第25話 暴走する禁呪
第25話。ギルバートが、レオンの裏切りを読み、禁呪兵器を、強制起動。
塔ごと、王都の半分が、消し飛ぶ危機です。
長い沈黙のあと。
レオンは、ふっと肩の力を抜いた。生まれて初めて、というように。
「……降参だ、アレン。おまえの読みが、俺の計算を上回った。ミラが安全な場所にいるなら、俺が王太子に義理立てする理由は、もうない」
彼は胸に抱いていた古びた書物――禁忌の魔導書を、静かに卓へ置いた。
「衛士たち、剣を収めろ。……作戦は変更だ。俺の負けだと、殿下に伝えておけ。……いや、伝える前に、おまえたちはここを離れたほうがいい」
だが。
その言葉が終わらぬうちに、塔全体が大きく揺れた。
中央の巨大な魔法陣が、レオンの意思とは無関係に、青白く輝きはじめる。
「馬鹿な……遠隔で、起動された……!」
レオンの顔から血の気が引いた。
「王太子だ……俺の裏切りを読んでいたのか……! 未完成の禁呪兵器を、強制的に起動させた……! このままでは暴走する……塔ごと、いや、王都の半分が……!」
部屋が灼熱の光に包まれていく。
未完成の術式が制御を失い、膨れ上がっていた。廃鉱山を消し飛ばした力が、いま暴走しながら解き放たれようとしている。
宙に浮かぶ魔法陣が次々と罅割れ、そこから白い光が噴き出す。壁の計算式が焼け焦げ、崩れていく。空気が、燃えるように熱い。
「なぜ、王太子が遠隔起動を……!」
「保険だ」
アレンは歯を食いしばった。
「あいつは、おまえも信じちゃいなかった。裏切る確率を読んで、裏切った瞬間、まとめて消せるように。……おまえの得意な合理ってやつを、あいつも使ったのさ。もっと、冷酷にな」
レオンは言葉を失った。自分が誰かを切り捨ててきた、その同じ論理で、いま、自分が切り捨てられようとしている。合理の刃は、いつでも振るう者の手を離れ、振るった者自身へと返ってくる。それを、この瞬間、彼は身をもって思い知らされていた。
「止められないのか!」
「無理だ! もう、俺の手を離れている! 完成していれば制御もできたが、この中途半端な状態では……!」
レオンが初めて取り乱した。天才の計算が、王太子の非情によってねじ伏せられたのだ。ギルバートはレオンごと、アレンごと、この王宮の一部さえも犠牲にして、二人を葬るつもりなのだ。
「アレン様……! このままでは、上の階の囚人たちも……!」
エレノアが叫んだ。塔には、実験に使われる囚人たちもいる。暴走すれば、その全員が巻きこまれる。
アレンは、卓の上の禁忌の魔導書に手を伸ばした。
「レオン。これを奪うぞ。……いいな」
「……もう、俺には扱えない。持っていけ。だが、あの暴走を止めるには、途方もない術式の解体がいる。おまえに――」
「できる」
アレンは魔導書に触れた。
――視界に、文字が浮かぶ。
――――【概念強奪 完了】――――
【名称】禁忌の魔導書
【来歴】救うためではなく、壊すために磨かれた、天才の孤独。
【状態】偽りの主より奪還。あるいは、託された。
【収蔵効果】収蔵上限、無限に解放。複合励起――武具同士の合体、解禁。
――――――――――――――――
魔導書が光となって、アレンの内へ。その瞬間、膨大な術式の知識が頭のなかへなだれこんできた。レオンが生涯をかけて積み上げた、魔導の理。
「……見えた」
アレンは暴走する魔法陣へ向き直った。
「複合励起。……集めた武具の力を束ねて、この術式にぶつける。解体するんじゃない。もっと巨大な術で押さえこむ」
これまで奪った、すべての神域武装。疾風の小手。金剛盾。深淵の月雫。それらを魔導書の理でひとつに束ねる。初めての、複合励起だった。
だが、それだけでは足りなかった。暴走の光は、あまりに巨大だった。
