第4節 国宝級装備
SSランク認定の翌日、王立研究院から正式な申し入れが届いた。
内容は、星装備の確認と記録。
星杖シリウス。
星脈晶ヴェガ。
星帽ポラリス。
星衣リゲル。
黒龍戦、そして国家級スタンピードで使用されたこれらの装備は、王国の魔法史においても例がないものだと判断された。王立研究院としては、性能、危険性、使用条件、素材、術式構造を確認し、王国の重要魔導具記録に残したいという。
ただし、文書の末尾には、国王の署名付きでこう添えられていた。
『本確認は記録および安全管理を目的とするものであり、所有権の移動、接収、保管命令を意味しない。星装備は、使用者および製作者、ならびに獅子の咆哮の管理下に置かれるものとする』
それを読んだアメリアは、満足そうに頷いた。
「そこを明記してきたのは評価できるわね」
レオンも同意する。
「王国側も、下手に触れれば問題になると理解しているのでしょう。星杖シリウスはシャーロット個人の私物ですし、ヴェガ、ポラリス、リゲルも彼女の魔力特性に合わせた専用品です。国が取り上げて保管しても、意味がありません」
「意味がないだけならいいが、たぶん危ないぞ」
ガルドが横から言った。
「普通の魔法使いが使ったら倒れるんだろ、あれ」
「倒れるだけで済めばいいわね」
アメリアがさらりと言う。
シャーロットは寝台の上で、少し困ったように手を上げた。
「そんなに危ないものでは……」
「あなた基準で話さない」
「はい」
ソフィアに即座に止められ、シャーロットは素直に頷いた。
数日間の静養中、彼女はまだ医務室と自室の往復しか許されていない。術式整理禁止。探知禁止。訓練指導禁止。資料作成禁止。読んでいい本も、魔法理論書ではなく軽い植物図鑑に制限されている。
そんな状態で王立研究院の確認に立ち会わせるかどうか、獅子の咆哮内でも少し揉めた。
最終的には、ソフィアの監視下で、短時間のみ同席することになった。
「少しでも顔色が悪くなったら終了です」
ソフィアは事前にそう宣言した。
「はい」
「研究者の質問に答えすぎないでください」
「はい」
「説明しようとして立ち上がらないでください」
「はい」
「術式を実演しようとしないでください」
「はい」
「今、少し残念そうでしたね」
「……はい」
「やっぱり実演禁止です」
シャーロットは小さく肩を落とした。
ガルドはそれを見て笑った。
「研究院より先にお前を管理する方が大変だな」
「私は管理対象ではありません」
「今の状態を見る限り、完全に管理対象だろ」
「ガルドさんまで……」
そんなやり取りの後、王立研究院の魔法使い達と、星装備を作った職人達が、獅子の咆哮本部の工房区画に集められた。
長机の上には、四つの装備が並べられている。
星杖シリウスは、深い夜空を閉じ込めたような核を持つ大型術式用のスタッフ。
星脈晶ヴェガは、三つに分けられた星脈晶を内蔵した制御用ワンド。
星帽ポラリスは、索敵補助、視界補正、魔力循環補助、方向感覚補正を備えたウィッチハット。
星衣リゲルは、防御、魔力循環、衝撃緩和、環境耐性、術式補助を常時支えるローブ兼マント。
見た目だけなら、美しい星系装備だった。
だが、研究院の魔法使い達が計測器を近づけた瞬間、その表情は変わった。
「……待ってください」
若い研究員が、星脈晶ヴェガを見つめて固まった。
「このワンド、魔力受容部が三つありますね?」
ヴェガを作った鍛冶師が頷く。
「ああ。星脈晶を三つに分けている。受ける、整える、逃がす。その三系統だ」
「一つの魔石を分割したんですか?」
「そうだ」
「なぜ?」
鍛冶師は当然のように答えた。
「一つのままだと、シャーロットさんの魔力を受けた時に危なかったからだ」
研究員は無言になった。
隣の老研究員が、計測器を覗き込む。
「これは……増幅器ではないのか?」
「違う」
鍛冶師は首を振った。
「ヴェガは増幅するためのワンドじゃない。受けて、整えて、逃がすための制御装置だ。シャーロットさんの魔力は量も密度も制御圧も桁が違う。普通のワンドみたいに増幅したら、たぶん周囲ごと危ない」
「制御装置……」
老研究員は息を呑んだ。
「黒龍戦やスタンピードで見たあの術式は、増幅された出力ではなく、むしろ抑えられた出力だと?」
「日常運用や精密制御では、そうなるな」
研究員達の顔色が変わった。
誰かが小さく呟く。
「抑えて、あれか……?」
その声は、工房の中に妙に響いた。
次に確認されたのは、星帽ポラリスだった。
帽子職人は胸を張っていた。
「ポラリスは、自信作です」
研究院の魔法使いが慎重に手袋をつけ、帽子の内側へ計測術式を当てる。
その瞬間、計測用の水晶が淡く震えた。
