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三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


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15/21

この服、どうしよう

彼を見かけたのは、その翌週だった。


買い物帰り、通りの向こうに見覚えのある横顔があった。アクセサリーのお店の前で、隣にいる女の子の話を聞いている。


淡いピンクの短いカーディガンにデニム。巻いた髪が肩にかかり、笑うたびに揺れていた。二十代前半くらいだろうか。可愛らしい子だった。


声をかけようとしたところで、蓮くんが少しかがんだ。

彼女の耳元を見て何か言うと、その子は嬉しそうに髪を耳へかけた。蓮くんの腕に触れた手が、そのまま残る。


私は足を止めた。


彼女、いたんだ。

並んだ二人は、自然に馴染んでいた。見上げる彼女に蓮くんも笑って、近くで話している。


お似合いだな、と思った。


信号が変わり、私は買い物袋を持ち直した。今、声をかけるのは野暮だろう。それに、何と紹介してもらうのかも、よくわからなかった。



*



電車に乗ってから、蓮くんとのトーク画面を開いた。


来週の映画の約束が、画面に残っている。そのあと何を食べようかと、ついさっきまで考えていた。


あの子は、知っているのだろうか。

私と二人で食事をして、映画にも行っていること。


そんなことを考えていたら、蓮くんから連絡が来た。


『さっき、駅の近くにいた?』

『うん。買い物してた』


すぐに既読がついた。


『一緒にいた人、時々ご飯行く人なんだ』

『彼女じゃないよ』


画面を見つめた。


『そうなんだ』


返すと、少しして、もう一通届いた。


『帰ったら電話していい?』


私はしばらく画面を見てから、『うん』と返した。


時々ご飯に行く人。

私も、そうだ。一緒に食事をして、楽しく話して、次の約束をする。


彼女ではないとわかって、ほっとしたはずなのに、アクセサリーのお店の前で見た笑顔が頭に残っていた。



*



帰宅して、買ってきたものを冷蔵庫にしまった。服の入った袋はソファの脇に置き、蓮くんへ『帰ったよ』と送る。


ほどなく着信が来た。


「もしもし」

「真帆さん?」


聞き慣れた声に、胸のあたりが少し緩んだ。こんなときでも、声を聞くと嬉しいのか。


私はソファに腰を下ろした。


「さっきの人、前から食事とかに誘ってくれる人なんだ」

「ああ……そっか」


もっと年の離れた女性と会うものだと、何となく思っていた。あんなに若くて可愛い人もいるのか。


あの人も、今日のために服を選んだのかもしれない。耳元へ顔を寄せてもらって、嬉しかったのだろう。


私だって、映画館で小声で話しかけられただけで、しばらく落ち着かなかった。


「真帆さん?」

「うん。聞いてる」

「真帆さんとは違うから」


そう言ってくれる声は優しかった。でも、何が違うのか聞いたら、困らせてしまいそうだった。

食事だけでいいと伝えたのは、私だ。近づいてきた彼に、そういうことはしなくていいと言ったこともある。


「……映画、誘ってくれて嬉しかったの」


少し間を置いて、返事があった。


「俺も、一緒に行きたかったよ」

「私に会いたくて誘ってくれたのかなって、思ってたから」

「そうだよ」


あの人にだって、会うのを楽しみにしていたと言うのかもしれない。

そんなことを考えた自分が嫌だった。彼女ではないと教えてくれたのに、それだけでは足りなくなっている。


「次の映画、少し待ってもらってもいい?」


向こうが静かになった。


「まだチケット、取ってないから」

「……会いたくなくなった?」

「そうじゃない」


それだけは、すぐに答えられた。

会えば、きっと嬉しくなる。いつものように顔を眺めて、笑ってしまうと思う。


「ちょっと、考えたいだけ」


蓮くんはしばらく黙っていた。待っている間に、窓の外を車が通り過ぎた。


「わかった」


やがて、声が返ってきた。


「でも、俺が会いたくて誘ったのは、ちゃんと覚えてて」


頷いてから、電話では見えないことに気づいた。


「……うん」


通話が終わっても、しばらくソファから動けなかった。


画面には、映画を選んだときのやり取りが残っている。


『ありがとう。楽しみ』


私はそこを読み返し、スマホを伏せた。

服をハンガーにかけようと、買い物袋へ手を伸ばす。店で鏡に当てたときには、色が気に入ったのだと思っていた。


違った。


これ、蓮くんと映画に行く日に着ようと思っていたんだ。


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