第1節 王城からの召喚状
黒龍討伐から三日後、獅子の咆哮に王城からの書状が届いた。
封蝋には、王冠と剣。
その横に、冒険者ギルドの天秤。
さらに、王立研究院の星杖紋まで押されていた。
会議室に集まった幹部達の前で、アクセルが封を切る。
レオンが書状を受け取り、内容を確認した。
「黒龍討伐に関する戦功確認。参加クランへの褒賞。ならびに、獅子の咆哮への特別査定」
室内の空気が、少しだけ変わった。
ガルドが腕を組む。
「来たか」
アクセルは短く頷いた。
「思ったより早いな」
「黒龍討伐ですから。王城側も後回しにはできないでしょう」
レオンは書状を机に置き、別の資料を広げた。
「団長、幹部アメリア、幹部ガルド、幹部候補シャーロット。以上、王城会議棟への出席を求められています。記録担当として私も同行します」
「私も、ですか?」
シャーロットは思わず聞き返した。
彼女は会議室の端に座っていた。
黒龍戦から三日。
手の震えはほとんど収まっている。
けれど、魔力回路の奥にはまだ熱が残っていた。
星帽ポラリスは膝の上。
星衣リゲルは肩に羽織るだけ。
星杖シリウスは、工房で使用後点検中だった。
アメリアが当然のように答える。
「あなたもよ。黒龍討伐の中心にいたのだから」
「でも、私はまだ幹部候補で……」
「その幹部候補が、黒龍を討ったのよ」
「それは、皆さんが支えてくださったからで」
「それも含めて説明するために行くの」
シャーロットは言葉を止めた。
会議室の机には、すでにいくつもの資料が並んでいる。
王国軍から届いた感謝状。
負傷者搬送記録。
防衛線の配置図。
王立研究院の術式観測報告。
ギルド職員の現場記録。
どれも、普段の依頼報告とは厚みが違った。
レオンが淡々と説明を続ける。
「王城側は、黒龍討伐だけを見るつもりではないようです。第二防衛線から第一防衛線へ動いた判断、搬送路の再構築、王国軍との連携、避難民保護。獅子の咆哮全体の動きが審査対象になっています」
「審査ってことは……」
ガルドが視線だけを上げる。
レオンは頷いた。
「クランランクの再審査です。Aランク据え置きで済ませる内容ではありません。王国側は、Sランク昇格を視野に入れているはずです」
シャーロットの指が、膝の上で止まった。
Sランク。
銀翼の剣と同じランク。
その言葉だけで、胸の奥が少し冷える。
自分は、銀翼ではE評価だった。
攻撃魔法使いとして不要だと判断され、古いローブと歪んだ帽子と、濁った魔石のワンドを餞別に渡された。
その自分が今、獅子の咆哮の一員として王城へ呼ばれている。
「シャーロット」
アメリアの声で、シャーロットは顔を上げた。
「はい」
「王城には、星装備で行きなさい」
「星装備で、ですか?」
「黒龍戦の功績確認よ。あの戦場で使った装備を身につけて行くのが一番正しいわ」
「目立ちませんか?」
ガルドが小さく笑う。
「今さらだろ。新聞の一面に載った星纏いの魔女が何言ってんだ」
「新聞が大げさに書いただけです」
アメリアとガルドが同時に言った。
「大げさじゃない」
「大げさじゃねえ」
シャーロットは少しだけ肩を縮めた。
「……そうなんですね」
レオンが書類を整えながら続ける。
「王立研究院から質問が出る可能性があります。術式構造、星杖シリウスの核、星脈晶ヴェガの三分割制御、星帽ポラリスと星衣リゲルの負荷軽減。説明できる範囲を整理しておいた方がいいでしょう」
「全部、説明しないといけませんか?」
「いいえ。説明できる範囲で構いません。ただし、シリウスの核については慎重に」
ガルドが顎に手を当てる。
「あれ、学校時代に拾った石だからな」
レオンの手が止まった。
「拾った石で黒龍討伐用の大型術式スタッフを作りました、という説明は、王立研究院の方々の心臓に悪いです」
「拾ったのは本当です」
「本当でも、言い方は選びましょう」
レオンは真顔だった。
「学校時代に入手した特殊な核材を用いた私物のスタッフ。その程度で十分です」
「詳しく言うと?」
「質問が増えます」
「分かりました。言えないところは、言わないようにします」
シャーロットは小さく頷いた。
アクセルが、その様子を見て口を開く。
「黒龍を討った本人が、一番大ごとだと思っていないな」
「大ごとだとは思っています」
シャーロットは慌てて顔を上げた。
「ただ、皆さんが支えてくださらなければ無理でした。私一人では、黒龍の動きを止められませんでした。負傷者の方を避けて術式を組む時間も、ありませんでした」
