第23話 鎖につながれた天才
第23話。廃鉱山を一夜で消し飛ばした、禁呪兵器。造ったのは、かつての頭脳、レオン。
その天才が、いま、鎖に、つながれています。
王都の空に異変が起きたのは、その数日後だった。
真夜中、北の空が突然、昼のように白く光った。遠く、地の底から突き上げるような轟音。屋敷の窓硝子がびりびりと震え、眠っていたアレンを叩き起こした。
翌朝、噂が駆けめぐった。王都の外れ、廃鉱山のあたりが一夜にして消し飛んだ、と。山ひとつが跡形もなく、魔物の巣ごと抉り取られたように。
現場を見た者は、口をそろえてこう言った。焼けたのではない、えぐれたのだ、と。まるで巨大な見えない手が、大地をひとすくい掬い取ったように。剣でも炎でもない。理そのものを書き換える、魔導の力。
「……試し撃ち、ですね」
その一報を携えてきたエレノアの顔は青ざめていた。声もこわばっている。
「ギルバートの禁呪兵器。廃鉱山を標的に、威力を確かめたのでしょう。あれがもし、王都の中心で私たちに向けられたら」
「街ごと、消える、か」
アレンは遠い焼け跡の煙を見つめた。人の造ったものとは思えない、破壊の規模。あれをたった一人で造り上げた男がいる。
その日、王都にはいつも以上に多くの兵が繰り出していた。指名手配の高札の前に、槍を持った衛士が立つ。ギルバートは禁呪兵器の威力をあえて民に見せつけることで、二つの効果を狙っていた。ひとつは、お尋ね者への威嚇。もうひとつは、揺らいだ己の権威を、恐怖で繕うこと。
救う力ではなく、壊す力で民を従わせる。追い詰められた王太子の、なりふり構わぬ悪あがきだった。
だが、恐怖で繋ぎ止めた心は、恐怖が去った瞬間に離れていく。それを、ギルバートは分かっていない。あるいは、分かっていてもなお、ほかに縋るものがないのだ。玉座に最も近い男が、その足元をこれほど脆くしている。皮肉な話だ、とアレンは思った。
あれだけの破壊を、たった一人で組み上げる。そんな芸当ができる男を、アレンは一人だけ知っていた。
レオン。かつてパーティの頭脳だった男。魔王討伐の道中、幾度も詰みかけた局面を、その術式で覆してみせた男。誰よりも冷静で、誰よりも論理的で。そして、あの玉座の間で倒れたアレンを、まるで失敗した実験でも見るような目で見おろした一人だった。
「悪く思うな。これは、最も合理的な選択なんだ」――そう、言った。
あの抑揚のない声を、アレンはまだ覚えている。
レオンはいつもそうだった。感情で動かない。損得と確率で、すべてを判断する。魔王討伐のあと、勇者ひとりを切り捨てて王太子に恩を売るのが最も合理的だと、あの男は計算したのだ。そこには悪意すらなかった。だからこそ、あのときのアレンには、その裏切りがいちばんこたえた。
――あいつが感情で動くところなど、一度も見たことがなかった。
その男が妹ひとりのために、鎖につながれている。にわかには信じがたい話だった。
密偵の報告は、レオンの意外な現状を伝えていた。
「レオンは王宮の地下深く。魔導研究塔と呼ばれる、塔の底に幽閉されています。……いえ、囚われている、というのが正しい」
エレノアが図面を広げた。
「あれほどの才を持ちながら、レオンは王家に飼い殺しにされている。禁呪兵器を造らされ、完成すれば用済みとして始末される。……そういう噂です」
「あいつが……あの、レオンが、囚われてる、だと」
アレンの眉が寄った。あの冷徹な男が。他人を実験材料としか見なかった男が、いまや自分が実験材料にされている。
「なぜ、逃げない。あいつの魔導なら、塔の鍵くらい、いくらでも開けられるはずだ」
「逃げられない、よほどの理由があるようです」
エレノアの声が低くなった。
