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第6節 全属性の片鱗

探知訓練の翌日、魔法訓練場では属性適性の基礎講習が行われていた。


魔法使いには、基本となる属性がある。火、水、風、土、光、闇、雷、氷。さらに結界や空間、回復のように、属性というより系統として扱われる魔法もある。人によって得意不得意があり、使える属性は生まれつきの素質に大きく左右される。


この世界では、一属性を扱えれば魔法使いと呼ばれる。


二属性を扱えれば秀才。


三属性を扱えれば天才。


後天的に増やせる者もいるが、それでも一属性増えれば大成功。多くの魔法使いは、生まれ持った属性を磨き、得意な系統を伸ばしていく。だからこそ、自分の属性を知ることは大切だった。


「今日は、自分が扱える属性と、扱えない属性を確認します」


講師役の魔法使いが、新人達の前で説明していた。


「扱えない属性があることは恥ではありません。火が苦手なら水や風を伸ばせばいい。土が苦手なら結界や補助で補えばいい。大事なのは、自分の得意不得意を知ることです」


新人達は真剣に頷いた。


エルンは火と風。リリは回復と補助系。ミナは魔法職ではないが、風の気配を読む感覚に少し適性がある。トマとリックは魔法の扱いは弱いが、身体強化に近い土の補助を少しだけ使える可能性があった。


講師役は一人ずつ確認していく。


小さな火を灯す。水を浮かべる。風を起こす。土を持ち上げる。光を集める。


できるものもあれば、できないものもある。火は出るが水は乱れる。風は動くが土は重い。光は反応しないが、回復にはわずかに適性がある。新人達はそれぞれの結果に一喜一憂していた。


「エルンさん、火と風は相性がいいですね。火だけを強くするより、風で火の形を整える練習をすると伸びると思います」


シャーロットが横から声をかける。


「火の形、ですか?」


「はい。火球を大きくするのではなく、こう……」


シャーロットは星脈晶のヴェガを軽く振った。


指先ほどの小さな火が灯る。次に、その周囲を細い風が包んだ。火は大きくならない。むしろ小さいままだ。だが、揺れが止まり、形が細く鋭く整っていく。


「火を増やすのではなく、風で散らさないようにします。そうすると、少ない魔力でも狙った場所に届きやすくなります」


「すごい……!」


エルンが目を輝かせる。


講師役も頷いた。


「理屈としては非常に良いです。火と風の複合基礎ですね。エルン、今は真似しようとしすぎず、まず風で火を消さない練習から始めなさい」


「はい!」


次に、リリが回復魔法の確認をしていた。小さな切り傷を模した訓練用の魔導具に、淡い光を当てる。傷は少し閉じたが、魔力の流れが柔らかすぎて途中で広がってしまう。


「リリさんは、広く包もうとしていますね。優しい流れなので悪くありません。でも、傷口を閉じる時は、最初だけ少し細くした方がいいです」


シャーロットはそう言い、ヴェガの先に小さな回復の光を灯した。


それは大きな治癒ではなかった。傷を完全に癒やす奇跡でもない。ただ、訓練用の疑似傷に沿って、細く、丁寧に光が走る。傷口を閉じ、余分な魔力を残さず消す。


「本職の治癒術師さんほどではありませんが、応急処置ならこうすると出血を止めやすいです」


リリは目を丸くした。


「シャーロットさん、回復も使えるんですか?」


「簡単なものだけですよ」


講師役の魔法使いが、少しだけ遠い目をした。


「その“簡単”の基準も後で確認した方がよさそうですね……」


シャーロットは不思議そうに首を傾げた。


その後、トマの土属性補助を見ることになった。前衛が足場を固めるための基礎魔法だ。トマは魔法使いではないため、魔力の扱いはぎこちない。足元の土が少しだけ固まったが、すぐに崩れてしまう。


「土は、強く押すより、下から支える感じです」


シャーロットが言う。


ヴェガの先が地面へ向いた。土が大きく盛り上がることはない。ただ、トマの足元だけがわずかに沈みにくくなる。見た目はほとんど変わらないのに、トマが踏み込むと安定感が明らかに違った。


「うわ、踏み込みやすい!」


「盾役さんは、足場が少し変わるだけで受けやすくなります。敵を倒すためではなく、自分が崩れないための土属性ですね」


「なるほど……!」


講師役が黒板に書き足す。


火と風。

簡易回復。

土属性による足場補助。


そのあたりまでは、まだ周囲も何とか受け止めていた。


問題は、その後だった。


斥候役のミナが、訓練用の小さな迷路盤を前にしていた。これは風の流れや音の反響を使い、内部の道筋を読む練習に使われる魔導具だ。ミナは感覚が鋭いが、魔法として風を扱うのはまだ苦手だった。


