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三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


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16/21

テーブルが邪魔だった

電話が切れてからも、しばらくスマホを耳に当てていた。


店を出たとき、通りの向こうに真帆さんが見えた。買い物袋を持って、駅のあるほうへ歩いていた。声をかけられる距離ではなく、隣の人に話しかけられている間に、見失った。


気づかれただろうかと思って、あとで連絡した。


彼女じゃないと伝えれば、それで済むと思っていた。

来週も会えると思っていた。

映画を見て、そのあと何か食べる。彼女の送ってきた予告編に感想を返したときには、もうそこまで楽しみにしていた。


「……言えばよかった」


一緒に行きたかった。それは言った。

でも、何で一緒にいたいのかは、言えてなかった。



*



今日会った人から、お礼のDMが来ていた。

勧めたピアスを来週つけて出かけるらしく、写真が添えられている。その下には、また会いたいと書いてあった。


楽しかったし、喜んでもらえたことも嬉しかった。いつもなら、写真を褒めて、予定を確かめていたと思う。


返信を書きかけて、止まった。

ここで次を楽しみにさせても、俺はきっと、真帆さんから連絡が来ないか気にしてしまう。


お礼を返し、もうこういう形では会わないつもりだと伝えた。少し迷ってから、好きな人がいることも書いた。

送信すると、その言葉が画面に残った。



好きな人。



自分で書いたくせに、しばらく見てしまった。



*



真帆さんとのトーク画面を開く。


あの人とはもう会わない、と打って、消した。

それを先に言えば、やめたのだから会ってほしい、という話になりそうだった。


そうじゃない。


映画に誘ってくれて嬉しかった、と言った声を思い出す。

俺が何を言っても、少しずつ遠くなるようで、電話を切りたくなかった。


今度は、顔を見て言いたかった。


『さっき、ちゃんと言えなかったことがある』

『会って話したい。いつなら大丈夫?』


送ってから、スマホを置いた。



返事は翌日の昼に来た。


『来週の日曜なら』

『お茶だけでもいい?』


『もちろん』と返し、駅の近くのカフェで待ち合わせることになった。


店の場所を調べたあと、映画の上映予定も開いてしまった。

でも、来週も、まだやっている。


画面を閉じて、真帆さんとの約束をカレンダーに入れた。



■■■



カフェの奥で、蓮くんが手を上げた。

背の高い椅子が並ぶ、壁際の席だった。近づくにつれて、彼の顔がよく見える。


会いたかったな、と思った。


「待たせちゃった?」

「ううん。今来た」


向かいに座ると、いつものようにこちらを見る。その目に少し困って、メニューを開いた。

コーヒーを頼んでからも、何を話せばいいのかわからなかった。映画の話なら、いくらでもできるのに。


「来てくれて、ありがとう」

「私も、ごめんね。映画、待ってもらっちゃって」

「それはいいよ」


そこで言葉が途切れた。


蓮くんは急かさずに待っていた。私はテーブルの端へ目を落とし、それから彼を見た。


「……この前、一緒にいた人。嬉しそうだったね」

「うん。喜んでもらえるように工夫したからね」

「工夫?」


彼は少し考えた。


「どう言ったら嬉しいかとか、何をしたら楽しめるかとか。仕事として会ってるから」


あの人が髪を耳へかけた仕草を思い出した。蓮くんは、そんな顔をしてもらえるように接していたのだ。


「私も、あんな顔してたのかなって思ったの」


彼の口元から、笑みが消えた。


「蓮くんと話すの、楽しいから。ああいうふうに笑ってもらったら、嬉しいよね」


コーヒーが運ばれてきて、いったん黙った。店員さんが離れてからも、カップには手をつけられなかった。


「最初は、ご飯だけで楽しかったんだよ。でも、蓮くんから連絡が来るのを待つようになってた」


言ってしまうと、顔を見ているのが難しくなった。


「映画も、私に会いたくて誘ってくれたのかなって思ってたから。それも、喜ばせてくれてたのかなって……」


