、ただ。生きて、この夜を越えた。奪われたものを、すべて取り返した。隣には、命を賭けて共に戦い抜いた白金の英雄がいる。それで、十分だった。
「約束、守れましたね」
エレノアが、疲れきった顔で、けれど晴れやかに笑った。
「二人で、生きて帰る。……守れました」
「ああ。……なら、続きの話をしないとな」
アレンの言葉に、エレノアの頬が、朝焼けよりも赤く染まった。
窓の外、長い夜が明けようとしている。偽りのすべてを剥ぎ取った朝が、もうすぐ来る。二人がこれから、どんな国を、どんな未来を築いていくのか。そのまっさらな物語は、まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。第一章、ひとつの区切りです。
拾い集めた、名もなき無数の力。それが、因果を断つ神剣すら、断ちきれない、無限のより糸になる。「切り捨ててきた二番以下が、おまえを倒す」。この物語のテーマの、集大成でした。
五つの武装を取り戻し、諸悪の根源を倒した。でも――偽りを剥ぎ取った、その後の国を、誰がどう導くのか。崇められることを拒む二人に、玉座を望む声が向かう。本当に難しい戦いは、ここから。二人の、まっさらな物語は、まだ始まったばかりです。次章も、どうかお付き合いください。