「音が、途中でぼやけます」


「では、水を少し使いましょう」


シャーロットが自然に言った。


「水、ですか?」


「はい。細い水の膜を置くと、音の跳ね返り方が変わります。風だけで見えない時は、水で反響を拾うことがあります」


そう言って、シャーロットは空中に薄い水膜を作った。次に、そこへ弱い風を通す。水が震え、迷路盤の奥の形を反映するように細かく波打った。


ミナがぽかんとする。


「今、風と水を一緒に……?」


「はい。斥候さんなら、こういう使い方も便利だと思います」


「便利……」


さらに、リックの短槍の訓練では、シャーロットは光属性を使った。槍先の動きに合わせて、薄い光の線を残す。自分の突きがどれだけぶれているか、目で見えるようにするためだ。


「攻撃ではなく、軌道確認用です」


「こんな使い方もあるんですか……」


リックが光の線を見ながら呟く。


その横で、エルンが小さく数え始めた。


「火、風、回復、土、水、光……」


リリも続ける。


「結界も使いますよね?」


ミナが言う。


「探知もです」


トマが思い出したように言った。


「変異オーガの時、足場も結界も光も使ってました」


新人達の視線が、ゆっくりシャーロットへ集まった。


シャーロットは訓練用の魔導具を片付けながら、何も気付いていない様子だった。


「次は空間把握の練習をしましょうか。小さな空間の歪みを見つけると、迷宮で隠し通路に気付けることがあります」


講師役が固まった。


「シャーロットさん」


「はい」


「今、空間と言いましたか?」


「はい。迷宮だと便利なので」


「空間魔法も使うんですか?」


「少しだけです。大きな転移のようなものは危険なので、普段は収納や位置把握、空間の歪みを見るくらいです」


「収納……?」


エルンの声が裏返った。


シャーロットは不思議そうに、自分の小さな鞄へ手を入れた。そこから訓練用の予備布、木札、応急処置用の包帯、さらに小さな魔石箱を取り出す。


「こういうものを入れておくと、訓練中に便利です」


新人達は鞄を見た。


大きさが合っていない。


明らかに、今取り出した量は鞄の容量を超えていた。


リリが小さく呟く。


「空間収納……」


講師役の魔法使いは黒板の前で完全に止まっていた。


レオンは、いつの間にか訓練場に来ていた。探知訓練以降、シャーロットの講習には記録係として顔を出すことが増えている。彼は無言で記録板を構え、淡々と書き始めた。


火、使用確認。

風、使用確認。

水、使用確認。

土、使用確認。

光、使用確認。

回復、基礎使用確認。

結界、既確認。

探知、既確認。

空間、収納および歪み把握を確認。


アメリアも来ていた。表情は静かだが、目元が少し引きつっている。


「シャーロット」


「はい?」


「あなた、扱えない属性はあるの?」


シャーロットは少し考えた。


「扱えない、ですか?」


「ええ。苦手でもいいわ。完全に使えない属性」


シャーロットはさらに考えた。


新人達も、講師役も、周囲の団員達も、答えを待った。


やがて彼女は、少し申し訳なさそうに言った。


「……すぐには思いつきません」


訓練場が静まり返った。


ガルドだけが、端で肩を震わせている。


「出たな」


アメリアが低く聞く。


「つまり、全部使えるということ?」


「全部と言えるほど、専門的に極めているわけではありません。回復は本職の治癒術師さんには及びませんし、空間魔法も大規模なものは危険です。闇属性も幻惑や影の薄い膜くらいなら使えますが、深い精神干渉は専門外です。氷や雷も使えますけど、広範囲だと周囲への影響が大きいので、あまり使いません」


「待って」


アメリアが手を上げた。


「今、闇、氷、雷も追加されたわね?」


「はい。必要な時だけですが」


レオンの筆が速くなる。


闇、使用可能。

氷、使用可能。

雷、使用可能。

本人申告では全属性使用可能。ただし各属性の専門性と負荷に差あり。


講師役の魔法使いが、黒板の前で静かにしゃがみ込んだ。


「先生!?」


エルンが慌てる。


「大丈夫だ……少し常識が倒れただけだ……」


ガルドがついに笑った。


「常識が倒れたなら仕方ねえな」


アメリアは笑わなかった。


「シャーロット、確認するわ。この世界では、一属性使えれば魔法使い。二属性で秀才。三属性で天才。後から属性を増やせる人もいるけれど、多くは一属性増やせれば大成功。それは知っているわね?」


