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第3節 SSランクの責任と特権

「SSランク……」


シャーロットは、医務室の寝台の上で薬草茶の杯を両手に持ったまま、もう一度その言葉を繰り返した。


王城からの速報を持ってきた通信係は、まだ興奮していた。獅子の咆哮が史上初のSSランククランに認定された。王国と冒険者ギルドの合同承認。黒龍討伐と国家級スタンピード救済、百体規模の緑竜群への対応、三十万規模の魔物群終息。その功績をもって、既存のSランクでは扱いきれないと判断された。


それは、歴史的なことらしい。


らしい、というのは、シャーロット本人がまだ少し分かっていないからだった。


「つまり、Sランクより上、ということですよね?」


「そうです!」


通信係が力強く頷く。


「史上初です! ギルド本部でも大騒ぎです! 王城前にもすぐ告示が出るそうで、もう外では噂が広がり始めています!」


「そうなんですね……」


シャーロットは少し困った顔をした。


嬉しくないわけではない。獅子の咆哮が評価されたことは素直に嬉しい。アクセルやアメリア、レオン、ガルド、団員達、救護班、補給班、前衛班、魔法班。皆が必死に動いた結果だ。それが王国に認められたのなら、喜ぶべきことだと思う。


けれど、史上初と言われると急に遠くなる。


自分達は、ただ守るために動いただけだった。


「大げさでは……」


「大げさじゃない」


ガルドが即座に言った。


椅子に座ったまま、腕を組んでいる。見張り役として医務室に残っている彼は、シャーロットが術式メモへ手を伸ばさないか、さりげなく目を光らせていた。


「国が潰れかけたんだぞ。それを止めた。大げさでも何でもねえ」


「でも、王国軍の方々も、他のクランの方々もいましたし」


「いた。その上で、獅子の咆哮がいなきゃまずかった。そこは受け取れ」


シャーロットは杯に視線を落とした。


受け取る。


最近、よく言われる言葉だった。


感謝を受け取る。


評価を受け取る。


休養を受け取る。


自分が支えられることを受け取る。


どれも、まだ少し難しい。


その時、廊下から足音が聞こえた。


医務室の扉が開き、アクセル、アメリア、レオンが戻ってきた。王城での会議を終えたばかりなのだろう。三人とも疲れは見えるが、表情は引き締まっている。


「戻ったぞ」


アクセルが言うと、シャーロットは反射的に立ち上がろうとした。


「座っていて」


ソフィアが即座に止める。


「はい」


シャーロットは素直に座り直した。


その素直さに、アメリアが少しだけ目を丸くする。


「本当に少し学んだわね」


「私も学びます」


「その調子で、あと三日は資料作成禁止ね」


「……はい」


「今、間があったわ」


「すみません」


ガルドが横で笑った。


アクセルは医務室の中央に立ち、改めて告げた。


「すでに聞いたと思うが、獅子の咆哮はSSランククランに認定された」


シャーロットは杯を持ったまま、丁寧に頭を下げた。


「おめでとうございます」


「お前も当事者だ」


「はい。でも、クラン全体のことなので」


「その認識は正しい」


レオンが資料を抱えたまま言った。


「王国会議でも、その点が重視されました。シャーロット個人ではなく、獅子の咆哮という組織が評価された形です」


「そうなんですね」


「はい。むしろ、そこが今回の認定理由の中核です」


レオンは机の上に資料を広げた。


そこには、王国と冒険者ギルドによるSSランク認定の概要が記されている。シャーロットはその紙面を覗き込もうとして、ソフィアに「目を使いすぎないでください」と止められ、少ししょんぼりした。


レオンは苦笑しながら説明を続ける。


「SSランクは、単なる名誉称号ではありません。王国軍と同列に連携する、国家防衛級の特別戦力として扱われます」


「王国軍と、同列……?」


シャーロットの目が丸くなる。


「それは、さすがに大げさでは」


「大げさではありません」


レオンの声は淡々としていた。


「今回、獅子の咆哮は国家防衛級の働きをしました。黒龍討伐、国家級スタンピード終息、百体規模の緑竜群への対応、三十万規模の魔物群の選別殲滅。王国軍単独では対処しきれなかった部分を補い、全体の被害を最小化した。王国側はそう判断しています」


アメリアが腕を組む。


「ただし、便利な特権をもらって終わり、という話ではないわ。責任も大きい」


アクセルが頷いた。


「SSランクには、いくつか特権が付く。王国内での緊急時自由行動権、国境通過手続きの大幅簡略化、災害時の現地指揮権、王国軍施設や補給所の利用権、王立研究院資料と希少素材への優先アクセス、重大危機への独立作戦権」


シャーロットは聞けば聞くほど、顔を困らせていった。


「えっと……それは、本当にクランが持っていい権限なんでしょうか」


「普通のクランは持たないわ」


アメリアが即答する。


「だからSSランクなのよ」


レオンが説明を引き継ぐ。


「Sランククランにも、検問所や国境通過の簡略化、高額依頼の優先、王国やギルドからの緊急要請などの権限と義務があります。ただ、SSランクはさらに上です。災害級事態において、王国軍の到着を待たず、現地で判断し、部隊を動かす権限が一定範囲で認められます」


