第4節 星脈晶
星脈晶を収めた箱が開かれると、工房にいた職人達の手が止まった。
封印布の内側にあった魔石は、ただ美しいだけの宝石ではなかった。透明な結晶の奥に、細い光の流れが幾筋も走っている。青とも銀とも言えない淡い輝きが、夜空の奥で星の河が脈打つように揺れていた。
シャーロットは、思わず息を止めた。
胸の奥の魔力が、ほんの少しだけ反応する。呼ばれた、というほど強くはない。けれど、完全な無反応でもない。遠い場所にある灯りを見つけた時のような、静かな引っかかりだった。
「……綺麗ですね」
それが、最初に口からこぼれた言葉だった。
バルドは少しだけ笑う。
「綺麗なだけなら、保管庫に眠らせちゃおかねえよ。こいつは星脈晶。魔力の通り道を作る力が強すぎる石だ」
魔導具職人が、慎重に箱を覗き込む。
「普通の術者なら、石に魔力を持っていかれますね」
「だから今まで使えなかった」
バルドは腕を組んだ。
「素材としては極上だ。だが、極上すぎる。器が強すぎると、使い手の方が負ける」
シャーロットは慌てて首を振った。
「では、やっぱり使わない方がいいのでは」
「一つのままならな」
「一つのままなら……」
「だから分ける」
バルドは作業台に大きな紙を広げた。魔導具職人が横から墨を取り、ワンドの構造図を描き始める。
通常のワンドは、魔石を一つの核として先端に置き、そこへ魔力を通す。だが、今描かれているものは違った。
魔石の位置が三つある。
一つは握りに近い部分。
一つは中央の制御部。
一つは先端から少し外れた、逃がし口のような位置。
シャーロットは図を見て首を傾げた。
「魔石が、三つ?」
「正確には、一つの星脈晶を三つに割り分ける」
工房の職人達がざわめいた。
「本当に分けるんですか?」
「星脈晶を?」
「失敗したら戻せませんよ」
「分かってる」
バルドの声に迷いはなかった。
「だが一つのままじゃ危ない。受ける石、整える石、逃がす石。三つに役目を分けて、一本のワンド全体で嬢ちゃんの魔力を抱える」
魔導具職人が図に線を加えた。
「入口を広くするだけでは足りません。シャーロットさんの場合、魔力の密度と制御の細さが同時に来ます。受ける場所を分けなければ、また内側から割れます」
ガルドの表情が険しくなる。
「使用者に負担は?」
「そこを減らすための三分割だ」
バルドは短く答えた。
「増幅はしねえ。むしろ余分な流れを逃がす。嬢ちゃんに必要なのは、強くする道具じゃなく、暴れさせない道具だ」
「暴れさせない……」
シャーロットは小さく呟き、割れた貸与ワンドを見た。
「本当にすみません」
「謝るなって何回言わせるんだ」
ガルドがすぐに言った。
「はい……すみ……いえ」
途中で止めたシャーロットに、アメリアが少しだけ笑う。
「今のは良かったわ」
「良かったんでしょうか」
「謝りきらなかったから」
「……難しいです」
「少しずつでいいの」
シャーロットは小さく頷いた。
バルドは構造図を指で叩く。
「問題は素材だ。星脈晶だけじゃワンドは作れねえ。軸材、制御線、余った魔力を逃がす金属、握りの革。全部選び直す」
「工房にないのか?」
ガルドが聞く。
「一部はある。だが軸材が足りねえ。魔力を通しすぎず、詰まらせず、高密度の魔力に焼かれない魔樹材がいる」
魔導具職人が資料をめくった。
「星霜樹の芯材が候補になります。魔力を増幅せず、一定以上の圧を受けると横へ逃がす性質があります。普通のワンドには重すぎますが、今回は向いているかと」
「星霜樹……北の魔樹林か」
ガルドが顔をしかめる。
「採取は面倒だな」
「危険ですか?」
シャーロットが尋ねると、ガルドが即座に答えた。
「お前基準で聞くな。普通に危険だ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
アメリアは資料を覗き込んだ。