アクセルは静かに頷く。
「そこは王城でも言っていい」
「はい」
「獅子の咆哮は、シャーロット一人の力で黒龍を討ったわけじゃない。だが、シャーロットがいなければ討てなかった。どちらも隠さない」
シャーロットは膝の上の星帽ポラリスに触れた。
帽子のつばは、いつもより少し硬く感じる。
王城。
銀翼。
黒龍。
Sランク。
一つずつ胸の奥に沈んで、うまく息が吸えない。
「……怖くないわけではありません」
小さな声だった。
会議室が静かになる。
シャーロットは帽子のつばを握り直した。
「でも、見てもらえるなら、行きます」
アメリアの表情が少しだけ柔らかくなった。
「なら、今日はもう休みなさい。明日は朝から王城よ」
「はい」
「探知は禁止」
「はい」
「術式の確認も禁止」
「はい」
「資料を読み込むのも、レオンが必要分だけ渡すまで禁止」
「それもですか?」
「それもよ」
ガルドが笑う。
「王城に行く前から倒れられちゃ困るからな」
「倒れません」
「お前の大丈夫は信用しねえ」
「……分かりました」
シャーロットは不満を少し飲み込み、頷いた。
翌朝。
獅子の咆哮の一行は、王城へ向かった。
王都の通りには、まだ黒龍討伐の話が残っている。
新聞売りの少年が大きな声で号外を売り、市場の商人達が獅子の咆哮のSランク昇格の噂をしている。酒場前の冒険者達は、黒龍の息吹を防いだ結界の話で盛り上がっていた。
「星纏いの魔女って、本当に獅子の咆哮の人なのか?」
「昨日見たぞ。深い紺の帽子とローブで、すげえ目立つ」
「黒龍の息吹を一枚の結界で防いだって話、盛ってるだろ?」
「現場にいた兵士が言ってたんだよ。盛るどころか、見た奴ほど黙るらしい」
「銀翼をE評価で出されたって本当か?」
「だったら銀翼は、何を見てたんだよ」
シャーロットは帽子のつばに手をかけた。
下げかけて、止める。
今日は隠れに来たわけではない。
ガルドが横から覗き込む。
「下げねえのか?」
「……下げたら、アメリアさんに叱られます」
「俺じゃなくて、アメリアかよ」
「ガルドさんは笑います」
「よく分かってるじゃねえか」
「ガルド」
後ろからアメリアの声が飛ぶ。
「はいはい。黙ります」
王城正門では、兵士達が整列していた。
黒龍戦に参加していた者もいるのだろう。
シャーロットを見ると、何人かが姿勢を正した。
驚き。
敬意。
好奇心。
いくつもの視線が向けられる。
シャーロットは足を止めかけた。
けれど、前を歩くアクセルの背中は止まらない。
ガルドも隣にいる。
アメリアは後ろから静かに見ている。
レオンのペンが、書類板の上で小さく音を立てた。
シャーロットは、もう一歩だけ進んだ。
アクセルが門番隊長へ告げる。
「獅子の咆哮、到着した」
「お待ちしておりました。こちらへ」
案内されたのは、謁見の間ではなく王城会議棟だった。
広い廊下を進むたび、足音が石壁に反響する。
扉の前で、シャーロットは一度だけ息を整えた。
腰の星脈晶ヴェガに、そっと指先を添える。
冷たい感触が、手袋越しに伝わった。
「大丈夫か」
ガルドが低く聞く。
シャーロットは少しだけ考えてから、頷いた。
「怖いです」
「おう」
「でも、入ります」
ガルドは口元だけで笑った。
「なら行くぞ」
扉が開く。
王国軍将官。
ギルド長。
王立研究院代表。
貴族官僚。
黒龍戦に参加したSランククランの代表者達。
そして、銀翼の剣の幹部達。
いくつもの視線が、入室した獅子の咆哮へ向けられた。
シャーロットはその中に、見覚えのある顔を見つけた。
胸の奥が少し冷える。
それでも、足は止めなかった。
深い紺色の星帽ポラリス。
星脈晶の輝きを帯びた星衣リゲル。
腰のヴェガ。
かつて古いローブと歪んだ帽子で部屋の隅に立っていた魔法使いは、今、獅子の咆哮の一員として広間へ入る。
銀翼の幹部の一人が、小さく呟いた。
「……シャーロット」
シャーロットは足を止めた。
ほんの一拍だけ。
それから、丁寧に頭を下げる。
「お久しぶりです」
恨み言は出なかった。
勝ち誇る言葉も出なかった。
昔と同じ礼。
けれど、今は一人ではない。
ガルドが隣に立っている。
アメリアが後ろにいる。
アクセルが前にいる。
レオンが記録を持っている。
銀翼の幹部達は、すぐには何も言わなかった。
ギルド長が立ち上がる。
「では、黒龍討伐に関する戦功確認を始める」
シャーロットは、もう一度だけヴェガに触れた。
冷たい星脈晶の感触を確かめてから、顔を上げた。




