今日はテーブルがない
予告編は、ちゃんと面白そうだった。
蓮くんが送ってくれた上映スケジュールを見て、土曜日の午後の回に決めた。チケットは彼が取っておいてくれることになった。
当日、映画館で代金を聞いても、彼は受け取らなかった。
「今日は俺が誘ったから。一緒に見たかったし」
財布を出しかけた手が止まる。彼はもう売店のメニューを見上げていたので、私も慌てて顔を上げた。
「じゃあ、飲み物は私が出すね」
「ありがとう。何にする?」
「アイスティー」
決めていたものを答えただけなのに、少し遅れた。
一緒に見たかった、か。
隣を見ないようにしながら、サイズを選んだ。
席は、ちょうど真ん中あたりだった。バッグを膝に置くと、蓮くんが「見やすい?」と尋ねる。
頷いて座り直したところで、肘掛けに置かれた彼の腕が目に入った。
今日はテーブルがない。
顔を向ければ、すぐそこにいる。私はスクリーンへ向き直った。
予告編が始まってしばらくすると、見覚えのある俳優が映った。
あの人だ。
隣を見れば、蓮くんもこちらを向いていた。口元を緩め、少しかがんできたので、私も顔を寄せる。
「また怪しい役」
耳元の低い声に、首の後ろがそわっとした。
「まだ、わからないでしょう」
「今、銃持ってたけど」
確かに。
笑いをこらえてスクリーンへ戻る。彼はもう普通に予告編を見ていたけれど、私の耳には、しばらくあの声が残っていた。
*
本編が始まれば、ちゃんと夢中になった。
主人公が迷うところでは私まで息を詰めたし、そこでそんな冗談を言うのかと笑った場面では、隣からも小さく声が漏れた。
明るくなるのを待って顔を向けると、蓮くんもこちらを見た。
「どうだった?」
「話したいこと、いっぱいある」
「俺も」
同じような顔をしていて、笑ってしまった。
上映後のロビーは混み合っていた。彼の後ろを歩いているうち、横から来た人に道を譲って、少し離れる。
振り返った蓮くんが、手を差し出した。
「真帆さん、こっち」
つい、その手を取っていた。
指が私の手を包む。人の流れを抜け、壁際まで来ると、するりと離れた。
「最後のさ。あそこで戻ると思わなかった?」
もう映画の話を始めている。
「……思った。絶対戻ると思った」
「だよね」
私は空いた手でバッグを持ち直した。ロビーの時計は、まだ五時前だった。
「何か食べていく?」
「いいの?」
「うん。映画の話もしたいし」
このまま別れるには、話し足りなかった。
近くの店でピザを頼み、気になった場面を話した。好きなところが違うので、そのたびに映画の中へ戻ることになる。
お皿が空になってからも話していたら、蓮くんが壁の時計を見た。
「時間、大丈夫?」
「うん。蓮くんは?」
「俺も大丈夫」
彼はそのまま店員さんを呼び、飲み物のおかわりを頼んだ。
「真帆さんも?」
「うん。同じので」
もう少し、ここにいられる。
メニューを戻す彼を見ながら、私は椅子に座り直した。
*
外へ出る頃には、すっかり暗くなっていた。
駅までの道は、映画館のロビーほど混んでいない。蓮くんは私の隣を歩き、その手は上着のポケットに入っていた。
「今日はありがとう」
「こちらこそ。ピザ、ごちそうさま」
「映画、誘ってくれて嬉しかった」
横を見ると、彼もこちらを見ていた。
「また行こうよ」
「うん」
すぐに答えた私に、蓮くんが笑う。
帰宅して送ったお礼にも、『俺も』と返ってきた。
『次、真帆さんが選んで』
私は上映予定を開いた。
誰と見るかは、もう決まっていた。
■■■
次に見る映画は、私が送った三本の予告編から選んだ。
蓮くんは一つずつ見てくれたらしく、それぞれに感想を返してくれた。結局、最初に私が気になっていた作品に決まり、再来週の土曜日に会うことになった。
『今度は私が取っておくね』
『ありがとう。楽しみ』
その返事を見てから、もう一度予告編を再生した。