「現地指揮権……」


「はい。たとえば、今回のように避難路が危険になった時、獅子の咆哮がその場で王国軍やギルド支部へ指示を出せる範囲が広がります。もちろん無制限ではありません。後で報告と検証が必要です。しかし、緊急時には速度が命です」


シャーロットは少し考えた。


確かに、今回の東側避難路では判断が遅れれば多くの人が危なかった。アメリアが現場指揮を組み替え、レオンが情報を繋ぎ、ガルドが退路を開き、自分が結界を張った。あれが正式権限として認められれば、次からはもっと早く動ける。


レオンはそこを見透かしたように言った。


「権限は、報酬ではありません。次の災害で、より早く人を救うための道具です」


その言葉で、シャーロットの表情が少し変わった。


「人を救うための道具……」


「はい。あなたが大げさだと困る気持ちは分かります。しかし、これがあれば救える人が増えます」


「それなら、必要ですね」


「理解が早くて助かります」


レオンは小さく頷いた。


ガルドが横からぼそりと言う。


「自分の評価だと受け取らねえのに、人を助ける道具って言われるとすぐ納得するんだな」


「だって、それなら分かりやすいので」


「まあ、お前らしいけどな」


アメリアは少し呆れたように笑った。


「だからこそ、私達がちゃんと見ていないといけないのよ。権限が増えると、あなたはさらに動こうとするでしょう」


「気をつけます」


「その返事は信用半分」


「まだ半分ありますか?」


「今日は少しだけ増えたわ」


シャーロットは少し嬉しそうにした。


ガルドが「そこで嬉しがるのか」と呟いた。


アクセルは資料を指で叩いた。


「重要なのは、王国がシャーロット個人を管理下に置く案を退けたことだ」


医務室の空気が少し変わった。


シャーロットは顔を上げる。


「私を、管理下に?」


レオンが頷いた。


「一部高官からは、国家級災害を止めるほどの魔法使いなら、王国直属とすべきではないか、という意見が出ました」


ソフィアの表情が強張る。


ガルドの目が鋭くなった。


アメリアの声が少し冷える。


「でも、退けられたわ」


アクセルが続ける。


「国王陛下が明言した。シャーロットは獅子の咆哮の幹部であり、仲間だ。王国の道具にはしない、と」


シャーロットはしばらく言葉を失った。


王国直属。


国家戦力。


管理下。


言葉だけ聞けば、自分には少し遠い話のように思える。だが、それがもし通っていたら、自分は獅子の咆哮から切り離されていたかもしれない。必要な時に呼ばれ、国のために魔法を使い、限界が見えにくいまま働くことになっていたかもしれない。


銀翼で過ごした十年が、ふと胸の奥をよぎった。


評価だけが先にあり、現場を見てもらえなかった日々。


「大丈夫です」と言えば、本当に大丈夫なのだと思われた日々。


古い装備でも、まだ使えるならそれでいいとされた日々。


シャーロットは、無意識に杯を握る手に力を込めた。


ソフィアがその手を見て、そっと声をかける。


「シャーロットさん」


「あ……すみません」


「謝らなくていいです」


アメリアが静かに言った。


「王国は、そこを間違えなかったわ。少なくとも今回の会議では」


アクセルも頷く。


「獅子の咆哮が評価されたのは、そこだ。お前を戦力としてだけ見なかったこと。装備を整え、役割を与え、支え、怒り、休ませたこと。それが国家にとっても重要だと判断された」


シャーロットは、少し目を伏せた。


「私は、支えられてばかりですね」


「何言ってんだ」


ガルドが即座に言った。


「お前も支えてるだろ。支え合ってるだけだ」


その言葉は短かった。


けれど、シャーロットの胸には深く入った。


支えられてばかりではない。


支え合っている。


そう言ってもらえることが、少し泣きそうになるくらい嬉しかった。


アメリアがその顔を見て、わざと軽い声で言った。


「泣くのはいいけれど、今日は熱が上がるからほどほどに」


「泣きません」


「本当に?」


「少しだけかもしれません」


「正直でよろしい」


ソフィアが布を差し出した。


「使いますか?」


「まだ大丈夫です」


ソフィアの目が細くなる。


シャーロットは慌てて言い直した。


「まだ、涙は出ていません」


「よろしいです」


ガルドが肩を震わせている。


シャーロットは少しだけ頬を赤くした。


レオンは咳払いし、資料の続きを説明した。


「SSランク特権の詳細ですが、まず王国内および国境の自由行動権。通常、クランが国境を越える場合、依頼内容や通行許可、武装申告が必要です。Sランクは簡略化されますが、SSランクはさらに上位扱いとなります。緊急時には、事後報告での通過も可能になります」


