蓮SIDE① 変な人
『はじめまして。三十三歳の会社員です』
朝、SNSを開くと、知らない人からDMが来ていた。昨日、焼肉の約束が流れて、誰か代わりに連れてって、と書いた投稿への反応らしい。
よかったら、一緒に夕食をどうか。そのあとに、食事だけ、ご飯代は出すけれど、お手当は出さないと続いている。
女の人と食事をして、お金をもらうことは少し前からしていた。大学の知り合いがそういう話をしているのを聞いて、食事に付き合うくらいなら、俺もやってみてもいいかと思った。
ほかに、深夜のコンビニでも働いている。俺が入る時間は男ばかりで気楽だったけれど、朝まで働いてから講義に出るのはきつい。日数はあまり増やせなかった。
以前は、別の時間帯や店でも働いていた。
二人で食事に行こうと誘われて断ったら、翌日から口をきいてもらえなくなったことがある。仕事の確認にも返事がなく、ほかの人に聞くと、今度はその人とばかり仲よくしていると言われた。
近くにいたから聞いたんだけど。
誰かと付き合っていたわけでも、こちらから誘ったわけでもない。それでも、知らないところで揉めていて、俺まで居づらくなった。
顔で得をしたことはある。そこまで否定するつもりはない。でも、誘いを断っただけで感じが悪いと言われるのは、別の話だと思う。
仕事をしに行った先で、そういうことに気を使うのが面倒だった。
それなら、最初から会う目的と条件が決まっているほうが楽だった。
もっとも、このDMには、お手当は出さないと書いてある。
プロフィールを開く。表示名は、maho。花や、店のテラスらしい写真が並んでいた。本人の顔はわからない。
三十三歳。どんな人だろう。
もう一度、DMを読む。食事だけ、と念を押している。そこまではっきり言うなら、本当にご飯を食べたい人なのかもしれない。
まあ、一度くらい。
『いいよ。何食べに行く?』
返してから、俺はベッドを出た。
*
土曜日、待ち合わせ場所でスマホを見ていると、通知が出た。
『着きました。白のトップスに、カーキのパンツです』
時計の近くに、それらしい人がいた。こちらを見た目が止まったので、片手を上げて近づく。
綺麗な人だった。背筋がすっとしていて、立っている姿も目につく。
「真帆さん?」
「うん。蓮くん?」
「そ」
俺を見上げる顔に、少し笑みが浮かんでいた。
「へえ。綺麗な人じゃん」
「ありがとう。蓮くんも格好いいね」
「知ってる」
彼女が声を出して笑った。
「そうだよね」
「そこ、同意するんだ」
「本当のことだもの」
さらっと言われて、俺も笑った。こういう返し方をする人なんだ。
頼まれていた学生証を渡すと、真帆さんは生年月日を確認してから、写真と俺の顔を見比べた。それから、もう一度写真に目を戻す。
「そんなに違う?」
「え?」
「結構まじまじ見てるから」
真帆さんは手元を見て、ようやく気づいたようだった。
「ああ、違うの。証明写真も格好いいなと思って」
「それはどうも」
返されたカードを財布にしまう。
顔が好みなんだろうな、とは思った。会ってみたら気が変わる人もいるし、本当に食事だけで終わるかは、まだわからない。
俺も、この人なら、そのあと誘われても嫌じゃないと思った。
*
洋食屋で、真帆さんはデミグラス、俺は和風のハンバーグを頼んだ。彼女が二種類の写真を見比べていたので、一口あげると言うと、自分のも分けてくれることになった。
料理が来て、一口食べる。ちゃんとおいしかった。
もう一切れ切り分け、大根おろしをのせて差し出す。
「はい」
真帆さんの手が止まった。フォークを見て、それから俺を見る。
こうすると、喜ぶ人が多い。
けれど、彼女は何か言いかけたまま、少し困った顔をした。
「お皿に、もらってもいい?」
「喜ぶと思ったのに」
小皿より先に顔を見ると、目が合った。
「嬉しいよ。ただ、その……ちょっと照れるから」
言い終える頃には、頬が赤くなっていた。
証明写真まで平気で褒めるのに、これは照れるんだ。
「照れるんだ」
「……初対面でしょう」
「そっか」
ハンバーグを小皿に置くと、真帆さんは自分の分を切り始めた。さっきまで俺を見ていたのに、今はずいぶん手元に集中している。
「蓮くんのも、今あげるからね」
「うん」
笑いを含んだ返事になったけれど、今度は顔を上げてくれなかった。
食べながら、映画の話をした。最近見た作品が同じで、俺が忘れかけていた場面を、真帆さんはよく覚えていた。
「最後まで普通にいい人で、びっくりした」
「顔で疑われてかわいそう」
真帆さんが吹き出す。一緒に笑っていると、ふいに言われた。
「可愛いね」
……そっち?
「格好いい、のほうがいい」
「それは、さっき言ったよ」
「何回でもいいけど」
彼女はまた笑った。
「じゃあ、格好いい」
「どうも」
訂正してもらったのに、何となく受け流された気もした。でも、その顔を見ていたら、映画の続きが話したくなった。
意見が違っても、真帆さんはすぐには合わせなかった。「私は、あそこが好きだったな」と言われて、もう一度その場面を思い出す。
話しているうちに、皿が空になっていた。
*
店を出てからも、話は続いていた。真帆さんが予告編を出そうとスマホを見て、通路の真ん中へ寄る。向こうから人が来ていたので、肩に手を置いた。
「おねーさん、こっち」
「あ、ありがとう」
寄ってきた彼女と、近くで目が合った。
食事中に照れていた顔を思い出して、手を離すのを少し遅らせる。
「そういうの、しなくていいからね」
何のことかと見返すと、真帆さんは穏やかな顔で続けた。
「ご飯、一緒に食べてくれるだけで嬉しいから。そんなに気を使わなくても大丈夫だよ」
肩に置いた手を見る。ハンバーグのことも、そう受け取っていたんだろうか。
「……別に、サービスじゃないけど」
手を離すと、彼女は少し首を傾げた。
「うん。でも、無理はしないでね」
「してないよ」
もう少し近くにいてもいいかと思っただけなのに、ずいぶん気を使ったことになっていた。
真帆さんは、本当にそのまま帰った。
駅で別れたあと、届いたお礼のDMに返信する。次の誘いが来るかと思ったけれど、やり取りはそこで終わった。
顔は気に入ってたよな。証明写真まで褒めていたし。
それでも、ご飯を食べて、映画の話をして、それで満足して帰った。
……変な人。
スマホをポケットにしまい、階段を下りた。ハンバーグはおいしかったし、話も楽しかった。
また誘われたら行こうと思った。