「索敵補助、視界補正、魔力循環補助、方向感覚補正……いや、まだある。集中維持、過負荷警告、術式負荷分散、頭部保護、風圧軽減……多すぎませんか?」
帽子職人は当然のように言った。
「シャーロットさんが使うので」
「理由になっているようで、なっていません」
研究員が額に手を当てる。
「これ、普通の魔法使いがかぶったらどうなります?」
「気分が悪くなると思います」
「どの程度?」
帽子職人は少し考えた。
「前に試した魔法使いは、すぐ座りました」
研究員達の視線が一斉に集まる。
「なぜ試したんですか」
「着用感の確認です」
「普通の着用感ではないでしょう」
帽子職人は少し不満そうに言った。
「でも、シャーロットさんは快適だと言ってくれました」
シャーロットは横で小さく頷いた。
「はい。とても使いやすいです」
研究員達は黙った。
その沈黙には、理解と諦めが混じっていた。
続いて、星衣リゲル。
ローブ職人が、帽子職人と並んで立つ。二人はどこか誇らしげだった。
研究院側の計測器が、リゲルに触れた瞬間、複数の数値が一斉に跳ね上がった。
「常時防御術式……魔力循環補助……衝撃緩和……温度調整……風圧軽減……魔力過多時の排熱……術式反動の分散……これも多い」
「必要な機能を入れました」
ローブ職人が言う。
「必要、の基準がおかしい」
研究員が思わず言った。
ローブ職人は少し首を傾げる。
「でも、黒龍戦とスタンピードでは必要でしたよね?」
研究員は反論できなかった。
黒龍の息吹。
百体規模の緑竜群。
星雨・黎明。
十五キロ探知。
王都結界。
その全てを考えれば、確かに必要だった。
ただし、普通の魔法使いなら使用者側が先に壊れる。
老研究員が疲れたように言った。
「星帽ポラリスと星衣リゲルは、普通の魔法使いが使用すれば、魔力を持っていかれて倒れる可能性が高いです。というより、長時間使用は危険です」
帽子職人とローブ職人は顔を見合わせた。
そして、なぜか同時に小さく拳を握った。
「やはり、シャーロットさん専用ですね」
「ええ。完全に専用ですね」
二人は満足そうに頷き合った。
アメリアのこめかみが、ぴくりと動く。
「あなた達、そこで誇らしげにしない」
「でも、想定通りです」
「想定通りに普通の人が倒れる装備を作らないの」
「シャーロットさん用なので」
帽子職人とローブ職人の声が揃った。
研究員達が、同時に頭を抱えた。
ガルドが横でぼそりと言う。
「呪いの装備認定でいいだろ」
「呪いではありません」
シャーロットが少しだけ頬を膨らませる。
「私には、とても助かっています」
「だから呪いなんだよ。お前にしか祝福じゃねえ」
「ひどいです」
アメリアがため息をついた。
「今回は、少しだけガルドに同意するわ」
「アメリアさんまで……」
最後に、星杖シリウスの確認が行われた。
それまで比較的冷静だった研究院代表でさえ、シリウスの核へ計測術式を当てた瞬間、表情を変えた。
「これは……」
星杖シリウスは、シャーロットが学校時代から使っている私物のスタッフだ。大出力の大型術式に耐えるための杖であり、普通のスタッフでは受け止められない彼女の魔力を流すための特別な道具でもある。
核となる石は、夜空を閉じ込めたように深い光を宿している。
星脈晶とはまた違う。
もっと古く、もっと遠いもの。
研究院代表は、しばらく無言で計測値を見つめていた。
「素材の分類ができません」
若い研究員が驚く。
「分類不能ですか?」
「少なくとも、王立研究院の標準素材表には一致しません。星系鉱物、隕石由来魔石、古代魔導核、どれにも近いが、どれとも違う」
「出力許容量は?」
「測れません」
「測れない?」
「計測器の方が先に限界です」
その言葉に、工房が静まり返った。
シャーロットは少し不安そうに言う。
「あの、シリウスに問題があるのでしょうか」
研究院代表は即座に首を振った。
「問題があるのは、こちらの計測器です」
「そうなんですか?」
「はい。この杖は、普通の分類で扱うべきものではありません。国宝級、いえ、王国所有ではないので言い方が難しいですが……少なくとも国宝級魔導具相当として記録すべきものです」
「国宝級……」
シャーロットが困った顔をする。
ガルドが呆れたように言った。
「また大げさって顔してるぞ」
「だって、私物のスタッフなので……」
「私物のスタッフが国宝級なんだろ」
「そんなことありますか?」
研究員達が一斉に頷いた。
「あります」
「今まさにあります」
「むしろ国宝級でも足りるかどうか」
シャーロットはますます困った顔になった。
研究院代表は、四つの星装備を改めて見た。
「結論を申し上げます」
全員が静かになる。
