予告編は、あとで見ます
日曜日、恋活アプリで知り合った人とお茶をした。
三十五歳の会社員で、やり取りの感じがよく、好きな映画もいくつか重なっていた。写真より少し柔らかい印象の人で、旅行先で撮ったという金沢の朝ご飯を見せてくれた。
「このお店が、すごくよかったんです」
「おいしそう」
「朝から食べすぎました」
二人で笑った。私の話も聞いてくれるし、会話が途切れて困ることもなかった。
結婚を考えられる相手と出会いたくてアプリを始めた、と話す彼に、私も、いい人がいればと思っていると答えた。
「まずは、お互いを知ってからですよね」
穏やかに返してもらえて、ほっとした。
けれど、帰りの電車で、また会いたいという連絡をもらうと、返事に迷った。
もう一度会うのは嫌ではない。一度ではわからないこともあるだろう。
そう思うのに、予定を開く気になれなかった。
帰宅してお湯を沸かしながら、友達のカーテンの話を思い出した。ああいう暮らしはいいなと思ったし、一緒に笑える相手は欲しい。
ただ、誰かと会って、次も会いたいか考えて、返事を書く。その一つ一つが、今日は少し重かった。
私、こういうの向いてないのかも。
お礼を書き、今は自分の気持ちが追いついていないことを伝えた。次に会う約束はできそうにない、と添えるまでに何度か書き直す。
送信して、スマホを置いた。
せっかくの日曜日なのに、宿題を済ませたような気分だった。
*
お茶を飲み終える頃、連絡が来た。
『この前言ってた映画、配信始まってる』
蓮くんだった。画像を見て、すぐに配信サービスを開く。あとで見ようと思って、そのまま忘れていた映画だ。
『ありがとう。今日見ようかな』
『俺も今から見る』
『じゃあ、私も』
時計はまだ六時過ぎだった。見終わってから夕飯を作ればいい。
クッションを引き寄せ、再生ボタンを押した。
映画が終わってスマホを取ると、ちょうど『見た?』と届いた。
『今、終わった』
『最後さ』
『うん』
続きを待ちながら、私も打つ。
あの人、最初から知ってたのかな。
送る直前に、蓮くんから同じような疑問が届いた。笑って、入力しかけた文章を消す。
『それ、今打ってた』
『やっぱり?』
一つ答える間に、また聞きたいことが浮かぶ。途中で出てきた写真の話を書いていたら、新しい通知が出た。
『電話していい?』
電話。
そういえば、したことがなかった。
誰に見られるわけでもないのに、膝の上のクッションを脇へ置いた。
『うん』
すぐに着信が来た。
「もしもし」
「真帆さん?」
「うん。聞こえるよ」
いつもの声だった。ただ、いつもより近い。
「よかった。打つの間に合わない」
笑っている声に、私も笑った。
「私も。何回も書き直してた」
「あの写真、もう一回見た?」
「まだ」
リモコンを取り、教えてもらった場面まで戻す。言われたところで止めれば、確かに写真が写っていた。
「あ、本当だ」
「でしょ?」
耳元で声が弾んだ。
「あの台詞も、そういう意味だったんだね」
「たぶん。俺も最初、気にしてなかった」
二人で確かめながら、もう一度その場面を見た。一人で見終えたはずなのに、まだ映画の続きにいるようだった。
いつの間にか、別の話になっていた。
蓮くんは昼過ぎまで寝ていたらしい。昨日は友達とゲームをしていたと言い、私にも何をしていたかと聞いた。
「出かけてたよ。お茶して、夕方には帰ってきた」
「そっか。ご飯、食べた?」
「まだ。映画見ちゃったから」
時計を見ると、八時半を過ぎていた。
「何食べるの?」
「豚肉とキャベツがあるから、炒めようかな」
「いいじゃん」
スマホを耳に当てたまま冷蔵庫を開け、豚肉のパックを取り出す。
「蓮くんは?」
「米はある」
「炊いてあるの?」
冷凍、と返ってきたので、私は笑った。
「じゃあ、もう半分できてるね」
蓮くんが声を出して笑う。その声を聞いていたくて、キャベツを取り出す手が少し遅くなった。
「じゃあ、ご飯作るね」
「うん」
冷蔵庫を閉めても、すぐには切れなかった。
「映画、教えてくれてありがとう。電話も楽しかった」
「俺も」
返ってきた声に、口元が緩む。
「今度は、一緒に見ようよ」
「映画館で?」
「うん。見終わってすぐ話せるし」
蓮くんと並んで座るところが浮かんだ。
「いいね。何か見たいのある?」
「ある。あとで送る」
まずはご飯ね、と言うと、「はいはい」と笑って蓮くんは電話を切った。
豚肉とキャベツを炒めながらも、さっきの声を思い出していた。
食事ではない約束。
友達とも映画には行く。それなのに、蓮くんと行くのだと思うと、何を着ようかまで考えてしまう。
<本気になっちゃった?>
私は菜箸で豚肉を返した。
映画くらい、行くでしょう。
スマホが震えたので、火を弱めて見に行く。蓮くんから予告編が届いていた。
『これ』
私は先に返事を打った。
『行きたい』
送ってから、まだ再生していないことに気づいた。