「レオンには妹がいます。病弱な、たった一人の妹が。その妹の身柄を、ギルバートが押さえている。レオンが逆らえば、妹の命はない。……天才を鎖でつなぐには、一本の細い糸で十分だったのです」
その妹の名は、ミラというらしい。まだ年端もいかぬ、線の細い少女だという。生まれつき体が弱く、レオンが幼い頃からたった一人で育ててきた。両親のいないレオンにとって、この世で唯一、損得ぬきで守りたいと願う存在だった。
両親を早くに亡くし、幼い妹の手を引いて生きてきた男。その細い手だけは、どんな確率計算にも乗せられなかったのだろう。合理の化身のような男の、たったひとつの非合理。それをギルバートは、正確に握った。
アレンはしばらく黙っていた。
レオンは裏切り者だ。あの日、俺を切り捨てた一人。憎むべき偽物。だが。
「……あいつも、自分の意思で造ってるわけじゃ、ないのか」
「おそらくは。妹を人質に取られて。……ボルドも、クラリスも、そしてレオンも。みな、この国の歪みに絡め取られた者たちです。憎みきれない敵ばかり、続きますね」
「ああ。……胸のすく悪党は、モルガンで打ち止め、というわけか」
アレンは自嘲するように笑った。だが、その目は笑っていなかった。
偽物を憎むのは簡単だ。だが、その偽物が自分とそう変わらない痛みを抱えていると知ってしまえば、断罪の刃は鈍る。振り下ろすたびに、こちらの胸も切れるのだ。
「どう、しますか」
エレノアの問いに、アレンは迷わなかった。
「奪い返す。禁忌の魔導書を。ギルバートの切り札を、へし折る。……ただし」
彼は図面の地下塔を、指で叩いた。
「レオンの妹も助ける。人質を取られたままじゃ、あいつは寝返りようがない。魔導書を奪って、レオンを鎖から解いて、妹を取り返す。……三つ、まとめてだ」
「また、欲張りな。神域武装ひとつ奪うだけでも命がけだというのに」
エレノアがあきれたように、けれどどこか嬉しそうに微笑んだ。
「ですが、あなたらしい。切り捨てないのが、あなたの戦い方ですから」
「ああ。切り捨てるのは、ギルバートのやり方だ。俺は逆を行く」
切り捨てられた男だからこそ、切り捨てないことにこだわる。それが泥の底で、アレンが拾い上げたたったひとつの矜持だった。
二人は、王宮の地下深くへと続く道を、地図の上でたどりはじめた。
最も警備の厚い、王家の心臓部。そこへ二人だけで忍びこむ。無謀な、けれど退けない戦いが、また始まろうとしていた。
「ひとつ、気がかりがあります」
エレノアが地図から顔を上げた。
「レオンは、私たちが助けに行くと知っても、素直には乗らないかもしれません。あの男は合理で動く。妹の命が確実に助かる保証がなければ、私たちを裏切ってギルバートに突き出すほうが賢いと、計算するでしょう」
「だろうな」
アレンはうなずいた。
「だが、それでいい。裏切られることは織り込む。……四年前と違うのは、今度は俺が一枚、上手を行くってことだ。あいつの合理の、その先を読む」
かつてレオンの計算にしてやられた男が、今度はその計算そのものを逆手に取る。四年の歳月は、アレンをただ落ちぶれさせただけではなかった。
窓の外、北の空には、まだうっすらと焼け跡の煙がたなびいていた。あれが次は、この王都の中心で、二人めがけて放たれる。そうなる前に、動かねばならない。
四つめの神域武装、禁忌の魔導書と、鎖につながれた天才。偽りを剥ぎ取る旅は、いよいよ王家の最も昏い部分へと踏みこんでいく。
読んでくださって、ありがとうございます。
合理の化身だったレオンの、たったひとつの非合理。病弱な妹・ミラ。ギルバートは、その一点を握って、天才を飼い殺しにしています。ボルドも、クラリスも、レオンも。誰も、ただの悪人ではありません。
武装を奪うだけでなく、妹も、レオン自身も救う。また欲張りな戦い。次回、王宮の地下、塔の底へ。




