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泥の勇者と白金の英雄 ~偽りの栄光を剥ぎ取る収集奇譚~  作者: 源三郎


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第22話 償いと反撃

 第22話。償いと、反撃。

 クラリスの失墜を逆手に、ギルバートが、二人を「大逆の徒」に仕立て上げます。

 大祭から数日。王都は、腫れ物にさわるような静かな動揺のなかにあった。


 聖女クラリスの奇跡に、裏があった。その噂は、もう消せなかった。だが同時に、あの日、広場で一人も死ななかったことも、民は目撃していた。奪う救いから、分かつ救いへ。何かが、確かに変わりはじめていた。


 クラリスは大聖堂を退いた。罰を受けるでもなく、逃げるでもなく。彼女はいま、あの納骨堂の名もなき棺のひとつひとつに名を刻む作業を続けているという。誰かに命じられてではなく。


 アレンはそれを聞いて、短く息を吐いただけだった。赦したわけではない。だが、あの女なりの償いの始まりではあるのだろう。


 名もなき者たちに、遅すぎる名が返される。それだけが、この苦い決着のせめてもの救いだった。


 アレンは一度だけ、その納骨堂を訪ねた。


 クラリスは蝋燭の灯りの下で、古い記録を繰っていた。番号だけの棺に身元を照らし合わせ、鑿で名を彫っていく。振り返った聖女の顔は、げっそりと痩せていた。だが、その目に宿る色は、以前の値踏みするものとは違っていた。


「……ひとつ、聞いてもいい?」


 クラリスが掠れた声で言った。


「あの英雄は、本当にあの隅の者たちのために死のうとしたの? なんの得もないのに」


「得なんかで動く女じゃない」


 アレンは短く答えた。クラリスはしばらく黙り、それからまた鑿を握り直した。


「……そう。そういう生き方もあったのね。わたくしには選べなかった、生き方が」


 その手つきに、迷いはなかった。一文字を彫るたび、彼女は名も知らぬ死者へ小さく詫びているように見えた。誰にも見られぬ地の底で、聖女は初めて、誰かのために手を動かしていた。アレンは何も言わず、そのまま踵を返した。かける言葉は、まだ見つからなかった。



 その夜、屋敷で、エレノアが静かに切り出した。


「アレン様。……スロウンのことを、もう少し聞いていただけますか」


 アレンは暖炉の火を見つめたまま、うなずいた。


 エレノアは、ぽつりぽつりと語った。四年前、落ちぶれたアレンを探すうち、彼を売ろうとしていた男を突き止めたこと。問い詰め、居場所を聞き出したこと。そして、その男がなおアレンを闇商人に売ろうと動いたため、それを止めるために手にかけたこと。


「言い訳はしません。私は人を殺しました。あなたを守るためでも、罪は罪です」


「……ああ」


「軽蔑、しますか」


 アレンはしばらく黙っていた。それから、静かに口を開いた。


「軽蔑はしない。だが、喜びもしない。おまえがそのために、どれだけ自分を削ったか。それを思うとな」


 人を殺めた夜、この女はたった一人で、どんな顔をして震えていたのだろう。それを思うと、責める気にはとてもなれなかった。


 彼はエレノアのほうを向いた。


「もう、隠すな。おまえの罪は俺の罪でもある。二人で抱える。……それが、隣を歩くってことだ」


 その言葉がどれほどの覚悟の上に出たものか、エレノアには分かった。四年前、仲間の隠し事に背中を刺された男が、いま、隠し事を二人で抱えようと言っている。彼のなかで何かが確かに一歩、前へ進んだのだ。


