第4節 専用装備計画
星脈晶を収めた箱が開かれた瞬間、工房の空気は明らかに変わった。
封印布の内側から現れた魔石は、ただ美しいだけの宝石ではなかった。透明な結晶の奥に、細い光の流れが幾筋も走っている。青とも銀とも言えない淡い輝きが、まるで夜空の奥で星の河が脈打っているように揺れていた。
シャーロットは、思わず息を止めた。
石を見た瞬間、胸の奥の魔力がほんの少しだけ反応した。呼ばれた、というほど強くはない。けれど、完全な無反応でもない。遠い場所にある灯りを見つけた時のような、静かな引っかかり。
「……綺麗ですね」
それが、シャーロットの最初の感想だった。
バルドは少しだけ笑った。
「綺麗なだけなら、代々保管庫に眠らせちゃおかねえよ。こいつは星脈晶。魔力の通り道を作る力が異常に強い。下手な魔石より遥かに魔力を受けるし、整えるし、流す。だが、その分扱いが難しい」
魔導具職人が、慎重に箱の中を覗き込む。
「普通のワンドにそのまま使えば、使用者の魔力を吸いすぎますね。魔力の流れが良すぎる。並の魔法使いなら、術式を発動する前に魔力を持っていかれて膝をつくかもしれません」
「だから今まで使えなかった」
バルドは腕を組んだ。
「素材としては極上だ。だが極上すぎて、普通の道具には向かねえ。器が強すぎると、使い手の方が負ける」
シャーロットは慌てて首を振った。
「では、やっぱり使わない方がいいのでは」
「普通ならな」
「普通なら……」
「だが、お前さんは普通じゃねえ」
バルドは壊れた高級貸与ワンドを指した。作業台の上で、割れた青い魔石が光を失っている。
「普通の高級品は、お前さんの魔力を受け止められなかった。練習用どころか、プロ用でもだ。つまり、普通の魔石では入口の時点で負ける。なら入口から変えるしかねえ」
アメリアが静かに言った。
「でも、一つの石のままでは危険なのね?」
「ああ。星脈晶は強すぎる。このまま一本のワンドの核にしたら、魔力の流れが一点に集中しすぎる。今度は壊れはしないかもしれねえが、シャーロットの魔力を引き込みすぎる可能性がある」
「つまり、ワンドが壊れない代わりに、使用者側に負担が出る?」
「そうだ」
その言葉に、ガルドの表情が険しくなった。
「却下だ」
「まだ最後まで聞け」
「使用者に負担が出る道具なんか持たせられるか」
「だから一つのまま使わねえって話だ」
バルドは作業台に大きな紙を広げた。魔導具職人が横から墨を取り、ワンドの構造図を描き始める。通常のワンドは、魔石を一つの核として先端に置き、そこへ魔力を通して術式を形成する。だが、今描かれているものは違った。
魔石の位置が三つある。
一つは握りに近い部分。
一つは中央の制御部。
一つは先端ではなく、やや外側へ逃がすような位置。
シャーロットはその図を見て首を傾げた。
「魔石が、三つ?」
「正確には、一つの星脈晶を三つに分ける」
バルドの言葉に、工房の職人達がざわめいた。
「本当に砕くんですか?」
「星脈晶を?」
「失敗したら戻せませんよ」
「分かってる」
バルドは低く答えた。
「だが一つのままじゃ危ない。なら、三つに砕いて役割を分ける。第一の石で魔力を受ける。第二の石で流れを整える。第三の石で余剰を逃がす。一本のワンド全体で、シャーロットの魔力を抱える構造にする」
魔導具職人が図に線を加えていく。
「通常のワンドは、魔力を受けて術式に変換するものです。ですがシャーロットさんの場合、それでは入口が潰れます。だから入口を広くするのではなく、複数に分ける。流入を受ける場所、精密制御を維持する場所、余剰圧を逃がす場所。これなら魔石一つに負荷が集中しません」
「それでも危険はある」
バルドが続ける。
「星脈晶は通りが良すぎる。だから外側の素材も重要だ。軸には魔力を通しすぎる木材は使えねえ。受け止める強さがあり、なおかつ勝手に増幅しない素材がいる」
「増幅しない素材……」
シャーロットが呟く。
「そうだ。お前さんに増幅はいらねえ。むしろ邪魔だ」
バルドはきっぱり言った。
「多くの魔法使いは、ワンドに魔力を増やす力や、術式を強くする補助を求める。だが、お前さんに必要なのは逆だ。増幅じゃない。抑える。整える。逃がす。そうしなきゃ、普通に魔法を使うだけで周りの道具が壊れる」
「普通に使うだけで壊れる……」
シャーロットは申し訳なさそうに壊れた貸与ワンドを見た。
「本当にすみません」
「謝るなって何回言わせるんだ」
ガルドが即座に言う。
「はい……すみ……いえ」
アメリアが少しだけ笑った。
「少しずつね」
シャーロットは小さく頷いた。
バルドは構造図を叩いた。
「問題は素材だ。星脈晶だけじゃワンドは作れねえ。軸材、制御線、外装、余剰魔力を逃がすための金属、握り部分の絶縁材。全部選び直す必要がある」
「工房にないんですか?」
ガルドが聞く。
「一部はある。だが、シャーロット用となると足りねえ。特に軸材だ。魔力を通しすぎず、かといって詰まらせず、高密度の魔力に焼かれない魔樹材がいる。倉庫の材料じゃ少し不安がある」
魔導具職人が資料をめくった。
