第6節 全属性の片鱗
探知訓練の翌日。
魔法訓練場では、属性適性の基礎講習が行われていた。
「今日は、自分が扱える属性と、扱えない属性を確認します」
講師役の魔法使いが、新人達の前で黒板に文字を書く。
火、水、風、土、光、闇、雷、氷。
さらに横へ、結界、空間、回復と書き足した。
「一属性を扱えれば魔法使い。二属性なら秀才。三属性なら天才と呼ばれることもあります。ですが、扱えない属性があることは恥ではありません」
講師は新人達を見渡す。
「火が苦手なら、水や風を伸ばせばいい。土が苦手なら、結界や補助で補えばいい。大事なのは、自分の得意不得意を知ることです」
新人達は真剣に頷いた。
エルンは火と風。
リリは回復と補助系。
ミナは魔法職ではないが、風の気配を読む感覚に少し適性がある。
トマとリックは魔法の扱いこそ弱いものの、身体強化に近い土の補助を使える可能性があった。
講師役は一人ずつ確認していく。
小さな火を灯す。
水を浮かべる。
風を起こす。
土を持ち上げる。
光を集める。
できるものもあれば、できないものもあった。
火は出るが、水は乱れる。
風は動くが、土は重い。
光は反応しないが、回復にはわずかに適性がある。
新人達は、それぞれの結果に一喜一憂していた。
「エルンさん、火と風は相性がいいですね」
横で見ていたシャーロットが声をかける。
「火だけを強くするより、風で火の形を整える練習をすると伸びると思います」
「火の形、ですか?」
「はい。火球を大きくするのではなく、こう……」
シャーロットは星脈晶のヴェガを軽く振った。
指先ほどの小さな火が灯る。
次に、その周囲を細い風が包んだ。
火は大きくならない。
むしろ小さいままだ。
けれど揺れが止まり、形が細く整っていく。
「火を増やすのではなく、風で散らさないようにします。そうすると、少ない魔力でも狙った場所に届きやすくなります」
「すごい……!」
エルンが目を輝かせる。
講師役も頷いた。
「理屈としては良いです。火と風の複合基礎ですね。エルン、今は真似しすぎないように。まずは風で火を消さない練習からです」
「はい!」
次に、リリが回復魔法の確認をした。
小さな切り傷を模した訓練用の魔導具に、淡い光を当てる。
傷は少し閉じたが、魔力の流れが柔らかすぎて途中で広がってしまった。
シャーロットはその手元を見て、少しだけ首を傾げる。
「リリさんは、広く包もうとしていますね。優しい流れなので悪くありません。でも、傷口を閉じる時は、最初だけ少し細くした方がいいです」
「細く、ですか?」
「はい」
シャーロットはヴェガの先に、小さな回復の光を灯した。
大きな治癒ではない。
傷を完全に消す奇跡でもない。
ただ、訓練用の疑似傷に沿って、細く丁寧に光が走る。
傷口を閉じ、余分な魔力を残さず消えた。
「本職の治癒術師さんほどではありませんが、応急処置ならこうすると出血を止めやすいです」
リリは目を丸くした。
「シャーロットさん、回復も使えるんですか?」
「簡単なものだけですよ」
講師役の魔法使いが、少し遠い目をした。
「その“簡単”の基準も、後で確認した方がよさそうですね……」
シャーロットは不思議そうに首を傾げた。
その後、トマの土属性補助を見ることになった。
前衛が足場を固めるための基礎魔法だ。
トマは魔法使いではないため、魔力の扱いはぎこちない。
足元の土が少しだけ固まったが、すぐに崩れてしまう。
「土は、強く押すより、下から支える感じです」
シャーロットが言う。
ヴェガの先が地面へ向いた。
土が大きく盛り上がることはない。
ただ、トマの足元だけが、わずかに沈みにくくなる。
見た目はほとんど変わらない。
けれど、トマが踏み込むと安定感が明らかに違った。
「うわ、踏み込みやすい!」
「盾役さんは、足場が少し変わるだけで受けやすくなります。敵を倒すためではなく、自分が崩れないための土属性ですね」
「なるほど……!」
講師役が黒板に書き足す。
火と風。
簡易回復。
土属性による足場補助。
そこまでは、まだ講習の範囲内だった。
斥候役のミナは、訓練用の小さな迷路盤を前にしていた。
風の流れや音の反響を使い、内部の道筋を読む練習に使われる魔導具だ。
ミナは感覚が鋭い。
けれど、魔法として風を扱うのはまだ苦手だった。
「音が、途中でぼやけます」