 エレノアの目から、涙がこぼれた。四年、たった一人で抱えてきた重荷。それがいま、半分になった。


「……はい。もう、隠しません。何もかも」


 二人のあいだにあった最後のひびが、ゆっくりと塞がっていく。決裂を経て、初めて対等な信頼が、そこに生まれていた。



 だが、平穏は長く続かなかった。


 翌朝、王都の広場という広場に、真新しい高札が立てられた。


 ――英雄エレノア、および素性不明の男。両名を、国家転覆を企む大逆の徒として指名手配する。聖女クラリスを陥れ、民の信仰を惑わせた危険人物である、と。


「……来ましたね」


 エレノアの声が硬い。


「ギルバートは、クラリスの失墜を逆手に取りました。聖女を貶めた悪党、という筋書きに、私たちをはめこんだのです」


 アレンは高札を、遠くから睨んだ。


 ボルドが落ち、クラリスが退き、王家の飼っていた英雄は二人も崩れた。ギルバートの権威は内側からぐらついている。だからこそ、あいつは焦っているのだ。俺たちを明確な悪に仕立て上げることで、自分の正しさを繕おうとしている。


 だが、その筋書きには無理があった。


 地竜から街を守った男を、民は見ている。大祭で一人も死なせなかったその手を、民は見ている。ギルバートがいくら高札で悪党と喧伝しても、民が自分の目で見た記憶までは、書き換えられない。


「これで俺たちは、おおやけのお尋ね者だ。表を堂々とは歩けなくなる」


「はい。……ですが、悪いことばかりではありません」


 エレノアがわずかに目を細めた。


「高札を見た民のなかに、首をかしげる者が増えています。あの二人は地竜から街を守った英雄では、大祭で誰も死なせなかったのはあの男だ、と。……ギルバートの物語と、民が自分の目で見たものが、食い違いはじめているのです」


 光ばかりを崇めてきた国の、その光が揺らぐ。民が、与えられた物語ではなく自分の目を信じはじめる。それはギルバートにとって、最も恐ろしいことだった。



「で、殿下は次に何をしてくる」


 高札の前から屋敷へ戻り、アレンは卓に地図を広げながら問うた。


 その問いに、エレノアは一枚の密偵の報告を差し出した。


「……禁呪兵器の、開発です。相手はあなたの、もう一人の元仲間。魔導の天才――レオン」


 アレンの目が細くなった。


 レオン。かつてパーティの頭脳だった男。冷静沈着で、誰よりも術式に通じていた。四つめの神域武装、禁忌の魔導書を持つその男が、いまギルバートのために、禁じられた兵器を造っている。


 だが、報告には奇妙な一文が添えられていた。レオンは王宮の地下深くに幽閉同然の身で、兵器を造らされている、と。天才ゆえに、その頭脳を王家に飼い殺しにされているらしい。


 その男が、妹ひとりのために鎖につながれている。かつて誰よりも冷静だったレオンが、と思うと、胸の奥がざらついた。


 ――あいつも、か。


 ボルドは報われぬ嫉妬に。クラリスは選ばれぬ痛みに。そしてレオンもまた、その才ゆえに鎖に繋がれている。誰も、ただの悪人ではなかった。この歪んだ国が少しずつ人を歪ませていく、そのひとつの形だった。


「追い詰められたギルバートは、なりふり構わずレオンの禁呪にすがるつもりです。それが完成すれば、王都ごと私たちを焼き払いかねません」


「……逃げも、隠れもしない」


 アレンは静かに拳を握った。


「レオンの魔導書も奪い返す。ギルバートの切り札ごとな。……ちょうどいい。四年前の貸しを、まとめて返す時が来た」


「今度は、二人で参ります」


 エレノアが隣に並んだ。もう、決裂の影はどこにもない。


「はい。あなたの背中は私が。私の前はあなたが。……役割どおりに」


「ああ。それでいい」


 互いの手が、自然に重なった。言葉よりも確かな約束のように。


 残る神域武装は、二つ。レオンの禁忌の魔導書と、ギルバート自身が握る断罪の神剣。ゴールは、もう見えはじめていた。


 偽りを剥ぎ取る旅は、いよいよ王家の中枢へと、その刃を向けはじめていた。

 ありがとうございます。

 エレノアが、隠さず、すべてを語る。アレンが、その罪を二人で抱えると誓う。決裂を越えて、対等な信頼が、ようやく生まれました。

 一方、追い詰められたギルバートは、四人目の元仲間・レオンの禁呪兵器に、すがろうとしています。次回、鎖につながれた天才の、意外な現状が明らかに。

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泥にまみれた元勇者アレンと 白金の英雄エレノアの旅の物語です
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