焼くところまで格好いい
「久しぶり」
「うん。映画見た?」
挨拶の次がそれで、私は笑ってしまった。
「見たよ」
「どうだった?」
「話したいこと、いっぱいある」
蓮くんがスマホをポケットにしまう。
「俺も」
私も頷いてから、尋ねた。
「そういえば、焼肉はもう行けた?」
「まだ」
「じゃあ、今日は焼肉にしようか。近くに、よさそうなお店があったの」
あの投稿を思い出して、来る前に調べておいたお店だ。
蓮くんの口元が緩む。
「賛成」
私は彼を連れて、お店のある通りへ向かった。
お店に入ると、まず飲み物を頼んだ。私はウーロン茶。蓮くんも同じものにする。
「お肉、何が好き?」
「タン。あとハラミ」
「私も。じゃあ、それと……カルビも食べる?」
メニューを覗き込んでいた顔が上がった。
「食べる」
即答だったので、思わず笑う。
「ご飯は?」
「大」
「はい」
注文を終えると、蓮くんが箸袋を開けた。
「焼肉、覚えてたんだ」
「最初の投稿でしょう。約束がなくなっちゃったって」
「そう」
箸を割って、先を揃える。
「やっと食べられるね」
「ね」
こちらを見て笑ってから、彼は届いたウーロン茶に手を伸ばした。私もグラスを持つ。
「じゃあ、焼肉に」
「何それ」
笑いながら、蓮くんがグラスを少し上げた。
最初に来たのは、タンだった。トングを取ろうとすると、向かいから手が伸びる。
「俺、焼くよ」
「ありがとう。じゃあ、お願い」
彼が一枚ずつ網にのせていく。じゅっと音がして、香ばしい匂いが上がった。
「映画さ」
網を見たまま、蓮くんが言った。
「あの人が出てきたとき、笑わなかった?」
「笑った。怪しいって聞いてたから、余計に」
「俺も、おねーさん絶対ここで笑うと思った」
顔を上げた彼と、目が合った。私が見ているところを想像したのか。
「笑ったよ。隣の人に気づかれないように我慢したけど」
「あの登場の仕方、ずるいよね」
「扉が開くところから、もう怪しかった」
話しながら、彼が肉を返す。指が長い。トングを持つ手にも、何となく目が行く。前回も思ったけれど、綺麗な手だな。
「おねーさん、皿」
「あ、はい」
差し出すと、焼けたタンがのった。
「レモン、使う?」
「うん。ありがとう」
今度は自分の分を取って、彼も一口食べる。少し顎が上がった。それから、ゆっくり頷く。
「おいしいね」
「うん。これ、もう一皿頼もう」
「まだハラミも来てないよ」
彼はご飯を一口食べてから答えた。
「食べるから大丈夫」
心強い。私は注文用の端末を手に取った。
映画の結末について話しているうちに、カルビとハラミも来た。
「最後、あれでよかったのかな」
私が言うと、蓮くんは網に肉を並べながら首を傾けた。
「俺は好きだったけど」
「そっか。私は、あの二人にもう一回話してほしかった」
「ああ。でも、話したら帰れなくない?」
言われて、最後の場面を思い返す。
「……確かに。帰れないね」
「だから、あそこで終わってよかったんじゃない」
彼が顔を上げる。そういう見方もあるのか。
「もう一回見たくなった」
「俺も。最初のほう、見直したい」
蓮くんはハラミを一切れ取って、私のほうへトングを伸ばした。小皿に置く拍子に袖口がずれて、手首の内側が覗く。骨ばった手の甲とは違う、薄い皮膚の下にうっすら血管の透けるところまで、つい目で追ってしまった。
彼は空いた手で袖を押し上げると、また網へ視線を戻した。
顔が格好いいのは、本人もよく知っている。
でも、今の手首までは、たぶん計算していない。
……そういうところまでいいのは、ずるい。
「蓮くんも食べてね。焼くの、代わろうか」
「食べてるよ」
言いながら、自分の皿の肉を口に運ぶ。ご飯も、もう半分くらいになっていた。本当だ。焼くのと食べるのが、うまく両立している。
「おねーさん、ご飯それで足りる?」
「うん。お肉をいっぱい食べるから」
「俺もいっぱい食べるけど」
彼の大盛りご飯を見て、私は笑った。
「知ってる」
追加のタンを食べ終わる頃には、映画から食べ物の話に移っていた。蓮くんは、焼肉のあとに冷麺も食べたいらしい。
「大盛りご飯、食べたよね?」
「冷麺は別」
「デザートみたいに言うね」
メニューを開くと、ハーフサイズがあった。私は少し迷ってから、デザートのページへ進んだ。
「何にするの?」
「杏仁豆腐」
「いいね」
向かいから、彼もメニューを覗き込んだ。目にかかった前髪を指で無造作に払い、そのまま顔を上げる。思いがけず目が合って、私はメニューに視線を戻した。
「何?」
「ううん。冷麺、ハーフにする?」
「普通ので」
私は頷いて、注文のボタンを押した。つい見とれて、返事を待たずに注文するところだった。
店を出ると、夜の空気が少し冷たかった。
「食べたねえ」
「うん。おいしかった」
蓮くんは満足そうに息を吐いて、私を見る。
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして。焼いてくれてありがとう」
「焼くの好きだから」
駅へ向かって歩きながら、私は袖口に鼻を近づけた。
「ちょっと焼肉の匂いする」
「俺もする」
隣で彼が、自分の肩口を嗅いだ。目が合って、二人で笑う。これだけ食べたのだから、仕方がない。
「映画の話もできてよかった」
「俺も。周り、まだ誰も見てなくて」
「先に見ておいてよかった」
一人で見たときには気づかなかったことも、いくつか聞けた。映画一本で、二度楽しめた気分だ。駅の入口で、行く方向が分かれた。
「じゃあ、またね」
「うん。気をつけて」
改札を通ってから振り返ると、蓮くんはまだ向こうにいた。こちらに気づいて、片手を上げる。私も小さく手を振り、ホームへ向かった。
*
帰りの電車で、スマホが震えた。
『今日の店、よかった』
『杏仁豆腐も食べればよかった』
さっき、私が食べているのを見ていた顔を思い出す。
『冷麺、普通サイズにしたからね』
『あれは食べてよかった』
私は笑った。少し焼肉の匂いがする袖を見下ろしてから、返信する。
『私もおいしかった。また行きたいお店になったよ』
送って、窓の外へ目を向けた。映画を見に行って、土曜日を楽しみにして、今日はおいしいものをお腹いっぱい食べた。
いい一週間だった。




