本気になっちゃった?
『ここ、どう?』
蓮くんから送られてきたのは、土鍋ご飯と魚料理のお店だった。鯛も、鮭といくらもおいしそうで、返事をしたあともメニューを眺めてしまった。
当日、店へ向かいながら、もうご飯を選んでいると話すと笑われた。結局、蓮くんも食べたがった鮭といくらに決める。二人前からだったので、好みが合ってよかった。
「この前の本、読み終わった?」
「うん。面白かったよ」
「じゃあ、読む」
注文を終えたばかりの彼を見て、笑ってしまった。
「私の感想だけで?」
「面白かったらって言ったじゃん」
「そうだけど。好み、合うかな」
彼は当然のことのように言った。
「読んでみればわかるでしょ」
もっともだった。今度持ってくると約束すると、蓮くんは「ありがと」と笑った。
土鍋ご飯は、二人ともおかわりをした。私が覗き込むと、彼がお茶碗を受け取り、おこげも一緒によそってくれた。
食後のお茶を飲みながら、本を忘れないようメモしておこうと、スマホを出す。
「あれ?」
蓮くんの声に、指を止めた。
「何?」
「それ、やってるの?」
視線の先には、この間入れた恋活アプリのアイコンがあった。
「ああ、これ? うん。最近始めたの」
彼は一度私を見てから、「そうなんだ」と答えた。
「まだ、使い方もよくわからないんだけどね」
私は笑ってメモを開く。本、と入力してから顔を上げると、蓮くんはお茶を飲んでいた。
「今度、忘れずに持ってくるね」
「うん。楽しみにしてる」
*
真帆さんを見送ってからも、さっきのアイコンが頭に残っていた。
恋人、探してるんだ。
ジャケットが似合うと、何度も言っていた。隣を歩いているときまで見ていたくせに、恋人は別に欲しいらしい。
じゃあ、俺がいいと言われたら?
帰ってシャツを脱ぎながら、考えた。ご飯を食べて、映画を見て、そのあとも一緒にいる。肩に触れても、お礼だと思われない。
気づくと、口元が緩んでいた。
……嬉しいんだ、俺。
椅子にシャツをかけ、スマホを取った。
『本、楽しみにしてる』
そこまで打って、消す。それは、さっき言った。
スマホを置いて、ベッドに腰を下ろした。真帆さんに好きだと言われるところを、また想像してしまった。
*
文庫本を貸して一週間ほど経った頃、蓮くんから読み終わったと連絡が来た。
最後の展開について送られてきた感想に、私も話したかったと返す。次の土曜日、夕方から友達に会う前に、お茶をすることになった。
「今日、俺が出すから」
本を受け取ってバッグにしまうと、蓮くんがメニューをこちらへ向けた。
「本、借りたお礼」
「そんなの、いいのに」
「俺が誘ったんだし」
チーズケーキと季節のタルトの写真が並んでいた。お店のページを見たときから食べたかったほうを、もう一度眺める。
「……じゃあ、ご馳走になろうかな」
「うん。どれにする?」
私がチーズケーキを指すと、彼も同じものにすると言った。
本の話は、注文したあとすぐに始まった。蓮くんが最初の場面を挙げ、私は途中の台詞のほうが気になったと答える。
「真帆さん、知ってたから言わなかったんだ」
「言いたかったよ。すごく」
「危なかった」
笑った彼の前に、ケーキが置かれた。
本のお礼なら、感想を聞かせてもらうだけで十分だった。でも、お店を探して誘ってくれたことも、ご馳走すると言ってくれたことも、嬉しかった。
一口食べて顔を上げると、目が合った。
「何?」
「ありがとう。誘ってくれて」
蓮くんは少し笑った。
「うん」
帰り際には、友達によろしくと言われた。知らないでしょうと返せば、「一応」と笑う。
手を振って別れてから、バッグの中の本を思い出した。
貸してよかったな。読んでもらって、よかった。
*
数日後、お皿を持った猫のスタンプと一緒に、久しぶりのお誘いが届いた。
最初に声をかけてきた男の子だった。翌週、前にも一緒に行った洋食屋さんで会い、彼は予告どおり海老フライを頼んだ。
SNSで誰かと会っているかと聞かれたので、近況を話した。家の場所を聞きたがる子とはもう会っていないこと。初めて会う相手には、食事だけと伝え、年齢も確認していること。
「ちゃんとしてるじゃん」
「どうしてあなたが偉そうなの」
彼は声を出して笑った。
「でも、最近は、決まった子とよく行くようになったよ」
「へえ」
何となく、顔がにやっとした。
「本気になっちゃった?」
「そんな――」
そんなことない、と笑おうとした。
なのに、白いお皿のチーズケーキが浮かんだ。今日、俺が出すから、とメニューをこちらへ向けてくれた手まで。
「……そういうんじゃないよ。話してて楽しいし、食べたいものも合うから」
「ふうん」
「何、その顔」
彼は笑いながら、海老フライを切った。
「楽しいならいいじゃん」
それには、すぐに頷けた。
帰りのホームで、蓮くんとのトーク画面を開いた。何か送ろうと入力欄に触れたけれど、特に用事はない。
今日、ハンバーグを食べたよ。それだけ送るのも、何だろう。
迷っているうちに電車が来て、スマホをしまった。