「まだ足りん……もっと数がいる……!」
アレンは、これまで蒐集してきた名もなき数百の武具を、いっせいに解き放った。がらくたの剣。欠けた槍。錆びた盾。ひとつひとつは塵のような力だ。だが、その塵を魔導書の理で束ねれば。
――おまえたちの力、貸してくれ。もう一度だけ。
名もなき者たちの遺志が、光の奔流となって集う。捨てられ、忘れられ、番号でしか呼ばれなかった者たちの武具。その一振り一振りに宿った小さな念が、いま、ひとつの意志のように束ねられていく。塵も積もれば山となる。それが、アレンの力の根本だった。
「エレノア、力を貸せ! おまえの聖光も束ねる!」
「はい!」
白金の光が、アレンの武具の光に混ざる。四つの神域の力と聖女の光が、ひとつの巨大な奔流となって、暴走する禁呪へ真っ向から叩きつけられた。
閃光。轟音。
塔が激しく揺れる。二つの巨大な力が拮抗し、天井が崩れ、瓦礫が降りそそぐ。エレノアが聖光の傘で、囚人たちの牢を庇う。アレンが複合の力で、暴走の中心を押し返す。
押して、押されて。一進一退の綱引き。アレンの腕の筋が悲鳴をあげ、鼻から血が垂れた。
――ここで退けるか。上には名もない囚人たちがいる。エレノアがいる。レオンの妹が、待っている。
その一念が、萎えかけた力をもう一段、押し上げた。やがて、暴走の光がゆっくりと鎮まっていった。
アレンとエレノアの複合の力が、禁呪の暴走を辛くも押さえこんだのだ。
静寂。
アレンは片膝をついた。全身から力が抜けていく。複合励起の代償は大きかった。束ねた武具のうち、いくつかが限界を超えて砕けた。記憶の奔流が押し寄せる。
「アレン様!」
エレノアが駆け寄り、支える。
レオンは呆然と、その光景を見ていた。自分の禁呪を、自分では止められなかったものを。かつて切り捨てた男が、仲間の力を束ねて止めてみせた。
「……合理では、なかった」
レオンがつぶやいた。
「一人の天才より、束ねた凡人の力のほうが強い。俺の計算にはなかった答えだ。……四年前、俺が切り捨てたのは、とんでもない掘り出し物だったらしい」
初めて、その口元に、皮肉ではないかすかな笑みが浮かんだ。
「なあ、アレン。ひとつ、聞かせてくれ」
レオンは、床に膝をついたアレンを見おろした。
「なぜ、俺を助けた。四年前、おまえをいちばん冷たく切り捨てたのは、この俺だ。恨んで当然だろう。妹ごと見殺しにしても、おまえにはなんの損もなかった」
「損得で、動いてないからな」
アレンは、レオンをまっすぐに見上げた。
アレンは荒い息のまま答えた。
「おまえは妹のために、悪になりきれなかった。それだけで十分だ。……切り捨てられた痛みを、知ってるからな。もう誰も、あんな目に遭わせたくない。それだけだ」
レオンはしばらく、その言葉を噛みしめるように黙っていた。合理では決してたどり着けない答え。だが、たしかにこの男を動かしている、何か。
四つめの神域武装、禁忌の魔導書は、アレンの手に渡った。残るはただ一つ。ギルバート自身が握る、断罪の神剣のみ。
だが、ギルバートの非情は、もはや味方も、王宮すらも焼き払う域に達していた。追い詰められた王太子が、次に何をしでかすか。予測はつかない。
偽りを剥ぎ取る旅は、いよいよ最後の武装と、その持ち主である諸悪の根源へと、突き進んでいく。
最後まで、ありがとうございます。
禁忌の魔導書を奪い、複合励起で、暴走を押さえこむ。決め手は、集めてきた名もなき武具、その総和でした。「一人の天才より、束ねた凡人の力のほうが強い」。レオンの計算になかった答えです。
その代償に、レオンは魔導の才を失う。でも、憑き物が落ちたようでした。次回、鎖のほどけた朝と、戒厳令の鐘。




