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三十三歳、イケメン男子にご飯を奢るのが趣味になりました。  作者: 小笠原ゆか


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6/21

ドレスコード、ありがとう

翌週の水曜日、昼休みにスマホを見ると、蓮くんから写真が届いていた。コンビニの杏仁豆腐だった。


『買った』


私はお弁当を飲み込んでから笑った。


『焼肉屋さんで食べなかったから?』

『うん』

『おいしい?』


少しして、また返信が来た。


『おいしい。でもあっちも気になる』


ずいぶん心残りらしい。


『じゃあ、今度は最初から頼んでおこうね』

『それは最後にして』


返信を見て、また笑ってしまった。



*



その週末は、家の掃除をして、友達とランチをした。

翌週は仕事が少し忙しかった。帰って、ご飯を作って、お風呂に入ると、もう寝る時間になる。


蓮くんとは、ときどき連絡を取り合った。映画の話が続いた日に連絡先を交換してからは、そちらを使うようになっていた。


映画の配信が始まったとか、前に話していた店が休みだったとか。返事が翌日になることもあれば、何往復か続く日もある。金曜日の夜、洗濯物を畳んでいると、通知が出た。


『おねーさん、来週忙しい?』


私は手に持っていた靴下を揃え、スマホを取った。


『平日はちょっと。土曜なら空いてるよ』

『ご飯行かない?』


来週の土曜日。ちょうど、そろそろ誰かを誘おうかと思っていたところだ。


『いいよ。何か食べたいものある?』

『おねーさんは?』


私はカレンダーからブラウザに切り替えた。

しばらく前に保存したままのお店がある。料理の写真を眺めてから、店内の写真を開いた。落ち着いた照明に、白いテーブルクロス。窓際の席もよさそうだ。ここ、一緒に行ってくれるかな。


『気になってるお店があるんだけど』


お店のページを送ると、少しして返事が来た。


『おいしそう』

『ここにする?』


私は、もう一度お店の案内を確認した。


『うん。ただ、ドレスコードがあるから、少し綺麗めの格好でお願いしたいんだけど、大丈夫?』

『ジャケットあればいい?』

『うん。それなら大丈夫』


返信を送ってから、予約画面を開いた。土曜日、二名。希望の時間に、まだ空きがあった。



*



当日、待ち合わせ場所に着いて、私は一度足を緩めた。蓮くんがいた。


黒のタートルネックに、チャコールのジャケット。すっきりした黒いパンツに革靴を合わせ、髪もいつもより少し整えている。襟元まで黒いせいか、顎のラインがよくわかった。


……そう来たか。


柱のそばに立っていた彼が、こちらに気づく。ジャケットのポケットから手を出して、軽く上げた。


「おねーさん」


いつもの声だった。


私は近づきながら、どうにか普段どおりの顔を作った。


「お待たせ」

「俺も今来た」


そう言って、蓮くんは自分の服に目を落とした。


「これで大丈夫?」


大丈夫。非常に、大丈夫です。


「うん。素敵。似合ってる」

「よかった」


口元が緩む。ああ。今日のお店、ここにしてよかった。

まだ入ってもいないけれど。


「おねーさんも、いつもと違うね」


私は自分のワンピースを見下ろした。


「お店に合わせてみた」

「似合ってる」


リップサービス、リップサービス。


「ありがとう」


お礼を言って、歩き出す。隣に並んだ彼を、もう一度見たい。

でも、今さっき褒めたばかりだ。あまりじろじろ見るのもどうだろう。信号待ちで、向こう側のお店の看板を見るふりをした。


蓮くんは、横断歩道の先を見ていた。黒い襟の上に、顎のラインがくっきり見えた。前髪の下の目元。ジャケットの肩も、綺麗に合っている。


「何?」


視線だけが、こちらに動いた。


見つかった。


「ジャケットも似合うなと思って」

「さっきも言った」

「うん。もう一回思ったの」


彼は私を見たまま、少し笑った。信号が青になる。


「行こ」


私は頷いて、隣を歩いた。


お店に入ると、窓際の席に案内された。

蓮くんが椅子を引いて座る。ジャケットの前を軽く整え、テーブルに置かれたメニューを開いた。それだけのことなのに、つい見てしまう。



*



デザートのお皿が下げられてからも、しばらく話していた。


蓮くんが今度見ようと思っている映画のこと。私が最近、帰りの電車で読んでいる小説のこと。

コーヒーを飲みながら相槌を打つ彼を、私はときどき眺めた。


「そんなに気になる?」


カップを置いた蓮くんに聞かれて、私は笑った。


「似合うなと思って」

「それ、三回目くらい」

「じゃあ、もう言わない」


彼は口元を少し上げた。


「言わなくていいとは言ってないけど」


私も笑って、コーヒーを飲んだ。



*



お店を出ると、通りの植え込みに小さな明かりが灯っていた。


「おいしかったね」

「うん。あのソース、パンにつけて全部食べたかった」

「食べてたでしょう」


蓮くんが笑う。


「もうちょっと」


私も笑った。駅までの道を並んで歩く。ガラス張りのお店の前を通ると、ジャケット姿の彼がちらりと映った。

今日は、いいものをたくさん見た。


「おねーさん、来週は?」


隣から聞かれて、顔を上げる。


「あー、約束あるから、ごめんね?」

「友達?」

「ううん。蓮くんみたいな?」


彼の足が、ほんの少し遅くなった。


「……ああ」


私も歩調を緩める。


「その次の週も、ちょっと予定があって。もう少し先でもよければ」

「うん」


蓮くんは前を向いたまま頷いた。


「また連絡して」

「わかった」


そう答えると、彼がこちらを見た。何か言うのかと思ったけれど、口元が少し緩んだだけだった。


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