「星杖シリウス、星脈晶ヴェガ、星帽ポラリス、星衣リゲル。いずれも、既存の軍用魔導具や高位冒険者装備とは別分類とすべきです。量産は不可能。一般運用も不可能。使用者制限が極めて強く、特にポラリスとリゲルは普通の魔法使いにとって危険です。ヴェガも、シャーロット殿の魔力制御を前提としており、他者が扱う意味は薄い。シリウスは……そもそも所有者以外が大出力を流すべきではありません」
若い研究員が小さく呟いた。
「これ、普通の魔法使いが無理に使ったら、魔力回路を焼きますよ」
工房が静まり返った。
帽子職人、ローブ職人、鍛冶師が顔を見合わせる。
そして、三人は当然のように言った。
「シャーロットさん用なので」
研究院代表が、ゆっくり顔を上げる。
「基準がおかしい」
その一言に、工房の空気が一瞬止まり、次の瞬間、獅子の咆哮側から笑いが起きた。
ガルドは肩を震わせている。
アメリアは額を押さえながらも笑っている。
レオンですら、少しだけ口元を緩めていた。
シャーロットだけが、少し困ったように星装備を見ている。
「でも、本当に使いやすいんです」
「それが一番おかしいんだよ」
ガルドが即座に突っ込む。
「おかしいでしょうか」
「おかしい」
「シャーロットさん用なので……」
今度はシャーロット本人まで小さくそう呟いた。
アメリアがすぐに言う。
「あなたはそっち側に回らない」
「すみません」
研究院代表は深く息を吐き、記録係に指示を出した。
「星装備一式は、国宝級魔導具相当として記録。ただし所有権は移動しない。王国による接収、保管、強制解析は不可。使用者はシャーロット殿を基本とし、獅子の咆哮の管理下で安全運用。研究院は、必要に応じて協力を求めるに留める」
記録係が素早く書き留める。
「また、模倣品製作は禁止。特にポラリスとリゲルの機能を一般装備へ転用する際は、出力制限と安全装置を必須とすること」
帽子職人が少し手を上げた。
「安全装置なら入っています」
研究院代表は彼を見る。
「普通の魔法使いが倒れない安全装置です」
「それは……別設計ですね」
「そうしてください」
ローブ職人も頷いた。
「一般向けに作るなら、機能を三分の一以下にします」
「十分の一から検討してください」
研究員が真顔で言った。
そのやり取りに、また小さな笑いが起きる。
だが、笑いの中にも確かな理解があった。
星装備は、単に強い装備ではない。
シャーロットという規格外の魔法使いを、日常と戦場の間で安全に立たせるための装備だ。彼女の魔力を増幅するためだけのものではない。受け、整え、逃がし、守り、負荷を分散させる。
それは、彼女を使い潰すための道具ではない。
彼女を守るための道具だった。
研究院代表は、最後にシャーロットへ向き直った。
「シャーロット殿」
「はい」
「これらの装備は、王国にとって非常に重要なものです。ですが、それ以上に、あなたにとって必要なものです。どうか、手放さずにいてください」
シャーロットは少し驚いた。
研究者なら、解析したい、預けてほしい、調べたいと言うのかと思っていた。
けれど、言われたのは逆だった。
手放すな、と。
彼女はそっと、星脈晶ヴェガに触れた。
「はい。大切に使います」
「それと」
研究院代表は少しだけ表情を和らげた。
「できれば、無理をしないでください。装備が支えているとはいえ、使用者の限界が消えるわけではありません」
ソフィアが横で力強く頷く。
「その通りです」
アメリアも頷く。
「よく言ってくださいました」
ガルドも言う。
「もっと言ってやれ」
シャーロットは三方向から見られ、小さくなった。
「気をつけます」
研究院代表は、少し笑った。
「その返事が信用できるよう、周囲の方々にも期待しています」
「任せてください」
ソフィアが即答した。
アメリアも頷く。
「逃がしません」
ガルドが腕を組む。
「見張る」
シャーロットは、星装備よりも自分への監視体制の方が強化されている気がして、少しだけ困ったように笑った。
その日の記録には、こう残された。
星装備一式。
国宝級魔導具相当。
量産不能。
一般使用不可。
使用者制限、極めて強い。
獅子の咆哮管理下にて運用。
王立研究院は協力機関として記録・安全確認を行う。
そして、研究院代表の個人的な注記として、最後に一文が添えられた。
『装備の基準も使用者の基準も、通常の魔法使いとは比較してはならない』
それを後日読んだレオンは、静かに頷いた。
「非常に正確ですね」
ガルドは横で笑った。
「要するに、シャーロット基準禁止ってことだな」
シャーロットは少しだけ不満そうに言った。
「そんなに違いますか?」
その場にいた全員が、同時に答えた。
「違います」
星纏いの魔女は、やはり自覚が薄かった。