声が小さくなる。


「会いたかったから、誘ったよ」


顔を上げると、蓮くんは私を見ていた。


「映画を見て、真帆さんと話したくなった。次は隣で見たかった」

「うん。でも、それは」

「好きだから」


続けようとした言葉が止まった。

蓮くんは、私から目を逸らさなかった。


「真帆さんが好きなんだよ」


私はコーヒーに手を伸ばした。飲もうとして、まだ熱いことに気づく。戻したカップがソーサーに当たり、小さく鳴った。


「あのね。私たち、十二歳違うでしょう」

「うん」

「蓮くんはこれから就職して、会う人も変わると思うの」


彼は黙って聞いていた。


「同じくらいの歳の子のほうが、一緒にいて楽しいって思うかもしれない」

「……真帆さんは、俺といて楽しくない?」

「楽しいよ」


思わず答えると、彼の眉が少し下がった。


「じゃあ、真帆さんは?」


先の話ならできた。自分がどう思っているかを言うほうが、ずっと怖かった。


「好きだと思う」


蓮くんの目が、わずかに開く。

その顔を見たら、曖昧にしておけなくなった。


「思う、じゃなくて……好き」


彼の口元が緩んだ。隠す気もなさそうに嬉しそうで、見ている私の頬まで熱くなる。


「だから、怖いんだよ」


膝の上で両手を重ねた。


「ほかの女の人と会ってたら、嫌だと思うし。今までみたいに、楽しかったねって帰れなくなる」


蓮くんは、今度は笑わなかった。


「結婚も、今すぐしたいわけじゃないけど、何年かしたら考えるかもしれない。そのとき、蓮くんにはまだ早いかもしれないでしょう」


付き合ってもいないのに、こんな先のことまで。


「……重くて、ごめんね」


彼を見ると、また口元が緩んでいた。


「今、笑うところ?」

「ごめん。嬉しくて」

「私、結構、真剣に話してるんだけど」


蓮くんは頷いた。


「そんなに俺のこと考えてたんだ、と思って」


今度は耳まで熱くなった。


「……言わなきゃよかった」

「それは困る」


すぐに返され、何も言えなくなる。


「重くていいよ。ちゃんと聞くから」


その声は、笑っていなかった。


「真帆さんだって、俺じゃないほうがいいって思うかもしれないじゃん」


少しして、蓮くんが言った。


「アプリで、同じくらいの歳の、仕事もちゃんとしてる人に会って。俺といるより安心するかもしれないし」


簡単には否定できなかった。未来はわからないと言ったのは、私だ。


「俺、面白くなかったよ。アプリ始めたって知ったとき」

「……そうだったの?」

「俺にはあんなに格好いいって言ったじゃん、って」


私は彼を見た。


「それは、本当にそう思ってるから」

「うん。知ってる」


いつもの返事に、少し笑ってしまった。


「でも、顔が好きなのと、付き合いたいのは違うんだろうなって思った。だから、今、嬉しい」


彼はテーブルに置いた自分の手を見てから、私へ目を戻した。


「先のことは、俺も全部はわからないけど。怖くなったら、俺に言って」


私は頷いた。


「勝手に俺のためとか考えて、いなくならないで」


返事をしようとしたとき、彼が少し困ったように笑った。


「俺のこと、捨てないでよ」


その顔を見たら、抱きしめたくなった。テーブルが、邪魔だった。

私は彼の手に触れ、そっと握った。蓮くんは一度手元を見てから、私を見た。


「……捨てないよ」


握り返してきた手が温かくて、ますます、テーブルが邪魔になった。


「私も、ちゃんと話す」

「うん。俺も」


彼の指が、私の手を包み直した。


「ほかの人と、ああいう会い方はもうやめる。真帆さんと付き合いたいから」


私はつないだ手を見て、それから彼の顔を見た。


「……私も、蓮くんと付き合いたい」


蓮くんが笑った。


今度は目を逸らさずに、その顔を見ていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


蓮と真帆の物語も、いよいよ終盤です。


二人の行く末を見届けたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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