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三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


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17/21

送ってもらってもいいんだ

カフェを出ると、蓮くんが私の隣に並んだ。


さっきまで向かいに座っていたのに、横を見るのが少し照れくさい。彼は通りの先を眺めてから、こちらへ顔を向けた。


「このあと、予定ある?」

「ないよ」

「じゃあ、もう少し歩こう」


頷くと、手に触れられた。蓮くんは私の手を取ったまま、こちらを見ている。

握り返したところで、指の間に彼の指が入ってきた。


「……え」


思わず手元を見た。ただ握るより、ずっとぴったりくっついている。


「嫌?」

「嫌じゃないけど」


答えても、すぐには顔を上げられなかった。

隣で笑う気配がした。


「びっくりした?」

「……した」


ようやく歩き出すと、蓮くんも隣を歩いた。つないだ手をどのあたりに置けばいいのかまで気になって、しばらく通りの店を見る余裕がなかった。



駅とは反対の道へ入り、人通りが減った頃、蓮くんが明日の一限の話をした。そのあとには、会社の説明会もあるらしい。


「もう、どこを受けるか決めてるの?」

「いくつか気になってる。まだ調べてるところだけど」

「そっか。蓮くんって、何学部だっけ?」


何度も会っているのに、聞いた覚えがなかった。


「経済」

「あ、そうなんだ」

「真帆さんの仕事も、ちゃんと聞いたことないよね」


私は会社で企画に関わる仕事をしていると話した。日によって頼まれることが違うし、外で仕事の説明をする機会もあまりないので、何から話せばいいのか迷う。


「どうして、今の仕事を選んだの?」


聞かれて、就職活動をしていた頃を思い出した。


「自分が関わったものを、お店で見られるのが楽しそうだと思ったのかな」

「実際、働いてみてどう?」

「楽しいこともあるよ。思ってたのと違うことも、いっぱいあるけど」


ようやく出来上がったものを見に行ったら、棚の下段で全然見えなかったことがある。そんな話をすると、蓮くんは笑いかけて、私の顔を見た。


「笑っていいやつ?」

「いいよ。今はね」

「そのときは?」

「しばらく、その棚の前にいた」


彼が笑ったので、私も笑った。

仕事の話をするうちに、つないだ手にも少し慣れてきた。蓮くんが聞いてくれるので、つい失敗したことまで話してしまう。


「就活の参考になる?」

「うん。説明会だと、あんまり聞けないし」


それなら、少しは役に立てたらしい。


私も彼の授業や友達の話を聞いた。食事のときにも大学の話はしていたけれど、名前だけ知っていた友達が、どんな人なのか少しわかった。


話しながら歩いていたら、いつの間にか駅へ戻る道に出ていた。

入口を見て、歩調を緩める。いつもなら、ここで別れる。


蓮くんも立ち止まったけれど、手は離れなかった。


「家まで送っていい?」


顔を上げると、彼はこちらを見ていた。


「……うちまで?」

「うん。まだ一緒にいたいし」


それを言う顔があまりに普通で、返事の前に笑ってしまった。


「何?」

「ううん。じゃあ、こっち」


私はつないだ手を少し引き、いつもの改札へ向かった。



*



真帆さんの家は、駅から十分ほど歩いたところだった。

途中、スーパーの前で彼女の足が緩む。


「買い物ある?」

「今日は大丈夫。つい、いつもの癖で」


店先の野菜を見てから、こちらへ向き直って笑った。


こういう道を、毎日歩いているのか。待ち合わせ場所に来て、駅で別れるところまでしか知らなかった人が、隣でスーパーの品物を気にしている。次に会うときはここを通るんだろうと思いながら、彼女と歩いた。


「ここ」


通りから少し入ったマンションの前で、真帆さんが足を止めた。


「送ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


それでも手はつないだままだった。彼女も離さずにいて、何となく二人とも黙る。


「明日の説明会、頑張ってね」

「うん」


ありがとう、と答えると、また静かになった。帰る理由を二人で確認しているみたいだった。


「真帆さん」


顔が上がる。


「キスしたいんだけど」


目が丸くなった。

その顔に笑いそうになったけれど、彼女が入口へ目をやったので、少し待った。


「……ここで?」

「嫌なら、しない」


つないだ指に、力がこもった。

真帆さんが首を振る。顔を近づけると、こちらを見ていた目が閉じた。


待ってくれている。


そうわかった途端、さっきまで普通に話していたのが嘘みたいに、胸の奥が苦しくなった。


唇に触れ、離れる。

真帆さんはゆっくり目を開けた。まだ近くにいる俺を見て、困ったように眉を寄せる。


「……何」

「いや」


可愛いと思った、と言ったら、ますます顔を上げてくれなくなりそうだった。

握っていた手を少し揺らす。


「またね」

「うん。またね」


ようやく指をほどくと、彼女はバッグから鍵を出した。入口へ向かうのを見ていたら、扉を開ける前に振り返る。

目が合って、恥ずかしそうに笑った。

俺も手を上げた。



電車に乗ってようやく、真帆さんが好きだと言ってくれたときの顔を、ゆっくり思い出せた。


あのときは返事を聞くのに精いっぱいだった。嬉しいと言えば俯いてしまうし、もっと見たくても、こちらを見るようには頼めなかった。


膝に置いた自分の手へ目を落とす。ついさっきまで、彼女の指が絡んでいた。


次に会ったら、またつなごうと思った。


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