「では、水を少し使いましょう」
シャーロットが自然に言った。
ミナが瞬きをする。
「水、ですか?」
「はい。細い水の膜を置くと、音の跳ね返り方が変わります。風だけで見えない時は、水で反響を拾うことがあります」
シャーロットは空中に薄い水膜を作った。
そこへ弱い風を通す。
水が震え、迷路盤の奥の形を映すように細かく波打った。
ミナがぽかんとする。
「今、風と水を一緒に……?」
「はい。斥候さんなら、こういう使い方も便利だと思います」
「便利……」
さらにリックの短槍の訓練では、シャーロットは光属性を使った。
槍先の動きに合わせて、薄い光の線を残す。
自分の突きがどれだけぶれているか、目で見えるようにするためだ。
「攻撃ではなく、軌道確認用です」
リックが光の線を見ながら呟く。
「こんな使い方もあるんですか……」
その横で、エルンが小さく数え始めた。
「火、風、回復、土、水、光……」
リリも続ける。
「結界も使いますよね?」
ミナが言う。
「探知もです」
トマが思い出したように言った。
「変異オーガの時、足場も結界も光も使ってました」
新人達の視線が、ゆっくりシャーロットへ集まる。
シャーロットは訓練用の魔導具を片付けながら、何も気付いていなかった。
「次は空間把握の練習をしましょうか。小さな空間の歪みを見つけると、迷宮で隠し通路に気付けることがあります」
講師役が固まった。
「シャーロットさん」
「はい」
「今、空間と言いましたか?」
「はい。迷宮だと便利なので」
「空間魔法も使うんですか?」
「少しだけです。大きな転移のようなものは危険なので、普段は収納や位置把握、空間の歪みを見るくらいです」
「収納……?」
エルンの声が裏返った。
シャーロットは不思議そうに、自分の小さな鞄へ手を入れる。
そこから訓練用の予備布、木札、応急処置用の包帯、小さな魔石箱を取り出した。
「こういうものを入れておくと、訓練中に便利です」
新人達は鞄を見た。
明らかに、今取り出した量は鞄の容量を超えている。
リリが小さく呟いた。
「空間収納……」
講師役の魔法使いは、黒板の前で完全に止まっていた。
レオンは、いつの間にか訓練場に来ていた。
探知訓練以降、シャーロットの講習には記録係として顔を出すことが増えている。
彼は無言で記録板を構え、淡々と書き始めた。
火。
風。
水。
土。
光。
回復。
結界。
探知。
空間。
そこまで書いたところで、アメリアも訓練場へ入ってきた。
表情は静かだが、目元が少し引きつっている。
「シャーロット」
「はい?」
「あなた、扱えない属性はあるの?」
シャーロットは少し考えた。
「扱えない、ですか?」
「ええ。苦手でもいいわ。完全に使えない属性」
シャーロットはさらに考え込む。
新人達も、講師役も、周囲の団員達も、答えを待っていた。
やがて彼女は、少し申し訳なさそうに言った。
「……すぐには思いつきません」
訓練場が静まり返った。
ガルドだけが、端で肩を震わせている。
「出たな」
アメリアが低く聞く。
「全部使えるということ?」
「全部と言えるほど、専門的に極めているわけではありません」
シャーロットは慌てて手を振った。
「回復は本職の治癒術師さんには及びませんし、空間魔法も大規模なものは危険です。闇属性も幻惑や影の薄い膜くらいです。深い精神干渉は専門外です」
「待って」
アメリアが手を上げた。
「今、闇も追加されたわね?」
「はい。必要な時だけですが」
「他には?」
「氷や雷も使えます。でも、広範囲だと周囲への影響が大きいので、あまり使いません」
レオンの筆が速くなる。
闇、使用可能。
氷、使用可能。
雷、使用可能。
本人申告では全属性使用可能。
講師役の魔法使いが、黒板の前で静かにしゃがみ込んだ。
「先生!?」
エルンが慌てる。
「大丈夫だ……少し常識が倒れただけだ……」
ガルドがついに声を出して笑った。
「常識が倒れたなら仕方ねえな」
アメリアは笑わなかった。
「シャーロット。確認するわ。この世界では、一属性使えれば魔法使い。二属性で秀才。三属性で天才。後から属性を増やせる人もいるけれど、多くは一属性増やせれば大成功。それは知っているわね?」
「はい」
「あなたは?」
シャーロットはヴェガを両手で持った。
少し迷ってから、口を開く。
「必要だったから、練習していました」
「必要?」
