第2話「星骸谷」
朝靄の残る校門で、二人は落ち合った。
シャーロットの背には旅用の背嚢、腰には細身のワンド。荷物は必要最低限に絞ってある。
隣に立つガルドを見て、思わず目を留めた。
担いでいるのは、いつも訓練場で見る大剣ではない。柄の握りには年季の入った跡があり、それでいて刃はきちんと研がれ、光を弾くほど手入れが行き届いている。
「それ、初めて見ます」
思わず口に出ていた。
「自前だ」
「随分、丁寧に研いでありますね」
「そりゃ研ぐだろ」
軽く返されただけだったが、その一言で、ガルドがどれだけ本気でこの遠出に臨んでいるかが伝わってきた。
「怒られますね」
「もう怒られる前提かよ」
冒険者窓口に出したのは、薬草採取と書かれた依頼票一枚だけだった。
「週末の泊まりで、薬草採取ねぇ」
受付の職員が書類を眺めながら言う。
「二人でか? こんな依頼、経験にもならないだろ」
「経験のためです」
職員は軽く肩をすくめただけで、それ以上は突っ込んでこなかった。
馬車を乗り継ぎ、途中からは徒歩で山道に入った。星骸谷の入口が視界に入ったのは、出発してからかなりの時間が経った後だった。
入口に立った瞬間、空気の質が変わったのが分かった。
風の音の下に、もう一つ別の音が混ざっている。地面には古い魔力の残滓が、まだらに漂っていた。
シャーロットは足を止め、探知を絞り込む。
「探知、乱れています」
「どのくらいだ」
「普段の半分も届きません」
「なら、俺が前を歩く」
ガルドが先頭に立った。大剣を提げたまま、慎重に歩を進める。
いつもの軽口が減っている。ガルドがここまで無言なのは珍しかった。
不意に、茂みが揺れた。
ガルドの反応は速い。横薙ぎの一撃で、飛び出してきた影を叩き落とす。
地面に落ちたのは、見たことのない魔物だった。薄い翅のような膜があり、体表を光の筋が這っている。
息の根が止まる前に、もう一体が横合いから跳びかかってきた。
シャーロットはワンドを一振りし、足元を凍らせる。体勢を崩した魔物の首を、ガルドの刃が刈った。
刃先に、小さな欠けができていた。
長引く戦いではない。一撃、また一撃で片をつける。
それを繰り返しながら、二人は目的の場所を探した。
目的の木は、崖に張り付くようにして生えていた。
黒に近い深い色の幹に触れると、ひやりとした魔力が指先に伝わる。
「これですか」
「たぶん。目録の図と合っています」
シャーロットは幹に手を当て、内部の魔力の流れを確かめた。
「密度が、思ったより高いです」
「加工できるのか」
「たぶん、できます」
「たぶんばっかりだな」
「初めて扱う素材なので」
幹を守るように太い根が張り巡らされている。
ガルドが根を大剣で断ち切り、シャーロットが芯材を傷つけないよう魔法で切り離していった。
根は硬く、刃を打ち込むたびに鈍い音と、火花のような魔力の粒が散る。
何本も、何本も。
息が上がり始めたガルドの様子を見て、ようやく必要な分の芯材が採れたと分かった。
布に包みながら、シャーロットはふと大剣に目をやった。
刃のいたるところが欠け、柄の金具も緩んでいるように見える。
「大丈夫ですか、それ」
「使える」
「大丈夫かどうかを聞きました」
「大丈夫ではないな」
ガルドは苦笑して剣を鞘に収めた。
下山の途中、崖の下で鈍く光る鉱脈の欠片を見つけた。
「これ、剣の修理に使えませんか」
「直すっていうより、作り直しだろうな、こいつは」
シャーロットは採取袋の中身を見た。
「……使えそうな分だけ、少しあります」
「お前の少しは信用できねえんだよな」
黒い魔樹の根元から少し離れた岩の隙間に、目録にない石が転がっていた。
夜空をそのまま閉じ込めたような色をしている。
「それは?」
「分かりません」
「分からないものを持ち帰る気か」
「……気になるので」
「理由になってねえよ、それ」
それでも、シャーロットは石を拾い、布に包んだ。
学校に着いたのは日曜の夜だった。
門をくぐった瞬間、教師の視線がガルドの大剣に吸い寄せられた。
続けて、シャーロットの背嚢へ。
ガルドが、わずかに目を逸らす。
あとはあっという間だった。工房教師と、学年主任らしい教師に、二人はその場で囲まれた。
「星骸谷は、行けたからいい場所ではない」
学年主任が言った。
「はい」
「許可を求めても出ない場所だ。上級パーティーを複数組んで、ようやく検討に上がる」
教師は二人を見据えた。
「そこへ、お前たちは二人だけで行った」
二人には、報告書の提出が課された。
シャーロットの報告書は分厚かった。採取地点、撤退経路、遭遇した魔物、探知阻害の程度、危険箇所、素材の状態まで書き込んである。
ガルドの報告書は一行に近かった。
「行った。採った。戻った。剣が削れた」
二枚を見比べた教師が、額を押さえる。
「シャーロット、長すぎる」
「必要なことを書いただけです」
「ガルド、短すぎる」
「必要なことは書いた」
教師はしばらく二枚の紙を見比べたまま、何も言わなかった。
「同じ場所に行った報告書とは思えんな」
工房で、工房教師が布の中身を検分した。
黒い芯材を手に取り、しばらく眺める。
「これは、腹立たしいくらい良い素材だな」
次に、夜空を映したような石に目を移す。
「だが、これは駄目だ」
「駄目、ですか」
「目録に載っていない。卒業制作には使えん」
シャーロットは、布に包まれたままの石を見つめた。
「……では、私物としてなら、いいですか」




