第20話 誓いの移ろい
《魔獣の迷宮》
“魔獣の迷宮”は、重々しい雰囲気に包まれていた。
敵の襲来。
敵に敗れた檮兀、渾敦、窮奇の3体は瀕死の状態で横たわっている。
その意識はまだ戻っていない。
魔素を含んだ魔獣の薬草をすり潰してから、3体の全身に塗り込んでいく魔獣たち。
しかし、その効果は雀の涙程度のものでしかない。
魔獣は、基本的に自分の傷は自分で癒す。
そもそも、魔獣に有効的な回復魔法というものが存在しないのである。
一般的な回復魔法は光属性となることにより、魔獣には回復効果が得られない。
魔獣の中で最も高い実力を誇るボス的存在の檮兀、渾敦、窮奇。
それが敵に敗れて瀕死。
そして、饕餮は、敵と共に迷宮から姿を消してしまった。
常に魔獣のドンチャン騒ぎで喧しい迷宮が、ここまで静かになることは嘗てあった例がない。
「女王様、あとは我らがやりますので・・・。」
巨体の黒狼が、低い声で女王様に声を掛けた。
この迷宮の主は姉貴であり、絶対的女王様である。
その女王様は黒狼に物悲し気なほほ笑みを返すと、黒狼の巨体を優しく撫でた。
女王様は、まだ迷宮の1層に残っていた。
傷ついた魔獣たちが心配で仕方ないのである。
そして、珍しく女王様は混乱していた。
怒りはある。
悲しみもある。
その気持ちの整理がついていない状態であった。
「うぅ・・・。」
「ぐ・・・・。」
檮兀と窮奇が、呻くような声を上げて意識を取り戻した。
しかし、傷が深く、その意識はまだ朦朧としている。
「薬草は足りているかい? 調達してきた方が良いかい?」
「いいえ。我らが行きます故、女王様のお手を煩わせることはございません。」
心配で居ても立ってもいられないという様子で、女王様は黒狼に尋ねた。
頭を女王様に擦り付けながら答えた黒狼。
普段は、超絶我儘っ子な最強の女王様。
でも、女王様が自分たち魔獣に向けて下さる愛情は何よりも深い。
女王様にテイムされた魔獣たちは、その全てがそれを強く感じているのであった。
まだ意識が朦朧としている窮奇が、何かに反応するようにピクッと身体を動かした。
それを見た黒狼はすぐに反応して後ろを振り返る。
絶望は続けざまに起こる。
それは、またも唐突に訪れた。
“魔獣の迷宮”の1層に拡がったのは漆黒の闇。
その闇の中から鼻歌交じりでゆっくりと歩み出てきたのは、手足が異様に長く背の高いハットを被った男。
ラファンである。
「おや? 迷宮の中でしたか・・・。」
辺りを見回して、小さく呟いたラファン。
ラファンがこの場に姿を現したことは、単なる気紛れでしかなかった。
自分のコレクションであった“呪物”が消え失せた場所。
マリーザが被っていた“黒い冠”が、粉々に砕けて霧散してしまった場所を見に来ただけのことである。
それは最悪のタイミングであった。
女王様は、漆黒の闇から姿を現した男を見た。
脅威は感じられない。
だが、何なのだ? この得も言われぬ違和感は?
その女王様の姿を目にしたラファン。
舐め回すように女王様の姿を見る。
その姿は、銀色の長い髪に目鼻立ちの整った容姿。
スタイルも抜群で非の打ちどころがない。
最高。
銀髪の女が好みであり、それを弄ぶことが至極の御馳走。
それがラファンの性癖である。
ラファンが被る背の高いハットに光る怪しい目。
それが、心の底から感情を表すように不気味な笑みを浮かべた。
「これは、これは。とても素敵なお嬢様。」
右手を胸にあてて左手を伸ばし、紳士的なお辞儀をするラファン。
そして、顔を上げると舌なめずりをした。
!!
