蓮SIDE③ 喜んでもらえるように
別の日、以前から食事に誘ってくれる女性と会った。
駅ビルの入口でスマホを見ていると、名前を呼ばれた。顔を上げれば、淡い色のブラウスを着た彼女が歩いてくる。耳元でピアスが揺れていた。
「久しぶり」
「待った?」
「今来た」
手を上げて迎え、近くまで来た顔を見る。前に会ったときより、耳の下が少しすっきりしていた。
「髪、切った?」
「わかる? ちょっとだけなんだけど」
「うん。似合ってる」
彼女の手が耳元へ上がり、口元がほころんだ。こういう変化には、気づいたら言うようにしている。少し切っただけなら、なおさら気づいてもらえると嬉しいらしかった。
「蓮くんも、今日いいね」
「今日だけ?」
「そういう意味じゃないよ」
笑いながら腕を軽く叩かれたので、俺も笑った。
*
食事の前に寄ったアクセサリーの店で、彼女は二つのピアスを交互に耳元へ当てていた。
「どっちがいいと思う?」
隣から少し顔を寄せ、鏡越しに見比べる。彼女の目が一度こちらへ動いて、そのまま止まった。
「俺は、そっち」
「こっち?」
「うん。髪、短くしたから、よく見える」
金色の輪を当てたまま、彼女は鏡に向き直った。顔を左右に動かしているけれど、もう迷っている様子ではない。
「じゃあ、こっちにしようかな」
店を出てからも、彼女はときどき小さな紙袋を見下ろしていた。
「一人だったら、ずっと迷ってたと思う」
「今度、つけてきてよ」
顔を上げた彼女が、少し間を置いて頷く。
「……うん」
さっき鏡の前で決めたときより、嬉しそうだった。
*
食事中、料理の写真を撮っていたスマホがこちらへ向いた。
「蓮くんも撮っていい?」
「いいよ」
カメラを見たけれど、なかなかシャッターが切られない。画面の向こうで、彼女が笑った。
「何か緊張する」
「撮るほうなのに?」
俺が笑ったところで、シャッターの音がした。すぐに画面を確かめた彼女の頬が緩む。
「いいの撮れた?」
「うん。すごく」
「見せて」
向かいから隣へ回ると、彼女はスマホを傾けてくれた。肩が触れるくらいに屈んで覗き込む。スマホを持つ彼女の指が、画面の端で止まっていた。
顔を向ければ、すぐ近くに彼女の目がある。
「よく撮れてる」
「モデルがいいから」
そう言って笑う声が、少し照れていた。俺も笑って席へ戻ると、彼女はもう一度、写真を見た。
*
店を出たところで、袖を引かれた。
「もう少し歩かない?」
「いいよ」
まだ早い時間だったし、彼女も帰りたくなさそうだった。
歩き始めると、店へ向かっていたときより距離が近くなった。話しながら俺の腕に触れる手も、すぐには離れない。こちらからも顔を寄せて聞くと、彼女は楽しそうに話を続けた。
その声に合わせて、俺も少し声を落とす。近くで話していると、目が合う回数が増えた。
「今日、会えてよかった」
「そんなに忙しかった?」
「うん。でも、楽しみにしてたから」
俺を見て、少し照れたように笑う。その顔を見ていたら、彼女が続けた。
「また誘ってもいい?」
「いいよ。次はピアス見せてもらわないと」
彼女は、買ったものを思い出したように耳元へ触れた。
「覚えててね」
「忘れないよ」
嬉しそうに、もう一度俺の腕へ手が伸びてきた。
*
駅で別れる前に、彼女がバッグから封筒を取り出した。
「今日はありがとう」
「こちらこそ。ごちそうさまでした」
受け取ってしまっても、彼女はまだこちらを見ていた。俺もすぐには背を向けず、その顔を見る。
「気をつけてね」
「うん。蓮くんも」
改札へ向かう後ろ姿を見送った。数歩進んだところで彼女が振り返る。
振り返りそうだと思っていた。
目を合わせて手を上げると、ぱっと笑って手を振ってくれた。今度こそ改札を通るのを見届け、俺も自分の使う改札へ向かう。
店も料理もよかったし、彼女も楽しんでくれた。
バッグの中の封筒を確かめてからスマホを出し、お礼のDMを送った。
『今日はありがとう。ピアス、似合ってた』
ほどなく、ハートのついたスタンプが届いた。