「候補としては、星霜樹の芯材が最適かもしれません。魔力を増幅せず、一定以上の圧を受けると流れを横へ逃がす性質があります。普通のワンドには重すぎますが、今回ならむしろ向いています」
「星霜樹……北の魔樹林か」
ガルドが顔をしかめる。
「採取は面倒だな」
「危険ですか?」
シャーロットが尋ねると、ガルドが即座に答えた。
「お前基準で聞くな。普通に危険だ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
アメリアが資料を覗き込む。
「星霜樹は伐採許可が必要ね。魔樹林の管理はギルド経由で申請できるはず。獅子の咆哮の名義なら通ると思うわ」
レオンがいればすぐに書類を作っていただろうが、この場にはいない。アメリアはすでに頭の中で段取りを組み始めていた。
「他には?」
「余剰魔力を逃がす金属に、銀星鋼が欲しい。これは少量なら倉庫にある。握り部分は魔力を吸いすぎない革が必要だ。魔獣革でいいが、普通のものだと劣化が早いかもしれねえ」
「つまり、採取任務になるのね」
「だな」
バルドはガルドを見る。
「お前、行けるか?」
「行く」
即答だった。
「シャーロットも連れていく」
「え、私もですか?」
シャーロットが驚くと、ガルドは当然のように頷いた。
「お前のワンドの素材だろ。自分で見た方がいい。それに、星霜樹の芯材を選ぶなら、お前の魔力に反応するか確認した方が早い」
「でも、私が行くとご迷惑では」
「ならない」
「採取は危険なんですよね?」
「だから俺が行く」
「私も戦えますよ?」
「知ってる。だが、だからって一人で行かせるわけじゃない」
シャーロットは少し困ったように笑った。
「ガルドさんは、昔から過保護ですね」
「昔のお前が危なっかしかっただけだ」
「そんなことありましたか?」
「ありすぎて選べない」
そのやり取りに、工房の空気が少しだけ緩んだ。
アメリアは二人を見て、静かに目を細める。学校時代からの距離感。軽口を叩きながらも、互いの力を知っている雰囲気。ガルドが怒っている理由も、少しずつ見えてきた。彼はシャーロットを哀れんでいるのではない。昔から知っている強さを、銀翼が踏みにじったことに怒っているのだ。
「採取任務は正式に許可を取るわ」
アメリアが言った。
「ガルド、シャーロット、あなた達二人を中心にする。ただし、念のため支援要員を一人つけるか検討するわね」
「俺とシャーロットだけで十分だろ」
「あなた達二人だけだと、危険そのものより報告が雑になりそうなのよ」
ガルドは言い返せなかった。
シャーロットも少し目を逸らした。
アメリアは続ける。
「素材採取は明後日以降。今日はまず、シャーロット用の仮装備を決める。正式ワンドが完成するまでの間、最低限安全に任務へ出られるようにしないと」
バルドが頷く。
「高級貸与ワンドが割れた以上、普通の予備を持たせるわけにはいかねえ。いくつか制限をかけた仮ワンドを作る。魔力を通しやすくするんじゃなく、通りにくくする。扱いづらいだろうが、壊れるよりマシだ」
「通りにくいワンド……」
シャーロットは少し不安そうに手を見る。
「魔法、使えるでしょうか」
「お前さんなら使える」
バルドは即答した。
「普通の魔法使いなら扱いづらい。だが、お前さんの制御なら通せる。むしろ通しづらいくらいでちょうどいいかもしれねえ」
「ちょうどいい……」
ガルドが小さく笑う。
「お前用の“弱めるワンド”か」
「弱める……」
シャーロットは複雑そうな顔をした。
アメリアは優しく言い換える。
「あなたを弱くするんじゃないわ。周りを守るために、力の通り道を整えるの」
その言葉なら、シャーロットにも届いた。
「周りを守るため……」
「そう」
アメリアは頷く。
「あなたが安心して魔法を使えるように。そして、あなたの近くにいる人達も安心できるように。そのための道具よ」
シャーロットはしばらく黙っていた。
今まで、道具は壊さないように使うものだった。魔力を抑え、術式を軽くし、自分が道具に合わせるものだった。だが、ここでは違う。職人達が、自分の魔力に合わせる道具を作ろうとしている。
それがまだ、少し怖かった。
同時に、ほんの少しだけ嬉しかった。
「……よろしくお願いします」
シャーロットは深く頭を下げた。
バルドは満足そうに笑う。
「任せろ。腕試しにはこれ以上ない」
魔導具職人も、目を輝かせながら構造図に線を足していく。
「星脈晶を三分割。受ける核、整える核、逃がす核。軸材は星霜樹。余剰排出に銀星鋼。握りは魔獣革。制御線は通常の三倍……いや、五倍必要かもしれません」
「普通のワンドじゃなくなるな」
ガルドが言う。
バルドはにやりとした。
「普通の魔法使い用じゃねえからな」
作業台の上で、星脈晶が淡く光った。
まるで、自分がようやく使われる時を待っていたかのように。
その光を見つめながら、シャーロットはそっと手を握った。
壊さずに済むかもしれない。
今度こそ、道具に無理をさせずに済むかもしれない。
そう思うだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。




