第5話 疑いの移ろい
黒く変色した“意思を持つ本”は、力尽きたかのように萎れた。
そして、本に書かれていた文字が宙に霧散していく。
この本は、罠を溺愛する“トラップクリエイター”の妹が作ったものだ。
元々は、本タイプのミミックにするつもりだったらしいのだが、罠に向いていなかったことで、いまは迷宮内のことを記録させているらしい。
「ダメね。 やっぱりウチの言うことを聞かない。」
「間違いなく“呪い”だな。」
俺と妹は、床で動かなくなった本の頁を開いた。
その中身は真っさらで、書かれていたものは全て消え失せている。
すると、その開いた頁にうっすらと文字が不気味に浮かび上がってきた。
俺と妹は、その浮かび上がる文字を注視する。
- 化身 -
「?」「?」
黒く変色した本の頁に浮かび上がった“化身”の2文字。
俺と妹は、その文字を見ながら首を傾げた。
すると、次の頁にはうっすらと絵が不気味に浮かび上がってくる。
- 蠅 -
「ハエか?」「ハエかな?」
それは、黒い羽のハエの絵であった。
今度は、本の中から羽音が聞こえ始める。
次の瞬間。
「ぢゅぢゅぢゅぢゅぢぃぢぃぢぃぃぃぃ・・・・」
本の中から唐突に巨大黒羽蠅が飛び出した。
巨大黒羽蠅は、麻痺毒で獲物を動けなくしてから卵を産み付けるキモい奴だ。
俺と妹は驚いて尻もちをつく。
「姉貴っ!魔獣だ!テイムしてくれ。」
とっさに姉貴を頼る。
姉貴は、ちらっと興味なさそうに巨大黒羽蠅を見た。
そして、溜息をつく。
「それは魔獣じゃなくて魔虫よ。」
えーっ!
えーっ!
巨大黒羽蠅は、意気揚々と俺と妹に襲い掛かってきた。
キモい!
ドゴン!ベチャ!
紫色の右拳が炸裂する。
ぶん殴られた巨大黒羽蠅は、壁にへちゃげてグロテスクな姿となった。
紫色はどこからか消毒液を取り出すと、拳をシュッシュッと消毒し始めた。
ゴーレムなのに超絶潔癖症なのが・・・紫色だ。
「ふぅ。ビビった~。助かったよ紫色。」
紫色は俺を見てほほ笑むと、シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ・・・。
いや、消毒しすぎだろ。
「!?」
俺の横で、妹が何かに気付いて反応した。
「どうした?」
「誰かいるっ! 私の迷宮の5階層に誰かがいる!」
迷宮主は、自分の迷宮の中の様子であれば、どこでも確認することができる。
妹は目の前から姿を消した。
その場所に瞬間転移したようだ。
俺はすぐに蒼色に声を掛ける。
「蒼色っ! 俺たちを妹のところに連れて行ってくれっ!」
「かしこまりました。」
一方。
若きケットシーのコマゾーは、“不運の迷宮”にさっさと見切りをつけて、出口に向かって下に降りていた。
その目の前に何者かが急に現れる。
それは、ピンクのオカッパ頭の女であった。
「あんたっ!ちょっと待ちなさいよ! あんたのせいでね・・・って!?」
ピンクのオカッパ頭は何か文句を言おうとしたものの、地面に隠されていた鉄縄に足をとられて、天井に逆さで吊るされた。
その情けない姿をじっと見るコマゾー。
「何を遊んでいるのだにゃ?」
「遊んでんじゃないわよっ!ちょっ、もう!助けなさいよっ!」
ピンクのオカッパ頭が、逆さに吊られた状態でジタバタする。
コマゾーは、右足でローブごしに耳を掻いた。
そして、仕方なくピンクのオカッパ頭を助けてあげようとした。
その時。
コマゾーは、異常に強力な気配を察知して、その場を飛び退いた。
急に目の前に現れたのは6人。いや、6体か。
強すぎる・・・。
コマゾーは息をのんだ。
仮面をつけた魔獣が威嚇してきた。
勝てない・・・。
逃げなければ・・・いや、逃げることができるだろうか。
コマゾーは、慎重にその魔獣の横に見える通路の様子を窺った。
しかし、時は遅し。
もう1体の仮面をつけた魔獣が素早く動いたかと思うと、その通路は塞がれてしまう。
「ふむ。これは大ピンチだにゃ。」
コマゾーは覚悟を決めるしかなかった。
一方。
蒼色の瞬間転移で、妹の後を追った俺たち。
