蓮SIDE④ 俺みたいな
三回目は、俺から誘った。
何が食べたいか聞かれたけれど、いくつか浮かんだ店は、どこでもよかった。真帆さんに聞き返すと、落ち着いた雰囲気のレストランのページが届いた。
ドレスコードがあるので、少し綺麗めで来てほしいらしい。
『ジャケットあればいい?』
大丈夫だと返ってきたので、クローゼットを開けた。
白いシャツを当ててみたけれど、少しかしこまって見える。黒のタートルネックに替え、ジャケットを羽織った。
こっちかな。
鏡の前で横を向く。真帆さんは、どんな格好で来るんだろう。
当日はワンピースだった。
いつもより少し華やかで、歩いてくるのを見て姿勢を起こす。俺に気づいた彼女の足が、わずかに緩んだ。
あ、見てる。
「おねーさん」
片手を上げると、近づいてきた真帆さんが笑った。
「お待たせ」
「俺も今来た」
俺の服を、もう一度見た。気に入ったらしい。
「これで大丈夫?」
「うん。素敵。似合ってる」
「よかった」
少し迷ったけれど、これにしてよかった。
「おねーさんも、いつもと違うね」
「お店に合わせてみた」
「似合ってる」
本当に似合っていた。真帆さんは笑って礼を言うと、店の方向へ歩き出した。
信号待ちで、また視線を感じた。横断歩道の先を見たまま少し待っても、まだ見ている。
「何?」
顔を向けると、彼女の目が俺の目に移った。
「ジャケットも似合うなと思って」
「さっきも言った」
「うん。もう一回思ったの」
思わず笑った。
見ていたのがばれても、取り繕わない。そういうところは、初めて会った日と変わらなかった。
信号が青になる。
「行こ」
真帆さんと並んで、横断歩道を渡った。
*
料理が来ると、真帆さんは嬉しそうに食べ始めた。俺も食べながら、さっきの話を続ける。
映画から小説の話になった。真帆さんが最近読んでいるという本は、俺も書店で見かけたことがあった。
「最後まで読んだら、面白かったか教えて」
「読む?」
「面白かったら」
「責任重大だね」
そう言って笑うので、俺も笑った。読み終わったら、きっと連絡をくれるだろう。そのとき、借りたいと言えばいい。
コーヒーを飲んでいるとき、また目が合った。
「そんなに気になる?」
「似合うなと思って」
「それ、三回目くらい」
真帆さんが笑う。
「じゃあ、もう言わない」
「言わなくていいとは言ってないけど」
また笑われた。
もっと言ってほしい、みたいになった。でも、似合っていると言うたびに、真帆さん自身が嬉しそうだった。
もう一回くらい聞いてもいいと思った。
*
店を出てから、来週のことを聞いた。今日は楽しかったし、また会えたらよかった。
「おねーさん、来週は?」
「あー、約束あるから、ごめんね?」
「友達?」
真帆さんがこちらを向いた。
「ううん。蓮くんみたいな?」
一瞬、返す言葉が出なかった。
俺みたいな。
「ああ」
食事に行く男が、ほかにもいる。
考えてみれば、不思議なことじゃない。俺だって、SNSで知り合った。向こうから誘ってきたのも、こういうことに慣れていたからだろう。
「その次の週も、ちょっと予定があって。もう少し先でもよければ」
「うん」
駅へ向かう人の流れに、目を戻した。
「また連絡して」
「わかった」
すぐに返ってきた声は、いつもどおりだった。
*
電車に乗ってから、ジャケットの袖を見た。
今日、何度も褒められた。本当に気に入っていたと思う。気を使って言っている顔じゃなかった。
だったら、いいはずなのに。俺みたいな、か。
来週は誰と何を食べるんだろう。聞けば普通に教えてくれそうだったけれど、別に聞きたくはなかった。
トーク画面を開き、今日のお礼を打つ。
『今日はありがとう。おいしかった』
送ってから、背もたれに寄りかかった。
店に入る前、俺を見つけたときの顔を思い出す。あのときは、ちょっと嬉しかった。今も、そこは変わらない。
画面が光った。
『こちらこそ、ありがとう。付き合ってくれて嬉しかったです』
俺はその一文を、もう一度読んだ。




