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三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


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8/21

蓮SIDE① 変な人

『はじめまして。三十三歳の会社員です』



朝、SNSを開くと、知らない人からDMが来ていた。昨日、焼肉の約束が流れて、誰か代わりに連れてって、と書いた投稿への反応らしい。


よかったら、一緒に夕食をどうか。そのあとに、食事だけ、ご飯代は出すけれど、お手当は出さないと続いている。


女の人と食事をして、お金をもらうことは少し前からしていた。大学の知り合いがそういう話をしているのを聞いて、食事に付き合うくらいなら、俺もやってみてもいいかと思った。


ほかに、深夜のコンビニでも働いている。俺が入る時間は男ばかりで気楽だったけれど、朝まで働いてから講義に出るのはきつい。日数はあまり増やせなかった。


以前は、別の時間帯や店でも働いていた。


二人で食事に行こうと誘われて断ったら、翌日から口をきいてもらえなくなったことがある。仕事の確認にも返事がなく、ほかの人に聞くと、今度はその人とばかり仲よくしていると言われた。


近くにいたから聞いたんだけど。


誰かと付き合っていたわけでも、こちらから誘ったわけでもない。それでも、知らないところで揉めていて、俺まで居づらくなった。


顔で得をしたことはある。そこまで否定するつもりはない。でも、誘いを断っただけで感じが悪いと言われるのは、別の話だと思う。


仕事をしに行った先で、そういうことに気を使うのが面倒だった。

それなら、最初から会う目的と条件が決まっているほうが楽だった。


もっとも、このDMには、お手当は出さないと書いてある。


プロフィールを開く。表示名は、maho。花や、店のテラスらしい写真が並んでいた。本人の顔はわからない。


三十三歳。どんな人だろう。


もう一度、DMを読む。食事だけ、と念を押している。そこまではっきり言うなら、本当にご飯を食べたい人なのかもしれない。


まあ、一度くらい。


『いいよ。何食べに行く?』


返してから、俺はベッドを出た。


*


土曜日、待ち合わせ場所でスマホを見ていると、通知が出た。


『着きました。白のトップスに、カーキのパンツです』


時計の近くに、それらしい人がいた。こちらを見た目が止まったので、片手を上げて近づく。


綺麗な人だった。背筋がすっとしていて、立っている姿も目につく。


「真帆さん?」

「うん。蓮くん?」

「そ」


俺を見上げる顔に、少し笑みが浮かんでいた。


「へえ。綺麗な人じゃん」

「ありがとう。蓮くんも格好いいね」

「知ってる」


彼女が声を出して笑った。


「そうだよね」

「そこ、同意するんだ」

「本当のことだもの」


さらっと言われて、俺も笑った。こういう返し方をする人なんだ。


頼まれていた学生証を渡すと、真帆さんは生年月日を確認してから、写真と俺の顔を見比べた。それから、もう一度写真に目を戻す。


「そんなに違う?」

「え?」

「結構まじまじ見てるから」


真帆さんは手元を見て、ようやく気づいたようだった。


「ああ、違うの。証明写真も格好いいなと思って」

「それはどうも」


返されたカードを財布にしまう。


顔が好みなんだろうな、とは思った。会ってみたら気が変わる人もいるし、本当に食事だけで終わるかは、まだわからない。


俺も、この人なら、そのあと誘われても嫌じゃないと思った。


*


洋食屋で、真帆さんはデミグラス、俺は和風のハンバーグを頼んだ。彼女が二種類の写真を見比べていたので、一口あげると言うと、自分のも分けてくれることになった。


料理が来て、一口食べる。ちゃんとおいしかった。


もう一切れ切り分け、大根おろしをのせて差し出す。


「はい」


真帆さんの手が止まった。フォークを見て、それから俺を見る。


こうすると、喜ぶ人が多い。


けれど、彼女は何か言いかけたまま、少し困った顔をした。


「お皿に、もらってもいい?」

「喜ぶと思ったのに」


小皿より先に顔を見ると、目が合った。


「嬉しいよ。ただ、その……ちょっと照れるから」


言い終える頃には、頬が赤くなっていた。


証明写真まで平気で褒めるのに、これは照れるんだ。


「照れるんだ」

「……初対面でしょう」

「そっか」


ハンバーグを小皿に置くと、真帆さんは自分の分を切り始めた。さっきまで俺を見ていたのに、今はずいぶん手元に集中している。


「蓮くんのも、今あげるからね」

「うん」


笑いを含んだ返事になったけれど、今度は顔を上げてくれなかった。


食べながら、映画の話をした。最近見た作品が同じで、俺が忘れかけていた場面を、真帆さんはよく覚えていた。


「最後まで普通にいい人で、びっくりした」

「顔で疑われてかわいそう」


真帆さんが吹き出す。一緒に笑っていると、ふいに言われた。


「可愛いね」


……そっち?


「格好いい、のほうがいい」

「それは、さっき言ったよ」

「何回でもいいけど」


彼女はまた笑った。


「じゃあ、格好いい」

「どうも」


訂正してもらったのに、何となく受け流された気もした。でも、その顔を見ていたら、映画の続きが話したくなった。


意見が違っても、真帆さんはすぐには合わせなかった。「私は、あそこが好きだったな」と言われて、もう一度その場面を思い出す。


話しているうちに、皿が空になっていた。


*


店を出てからも、話は続いていた。真帆さんが予告編を出そうとスマホを見て、通路の真ん中へ寄る。向こうから人が来ていたので、肩に手を置いた。


「おねーさん、こっち」

「あ、ありがとう」


寄ってきた彼女と、近くで目が合った。


食事中に照れていた顔を思い出して、手を離すのを少し遅らせる。


「そういうの、しなくていいからね」


何のことかと見返すと、真帆さんは穏やかな顔で続けた。


「ご飯、一緒に食べてくれるだけで嬉しいから。そんなに気を使わなくても大丈夫だよ」


肩に置いた手を見る。ハンバーグのことも、そう受け取っていたんだろうか。


「……別に、サービスじゃないけど」


手を離すと、彼女は少し首を傾げた。


「うん。でも、無理はしないでね」

「してないよ」


もう少し近くにいてもいいかと思っただけなのに、ずいぶん気を使ったことになっていた。


真帆さんは、本当にそのまま帰った。


駅で別れたあと、届いたお礼のDMに返信する。次の誘いが来るかと思ったけれど、やり取りはそこで終わった。


顔は気に入ってたよな。証明写真まで褒めていたし。


それでも、ご飯を食べて、映画の話をして、それで満足して帰った。


……変な人。


スマホをポケットにしまい、階段を下りた。ハンバーグはおいしかったし、話も楽しかった。


また誘われたら行こうと思った。


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