第2節 魔力測定
新人訓練の一環として、獅子の咆哮では月に一度、魔力測定が行われる。
それは単に「魔力量が多いか少ないか」を見るためだけのものではない。魔力の安定度、流し方の癖、属性適性、魔力回路への負担、ワンドや防具との相性。そうしたものをまとめて確認し、訓練内容や装備調整に反映するためのものだった。
「今日は魔力測定を行います」
訓練場の一角に、測定器が運び込まれていた。台座の上に水晶球があり、その周囲に目盛り付きの円盤が三つ並んでいる。魔力量、密度、安定度。それぞれの針が、流し込まれた魔力に応じて動く仕組みだ。
新人達は少し緊張した顔で並んでいた。
「壊したらどうしよう……」
エルンが小さく呟く。
隣のリリが苦笑した。
「普通は壊れないと思うよ」
「でも、シャーロットさんのワンドの話を聞いてから、魔導具って壊れるんだなって……」
「あなた達の魔力で壊れるような測定器は使っていないわ」
アメリアが淡々と言った。
「普通は、ね」
その最後の一言で、なぜか全員の視線がシャーロットへ向いた。
「え?」
シャーロットは星脈晶のヴェガを腰に差したまま、不思議そうに首を傾げる。
ガルドが訓練場の端で腕を組んでいた。
「今日は面白そうだな」
「面白がらないで」
アメリアが睨む。
「測定器は高いのよ」
「なら、シャーロットを測るのは最後にした方がいいんじゃねえか?」
「そうするわ」
「えっ、私も測るんですか?」
シャーロットが驚くと、アメリアは当然のように頷いた。
「幹部候補の現状確認よ。ヴェガ、ポラリス、リゲルとの相性も見たいし、あなた自身の魔力値も一度きちんと記録しておきたいの」
「でも、私は新人では……」
「新人ではないけれど、新加入でしょう?」
「はい」
「なら測ります」
「はい……」
シャーロットは少し困ったように頷いた。
測定は新人達から始まった。
トマは魔力量は平均より少し高め、安定度は良好。ただし緊張時に流れが硬くなる傾向があった。リックは魔力量は普通だが、瞬間的な出力に偏りがある。ミナは量は少なめだが、流れが細く、斥候向きの感知補助に適性があった。エルンは魔力量が新人魔法使いとしては良く、火と風の反応が出た。リリは回復と補助向きの穏やかな流れで、安定度が高かった。
レオンが記録する。
「全員、想定範囲内ですね。訓練内容にも反映できます」
新人達はほっと息を吐いた。
次に中堅の魔法使い達が測った。こちらも大きな異常はない。数値は新人より高いが、測定器の針は安定して範囲内に収まっている。講師役の魔法使いが水晶球へ魔力を流すと、魔力量の針が上位目盛りまで進み、密度の針も高めに振れた。
「さすが先生……」
新人達が感心した声を上げる。
講師役は少し照れながら水晶球から手を離した。
「このくらいが、実戦で安定して魔法を使える一つの目安だ。量だけ多くても駄目だ。流れが乱れれば術式は崩れるし、密度が高すぎても扱えなければ意味がない」
「はい!」
新人達は真剣に頷く。
そして、最後にシャーロットの番が来た。
訓練場の空気が、明らかに変わった。
「……どうして皆さん、少し離れるんですか?」
シャーロットが水晶球の前に立ちながら聞いた。
エルンが気まずそうに答える。
「いえ、その、念のため……」
「測定器は爆発しませんよね?」
「普通はしません」
レオンが静かに言った。
「普通は、ですか?」
シャーロットが不安そうにアメリアを見る。
アメリアは測定器の横に立ち、厳しい顔で確認する。
「シャーロット、最初は本当に少しだけ。術式は組まない。攻撃魔法も結界も発動しない。ただ水晶に触れて、魔力を流すだけ」
「はい。少しだけですね」
「あなたの“少し”は信用しきれないから、ヴェガを経由して」
「はい」
シャーロットは星脈晶のヴェガを抜いた。
三つの星脈晶が淡く光る。第一核が魔力を受け、第二核が整え、第三核が余剰を逃がす。高級貸与ワンドを割った彼女の魔力も、ヴェガを通せば安定する。少なくとも、工房ではそう確認されていた。
シャーロットはヴェガの先端を測定器の水晶球へ近づける。
「では、流します」
「待って」
アメリアが止めた。
「呼吸一つ分だけ」
「はい。呼吸一つ分だけ」
シャーロットはゆっくり息を吸い、吐いた。
その吐息に合わせて、ほんのわずかに魔力を流す。
彼女の感覚では、本当に微量だった。訓練前にヴェガの調子を見る時よりも少ない。結界を張るには足りず、探知を広げるにも足りず、小さな光を灯す程度の魔力。
だが、測定器は違う反応をした。
ギュンッ。
魔力量の針が、最初の目盛りを一瞬で越えた。
次に、中位、上位、最大値。
カンッ!