「はい。火だけでは足りない時があります。水が必要な時もありますし、足場なら土です。退路を整えるなら風や空間が使えた方がいいです。怪我人が出たら応急処置も必要ですし、暗い場所なら光もいります」
そこで一度、言葉を切った。
「できることを増やしたかったというより……手が足りないのが怖くて」
訓練場が静かになった。
シャーロットは少しだけ視線を落とす。
「目の前で必要なものがあるのに、何も出せないのが嫌でした」
アメリアはすぐには何も言わなかった。
ガルドも笑うのをやめていた。
レオンが静かに尋ねる。
「同時展開は可能ですか?」
「少しなら。結界を張りながら探知をして、足場を補正して、怪我人に応急処置をするくらいなら」
講師役の魔法使いが、さらに深く頭を抱えた。
「それは“少し”ではありません……」
アメリアは真剣な顔で続ける。
「負荷は?」
「組み合わせによります。高出力や広域、多属性同時展開は負担が大きいです。広域探知と結界を重ねながら攻撃魔法を使うと、処理が重くなります」
「症状は?」
「頭痛や魔力回路の熱です。無理をすれば、手の震えや鼻血もあると思います」
「無制限ではないのね」
「はい。何でも平気にできるわけではありません」
アメリアは深く息を吐いた。
「分かったわ。全属性使用可能。ただし、高出力、広域、多属性同時展開には負荷あり。レオン、記録して」
「記録しています」
シャーロットは少し不安そうに聞いた。
「あの、怒られていますか?」
アメリアは一瞬黙った。
それから、ゆっくり首を振る。
「怒ってはいないわ。ただ、管理は必要よ。あなた自身を守るためにも、周りを守るためにも」
「はい」
シャーロットは小さく頷いた。
講習の後半は、内容を少し変えることになった。
アメリアが黒板の前に立つ。
「今日は新人向けの属性講習です。シャーロットの全属性実演会ではありません」
「はい」
「火と風の複合は、エルン向けに基礎だけ。土の足場補助は、前衛向け。水と風の反響は、斥候向けに簡略化。光の軌道表示は、武器訓練に使っていいわ」
「はい」
「簡易回復は、応急処置講習で扱う。空間魔法は危険だから見学だけ。闇、氷、雷は今日は扱わない」
シャーロットは少しだけ考える。
「今日は雷はやめておきます。音が出ますし、危ないので」
「最初からそう言って」
「はい」
「氷も広げすぎない」
「はい」
「闇属性も、新人の前で変な幻惑を見せない」
「はい」
ガルドが横で笑う。
「また禁止事項が増えたな」
「増やしたくて増やしているわけではありません……」
シャーロットは困ったように眉を下げた。
講習終了後、新人達はすっかり疲れた顔をしていた。
魔力を使った疲れではない。
常識を揺さぶられた疲れだった。
エルンがぽつりと言う。
「一属性で魔法使い、二属性で秀才、三属性で天才……」
リリが続ける。
「全部使える人は、何て呼ぶんでしょうね」
ミナが少し考えて言った。
「星纏い……?」
全員が妙に納得してしまった。
シャーロットは帽子のつばを少し下げる。
「その呼び方、まだ少し恥ずかしいです」
ガルドが笑った。
「諦めろ。今日でさらに似合う理由が増えた」
「増えなくていいです」
レオンは記録板に短くまとめた。
全属性および複数系統の使用を確認。
高負荷運用には身体反動あり。
本人に属性数を誇示する意識なし。
必要に応じた使い分け。
アメリアはその記録を確認し、頷いた。
「この形で残して」
「はい」
少し離れた場所では、シャーロットがエルンの前で、もう一度小さな火を灯していた。
今度は、さっきよりずっと弱い。
風も細い。
エルンの目で追える速さだった。
「これくらいなら、真似できそうですか?」
「はい。さっきより分かります」
「よかったです」
シャーロットはほっとしたように笑う。
「全部を見せるより、皆さんが使える形にしたいです」
リリが隣で頷く。
「その小さい火、綺麗ですね」
シャーロットは指先の火を見る。
小さく、揺れない火。
風に包まれて、静かに形を保っている。
「……これ、好きです」
「好きなんですか?」
「はい。小さいのに、ちゃんと消えないので」
エルンは少し考えてから、自分のワンドを構えた。
「僕も、それを目指します」
「はい。ゆっくりで大丈夫です」
シャーロットは火を消さないように、細い風をそっと添えた。