その意味を魔獣の勘で悟った黒狼はラファンに襲い掛かった。
その獰猛な牙がラファンを噛み砕く。
かと、思われた次の瞬間。
黒狼の身体は血飛沫を上げて無惨に爆ぜた。
「貴様ぁ―――――――っ!!!」
憎悪の感情と共に瞬時に動いた女王様。
強烈な右拳がラファンの身体に炸裂する。
かと、思われた次の瞬間。
女王様は後ろ手に縛られていた。
「なっ!?」
意味が分からず動揺する女王様。
その首筋をラファンは舌で舐めた。
極上。
朦朧とする意識の中、その様子を目にしていた檮兀と窮奇。
まさか!?
まさか!? あの女王様が!?
目に映る状況が現実とは思えない。
お助けせねば・・・。
しかし、身体が動かない。
何故か全く身体が動かないのである。
それは、必死に抵抗を見せる女王様も同様であった。
麻痺ではない。
しかし、身体が全く動かない。
焦りを感じる女王様。
女王様を地面に抑えつけたラファンは高らかに笑った。
そして、女王様の胸元に手をかける。
「せっかくですから、大勢に見てもらうとしましょう。」
舌なめずりするその口からは涎が滴り落ちる。
もう我慢できない。
「そこまでだ。」
檮兀と窮奇の目には映っていた。
女王様を抑えつけた敵の後ろに立っていたのは渾敦である。
その渾敦が、何らかの阻害魔法を行使した。
「ちっ!!」
激しく狼狽した敵は、その長い右腕を鞭のようにしならせて渾敦を掴んだ。
「女王様・・・どうかご無事で・・・。」
女王様に悲しみの篭る声で、渾敦はそう伝えた。
その仮面が真っ二つに割れる。
そこに渾敦の顔はない。
しかし、悲痛な思いで涙を流していることは伝わってくる。
必死で渾敦に手を伸ばそうとする姉貴。
渾敦の赤茶色した細長い全身は、血飛沫を上げて無惨に爆ぜた。
6つの羽がひらひらと悲しく舞い落ちる。
「!!」
それと同時に漆黒の闇に生じたのは大きな歪み。
敵は、それを見て悔しそうな表情を浮かべた。
「侮りすぎましたね・・・。」
次の瞬間。
敵の姿は消えた。
そして、女王様の姿も同時に消えていた。
“魔獣の迷宮”に再び訪れた静寂。
不可解な身体の硬直が解けた檮兀と窮奇は、ヨロヨロと立ち上がった。
その周りでは、キョロキョロと辺りを見回している魔獣たち。
どうやら、魔獣たちの多くは、いま何が起こったのかを理解していないような素振りである。
「女王様・・・。」
よろめきながら、女王様が消えてしまった場所に近づく檮兀と窮奇。
その足元には、無惨にも爆ぜた渾敦の羽が落ちている。
どこに?
どこに行かれた?
「吾輩たちのテイムは解けておらん・・・。」
渾敦の羽を拾い集めた窮奇が小さく呟いた。
テイムが解けていない。
それは、女王様は無事であるという証拠である。
「渾敦が・・・何かしてくれたのだろうな・・・。」
檮兀はその場に座り込んだ。
あの時。
渾敦が、何らかの阻害魔法を行使した。
その姿は見ていた。
しかし、何を行使したのかは分からない。
・・・・・・。
・・・・・・。
こんな時、いつもなら冷静に的確な判断を示してくれる饕餮の姿はない。
「吾輩たちだけでは無理だな・・・。」
「ああ・・我は無力だった・・・・。」
仮面の下は涙。
どうする?
どうすれば良いのだ?
この日、“魔獣の迷宮”の扉は固く閉ざされた。
誰も気づかぬ山奥の秘境にある小説を読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
更新頻度はまちまちですが、続けて投稿していきます。
宜しければ、ブックマークと広告下↓の【☆☆☆☆☆】にポイントを入れて頂けたら感謝です!




