第3節 呪いの装備
星帽ポラリスと星衣リゲルが完成した翌日、獅子の咆哮の工房前には、妙な札が掛けられていた。
『シャーロット専用装備につき、無断試着禁止』
下にはアメリアの署名がある。さらに小さく、帽子職人とローブ職人の筆跡で「高性能です」「危険物ではありません」と書き足されていたが、その横にはアメリアの筆跡で大きく「勝手に追記しない」と赤線が引かれていた。
それを見たガルドは、腹を抱えて笑った。
「ははっ、完全に呪いの装備扱いじゃねえか」
「呪いじゃありません」
シャーロットは少しだけ頬を膨らませた。今日は星帽ポラリスを被り、星衣リゲルを羽織っている。深い紺色のローブと帽子は、彼女の明るい金髪をよく引き立てていた。銀翼の古いローブを着ていた時とはまるで違う。ようやく、本来の魔法使いらしい姿になったように見える。
ただし、その装備は普通の魔法使いが被れば座り込み、普通の団員が羽織れば疲労で椅子に運ばれる代物だった。
ガルドが顎に手を当てる。
「被ったら魔力を吸われる帽子。羽織ったら常時機能で疲れるローブ。これを呪いの装備と言わずして何と言う」
「ポラリスもリゲルも、ちゃんと助けてくれます」
「お前にはな」
「はい。私にはとても使いやすいです」
「そこが一番おかしいんだよ」
ガルドが笑う横で、アメリアはため息をついていた。彼女の手には、今後の装備管理に関する追加規定の書類がある。内容は単純だった。シャーロット専用装備は、本人、担当職人、幹部立ち会いのもとでのみ調整可能。興味本位での試着、魔力通し、機能確認は禁止。
「まさか装備完成のたびに、禁止事項が増えるとは思わなかったわ」
「申し訳ありません」
シャーロットが反射的に頭を下げる。
「あなたが謝るところじゃないわ」
アメリアは即座に言った。それから工房の奥へ視線を向ける。そこでは帽子職人とローブ職人が、妙に誇らしげに自分達の作品を見ていた。
「謝るべきかどうかを考えるべきなのは、あちらね」
二人の職人が同時に肩を跳ねさせた。
「で、でも、シャーロットさんには問題なく使えています」
帽子職人が言う。
「むしろ探知補助と情報整理は想定以上に安定しています」
ローブ職人も続ける。
「リゲルも魔力循環の補助が綺麗に噛み合っています。常時防御補助も過剰起動していませんし、余剰魔力の受け流しも自然です」
「そういう性能面では文句を言っていないわ」
アメリアは低い声で答えた。
「問題は、普通の団員が使うと倒れかけることよ」
「シャーロットさん専用なので……」
「その言葉で全部押し切ろうとしない」
二人は目を逸らした。
その時、工房にレオンが入ってきた。手には分厚い記録書類。昨日から今日にかけての試着事故、装備反応、魔力消費、使用制限についてまとめたものだった。
「一通り記録しました。結論として、星帽ポラリスと星衣リゲルは装備としては極めて高性能。ただし、通常団員への転用は不可能。無断使用禁止は妥当です」
「ほらな。呪いの装備だ」
ガルドが言う。
レオンは眼鏡を押し上げた。
「分類上は専用魔導装備です。呪物ではありません」
「分類上は、だろ」
「分類上は重要です」
「実態は?」
レオンは少しだけ沈黙した。
「……使用者制限が極めて強い専用魔導装備です」
「ほぼ呪いじゃねえか」
シャーロットが困ったようにポラリスのつばに触れる。
「でも、本当に楽なんです。探知の情報が整理しやすいですし、リゲルを着ていると体の外側の魔力が乱れにくいんです。今まで自分で押さえていたところを、少し手伝ってくれる感じで……」
その言葉に、アメリアの表情が少しだけ和らいだ。
「それなら良かったわ」
「はい。ありがとうございます」
シャーロットは帽子職人とローブ職人へ深く頭を下げた。
「ポラリスもリゲルも、大切に使います」
職人二人の顔が一瞬で明るくなる。
「はい!」
「たくさん使ってください!」
そして、二人はまた顔を見合わせた。達成感と共感に満ちた笑み。帽子職人が右手を握る。ローブ職人も同じように拳を出す。
こつん。
二人は満足げに拳を合わせた。
「最高の専用装備ですね」
「ええ。シャーロットさんにぴったりです」
アメリアの声が低く落ちる。
「だから、誇るなと言っているでしょう」
二人は直立した。
「はい」
「反省しています」
「顔が反省していないわ」
ガルドはまた笑った。
「まあ、いいんじゃねえか。本人が使えて、職人が満足して、周りは触らない。分かりやすい」
「分かりやすいけど、管理する側の負担を考えてほしいわね」
アメリアは書類を閉じ、シャーロットを見た。
「シャーロット。あなたも、誰かに貸してと言われても簡単に渡さないこと。特にポラリスとリゲルは、本人が大丈夫だと言っても駄目。分かった?」
「はい。気をつけます」
「ヴェガも同じよ。星脈晶のヴェガはあなたの魔力を受けるための制御ワンド。普通の魔法使いが使えば、逆に魔力の流れを乱される可能性があるわ」
「はい」