「星霜樹は伐採許可が必要ね。ギルド経由で申請できるはずよ。レオンに確認させるわ。許可証と採取範囲、同行者の記録も必要になる」
ガルドが嫌そうな顔をする。
「また書類か」
「必要な書類よ」
アメリアは視線を上げないまま言った。
バルドは続ける。
「余った魔力を逃がす金属は、銀星鋼が少量ある。握りは魔獣革で何とかなる。ただ、星霜樹だけは取りに行く必要があるな」
「俺が行く」
ガルドは即答した。
「シャーロットも連れていく」
「え、私もですか?」
シャーロットが驚くと、ガルドは当然のように頷いた。
「お前のワンドの素材だろ。自分で見た方がいい。芯材が魔力に反応するか、その場で確認できる」
「でも、私が行くとご迷惑では」
「ならない」
「採取は危険なんですよね?」
「だから俺が行く」
「私も戦えますよ?」
「知ってる。だから一人で行かせない」
シャーロットは少し困ったように笑った。
「ガルドさんは、昔から過保護ですね」
「昔のお前が危なっかしかっただけだ」
「そんなことありましたか?」
「ありすぎて選べない」
そのやり取りに、工房の空気が少しだけ緩んだ。
アメリアは二人を見て、静かに目を細める。
学校時代からの距離感。軽口を叩きながらも、互いの力を知っている空気。
ガルドが怒っている理由も、少し分かった。
彼はシャーロットを哀れんでいるのではない。昔から知っている強さを、雑に扱われたことに怒っている。
「採取任務は正式に許可を取るわ」
アメリアが言った。
「ガルド、シャーロット。あなた達二人を中心にする。ただし、支援要員を一人つけるかは検討するわね」
「俺とシャーロットだけで十分だろ」
「あなた達二人だけだと、危険そのものより報告が雑になりそうなのよ」
ガルドは言い返せなかった。
シャーロットも少し目を逸らした。
アメリアは続ける。
「素材採取は明後日以降。今日はまず、シャーロット用の仮装備を決めるわ。正式なワンドが完成するまで、最低限安全に任務へ出られるようにしないと」
バルドが頷いた。
「性能の高い貸与ワンドが割れた以上、普通の予備は持たせられねえ。制限をかけた仮ワンドを作る。魔力を通しやすくするんじゃなく、通りにくくする」
「通りにくいワンド……」
シャーロットは少し不安そうに手を見る。
「魔法、使えるでしょうか」
「お前さんなら使える」
バルドは即答した。
「普通の魔法使いなら扱いづらい。だが、お前さんの制御なら通せる。むしろ、それくらいでちょうどいい」
ガルドが小さく笑う。
「お前用の“弱めるワンド”か」
「弱める……」
シャーロットは複雑そうな顔をした。
アメリアが横から言い換える。
「弱くするんじゃないわ。勝手に広がらないようにするの」
「勝手に……」
「ええ。あなたが使う力を、あなたの手元に留めるための道具よ」
その言い方なら、少し分かった。
シャーロットは星脈晶へ視線を戻す。
まだ怖い。
大切な石を自分のために使うことも、自分の魔力に合わせた道具が作られていくことも、すぐには慣れない。
けれど、知らないまま壊す方がもっと怖かった。
「……怖いです」
シャーロットは小さく言った。
工房の中が静かになる。
「でも、知らないまま使うよりいいです。採取、行きます」
ガルドが口の端を上げた。
「よし」
アメリアは頷き、手元の資料に印をつけた。
「決まりね」
バルドは満足そうに笑った。
「なら、まず仮ワンドだ。採取に行く前に、こっちを間に合わせる」
魔導具職人が構造図に新しい線を引く。
「星脈晶は三分割。軸材は星霜樹。余剰排出に銀星鋼。握りは魔獣革。仮ワンドは制限付きで別設計ですね」
「普通のワンドじゃなくなるな」
ガルドが言う。
バルドはにやりとした。
「普通の魔法使い用じゃねえからな」
作業台の上で、星脈晶が淡く光った。
シャーロットはその光を見つめ、謝りかけていた口を閉じる。
それから、もう一度だけ小さく頷いた。