「事後報告……」


「もちろん濫用すれば問題になります。ですが、災害は書類を待ってくれません」


「それは、そうですね」


「次に、災害時の現地指揮権。これはかなり大きいです。王国軍の指揮権を恒常的に持つわけではありませんが、災害発生地で王国軍、ギルド、周辺クラン、避難誘導を一時的にまとめる権限が認められます」


アメリアが腕を組む。


「つまり、現場で私が怒鳴っても通りやすくなるわけね」


「言い方はともかく、その通りです」


「いいわね」


ガルドがぼそりと言う。


「アメリアに正式な怒鳴る権限がついたな」


「ガルド?」


「何でもない」


シャーロットが小さく笑い、すぐソフィアに「笑いすぎないでください」と注意された。


レオンは続ける。


「王国軍施設や補給所の利用権。これは遠征時に重要です。補給、医療、馬車、通信設備、結界拠点などを使用できます。王立研究院資料と希少素材への優先アクセスは、シャーロットの装備や術式研究、獅子の咆哮全体の安全強化に役立つでしょう」


「希少素材……」


その言葉に、シャーロットではなく、アメリアが反応した。


「また鍛冶屋達が張り切るわね」


ガルドが顔をしかめる。


「ポラリスとリゲルであれだけやった連中だぞ。さらに素材渡したら、また呪いの装備を作るんじゃねえか」


「呪いの装備ではありません」


シャーロットが反論する。


「私には、とても使いやすいです」


「お前にしか使えないから呪いの装備って言ってるんだ」


「失礼です」


アメリアがため息をつく。


「その件は、後で職人達への監視を強めましょう」


「監視されるんですね」


「当然よ」


レオンは淡々と最後の項目を読む。


「重大危機への独立作戦権。これは、王国軍の命令を待たずに、獅子の咆哮の判断で危機対応に動ける権限です。もちろん事後報告と責任は発生しますが、今回のような事態では非常に大きい」


アクセルが頷く。


「要するに、速く動ける」


「はい」


「なら必要だ」


シャーロットも、小さく頷いた。


最初は大げさだと思った。


けれど、説明を聞くと分かる。


これは、偉くなるためのものではない。


人を救うために、迷わず動くためのものだ。


そして同時に、責任でもある。


勝手に動けばいいわけではない。判断を誤れば、多くの人を危険に晒す。だからこそ、獅子の咆哮全体の組織力が求められる。


シャーロット一人の力ではなく。


皆で考え、支え、動くための権限。


「少し、分かりました」


シャーロットは言った。


「SSランクは、すごい称号というより……次に誰かを守るための準備なんですね」


レオンはわずかに笑った。


「非常に正確です」


アクセルも満足そうに頷く。


「それでいい。名誉に浮かれるより、その理解の方が大事だ」


アメリアは少しだけ柔らかく言った。


「でも、喜んでもいいのよ」


「はい」


シャーロットは少し照れたように笑った。


「嬉しいです。獅子の咆哮が、皆さんの働きが認められたことは、本当に嬉しいです」


その言葉に、医務室の空気が静かに温かくなった。


通信係が、思わず目元を拭っている。


ソフィアも小さく微笑んだ。


ガルドは照れ隠しのように鼻を鳴らす。


「自分も入ってるって忘れるなよ」


「はい。少しずつ、覚えます」


「少しずつか」


「はい」


「まあ、お前ならそんなもんか」


その時、外から歓声が聞こえた。


獅子の咆哮本部の中庭だ。


どうやら、王城からの正式通達が届いたらしい。団員達の声が重なり、誰かが「SSランクだ!」と叫んでいる。別の誰かが笑い、誰かが泣き、誰かが走っている足音がする。


獅子の咆哮は、史上初のSSランククランになった。


シャーロットは寝台の上で、その歓声を聞いていた。


立ち上がって一緒に喜びたい気持ちはある。


でも、今は休む。


それも、自分の役目なのだと少しだけ分かってきた。


アメリアが窓を少し開ける。


中庭の声が、医務室へ流れ込んできた。


「獅子の咆哮、SSランク!」


「史上初だぞ!」


「アクセル団長、戻ってきたら胴上げだ!」


「シャーロットさんは駄目だぞ! 静養中だからな!」


「じゃあガルドさんを胴上げするか!」


「やめろ、殺されるぞ!」


笑い声が弾ける。


ガルドが眉をひそめた。


「誰だ、今の」


シャーロットは思わず笑い、すぐにソフィアに見られて咳払いした。


「少しだけです」


「本当に少しだけにしてください」


「はい」


歓声を聞きながら、シャーロットは薬草茶を一口飲んだ。


温かい。


胸の奥まで、ゆっくり染みる。


SSランク。


まだ少し遠い言葉だ。


けれど、その意味は少し分かった。


それは、獅子の咆哮がこれからも誰かを守るための力。


そして、自分を一人にしないための証でもある。


シャーロットは、窓の外の青い空を見た。


星雨・黎明の光は、もうそこにはない。


けれど、あの星の雨で守った街の上に、今日も穏やかな空が広がっている。


それだけで、今は十分だった。

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装備の更新はあっても良いよなあ
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