「星杖の方はなおさら」
その言葉に、シャーロットは少しだけ目を伏せた。
部屋に置いてある私物のスタッフ。学校時代から持っている大切なもの。大出力用で、普段使いではない。まだ獅子の咆哮の中でも、詳しく知る者は少ない。
ガルドがその反応に気付き、口元を少し緩めた。
「そろそろ、シリウスもちゃんと紹介した方がいいかもな」
「シリウス?」
アメリアが聞き返す。
「あいつの本気用スタッフだ。星杖シリウス。学校時代に作ったやつだよ」
レオンのペンが止まった。
「星杖シリウス……名前付きのスタッフですか」
「名前だけじゃねえ。中身もおかしい」
「ガルドさん」
シャーロットが困ったように声を上げる。
「おかしいって言い方は」
「おかしいだろ。卒業制作にする予定だったのに、あまりに異常だから提出をやめたスタッフなんて」
アメリアがゆっくりシャーロットを見る。
「それ、初耳なのだけれど」
「えっと……その、提出するには少し目立つかなと思いまして」
「少し?」
ガルドが鼻で笑う。
「あれを少しで済ませるな」
シャーロットは気まずそうに視線を泳がせた。
帽子職人とローブ職人は、その話を聞いて目を輝かせている。星帽ポラリス、星衣リゲル、星脈晶のヴェガ。そして、まだ詳しく語られていない星杖シリウス。星の名を持つ装備が揃いつつあることに、職人として何か燃えるものがあるらしい。
「星装備一式ですね」
帽子職人がぽつりと言った。
「一式?」
シャーロットが首を傾げる。
ローブ職人が指折り数える。
「本気用スタッフ、星杖シリウス。制御用ワンド、星脈晶のヴェガ。ウィッチハット、星帽ポラリス。ローブ兼マント、星衣リゲル」
魔導具職人が頷く。
「星系の名前で統一されていますね」
「偶然です」
シャーロットが言うと、ガルドが即座に否定した。
「ここまで揃ったら偶然じゃねえよ」
アメリアも少し考え込む。
「見た目としても統一感はあるわね。深い紺色のローブと帽子、星脈晶の光、私物のスタッフ。魔法使いとしてはかなり印象的」
「目立ちませんか?」
シャーロットが不安そうに聞く。
ガルドはにやりとした。
「目立つな」
「困ります」
「諦めろ。ボロ布みたいなローブで目立たないよりはずっといい」
その言葉に、シャーロットは少しだけ黙った。
銀翼の古いローブ。歪んだ帽子。濁った魔石のワンド。あれを身につけていた自分を思い出す。あの時は、それが普通だと思っていた。低評価なのだから、良いものを持てないのは当たり前だと思っていた。
けれど今は違う。
星帽ポラリスが頭にある。星衣リゲルが体を守っている。星脈晶のヴェガが腰にある。そして、部屋には星杖シリウスがある。
どれも、彼女のために作られた、あるいは彼女が大切にしてきた装備だった。
「……ありがたいです」
小さく言うと、アメリアが優しく頷いた。
「ええ。あなたには必要なものよ」
ガルドはそこで、わざと軽い調子に戻した。
「まあ、まとめて呼ぶなら“呪いの星装備”だな」
「ガルドさん」
「だってそうだろ。普通の奴が触ったら魔力を持っていかれる帽子とローブ。普通のワンドなら壊れる魔力を受けるヴェガ。普通のスタッフとは呼べないシリウス。完全に選ばれし者しか装備できないやつだ」
「呪いではなく、専用品です」
シャーロットは真面目に言い返した。
「ポラリスもリゲルもヴェガも、ちゃんと助けてくれます。シリウスも、大切な杖です」
ガルドはその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。
「分かってるよ」
からかいの声だったが、そこには柔らかさもあった。
アメリアは書類の端に新しい項目を書き足した。
『シャーロット専用星装備一式。本人以外の使用禁止。調整時は担当職人および幹部立ち会い必須』
レオンがそれを見て、淡々と補足する。
「管理名としては“星装備一式”で登録しましょう。“呪いの星装備”は正式名称にできません」
「ちぇっ」
「当然でしょう」
アメリアが即座に言う。
だが、その場にいた団員達の間では、すでに妙な空気が生まれていた。
星帽ポラリスを被れば、普通の魔法使いは座り込む。
星衣リゲルを羽織れば、普通の団員は疲労する。
星脈晶のヴェガは、シャーロットのためだけの制御ワンド。
星杖シリウスは、まだ全貌が語られていない本気用スタッフ。
それらを身に着けたシャーロットは、深い夜色の装備に星の光を宿す魔法使いに見えた。
誰かが、小さく呟いた。
「星を纏ってるみたいですね」
その言葉に、別の団員が頷く。
「星纏い……」
シャーロットは気付かなかった。
ガルドは気付いて、面白そうに笑った。
アメリアも気付いたが、まだ止めなかった。今はまだ、ただの工房内の冗談だ。けれど、何かが生まれかけている気配はあった。
後に王都中へ広がる二つ名。
星纏いの魔女。
その最初の小さな芽は、呪いの装備とからかわれたこの日、獅子の咆哮の工房で生まれた。