「はい」


「あなたは?」


「必要なものを練習していたら、少しずつ使えるようになりました」


「少しずつで全属性にはならないのよ」


シャーロットは困ったように眉を下げた。


「でも、困っている人がいる時に、火だけでは足りないことが多くて……水が必要な時もありますし、足場なら土ですし、退路を整えるなら風や空間も使います。怪我人が出たら応急処置も必要ですし、暗い場所なら光も使います」


その答えに、誰もすぐには何も言えなかった。


シャーロットにとって、属性は才能を誇るものではなかった。


必要だから使うもの。


誰かを守るために、その時必要な魔法を選んでいるだけ。


だから彼女は、自分がどれほど異常なことを言っているのか分かっていない。


レオンが静かに尋ねた。


「同時展開は可能ですか?」


「少しなら。結界を張りながら探知をして、足場を補正して、怪我人に応急処置をする、くらいなら」


講師役の魔法使いがさらに深く頭を抱えた。


「それは“少し”ではありません……」


アメリアは真剣な顔で続ける。


「負荷は?」


「組み合わせによります。高出力や広域、多属性同時展開は負担が大きいです。特に広域探知と結界を重ねながら攻撃魔法を使うと、演算が重くなります。無理をすると、頭痛や魔力回路の熱が出ます」


「鼻血は?」


「大規模探知ほどではありませんが、無理をすれば可能性はあります」


「つまり、無制限ではないのね」


「はい。そこまで何でもできるわけではありません」


その場にいた全員が、心の中で同じことを思った。


そこまで、とは。


アメリアは深く息を吐いた。


「分かったわ。全属性使用可能。ただし、高出力、広域、多属性同時展開には魔力消費、演算負荷、身体負荷がある。無理をすれば頭痛、魔力回路の熱、手の震え、鼻血などの症状が出る可能性。これも記録」


「記録します」


レオンが即答した。


シャーロットは少し不安そうに聞く。


「あの、怒られていますか?」


アメリアは一瞬黙った。


そして、ゆっくり首を振る。


「怒ってはいないわ。ただ、あなたが自分の異常さをまた一つ出してきたから、こちらが対応しているだけ」


「異常……」


「悪い意味ではないわ。でも、管理は必要よ。あなた自身を守るためにも、周りを守るためにも」


その言葉に、シャーロットは静かに頷いた。


「はい」


講習の後半は、急きょ内容が変わった。


本来は新人の属性適性確認だったが、途中から「シャーロットの属性使用を一般訓練へどう落とし込むか」という講師陣の検討会のようになった。


火と風の複合は、エルン向けに簡略化。

土の足場補助は、前衛向けに基礎だけ抽出。

水による音の反響補助は、斥候向けに応用訓練へ。

光の軌道表示は、武器訓練に使える。

簡易回復は、応急処置講習としてリリ達に教える。

空間魔法は、危険なので現時点では見学のみ。

闇、氷、雷は、今日は扱わない。


「扱わないんですか?」


シャーロットが聞くと、アメリアが即答した。


「今日は扱わない」


「はい」


「特に雷は、絶対に今日は扱わない」


「はい」


「氷も広げすぎない」


「はい」


「闇属性も、新人の前で変な幻惑を見せない」


「はい」


また禁止事項が増えた。


ガルドは面白がっていたが、アメリアは真剣だった。


講習終了後、新人達はすっかり疲れた顔をしていた。


魔力を使った疲れではない。


常識を揺さぶられた疲れだった。


エルンがぽつりと言う。


「一属性で魔法使い、二属性で秀才、三属性で天才……」


リリが続ける。


「全部使える人は、何て呼ぶんでしょうね」


ミナが少し考えて言った。


「星纏いの魔女……?」


全員が妙に納得してしまった。


シャーロットはそれを聞いて、また帽子のつばを下げる。


「その呼び方、まだ少し恥ずかしいです」


ガルドが笑う。


「諦めろ。今日でさらに似合う理由が増えた」


「増えなくていいです」


アメリアはそんな二人を見ながら、レオンの記録を確認した。


全属性使用可能。


その一文は、あまりに重い。


だが、同時にその下にはこう書かれている。


「ただし、本人は属性数を誇示する意識なし。必要に応じて使い分けているだけ。高負荷運用には明確な代償あり。無制限ではない」


アメリアはそこに頷いた。


そう。


シャーロットは何でもできる魔法使いではない。


何でも無限にできるわけでもない。


ただ、誰かを守るために必要なものを選び続けた結果、普通ではあり得ないほど多くの魔法を身につけてしまった魔法使いなのだ。


そして獅子の咆哮は、ようやくそれを正しく見始めていた。

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