針が端にぶつかる音がした。
新人達が息を呑む。
密度の針も遅れて跳ね上がった。こちらは滑らかではない。まるで重いものに押し込まれるように、ぎ、ぎぎ、と音を立てながら限界まで進む。
安定度の円盤だけは、不思議なほど静かだった。
針は高い位置でぴたりと止まり、ぶれない。
魔力量と密度は測定限界。
安定度は異常なほど高い。
その三つが並んだ瞬間、測定器の水晶球が内側から白く光った。
「止めて!」
アメリアの声が飛ぶ。
シャーロットは即座に魔力を止めた。
水晶球の光がゆっくり消える。測定器は壊れていない。だが、魔力量の針は端に張りついたまま、しばらく戻らなかった。
訓練場に、沈黙が落ちた。
シャーロットはおそるおそる聞いた。
「あの……壊れていませんか?」
レオンが測定器へ近づき、目盛りと水晶球を確認した。
「……壊れてはいません。ただ、記録上は測定上限超過です」
「上限超過……」
「はい。魔力量と魔力密度は測定不能。安定度は、測定器が拾える範囲では最高値付近で固定されています」
新人達が言葉を失っていた。
講師役の魔法使いも固まっている。さっき自分の測定結果を見せて「実戦で安定して魔法を使える一つの目安」と説明したばかりだった。その直後に、目安どころか測定器の上限を叩かれたのだ。
エルンが小さく呟いた。
「……あれで、少し?」
リリが乾いた声で答える。
「呼吸一つ分って言ってた……」
トマは測定器とシャーロットを交互に見た。
「変異オーガの時、これより多かったんですよね?」
ガルドが苦笑する。
「あの時は戦闘中だったからな」
新人達はさらに黙った。
シャーロットは困りきった顔でヴェガを見下ろす。
「少し抑えたんですけど……」
その一言で、訓練場の空気が完全に止まった。
ガルドが肩を震わせる。
「少し抑えた、か」
「はい。測定器を壊したらいけないと思って」
「その心がけは正しい。結果は正しくなかったが」
「ええ……」
アメリアは額に手を当てた。
「ヴェガを経由してこれなら、直接流していたら本当に危なかったわね」
レオンが冷静に頷く。
「星脈晶のヴェガが余剰を逃がしていたため、測定器が壊れずに済んだ可能性があります。直接測定は今後禁止にした方がよいでしょう」
「禁止事項がまた増えたわね」
アメリアがため息をつく。
「シャーロットの魔力測定は、ヴェガ経由。測定器は上位機材を使用。立ち会いは幹部一名以上。これで登録します」
「そんな大げさな……」
シャーロットが言うと、その場の全員が彼女を見た。
「大げさじゃありません」
レオンがきっぱり言った。
講師役の魔法使いも深く頷いた。
「大げさじゃないです。今、測定器の水晶が悲鳴を上げかけていました」
「悲鳴……」
シャーロットはさらに申し訳なさそうに水晶球を見た。
「すみません」
「測定器に謝らなくていい」
ガルドが言う。
「でも、無理をさせてしまったので」
「道具にも礼を言うし、測定器にも謝るし、本当にお前は……」
ガルドは呆れたように笑ったが、声は柔らかかった。
アメリアは測定結果を見ながら、表情を引き締める。
「これで分かったことがあるわ」
「何でしょうか?」
シャーロットが聞く。
「あなたの魔力は、量だけじゃない。密度も異常に高い。そして、それをほとんどぶれずに流している。だから普通のワンドが壊れるし、一層障壁が多層障壁以上に強くなる。変異オーガのコアだけを撃ち抜けた理由も、これで説明がつく」
「そうなんですか?」
「そうなの」
「私は普通に……」
「その普通を、今後は一度疑って」
アメリアの声が強くなった。
シャーロットは素直に頷く。
「はい」
その様子を見ていた新人達の間に、ざわめきが広がった。
「魔力量だけじゃなくて、密度も……」
「安定度も最高値だったよな」
「普通、魔力が多い人って制御が難しいんじゃないのか?」
「それを抑えて流して、あれ?」
エルンは自分の手を見ていた。
「僕、魔力量が少し多めって言われて嬉しかったんですけど……」
シャーロットは慌てて振り返った。
「エルンさんの結果は良かったですよ。新人魔法使いとしては十分です。火と風の反応も綺麗でした」
「でも、シャーロットさんと比べると……」
「比べなくて大丈夫です」
その声は、はっきりしていた。
エルンが顔を上げる。
シャーロットは微笑む。
「魔力量が多いことだけが大事ではありません。自分の魔力を知って、無理なく使えることが一番大切です。エルンさんにはエルンさんの流れがあります。今日の結果は、そのために使うものです」
その言葉に、エルンの表情が少し戻った。
アメリアはそれを見て、静かに頷く。
自分が測定器を振り切った直後でも、新人の心を折らないように言葉を選べる。そこがシャーロットらしいところだった。
レオンは測定記録に追記した。
「シャーロット。魔力量、測定上限超過。魔力密度、測定上限超過。安定度、最高値付近で固定。ただしヴェガ経由。直接測定は未実施、危険のため禁止推奨」
「危険のため禁止……」
シャーロットは少し肩を落とした。
ガルドがにやりと笑う。
「また一つ、呪いの星装備の伝説が増えたな」
「呪いじゃありません」
シャーロットはすぐに言い返す。
「ヴェガのおかげで壊れなかったんですから」
「そうだな。壊れないことが成果ってのも相変わらずおかしいが」
講師役の魔法使いが、壊れていない測定器を見てぽつりと言った。
「今後、シャーロットさん用の測定器も必要になるかもしれませんね」
レオンが即座に記録した。
「検討事項に加えます」
「本当に大げさです……」
シャーロットの呟きは、誰にも同意されなかった。
その日の測定結果は、獅子の咆哮の幹部内で共有された。
新人達は正常範囲。中堅も正常範囲。講師役も優秀。
そして、シャーロットは測定不能。
ただし、暴走ではない。
異常な魔力量と魔力密度を、異常な精度で安定させている。
それは、強いという一言では片付かない結果だった。
銀翼の剣が評価表で拾えなかったもの。
攻撃魔法による討伐実績だけでは見えなかったもの。
シャーロットという魔法使いの本質が、少しずつ数字ではない形で明らかになり始めていた。