その俺たちが目にしたのは、天井に逆さに吊るされている妹であった。
そして、目の前には若いケットシーがいる。
探究者ギルドで聞いた情報通りなら、こいつがソロA級探究者のコマゾーで間違いないはずだ。
姉貴の合図で、檮兀がコマゾーを威嚇する。
そして、饕餮はすぐさま退路を塞いだ。
紫色は軽やかに飛び上がると、妹を天井に吊るしている鉄縄を手刀で断ち切った。
落ちてくる妹を蒼色が下で抱き留める。
俺は妹に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「うん。平気。」
檮兀とコマゾーが戦闘態勢に入る。
先制攻撃はコマゾーだ。
その手に持つ杖より稲妻が迸り、檮兀の身体を穿った。
が、檮兀は全くダメージを受けていない様子だ。
相手がノーダメージである様子に驚くコマゾー。
「強すぎだにゃ。」
コマゾーは、魔力を一点に集中した。
どうやらそれを解き放って、範囲炸裂魔法を使おうとしているようだ。
しかし、それは叶わない。
通路を塞いでいた饕餮が、大きく息を吸い込むようにしてその魔法を飲み込んだ。
自身が放とうとした魔法が、ペロリと食べられたことに驚愕するコマゾー。
檮兀が四肢を地につけた“獣形態”になる。
そして、目にも見えない素早い動きでコマゾーの背後をとった。
それに対して、全く反応することができなかったコマゾー。
コマゾーは、檮兀に足で地面に押さえつけたのであった。
勝負ありだ。
「参ったにゃ。バケモンだにゃ。」
無念。という表情で悔しがるコマゾー。
俺は、押さえつけられたコマゾーに歩み寄った。
その俺を恨めしそうな顔で見上げるコマゾー。
「よくも、妹を危ない目に合わせてくれたな。」
「・・・・・。」
コマゾーの返答には少し間があった。
「あれは、あのオカッパ頭が勝手に引っ掛かって天井に吊るされたのにゃ。」
コマゾーは、顔だけを妹の方に向けた。
「へ?」
俺は妹を見る。
妹は頭の後ろに手を回して、口笛を吹くように惚けていやがる。
あいつ。自分が作った罠に引っ掛かったのか・・・。
なんて、残念な奴。
俺は咳ばらいをして話を変えた。
「んんっ! まあいい。 お前がコマゾーだな?」
「そうにゃ。早く煮るなり喰うなりすれば良いにゃ。」
「お前が“呪物所持者”だということは分かっている。」
「??」
「とりあえず、俺の迷宮でゆっくりと話を聞こうか。」
俺は蒼色に合図した。
蒼色は全員を集めると、俺の迷宮に瞬間移動したのであった。
その場から一瞬で全員の姿は消えた。
が。
その場には、コマゾーの“影”だけが不思議と残っていた。
その影は、誰もいなくなった地面から這い出てくる。
そして、辺りを見回した。
それは、ドゥーマであった。
ドゥーマは“動くモノ”に寄生するモンスターである。
そして、寄生した母体に応じて、その姿や属性を変えるのが特徴である。
このドゥーマは、過去にコマゾーに寄生しようと試みて失敗した。
コマゾーの持つ“強運”が、それを許さなかったのである。
それで仕方なく、ドゥーマはコマゾーの影に寄生したことで、シャドウドゥーマとなっていた。
コマゾーがこの場から一瞬で消えたことで、寄生していた影を失ってしまったシャドウドゥーマは焦る。
寄生する母体がなければ、長時間生きることができないのだ。
シャドウドゥーマは辺りを探る。
しかし、誰もいなければ何もない。
そのシャドウドゥーマは、“運”が無かった。
それは、その頭に被った“黒い冠”のせいである。
何か寄生できるものがないかと、必死に辺りを探すシャドウドゥーマ。
しかし、母体になり得るものは見当たらない。
その身体は徐々に薄れていく。
そして、その場に“黒い冠”だけを残して、消滅したのであった。
誰も気づかぬ山奥の秘境にある小説を読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
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