第3話「星杖シリウスが生まれた日」
工房教師は、しばらく黙っていた。
「私物なら、好きにしろ」
あっさりとした返事だった。
「卒業制作にはならんぞ」
「はい」
「評価もしない」
「はい」
教師は、布に包まれた黒い芯材にもう一度目をやった。
「……だが、その素材を雑に削られるのは困る」
「見てくださるんですか」
「監督するだけだ」
怒鳴りながら手を貸すつもりはないらしい。それでも、道具箱を引き寄せる手つきに、隠しきれない興味が滲んでいた。
放課後の工房に、シャーロットとガルドが残っていた。
シャーロットは芯材を固定台に据え、細い刃で少しずつ削り出していく。表面が薄く剥がれるたび、独特の匂いが立った。
「そこ、押さえていてください」
「こうか」
「動かさないでください」
「動かしてねえ」
「机が動いています」
「机が弱い」
力仕事はガルドの担当だった。細工には手を出さない。出させてもらえない、というのが正しい。
工房教師は少し離れた場所で作業を見ていたが、時々黙って手元を覗き込み、また何も言わずに離れていった。
握りに細い線を刻む段になると、シャーロットの手つきが変わった。一本ずつ、慎重に、しかし迷いなく引いていく。
夜空のような石は、先端近くに嵌め込んだ。
完成したのは、それから数日後だった。
黒に近い、深い色の木肌。握りには細かな線。先端近くに、あの石が静かに嵌まっている。
シャーロットは、それに魔力を流した。
いつもと同じように、抑えて。
だが、途中で気づいて、抑える手を緩めた。
壊れない。
「……抑えなくても、壊れません」
「それ、喜んでいいのか?」
「はい。たぶん」
「たぶんかよ」
「でも、初めてです」
試すのは、人気のない古い採石場にした。
目的は威力ではない。壊れないかどうか、それだけを確かめるつもりだった。
シャーロットはスタッフを構え、軽く魔力を通す。
白い光が、岩壁へまっすぐ伸びた。
爆発は起きなかった。岩が砕け散る音も、ほとんどしなかった。
ただ、岩壁の中心に、大きな穴が空いていた。
ガルドが立ったまま通れそうな穴だった。向こう側の空が、丸く見える。
二人とも、しばらく黙っていた。
「……軽く撃っただけなんですけど」
「軽くでこれか」
シャーロットは岩壁を見上げた。
「埋めますか」
「向こう側まで抜けてる穴をか」
「……無理ですね」
「無理だな」
スタッフは壊れなかった。だが、軽く撃っただけで岩壁を貫通した。
「これは……提出しません」
「その方がいい」
「ですよね」
「名前、つけるのか」
シャーロットは、先端の石を見た。
「……シリウス」
「星か」
「はい。暗いところでも、見つけやすいので」
シリウスを提出できない以上、卒業制作用に、別のスタッフを急いで作ることになった。
危険な素材は使わない。分類できない石も使わない。教師が評価できる範囲でまとめる。
時間がなかった分、無駄な装飾は削った。線も最低限にした。
それでも、出来上がったものを見て、工房教師は魔力の通りを確かめながら少し眉を上げた。
「魔力の通りがいい。無駄も少ない。市販品より上だ」
「ありがとうございます」
「だから余計に、最初からこれを作れと言っている」
ガルドが横から口を挟む。
「三日で市販品より上を作るな」
「三日しかなかったので」
「理由になってねえ」
シャーロットが卒業してから、そのスタッフは魔法科の代々のエース格に受け継がれるようになった。
誰が最初に作ったものなのか、生徒たちの間で知る者はほとんどいない。
「これ、誰の卒業制作なんですか」
「さあな。ずいぶん前の話だ」
工房教師は、それ以上は言わなかった。
シャーロット自身は、そのことを知らない。
シリウスは、シャーロットの私物として布に包まれていた。
「よろしくね、シリウス」
布の隙間から、夜空のような石が工房の灯を小さく返していた。




