蓮SIDE② その話がしたかった
それから、真帆さんからのDMは来なかった。
何日かして一度やり取りを開いたけれど、俺が送った「ごちそうさまでした」で終わっている。まあ、一回会っただけだし。そのまま閉じた。
映画を見たのは、一か月ほど経った頃だった。
例の俳優が、暗い廊下の奥から出てきたところで笑いそうになった。ゆっくり開く扉の向こうに、何か知っていそうな顔で立っている。
今回は、絶対怪しい。
隣で真帆さんが見ていたら、どんな顔をするだろう。
映画館を出てから、公式アカウントの予告編をDMで送った。
『おねーさん、これ見た?』
まだ見ていないという返事に、昨日公開されたことと、面白かったことを伝える。それから、もう一つ書き足した。
『あの俳優、今回はちゃんと怪しかった』
返事はすぐに来た。
『それ、言っていいやつ?』
『予告でわかる範囲だから大丈夫』
『じゃあ、安心して疑えるね』
スマホを見たまま、口元が緩む。
『思う存分疑ってきて』
そう返すと、少ししてまた通知が出た。
『またご飯行く?』
あ、誘ってくれるんだ。
来週の土曜日に決めてから、彼女に映画も見てきてほしいと頼んだ。
会うなら、その話がしたかった。
*
待ち合わせ場所に来た真帆さんは、俺を見つけると少し表情を明るくした。
「久しぶり」
「うん。映画見た?」
挨拶の次に聞いたら、笑われた。
「見たよ」
「どうだった?」
「話したいこと、いっぱいある」
よかった。スマホをポケットにしまう。
「俺も」
歩き出す前に、真帆さんが焼肉には行けたかと尋ねた。まだだと答えると、近くによさそうな店があるという。
最初の投稿を覚えていたらしい。場所も調べてあるようだった。
「賛成」
真帆さんについて、店のある通りへ向かった。
焼肉屋では、俺が肉を焼いた。真帆さんは素直に任せて、映画の話を始める。
例の俳優が出てきたところでは、やっぱり笑ったらしい。
最後の場面については、意見が分かれた。真帆さんは、あの二人にもう一度話してほしかったと言う。俺は、話さなくてよかったと思っていた。
理由を言うと、彼女は少し考えた。
「……確かに。帰れないね」
自分の言ったことを、頭の中で試しているような顔だった。
「だから、あそこで終わってよかったんじゃない」
「もう一回見たくなった」
「俺も。最初のほう、見直したい」
焼けたハラミを彼女の小皿に置くと、袖が落ちてきた。空いた手で押し上げ、網へ視線を戻す。
「蓮くんも食べてね。焼くの、代わろうか」
「食べてるよ」
自分の皿から肉を取って口に運ぶと、真帆さんは俺のご飯を見た。もう半分くらい減っている。
本当だ、とでも思ったのか、少し笑っていた。
冷麺を食べる頃には、映画から別の話に移っていた。向かいで真帆さんが杏仁豆腐を食べ、目を細める。
そっちもおいしそうだな。
見ていると、顔が上がった。
「何?」
「いや。そっちも頼めばよかった」
「まだ頼む?」
メニューへ伸ばしかけた手を止めた。
「今日は、いいや」
まずは冷麺を食べ切ろう。そう思って箸を持ち直したのに、彼女がもう一口食べるのを見ると、やっぱり惜しかった。
*
駅へ向かう途中、真帆さんが袖口に鼻を近づけた。
「ちょっと焼肉の匂いする」
「俺もする」
自分の肩口を嗅ぐと、しっかり焼肉だった。顔を上げたところで目が合って、二人で笑う。
「映画の話もできてよかった」
「俺も。周り、まだ誰も見てなくて」
「先に見ておいてよかった」
見てきて、と言ったら、本当に見てきてくれた。
俺と話すために時間を使ってくれたんだと思うと、少し嬉しかった。
改札へ向かう後ろ姿を見ていたら、真帆さんが振り返った。片手を上げると、彼女も手を振ってホームへ向かう。
姿が見えなくなってから、俺も歩き出した。
今日は、ご飯をおごってもらいに来たんだった。
もちろん、焼肉はおいしかった。でも、それと同じくらい、映画の話をするのを楽しみにしていた。
帰りに送ったDMでは、杏仁豆腐を食べ損ねたことまで書いた。真帆さんからは、冷麺を普通サイズにしたからね、と返ってくる。
『あれは食べてよかった』
階段の脇に寄って返信すると、もう一通届いた。
『私もおいしかった。また行きたいお店になったよ』
また。
それなら、次は杏仁豆腐も食べよう。
DMを閉じてから、自分の予定を開いた。
*
翌週、コンビニで杏仁豆腐を買った。
写真を送ると、昼頃に真帆さんから返事が来た。焼肉屋で食べなかったからかと聞かれ、そうだと答える。
『じゃあ、今度は最初から頼んでおこうね』
最初に杏仁豆腐が来て、そのあと肉を焼くところを想像した。
『それは最後にして』
映画の話が続いた日に連絡先を交換してからは、そちらで連絡するようになった。
返事が早いときも、翌日になるときもあった。俺も講義のあとに読んだまま忘れて、夜になって続きを送ったことがある。それで何か言われることはなかった。
仕事へ戻ると言われたら、そこで終わる。次に何かあったら、また送ればいい。
それが楽で、写真を撮ったあとに、真帆さんへ送ろうかと思うことが増えた。




